黒原敏行のレビュー一覧
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ネタバレおすすめされた一冊。あまりにも文章がおしゃれすぎてびっくりした。もともとの文章もおしゃれだったんだろうか。内容は妻殺しの罪を被せられた男と、その親友たちが死刑執行までに、アリバイを証明してくれる唯一の女性を探し出すこと。まさか真犯人が親友で、しかも証明してくれるはずの女性が入院してたというオチが凄かった。証言はできないから自白に持って行かせようとした刑事さんの頭の良さも素晴らしい。ネタばらしした状態で読み返すと、確かに女を見つけた、の意味が大きく変わってくるのも上手いなあと思った。ただラストまでの溜めが結構長いので、ちょっと中盤を読み進めるのが大変だった。
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国境三部作の完結編。『すべての美しい馬』のジョン・グレイディがふたたび登場し、『越境』のビリー・パーハムとともに物語を織り成す。前二作と比べると前半部分は退屈な感が否めないが、後半からぐっと物語は面白みを増す。
本作品は純愛物語であり、マグダレーナに対するジョンの破滅的な愛の物語であり、エドゥアルドの歪んだ愛の物語でもある。理不尽かつ原初的な情感が漂うメキシコで過酷ながらも美しい情景を紡ぐ。エピローグのビリーの物語はやや意外(唐突感?)なものだが、アウトローの終わりを告げる物語として相応しいものかもしれない。荒々しくもロマンティックな時代の終焉に浸れる傑作の三部作であった。 -
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コーマック・マッカーシー氏の国境三部作の第二作目。
アメリカ南西部とメキシコを舞台に大自然と人々との関係を描く。雄大な自然と過酷な運命。出来事全てを等価に扱い、残酷さも慈愛も綯い交ぜにしてある意味で無関心かつ突き放す文体はとても哲学的。
主人公である16歳のビリー・パーハムは内的な衝動で行動し、ビリーを襲う不条理な運命はまるで聖書のヨブのよう。それなのにビリーの心理描写や感情変化はほぼ描かれる、メキシコで出会う人々の剥き出しの人間性との繋がりのなかで読者に伝えられる。
16歳にしてハードボイルドでタフガイ。しかし美しい情景が目に浮かぶ文章は詩的。魅力的な作品。 -
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ネタバレとても美しい小説だと聞いて、手に取った。
ここのところ、アメリカ文学を読んでいる。
「ジェームズ」「ハックルベリー・フィンの冒険」は南西部ミシシッピ河流域の小説、「エデンの東」は、カルフォルニアの小説、そしてこの小説はテキサスから国境を超えてメキシコへ渡る小説だった。アメリカは広いなあ。小説によって舞台になる土地の雰囲気が全然違うから脳内旅行が楽しい。
テキサスでカウボーイをしていた十六歳の少年ジョン・グレイディがお祖父さんの遺産の牧場が売られてしまうことを知り、アメリカに自分の居場所がないと思い、愛馬に乗って、親友ロリンズと途中で出会った十四才くらいの少年プレヴィンスと共に国境を超え、メキシコへ渡る。
パスポートも税関も無しでハイウェイを横切り、河を渡ってメキシコに入国出来てしまったので、一世紀以上前が舞台かと思ったが、舞台は1950年代。現代アメリカで居場所を無くした少年たちが居場所を求めて国境を超えてしまうという、アメリカの青春を描いた小説。
道中で雷に会い、愛馬をつないでおくことも忘れ、裸になって丸まっておびえていたプレヴィンスの馬が盗まれ、取り返したプレヴィンスは逆に泥棒として逮捕され、牢獄で虐待され、銃殺されてしまう。
プレヴィンスと逸れていたジョン・グレイディとロリンズはとある大牧場で馬の調教師として雇われる。その馬の調教シーンが秀逸。一見手荒なことをするのだが、馬に身体を密着させて信頼させて、しっかりした主従関係を築く。弱冠16歳でも本当にプロの仕事人で、誰よりも馬への愛の大きさを感じる。
その大牧場のお嬢さんアレハンドラと恋に落ちるのだが、お嬢さんの超エリートの大叔母様に反対され、結ばれない。その大叔母様は自分の生い立ちをジョン・グレイディに語るのだが、フランシスコ・マデロという大統領だった人の弟のグスターボ・マデロと昔恋中だったが結ばれなかった話をする。調べてみたら、フランシスコ・マデロもその弟、グスターボ・マデロも実在の人物だったのでびっくり。アレハンドラの父である牧場主はジェントルマンだと思っていたが、ジョン・グレイディとの関係を知って、ジョン・グレイディとロリンズを警察に引き渡してしまった。
牢獄では中の囚人仲間は殺人鬼のようで、監守たちも人殺しと紙一重のよう。メキシコ怖い。
メキシコから国境を超えてアメリカへ逃亡する小説「夕日に向かって北へ行け」を読んだことがあるが、メキシコは警察とマフィアが繋がっていたりして本当に怖い国だと思った。アレハンドラの大叔母様が話していたようにメキシコという国の歴史は大変だったようだ。
アメリカ小説というより、アメリカから見たメキシコ小説という感じだった。
命を失いかけたところでアレハンドラの大叔母様の差し金で助けられた、ジョン・グレイディとロリンズだったが、助けられた交換条件は「アレハンドラとはもう会ってはいけない」ということだった。
「死ねば良かった」と思うくらい絶望したジョン・グレイディ。だけど、彼は本当に本当に自分にとって一番大切だった馬を友人の分も取り戻して命がけでアメリカに帰るのだ。
一文一文が読点の殆どない長い長い文で、セリフにかぎ括弧もないという独特の文体で読みにくいが、自然描写や恋愛シーンの描写がとても美しい。
弱冠十六歳で「自分には馬しかない」と心を決め、本当に生きたい生き方を求めるだけで、こんなに命がけなのかと思った。アメリカ厳しい!青春厳しい!
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Posted by ブクログ
20世紀初頭のアメリカ南部を舞台にした小説。
黒人奴隷などの社会的慣習と、キリスト教中心主義の否定など、強制的な近代化の波の中で翻弄されながら、価値観の転換と喪失感が漂う作品でした。
正直いきなり物語から入ってしまったので、解説を先に読めば良かったと後悔。
たぶん6割くらいしか理解出来ていないと思う。
そもそも独特な独り言のような、イマジネーションが言語化されたような不思議な文章で、感覚的に読むような小説だったので、より舞台背景を先に頭に入れておく事をおすすめします。
解説や訳者あとがきか素晴らしく、ネタバレが少しあるが、先に読んでも良かったかなと思いました。
でもやっぱりドストエフスキーやトルストイと同じくちょっと長いなぁ〜と思った -
Posted by ブクログ
アメリカ教科書において『ごんぎつね』的定番教材ポジションと聞いて読み始めました。子供が凄惨な目にあうので、苦手な人は注意!
・これで…何を学べと!?
・海外文学故か、よく理解できない描写が頻出した
・年下の子達の存在がぞんざいになっていくのが驚き
・子ども特有の楽観性や考えのブレが良い
・後半の息つく暇もないスピード感、緊迫感が凄まじい
主人公は喜んだり昂ぶったりすると逆立ちしたり前転したり殴る真似したりする変な癖があるんだけど、後半は特にやらなくなった。子どもらしさを失ったというコトなのかな…?
最初は幼い子達の人数や名前を把握しようとするも、中盤は「おチビたち」とひとまとめに、後半はほぼ気にもしてない様子が衝撃だった。大体、こういうのって物語に絡まなくとも庇護対象としてそれなりに優遇されると思っていたので…。
お話としては…陰鬱な気持ちになるものの、サスペンス的な強烈な楽しさがあると思います!
【よく理解できなかった表現の引用】
“いちばん高いところに発育の悪い椰子の木が何本かしがみついている珊瑚礁が、空中に浮きあがり、震え、ひき裂かれ、電線をつたう雨粒のようになり、並んだふぞろいな鏡の破片に映った像のようになった。”
無人島の海の描写。波が高くてサンゴ礁が見えたり沈んだりする様を表現しているのだろうか…?海外の南国をよく知らないから分からないだけの可能性もある。
【感動した表現の引用】
“ピンク色の唇がひらいている部分”
ほら貝の音が出る部分の描写。簡潔で細かい造形が伝わる、確かに!と思う表現。子どもらしさも伝わって良いっ
“午後の太陽が目に見えない矢をびゅんびゅん射おろしてきた。”
陽射しの描写。容赦無い熱と光が襲ってくる感覚をこうも分かりやすく書けるのか…と感嘆しました -
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無人島に不時着した少年たちが、始めはそこでの開放的かつ楽園的な生活を楽しむが、次第に理性を失っていき、平和な暮らしが崩壊していくという物語。本書の最も興味深い点はやはり、子供の内なる悪が徐々に現れてくる中でのリアルな人間描写にある。少年たちは最初こそ文明的な生活を営もうとするが、与えられた仕事の不履行や、のろしグループと狩りグループの間の意見の相違により、島内に分断と対立が生まれる。未熟な子供たちによる無人島での社会運営の、残酷ながらも現実味のある表現に加え、ガキ大将的なジャックやいじめられっ子的なピギーをはじめとした、現実世界にいそうな登場人物の造形は、読者に深い納得と共感を与えるように思われた。
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すべてが「良い」とされ、誰もが「幸福」である状態を維持するために社会全体が作り込まれた世界の異常さを描いた小説。人々は階級ごとに分けられ、生まれた瞬間からその階級を幸福だと感じるよう教育される。家族という概念は下品なものとされ、人は人工的に生み出される。どの階級になるかも操作され、人口比率は厳密に保たれる。死はあっても老いはなく、性行為は恥じらいなく行う習慣とされる。悩みがあれば「ソーマ」という錠剤を飲めばよく、それで精神は安定する。だから表面的には誰も悩まず、社会は安定している。
悩みや不安が排除された世界では、宗教や神話、芸術は必要ないものと扱われる。科学も統制の範囲から外れないよう制限される。新しいものが善とされるのも同じ理由で、消費を進めることが社会の安定につながると考えられているからだ。
物語の中盤で「新世界」の外から来た「野蛮人」が登場する。彼が世界統制官にこの社会の異常さを訴える場面が印象に残った。
「快適さなんて欲しくないです。欲しいのは神です。詩です。本物の危険です。自由です。美徳です。そして罪悪です」「要するにきみは」とムスタファ・モンド(世界統制官)は言う。「不幸になる権利を要求しているわけだ」
このやり取りを読んだとき、『世界99』の一節を思い出した。「かわいそうなことは、素晴らしいですよね。僕、たぶん、将来、それって娯楽になると思うんです。」
書かれた時代は全く異なるが、全体主義的な幸福の形や階級制度など、両作品には通じるところが多いと感じた。 -
Posted by ブクログ
「夜は若く、彼も若かったが、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった・・」
・・という、ポエミー且つオシャンティ(死語(^^;)な書き出しで有名なクラシックの名作を今更ながら読んでみる事に。
妻と喧嘩し、家を飛び出したスコットは、とあるバーで“パンプキン”のような帽子をかぶった女に出会います。
彼はその女性を誘って食事をし、ショーを観てから別れますが、帰宅すると妻が絞殺されていて、スコットはその場にいた警官に殺害容疑で拘束されてしまい・・。
こ、これは・・読む手が止まらんヤツ!
スコットのアリバイを証明できる“パンプキン帽子の女(以後、幻の女)”がどこの誰だかわからないどころか、街で聞き込みをしても皆口を揃えて“その女を見ていない”と言う始末。
あれよあれよという間に有罪判決を受けて、死刑執行までのカウントダウンが始まってしまうという、スコットからすれば悪い夢を見ているとしか思えない状況ですよね。
で、勾留されているスコットの代わりに、彼の友人のロンバードと、恋人(てか愛人)のキャロルが“幻の女”を捜し出すべく奔走するのですが、これがまぁ見つからないし、話を聞いた関係者達が、悉く不審死をしてしまうんですよ。
そんなこんなでスコットの死刑執行日が刻一刻と迫ってきて・・と、この緊迫感が堪りません!
そして、終盤での怒涛の展開とまさかのどんでん返し的な真相に“な、何だと・・!”となった次第です。
ということで、上質なタイムリミットサスペンスを堪能させて頂きました。
ところで、私は序盤からずーっと気になっていた事がありまして、“ま・・真相解明時にこの件も明かされるのかな・・”と、とりあえずそのモヤモヤを脇によけて読んでいたのですが・・結局、解明されず!(;´Д`)。
それで、その気になる事というのは、
「スコットの妻の死体の第一発見者&警察に通報したのは誰なのか」
って事です。
あの・・これ、書かれていませんでしたよね?え?私が見落としてる?・・と何度か確認するもやはり見つからず(;'∀')
うーむ、私の「幻の通報者」は何処に~?!