東浩紀のレビュー一覧
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久々ずしんと来た一冊。
ヴィットゲインシュタインの言語ゲーム、ハンナアーレントの公共の議論、ルソーの一般意志と『新エロイーズ』などなど、読み応え盛りだくさん。
「家族」って一言で言っても全然違うんちゃうか。
「公共」って何。
「民主主義」(人工知能民主主義)ってほんまに大事なとこどこなん。
この辺のすごく現代時に取ってこそばゆいところに上手く手を伸ばして深く掘り下げてくれる本。
笑いを取って笑顔にするには自虐ネタだけ繰り返したりツッコミだけでは限界があるから、やっぱりテンポとボケと間があってしゃべくりが続いていくことこそ醍醐味やなと、ごちゃごちゃした街中の中で育った(今も難波以南はご -
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「訂正する力」を読んだ上での「ゲンロン戦記」。この二冊が思索編と行動編のニコイチのセットであることがあまりに感動的でした。「観光客」とか「誤配」とか著者ならではのキーワードも決して理論の意味深なメタファーなのではなくゲンロンというリアルな模索から生まれたド直球の意味であることを知りました。なので「修正」ではなく「訂正」という最近の言葉の提案も非常に実感を伴ったものであるものとして受け取れました。学生の時からスポットライトを浴びてマスコミにも良く登場し大学でのポジションも確保できそうだった論客が、それを捨ててのビジネスでの七転八倒ヒストリー。考え違い、思惑の違いに翻弄され、自分の弱さから逃げ、や
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浅田彰が『構造と力』が「完全に過去のものとなった」と、お世辞とも本音ともつかないコメントを寄せた処女作『存在論的、郵便的』から25年、スタイルや力点は随分変化したかに見えるが、東哲学の集大成とされる本書は処女作で既に予告されていたようにも思う。「脱構築」から「訂正可能性」への進化は何を意味するだろうか。
人と人とのコミュニケーション、あるいはその前提となる共通理解はいかにして可能か。それは「誤配」であり、分かり合えるのは偶然に過ぎず、確実な根拠などないとデリダは言う。しかしともかく手紙は配達され、開封され、そして読まれる。「誤配」と判明しない限りコミュニケーションは何の問題もなく継続される。 -
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東浩紀による観光の哲学のその後の哲学。訂正可能性の哲学とは乱暴に要約すればかのようにの哲学であり、動詞的に考える哲学でもあり、フランス現代思想の系譜にあるように思えるのだけれど、民間にいることもあり、アカデミズムな文脈では評価されていないという。ご本人はそんな評価は望んでいないのだろうけれど。一般意思とは事後的に振り返った時に成立しているという考え方はまさにヘーゲルの哲学に該当していて、あたかも意思があるかのように歴史が発展してきているけれど、それは事後的に意味を確定させたときにのみ成立する考え方でもある。
それにしても高度な哲学的議論をここまで平易に語ることのできる著者の才能には改めて感服 -
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人間への諦念を前提とした内容ながらも、これをポジティブ、いやニュートラルに捉えられる読後感だった。人間とは、決して合理的で強い存在ではなく、情念に振り回され他者を傷つける弱い存在である。これを、だからといって単純に人間を排除する思想に走るのではなく、それでも過ちを訂正し続けていくからこそ持続可能であると結論付けている。それは、悲観主義ではなく、かといって理想主義でもない、とてもプラグマティックな考え方に思えた。
カール・ポパーが提唱したように、一見すると絶対的だと思われる科学でさえも、その正しさは常に暫定的なものでしかなく、それは反証可能性に開かれている。同様に、正しさの基準も時代や文化によっ -
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観光客の哲学の続編として、同書で序説に留まっていた家族の哲学を、ヴィトケンシュタインとクリプキを参照した言語ゲームをもとに訂正可能性の哲学として発展させ回収している。
後半はシンギュラリティ肯定論への反証論理の提出という形で、上記の訂正可能性の概念を活用しながら、著者の過去の著書たる一般意志2.0をアップデートする内容で、これからのあるべき民主主義についての示唆を提示して結論とする流れになっている。
様々な思想家の論理構造(あるいは再解釈された論理構造)の間の鏡像性を手がかりに議論を発展させる批評的理論構築が、丁寧な整理のもとで示される。当たり前だが、完全に固有の新しい民主主義のあり方が結 -
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ネタバレ哲学書ながら読みやすい一冊だった。グローバリゼーションとナショナリズムの狭間でどう生きるのか。経済的に結び付きゆく世界の中で、自分と他者の壁をどこに設定するのか。難しい問題について考えさせられた。
ゆるく生きる、というのとは少し異なる気がするが、概ね筆者の意見には納得した。ナショナリズムに限らず、例えば会社をとっても、多様な働き方があるいまの時代、一つの組織や集団への帰属意識は不安定なものになりつつある。そこで大切なのが観光客としてのコミュニケーション、つまりすべてが繋がっていることを許容しながらも、自己と他者の境目をなんとなく意識すること。そして他者の認識は100%そのものを理解していると認 -
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ネタバレ「観光客の哲学」初版は既に購入して読んでいたのだけれど、今回の増補版で再読して
新たな発見がいくつもあったので、備忘録として記しておくことにした。
まず第4章の「二層構造」。カント、ヘーゲルの時代から哲学者が考えてきた国家と市民社会のことがものすごくわかりやすく述べられている。21世紀はネーションの統合性が壊れただけの状態であり、2つの秩序が独立して存在する「二層構造の時代」であると。
もはや普遍的な正義が存在しない、リベラリズムの根幹が揺らいでいる現代には、上半身(理性、政治)と下半身(欲望、経済)は別々の秩序で動く。これは、コロナ禍を経験した我々には実感を伴って感じられる。医療者である