江上剛のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
元銀行員の主人公が、飲食業界のCFOとして雇われの身で就任し、結局のところ社長になってしまい、業績の立て直しに奮闘していく、と言う物語。
前任ののオーナーが、フランチャイズ化を拡大しすぎた結果、どうにもならずに去って行き、帆の尻拭いに奔走していく。
前社長や、元銀行員の同僚など、いわゆる悪者に対峙しながら、それでも経営のために何とか策を巡らせていく。
占い師に言われた人生は七味唐辛子のようなもの、というので章立てられている。
最後は半沢直樹のような勧善懲悪のような結末であるものの、登場人物全体がキャラ立ちしていないので、いまいち盛り上がりに欠けるストーリーも感じた。 -
Posted by ブクログ
・ジャワ島の東部。スラバヤから3時間のプロボリンゴに住友の精神がある。住友林業の街。
・各銀行には数百年の歴史がある。先人たちの想いがある。それを受け継いでこそ新しい歴史の担い手になれる。
・住友林業のお陰で豊かになれる。メッカに行ける。住友林業から無償で提供された苗を植える
・住友家の家訓には国土報恩というものがある。会社の利益より国土、地元への利益還元を優先。伊庭貞剛は住友中興の祖。銅は国家を支える産業だったが、貞剛は住友を壊しても構わないという覚悟で問題に取り組んだ。
・企業は人間の組織。成功すればするほど保守的になっていく。成功は日々過去になっていく。人は過去に執着し、成功体験を壊すことはできない。その結果、企業は低迷する。成功体験を破壊する強い意志をもって行動しなければ陳腐な企業になる。
・論語と貞観政要。満溢を懼るれば、すなわち江海の百川に下るを思う。人の上に立つ人は、人より低いところにいなければならない。低ければ琵琶湖のように至るところから川が流れ込み、満々と水を湛えることができる。琵琶湖のように。
・嘘はいけない。嘘への叱責と大いなる優しさ
・身分により人々を分けるという発想はない
・春秋左氏伝。子を愛すれば、之を教えるに義方を以てす。自分の子供にはただ可愛いと甘やかすだけではなく、義務とか忠義とかを教えねばならない。人々の上に立つには、他の人に尽くすという姿勢が必要だ。
・孔子。人民に尊敬と忠義と勧業を上から要求するのではなく、まず自らが姿勢を正さねばならない
・豊かな商人。周りに貧しいが多い。我が家は彼らを搾取しているから豊かなのではないか。
・欧米には士農工商がない。誰もが自由に意見を言うことができ、誰もが世の中の指導者になることができる。誰もがその持てる才能によって世に出ることができる。だから強い。わが国には仏教や諸外国の文化が入っていたがその根本を探ると神道に行き当たる。天皇という神道の中心にいる方がこの国を治め、人々は幸せに暮らしていた。人々は天皇に感謝し、国に忠義を尽くしていた。藩等という意識を捨てねば国は一つにならない。
・私たちは中国から伝来した漢字というもので物事を考えている。例えば天と書けばアメと呼ぶ。しかし古来、先祖が文字を持たなかったといき「アメ」と称したモノや事象は「天」と同じだろうか。確かに文字が無ければ多くの人に伝わらない。しかし文字によっては、古来の意味が変化し、失われることもある。そのようなことを考え、考え抜き、古来の日本人が抱えていた考えに迫らねば、本当の日本の姿は見えてこない。道というものは誰かが作ったもの。誰かが歩いた跡。特に私たちは儒教を道だと考えている。しかし本来の道だろうか。古来の日本には、いわゆる儒教の道はなかった。別の道があったのか、道さえなかったのか。そこに儒教という外来の道がつくられ、私たちはそれが古来の道だと思ってそこを歩んできた。正しいのか?日本人が歩むべき道は?学問とは現れたものをそのまま信じるのではなく、その奥に隠れている真を探る、あるいは考え抜くもの。何かくれた本質を見つけ出すもの。月はなぜ宙に浮かび、照らしながら動いているのか。照らすことなど微塵も考えていない。このような月について宇宙の本質について何事にもとらわれずに考え抜き、その真を探ることが学問
・人間の器械とは、日本を動かす器械
・生き方。私心なく、常に国の行く末を案じるもの。国のことを憂え、男子の本懐は国に尽くすことである
・歌には、辛い行軍を強いられる兵を慰め、勇気づけるだけではなく、庶民の心をも鼓舞する働きがある。
・天皇が五箇条を八百万の神々に誓約。五箇条のご誓文。①広く会議を興し、万機公論に決すべし。②上下心を一にして、盛んに経綸を行うべし。③官武一途庶民に至るまで、各その志を遂げ、人心をして倦ざらしめんことを要す。④旧来の陋習を破り、天地の行動に基ずくべし。⑤智識を世界に求め、大いに皇基を振起すべし
・万機公論に決すべし
・新しい時代は、強い憎しみ、恨みなど、今まで経験したことがない負の人間性がおどろおどろしい姿となって登場し、人々に絶望を与えるかもしれない。もし絶望の時代になったとして、どのように生きるべきか。天という大きな存在に対して、敬虔な気持ちと姿勢を忘れないようにしなければならない。
・法の下に全ての人が等しく平穏に食わすことができるようにするのが務め。刑法官。
・能力ではなく、たまたま生まれた藩で差がつくのは許せない。出身を自慢し、自らの栄進の道に汲々としているものがいる。斗そうの人。一桝いくらでしか計れないような連中のこと。
・住友の家祖は越前丸岡藩に1585年に産まれた文殊院住友政友。涅槃宗の僧侶だったが、涅槃宗は他宗からねたまれ、排斥を受け、幕府の裁定により天台宗の一つの派になってしまった。そこで政友は員外沙門という立場に。僧ではなく僧ではない、すなわちどの宗派にも属さない僧として、還俗し、一般社会の中で生活しながら涅槃宗の法灯を継承する道を選んだ。祖が宗教家。1628年京の上柳町に薬と出版の店を開き、商売を始める。薬は人の体を、書物は人の心を癒し、救う。ともに人々の助けになる商い。商売を仏が衆生を救う道と心得ていたのだろう。涅槃宗の有力な信者で政友の姉と夫婦であった蘇我理右衛門。これが住友の業の祖。銅吹き業、精錬業。
・商売はどんなことでも心を込めて励むようにと教えている。住友が人を大事にし、心を込めて商売をしてきたから情報がくる。
・日本人の手で技術を蓄え、日本人の手で銅山を採掘したり、列車を走らせるようならねば、西洋に勝てない。
・道に志し、徳に拠り、人に依り、芸に遊ぶ。道を志し、徳を極めれば、それは思いやりの仁となり、やがて芸を楽しめば、迷うことなく生きることができるという意。芸に遊ぶとは自分の道を歩めば、まるで芸に遊ぶように楽しみながら道を違うことがない
・上司や主君の命令であっても、あるいは国家の命令であっても、それが主家や国家のためにならなければ逆らうことが本当の忠という意。その反対は命に従いて君を病ましむる。これをへつらいとなす。
・鼻水垂れも次第送り、年功序列。老朽淘汰、下級店員の抜擢、新人物の重用。発展には仲間・小物からも抜擢する。できない奴は落とす
・住友で利益を上げることは国に尽くすことと同じ。財を金銭的な財ばかりではなく、社会に貢献することも含まれるならどのような道だろうと正しい
・真の文明というものは、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし
・これまで職員はみな尊敬、畏敬していた。職員からの心からの思いだった。住友が今日あるのもこうして働けるのもお陰だと思っていた。ところが盟約書を徴求しないと職員をまとめきれないということは、職員を信ぜず、職員は信じないという最悪の事態。
・住友の財産といったところで何ほどのものではなく、たかが銅を吹いて儲けたくらいのもの故、潰してもらっても結構。
・無為を成す。道を究めるとは自然のままであることだという意味。余計なことはするな。ただあるがままが良い。何かを企んだり、仕掛けたりはしてはならない。平常であることが尊いのだ。
・住友の事業とは、どんな人でもできるというような種類の事業であってはいけない。住友の信望と住友の大資本と、住友の人材を以て行わねば到底計画さえできないというような事業こそ、住友は己の事業として、これに全力を尽くすべき。それでこそ住友の存在が、国家的にも社会的にも大きな意義を持つ。単に利益があがるからといって他の真似をして同じような事業を計画したり、あるいは資本があるからといって既成事業を圧倒したりするのはいやしくも住友の為すべきことでない。いたずらに資本を重複固定させることになり、資本の効率を悪化させ、同時に我が国の産業の健全なる発展を阻害する点において社会的見地より、したがって住友存立の根本主義より慎まなければならない。住友の事業は住友自身を利するとともに、国家を利し、社会を利する事業でなければならない。この意味で将来有望であり、社会に貢献し得る事業であれば、住友は社会に代わってこれの経営の任にあたるという凛呼たる大市民精神を逸してはならない。もしその事業が本当に日本のためになる事業であり、しかも住友のみの資本を以てしては到底成し遂げられない大事業であるなら住友はちっぽけな自尊心に囚われず、いつでも進んで住友自体を放下し、すなわち一切の執着を捨て、日本中の大資本家と合同し、敢然とこれを造り上げようという雄渾なる大気魄を絶えずしっかりと蓄えていなければならない
・現実を重んじるも現実に囚われず、常に理想を望んで現実に先んじること、ただ一歩なれの精神で事業に臨む。平易だが含蓄がある。理想を掲げて、現実の少し先を行く事業に取組めというもの。目先の利益や他が行っているから新規参入するという浅薄な考えでの事業は、住友では許されない。
・住友が高く掲げる企業倫理の「自利利他、公私一如」の公を住友にしてはならない。国家や国民でないといけない
・人々の法の下の平等を実現。あらゆるものは自然の前で平等だ。人も、人が造る組織も、自然に抗って存在することは許されない。したがって人間が自然環境を破壊することは許されない。人間が傲慢になり自然を破壊すれば、必ず自然から反撃される
・事業とは不思議なもの。発展し始めるとさらに発展させたいと思うようになる。欲が出る。そのうち、事業が私たちを動かすようになり、私たちは気付かぬうちに事業拡大の奴隷になる。やがて事業の目的も何もかもがわからなくなる。 -
Posted by ブクログ
住友の形を作った伊庭貞剛のノンフィクション作品。
田中正造が登場したが、名前しか覚えていないほど記憶の彼方だったので、改めて近代日本史を思い出すにもよい内容。
利益は公のもの、公とは天下国家を示すもの、という信念のもとに、別子銅山の煙害に取り組む。
当時の絶対的な権力者でトップの叔父と差し違えても、その信念を貫き行動に移す姿は惚れ惚れする。
なぜ、住友林業という会社があるか、不思議に思っていたが、煙害で山の木々が失い、土砂災害で多くの犠牲者を出したところから来ている、と言うのは知らなかった。
自分が老いる前に経営を後進に譲る考え方も素晴らしく、70,80歳になっても権力の座にしがみつこうとする方たちは、一度立ち止まって伊庭貞剛の足跡をたどってみたら良いのではと、感じた。 -
Posted by ブクログ
「勝つためには何でもする」「ついつい出来心で」「冒険を楽しむ癖」などちょっとした行為・不正をゴルフのルールを通じて「よくある出来事・エピソード」として読み物にしたものだ。ゴルフは人間の本性を醸し出す、そのゴルフのルールにおいて人それぞれに「不正・間違い・勘違い」または「接待・上司のための温情」を起こす。だが、企業のトップが起こす不正はやはり許しがたく歪めない。ゴルフのルールで極付が「賭け事」でポイントが1本100円なのか1万円なのか、また勝負によっては倍返しなどさまざまなケースがあることだ。知ったふりしてゲームすると思った以上の大負けを招く結果をもたらす。話が違うがゴルフだけではなく「女と金」に絡む上司の汚点を尻拭いするのも部下の役割だ。社内での「憎まれ役」「悪玉役」「成功しても脇役」としても我慢、我慢が全ての日本のサラリーマン社会であることも知っておくべきだ。