沢木耕太郎のレビュー一覧
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東北地方を中心とした、著者の国内旅行記。
十代のころの旅と今を比較して思うことや感じることをつらつらと書き連ねている。文学的聖地巡礼を私もやってみたくなる。日本語の美しさ、風景のトーンが頁の上に浮かび上がってくるような旅ばかり。
長期休暇に何をしようかと考えると、つい海外旅行に目が行ってしまうが、著者の旅は日本ならではの良さがある旅ばかりで、特に東北地方は魅力的に思えた。ぜひ行ってみたい。青森、岩手、秋田。
記憶に新しいだけかもしれないが、終わりの方に収録されていた「雪」「夜のベンチ」の2編が、たいへんお気に入り。詩と性善説。
井上靖さんの詩である「雪」の二行を初めて読んだ。そしてたちまち鮮明にその情景が浮かび上がってきて震えた。私だけの景色なのか、皆見える同じ景色なのかはわからないが、たった数文字のこの詩の強さに打ちひしがれた。
その直後にあるライスワークの話のくだらなさがギャップになってまた面白い。しかしライスワーク、最初は面白おかしく思っていたが、本当にライフワークと遜色ない素晴らしい言葉なんじゃないかと認識が改まってきた。食べるために働く。生きるために働く。どちらかといえば、ライスワークの方が的を射ているような気さえしてくる。 -
Posted by ブクログ
舞台がアジアからヨーロッパへと移り、いよいよ旅の佳境を迎える第5巻。
作中でも、ギリシャに入ってから沢木氏は繰り返し、なぜ旅をするのか、そしてこの旅をどうやって終えるのかといったことを考える。
いつからか見聞きするものに目新しさを感じなくなり、自らの旅が青年期を終えた事に気づくのだ。
そして身も蓋もないことを言ってしまえば、読者である僕も同じ。
バスでジプシーを見かけた話や、パトラスで誕生日パーティーに呼ばれる話など、個々のエピソードとしては興味深いものも多い巻なのだが、そのどれもが1巻の香港編ほどに、自分も旅に出たいという思いを湧き立たせるものではなかった。
特に、バスで乗り合わせたギリシャの大学生に、なぜ日本は戦後成功したのかと沢木氏が聞かれ、ただ「ラック」と答えるシーン。
氏の人生観や世界観が象徴的に現れた箇所なのだろうが、むしろこの回答になんの意外さも感じない自分に驚いた。
思うに、旅を続けるうちに沢木氏の中で人生観、世界観が固まってくるのとまったく同様に、読者である僕の中でも「沢木耕太郎」観がいつの間にか出来上がっていたのだろう。
そしてそれは、僕自身の中に朧げにあるものとはまた違うもの。それだけのことだ。
乗りかかった船、とまで言うといささか失礼に過ぎるような気もするが、沢木氏の出す答えが何であれ見届ける。そんな気持ちで第6巻を読む事になりそうではある。 -
Posted by ブクログ
西川一三は日中戦争末期の1943年、26歳で諜報員となり密偵として内蒙古から寧夏省や青海省など中国大陸の奥深くまで潜入し、モンゴル、チベット、ネパールからインド亞大陸まで足を延ばす長期の探索を行った。敗戦の報を聞いても修行僧に身をやつし調査の旅を続け、1949年インドで逮捕され帰国した。
彼は福岡の修猷館中学を出て満州鉄道に入社し各地で働いた後辞めて諜報員養成の興亜義塾に入る。
『吉田松陰』全12巻をもって歩く愛国の士であった。未知の世界に惹かれ中国大陸の奥地やその先の地へ
興味や憧れを膨らまし、ラマ教の蒙古人巡礼僧になりすまし辺境への諜報活動を始めた。
・寧夏省のアラシャン地方で広大な砂漠を駝夫として踏破する。「月の砂漠」とはこれをいうのか。そこの「蟻の泉」で飲んだ水のおいしさは砂漠を越えてきた旅人への旅の神様の褒美のよう。
・「還れ」の命令に背き旅を続ける。
漢人が制する中国を包囲するかのように散らばっている諸民族各国の協力態勢を構築したいという野心が芽生えてきた。
・青海省のシャンで、西川は惨めな蒙古人の姿を見て「国家なき民族の末路は現世の地獄だな」と思う。
・ラサに向かう途中で蒙古人ではありえない泳ぎを発揮し、激流を越えてヤクの群れを連れ帰ったり、匪賊に遭いながら山脈越え(天の峠)を行う。
土地勘がないということは、こういうことを言うのだろう。出てくる地名や地域がどこに位置するのか、距離のスケールもまったくわからず、目次の地図でその都度確認する。そのたび忘れて、又それを繰り返す。
彼は8年間の全行程を日々克明に記録し、後でそれを清書し3200枚の原稿を30巻の『秘境西域八年の潜航』にまとめた。
帰国後は盛岡で理美容材卸業を営み、89歳の人生をまっとうした。
ノンフィクション作家沢木耕太郎は当時の西川の行跡を知り触発される。盛岡に月一のペースで通い酒を酌み交しながら踏破行を詳しく聞く。筆者のアフガニスタン行きの話題に、未知領域への独特の反応を示す。
インタビューはしたが作品化できず、時が過ぎる。10年後突然彼の訃報に接し、弔問に訪れ妻と娘に改めて話を聞き作品化を決意する。
若い頃、バックパック一つで海外に飛び出し世界を身をもって体験し、『深夜特急』を著した沢木が作家人生の集大成としてこの作品に取り組む。
新しい世界を知りたい、行って見て感じたい。
動物本能がスパークして二人を結びつけた。