沢木耕太郎のレビュー一覧
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いよいよこの旅の本番、インド、ネパールです。
私も学生、社会人成り立ての頃、何度かに分けて、ですが、バングラデシュ、ネパール、ビルマ、インドを旅したので、出てくるエピソードに覚えのあるものも多くて懐かしい気持ちでした。特に主人公が体調を崩していく場面、私も熱で寝込んだこともありましたが、どの国でも一晩に10回以上トイレに行くようなひどい下痢になって、そのたびに薬が効かなくて絶食して治してました。今ではとてもできないことですが、インドの病気にはインドの薬、というセリフは私も同じことを聞かされたなと思いました。
電車が時間通りに来ないという話も、私は主人公とは反対方向でデリーからアグラ、ベナレス経由でカルカッタに下りましたが、途中ベナレスからカルカッタへの電車が12時間ほども遅れて飛行機に遅れるのではないかと心配になって駅の人に何度もいつ出るのかと聞きに行った時に、これがインドなんだよ、これも経験だよと言われたのを思い出しました。
一方で主人公が経験したカルカッタの少女の救いのなさは私が見なかったものでしたし、カトマンズで麻薬に浸って次々死んでいくバックパッカーも覚えのないものでした。時代のズレもありますが、同じ所を旅していても、見るもの、見えるものは人によって違うということですね。
病気になった主人公ですが、ようやく本来の旅の出発点、デリーに到着です。これからどうなっていくのか、楽しみです。 -
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著者が25年間にわたり書き記したエッセイを集めた著書『銀河を渡る』を文庫化する際に2冊に分化したうちの後編が本書だ。そのエッセイが書かれたときに、振り返った過去の出来事について思いを馳せるようなエッセイが主だ。また、後半は著者がかかわった方がなくなられた際に、その交流のあらましが書かれている。
恩師であったり、仕事関係の恩人であったり、有名人であれば美空ひばりさんであったり。特に印象に残るのは高倉健さんだ。それは、私が高倉健さんのファンだというだけでなく、沢木耕太郎さんを語るうえで切り離せないボクシングを通じての関りであるからだ。つまり、著者と高倉健との情熱のやり取りが書かれているからだと思う。
過去を想うとき、その記憶が愛おしくよみがえる年齢を迎えた私自身に、本書に書かれた内容は心に響く。 -
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ノンフィクション作家による紀行文。マカオ、上海、シルクロードが多めな印象。紀行文以外はボクシング、オリンピックなどに関する筆者の過去のノンフィクション作品の舞台裏に関する記述というか、宣伝がいくつか。
「桃源郷」では世界の国々を見てきた筆者が、改めて日本の美しさ、特に田園風景に心を奪われた描写が印象的だった。普段意識することはないが、稲作民族であることを再認識し、田園の美しさに惹かれる経験をしたこともあり個人的に刺さった。
「鏡としての旅人」はその土地を訪ねる旅人を通して現地人は自国の良さを認識するという話。1960年代、高度経済成長の過渡期にあって、三島由紀夫の投じた「世界の中の静かな中心であれ。」という言葉を、忘れるべきでない、という論説は興味深かった。 -
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ネタバレ帰ってきた日本は異国のようだった。懐かしの日本、よき日本は失われ、損なわれ、破壊されていた。人間らしさが失われていた。これまで旅してきた国や地域の「後進国社会」の方がはるかに人間的だと思えた。(下 p312)
徒歩で過酷な旅を行い、いく先々で信頼を得ながらインドまでの路を進む。今ではできない旅かもしれない。驚くべき出会いと年月。紀行文を凌駕して、ドラマにしか思えない。百魔を読んだ時もあぜんとしたがそれ以上。こんな日本人はもういない。
旅をすることで新しい土地に会い人に会い何かを得て何かを無くしていく。人生もそうなのだろうが、日本に帰ってからも本心は旅を続けたかったのだろう。 -
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沢木耕太郎の映画エッセイ集『世界は「使われなかった人生」であふれてる』を読みました。
沢木耕太郎の作品は、2年前に読んだ『不思議の果実―象が空を〈2〉』以来ですね。
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「使われなかった人生」とは何だろう。
それは、いまここにある自分の人生でなく、もう1つの可能性として「ありえたかもしれない人生」にほぼ等しい。
しかし、それら2つの言葉の間には微妙な違いがある。
「ありえたかもしれない人生」には手の届かない夢といった意味合いがあるが、「使われなかった人生」には具体的で実現可能な人生という意味が込められていると、著者は言う。ほんのちょっとした決断や選択で、手に入れられなかった人生。
著者は、歳をとるにしたがって、いつの間にかそんな「使われなかった人生」を映画の中に探し求めるようになったという。
ここに収められた30編の映画時評と映画にまつわるエッセイ2編では、いわゆる強くて格好いいヒーローやヒロインが主人公の映画は取り上げられていない。
スクリーンを見つめる著者の目に留まるのは、目の前にいる少年の才能にかつての自分を投影した中年女性であり(「出発するための裏切り」)、異国の町で自らを覆っていた殻を破った女性であり(「天使が砂漠に舞い降りた」「父に焦がれて」)、かつて恋心を抱いた女性と再会した初老の男(「飛び立つ鳩を見送って」)であったりする。彼らにとって、「使われなかった人生」は未来と同じ重みを持っている。
著者は、そんな彼らを静かに見つめている。
ときに冷静すぎるほどの抑制された筆致をもって。(文月 達)
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家庭向け総合生活雑誌『暮しの手帖』に連載された『映画時評』から30篇を選んで、2001年(平成13年)に刊行された作品です。
■世界は「使われなかった人生」であふれてる
■出発するための裏切り
■薄暮の虚無
■にもかかわらず、よし
■飛び立つ鳩を見送って
■天使が砂漠に舞い降りた
■焼き払え!
■最後まで降りられない
■官能的にしてイノセント
■不可視の街で
■敗残の可能性
■海を待ちながら
■郷愁としての生
■もう終わりなのかもしれない……
■行くところまで行くのだ
■悲痛な出来事
■プレスリーがやってきた
■水と緑と光と
■滅びゆくものへの眼差し
■貧しさと高貴さと
■切れた絆
■老いを生きる
■新しい世界、新しい楽しみ
■わからないということに耐えて
■男と女が出会うまで
■ひとりひとりを繋ぐもの
■懊悩に沈黙が応える
■笑い方のレッスン
■夢に殉ずる
■父に焦がれて
■神と人間
■そこには銀の街に続く細い道があった
■あとがき――心地よい眠りのあとで
「使わなかった!」と意識したとき、初めて存在するもうひとつの人生。あのとき……別の決断を下していたら――。
去りゆく女性を引き止めることができなかった初老の男、肉親以上に愛情を注いだ弟子に裏切られてしまう中年女性……透徹した眼差しで作品の本質をつき、そこから浮かび上がる人生の機微を抑制の利いた筆致で描く全30篇の映画評。
沢木耕太郎のモノの見方や価値観って独特で、それが好きなんですよねー 一般の映画評論家とは異なる沢木耕太郎の視点で語られる映画に対する評価を愉しめる一冊でした、、、
好きな作品が良い評価を得ていると、やはり嬉しいもので……『マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ』や『バグダッド・カフェ』、『スピード』、『許されざる者』、『青いパパイヤの香り』、『友だちのうちはどこ?』、『ロッキー』 等々、ジャンルや時代はバラバラですが、久し振りに観たくなりましたね。
観たことのない作品では『オリヴィエ オリヴィエ』の評価が気になった……観てみたいなぁ。