東浩紀のレビュー一覧
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あまりにも誤りが許されない(風潮にあると感じられる)のが辛いと日常感じていた時に、本書を手にした。この本は「訂正する力」を提言している。大事なのは「ぶれない」「リセット」の上手いバランスをとること。過去を訂正することなんてざらにあるわけで「じつは・・・だった」にあふれている。過去の解釈を変えて現在に適用することは別におかしな話じゃない。
作興、特に SNS では一度でも誤るとものすごい非難が来る。そのためにそもそも誤らないように行動することになる。生きづらい、訂正することが許されないし、訂正する余地がないとも言える。つまり過去言ったことにしばられることになる。SNSの過去の言動を切り出して言 -
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気になった、自分に刺さった内容をピックアップして感想を記述(本の内容が重厚なので)
・リベラル村
リベラルを追求している結果、結果的にリベラルを許容する意識の高い人だけを集めることとなってしまい、皮肉にもリベラル的な思想から外れてしまっている。これは私も常日頃から感じていた。新の多様性とは、受け入れにくい人すらも受け入れる(というか否定せず、無関心)必要があると感じている。
・誤配=訂正可能性
あらゆることはいずれ訂正される可能性がある。まずはそれを許容する必要がある。共同体とは開かれてもいて、閉じられてもいる。それを誤配によってつなぎかえを行っている。再帰的な保守主義という言葉が素晴らし -
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ゲンロン、シラスの取り組み、そしてこの取り組みを本にまとめたことについては、本当に尊敬している……ホモソーシャルから抜け出たようには見えないけど……
「ゲンロンはたしかにぼくがつくった。
でもぼくのためのものではない。
「ぼくみたいなやつ」のためのものでもない」
p222引用
「特定のトピックに焦点をあてて、無理に「最先端」のシーンを演出するようなことをしていません。
ぼくがその場その場で関心をもった方々、関心をもった主題を集めている」
「言い換えれば、ぼくは自分の関心が自分だけのものであること、自分が孤独であることを受け入れたわけです」
p223引用
「「ぼくみたいなやつ」はぼくしかい -
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かなり面白い論考だった。
「民主主義とは本来熟議が必要なものであり、現代の民主主義には熟議が足りてないんだ!」というステレオタイプの思い込みをひっくり返された。実装面は置いといて、大衆の無意識を直接反映できるようになれば、「民意を反映してない」みたいな批判は一定避けられるようになるだろう。
一方で、現役世代の一般意志に従うだけでは、環境問題や伝統の継承など、未来・過去の世代を考慮した判断は難しいように思える。特に、環境問題のような、現役世代の欲望を抑えて将来世代の負担を軽減するような問題については、熟議の方が解決に導ける気もする…。難しい。 -
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人間は環境に規定されてしまう。
そんな人間が「かけがえのない自分」として生きていくためのヒントとして、環境にノイズを忍び込ませること、記号では捉えきれない「モノ」があると認識すること、無責任・軽薄に生きる側面を持つこと、すなわち「観光客」として生きてみることが提案されている。
最近、法律の勉強に時間を割かれ、記号の世界に閉じ込められていた。お金も時間もないし、友人が海外旅行する様をInstagramで見て、俺は日常の中に小さい幸せを見つけられるんだ、なんて小さい捻くれた世界に閉じこもっていた。
旅に出たいと本気で思う本だった。今の僕の人生には明らかにノイズが足りていない。脳みそも心もどんどん -
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(2014/10/11)
ネットは弱いようで強いつながりだという。
固定した仲間としかつるまない。
新しい環境に触れるには、
弱いリアルを求めるのが一番。
そのためには旅をしようという。
ネットでストリートビューをすれば現地の様子はわかる、
でもそれは旅ではない。
その違いは移動時間にあるという。
その場に行くまで、帰るとき、
体を一定時間その場に拘束すること、そして欲望することに
意味があるという。
深い。
だから著者はダークツーリズム、チェルノブイリ観光を実施し、
さらに福島原発を観光地化しようとする。
平野啓一郎氏の分人化にも触れている。
ただ、平野氏がそれぞれの村人であれ、というの -
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普通は敢えて考えないようにしている難しい問題。歪んでいても日常生活は支障ない(もしくは支障ないものとして打ち捨てておける)。
自分自身で考えられない私のような人間は、このような本を読むとなるほどなぁと大いに感心し、勉強になる。
立派な先生方のおっしゃることをある程度は理解したり共感したりすることで、自分は我が国の抱える問題について無関心ではない、どちらかというと意識高い系の人間であるかのように思ってそれだけで満足感を得ている部分もあるが。
歪みを持ってるのは日本だけじゃないと思うし、歪みについて偉い先生方が鼎談したところで解決するものでもないだろう。しかし、ちょっと立ち止まって考えるのは意味が