東浩紀のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
論破を目的としたディベートと議論は似て非なるもの。
議論が成立するためには、自分も相手も意見は変わるものという認識が必要。
訂正とは、自分に都合よく現実を見ることではない。
現実を直視して、少しずつ変化させながら続けていく。
すべてが交換できる世界(その場が嫌ならば転職や転校をすればいい)というのは、人を自由にしてくれる。最近は、この交換可能性を高めることが善として語られることが多い。でも肝心の自分の心身は交換できない。環境を交換しただけでは対応できないケースが起きたとき、本当に自分を自由にしてくれるのは「訂正する力」だ。
物事を単純に友と敵に二分して対立するのではなく、両儀的に考える。両者 -
Posted by ブクログ
三宅香帆さんのYouTubeから
本書は「批評」とはいかなるものかという文脈の中で紹介された一冊で、三宅香帆さんが影響を受けた批評家として名前を挙げられた東浩紀さんの代表作とのことだったように思う
2001年に発刊され、当時の西郷隆盛違うわ!テクニカルな間違え方すな!隆盛(りゅうせい)を誇ったオタク文化についての論評である
そして今読んでもぜんぜん古さを感じないという評価をよく耳にするが、いやめちゃくちゃ古いやないかい!っていう
懐かしさしか感じないわ!っていうね
待て
待て待て
分かってます
そういう表面的なことじゃなくてね
出てくる作品がうわー懐かしーっていうような表面的な話じゃなく -
Posted by ブクログ
過去の間違いを認め、正しく訂正していくことが大切。そういう話かと思ったが、もう少し深い話でした。
この本では、間違いをただ訂正するだけではなく過去との整合性を保ちながら訂正していく力が大切だと言っています。
また、興味深い言葉として、「反証可能性と訂正可能性」がでてきました。
「反証可能性」は現在正しいとされているものは常に反証される可能性にさらされ、反証されるまでは暫定的に正しいものとして扱われるという自然科学の考え方です。
一方で作者の述べる「訂正可能性」は、一度反証された論を打ち消さないという点で反証可能性とは異なっているというのです。
この反証可能性と訂正可能性という考え方は今まで自分 -
Posted by ブクログ
本人も前置きしている(自分は書きたくなかったとまで言っていたような)ので、わざわざ刺す必要もないが普通に内容が陳腐と感じてしまった。
東浩紀ということで、何かすごく壮大なもの、メッセージを受け取れるのかと期待して読んだが、
簡単に言えば、しょぼくないか、、というもので、
でもそれは勝手な自分の思い込みのせいであり
逆に言えば、哲学の分野では著名な方でも、専門外の領域に踏み出すとこんなにも泥臭いというか、初歩的なミスを繰り返すのか、という様が生々しく描かれている。
なので、読んでるとちょっとイライラくらいとんとん拍子に進まない。
等身大の実体験という感じが、本当に素晴らしい作品なんだなと、 -
Posted by ブクログ
『訂正の力』に続いて、『訂正可能性の哲学』を読みました。
今年に入って、東浩紀さんの著書は3冊目です。
当初、新書である『訂正の力』は『訂正可能性の哲学』の要約なのかと思っておりましたが、(その要素はありつつも)それぞれ独自のストーリー性があるものとして楽しめました。「訂正」を理解するには、どちらも必読だと感じます。
本書は、大きく「家族」について論じる第一部と、「民主主義」について論じる第二部で構成されております。
個人的には第一部が学びが深く、実用的な知識を得られたという実感です。特にアーレントの『人間の条件』も読み進めていることから、東さんのアーレントの読み解きがとてもわかりやすく