東京都中央区佃。
江戸時代から庶民の町として栄え、現代でも旧佃島地域は昔ながらの人情と風情のある古い街並みで知られている。
そんな佃で2人のおばちゃんが営む食堂兼居酒屋を舞台にしたグルメ&ヒューマンドラマ。『食堂のおばちゃん』シリーズ14作目。
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「ササミの梅和え素麺、セットでね!」
「俺、鰯のカレー揚げ!」
はじめ食堂のランチタイム。常連さんで今日も盛況だ。9月も末だというのにまだまだ暑いせいか、素麺やカレー味という夏メニューの注文が多い。
帰り際のサラリーマン男性が「おばちゃんとこ、ラーメンはやらないの?」と尋ねてきた。言葉を濁した二三だが、仕込の大変さを考えると正直なところ腰が引ける。それにラーメン専門店も多く、需要があるとも思えない。
客が引けた頃にやってきた常連客の三原と梓にそんなことを零したところ、「やってみる価値はあるのでは」と言われて驚く二三。さらに皐まで乗り気になっている。
3人は、専門店のように気張ったものを作る必要はなく、むしろシンプルなラーメンの方を喜ぶ客が多いと言う。二三と一子も前向きに検討する気になって、ランチ営業は終了した。
ところがラーメン談義が呼び水になったのか、はじめ食堂の並びにラーメン屋が開業するという話を聞いたのは、一子たちが賄いを食べ終わったときだった。 ( 第1話「ラーメンで、こんにちは」) ※全5話。
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シリーズ14作目となる本作は、相良千歳のラーメン店開業秘話が中心テーマです。
物語は、はじめ食堂のランチ風景といういつものオープニングのあと、「鳥千」を営む串田さんが店を畳むことにしましたと挨拶に訪れたところから始まります。
鳥千ははじめ食堂の並びにある焼鳥屋さんで、一子たちにとって串田さんは昔からの商売仲間です。
でも串田夫婦も寄る年波には勝てず、息子夫婦が西麻布でイタリアンレストランをやることになったため、廃業を決意したという話でした。
その鳥千の空き店舗を居抜きで借りることになったのが、相良千歳なのです。
人気の大手ラーメン店で調理場を任されていた千歳は、数々のレシピも考案した腕利きの料理人です。まだ30歳と若いですが、思い切って独立しようと手頃な物件を探していて鳥千を見つけたということでした。
数日後、はじめ食堂に挨拶に訪れた千歳の為人に接した一子たちは、すぐに千歳を気に入ります。
折り目正しい態度。はきはきした口調。明快でまっすぐな受け答え。芯の強さがよくわかります。さらにショートカットを通り越した超短髪にも、覚悟のほどが伺えます。
協力できることは何でもするからと一子たちに受け容れられ、順風満帆で開業を迎えたかに見えた千歳だったのですが……。
本巻を通して、千歳はヒロインとして登場します。彼女は確かに魅力的な女性で、人間としてもプロの料理人としても素敵です。
さらに「ラーメン界の綾波レイ」と言われたビジュアルを持ち、おまけに健啖家でお酒にも強い。
極めつけはナイトとなる男性が千歳の前に現れます ( わりと早い段階です ) 。 読者もよく知るその男性とのロマンスも本巻の見どころとなっていて、まさにヒロイン!
最終話は、おなじみ忘年会。
千歳と彼氏、康平と瑠美の確定カップルのほか、山下先生と桃田はなも何となくいい感じ。何か婚活食堂めいた雰囲気です。
そして、シリーズを左右する大本命カップルになるのではないかと私が密かに思っている2人、万里と要にはまだその兆候はないものの、浮かれた気分で読み終えることができました。満足度の高い作品です。