柏井壽のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
お父ちゃんと娘が思い出の食を再現する、「鴨川食堂」第4弾。
今回も、何ということは無いお馴染のメニューが並ぶが、お客さんもいろいろ、そして、料理人の人生にもいろいろあるのだと思った。
相変わらず親子の仲の良さが微笑ましい。
初来店時に出される「おまかせ」料理が美味しそうすぎて、悶絶。
探し出された料理は、明日へ踏み出す背中を押す。
第一話『味噌汁』
父の悲しい体験から、弁護士を目指すようになった青年。
なかなか司法試験に受からず、故郷にも帰り難く、しかし望郷の思いも募る。
故郷を旅立った日の朝を、味噌汁とともに思い出す。
第二話『おにぎり』
約束のおにぎり。
4年待ちました。
とても哀しいが、しみじみと良かった。
第三話『豚のしょうが焼き』
このお客は、しょうがない豚野郎ですね!
おっと失礼!
すぐに怒りが態度に出てお父ちゃんに叱られる直情型のこいし、「忘れたふり」が武器の老練なおとうちゃん。
読者はニヤリとする。
第四話『冷やし中華』
このお客もちょっといけすかなかった。
久々登場の妙さんと火花を散らす。
高齢の父親が食べたがっている冷やし中華に、複雑な過去の思い出。
記憶の底に眠る意匠。
第五話『から揚げ』
仕事に行き詰って懐かしむ、青春の日のから揚げ。
これは、食の謎が解けてからが山場だった。
何を食べさせるか以上に大切なのは、どういう気持ちで食べさせるか。
第六話『マカロニグラタン』
身から出たさびで息子と会えなくなる。
マカロニグラタンは二人の共通の思い出になったのだろうか。 -
Posted by ブクログ
2026年9月30日(水)晴 京都旅3日目
日頃の行いが良かったのか、4日間の雨予報が3日目にして晴れた。8時過ぎ、傘は宿に置き、歩いて西院駅まで行く。今回の表紙は柏井壽さんのコレ。3日間、とってもとっても参考にさせて貰いました。
京都は至る所お地蔵様がいる。市街地も、此処の様な郊外地も、お地蔵様は丁寧に祀られている。此処のお供えのご飯は生だった。花は造花。
祇園祭の山鉾の名前が入った粽(ちまき)が至る所玄関に飾られている。柏井壽さんによれば、これには〈蘇民将来の子孫也〉という護符が入っている。神さまが蘇民将来に言った〈疫病より免れる〉「約束」のお裾分けを貰おうという庶民の知恵である。都市病である病をよけることは、深刻な庶民の願いだったのだろう。ふと気がついたのは、これは「家内安全」を願ったおまじないではない。事故を免れるわけではないのだ。
行く途中、地域のパン屋でひとつパンを買い、西院駅前の地域の喫茶店でモーニングを食べた。やはりパンは少しだけ美味しい。ちょっと食べ過ぎ。
西院駅から京都郊外西南地区の向日(むこう←コレ難読漢字だろう)東駅まで4駅あっという間だ。目的地の向日市文化資料館まで15分歩いても、10時開場まであと13分もある。私評価の市立施設で京都最大の「考古学」博物館。因みに、国立京都博物館に今回こそ行きたかったけど、今回も展示替で閉まっていた。
ちょうど私の専門範囲「凄いぞ弥生遺跡」という特別展示をしていた。向日市の森本遺跡、鶏冠井(かいで)遺跡、中海道遺跡、東土川西遺跡の「凄さ」を解説してある。
森本遺跡は、以前訪れた時に小学校から出土した人面型壺型土器の出土場所をわざわざ見に行ったことがある。ところが遺跡範囲は小学校どころじゃなくて、その数十倍広かった。
鶏冠井遺跡は、銅鐸鋳型をはじめ、石器・玉類の未製品などから、土器・金属製品(銅鐸)・石製品(石庖T)・玉製品(主管室)の恒常的な生産をおこなう工人集落だったことがわかった。
東土川西遺跡は、近江、讃岐、東海、そして吉備とさえも交流のあとのある拠点集落だった。
中海道遺跡は、手あぶり型土器や祭祀用土器など、政治経済拠点集落だった可能性がある。
向日市には、いろんな特徴を持ちながら環濠集落をつくらず、繁栄と衰退を繰り返す弥生ムラの様々な姿がある。非常に興味深い。
事前にこういう展示内容だと知っていれば、一日中あれば弥生遺跡めぐりも出来たのだが、他にも行くところあり、京都市街に戻る。
昼食は迷って、京都老舗の喫茶店「イノダコーヒー」にした。マチ先生の甘味探訪地図に何故か載っていた。ハヤシライスのセット。結構なお値段である。京都の食堂はすべてこうなんだろうか?
佛光寺を過ぎて、学校博物館へ行くと水曜日はダメよとのこと。定休日だった。こんなのばっかし。
鴨川を渡る。その橋、松原橋にかかる説明版が驚くことばかり書いていたので、そのまま書き写す。
「松原道は平安時代の五条大路であり、当初は嵯峨天皇の勅命により橋が架けられたともいわれる。清水寺の参詣道でもあったことから、人の往来が多く、大変賑わった都の目抜き通りであった。元来、この地にかかっていた橋が五条橋であり、通りの両側に見事な松並木があったことから五条松原橋とも呼ばれていた。
安土桃山時代、豊臣秀吉が方広寺大仏殿の造営に当たり、この地に架かっていた橋を平安京の六条坊門小路(現在の五条通)に突け替え、五条橋と称した。そのため、この地の橋の名前からは「五条」が外れ、以後、松原橋と呼ばれるようになった。この通りは、歴史的・伝承的に話題が豊富である。伝説にいわれる牛若丸と弁慶の決闘、「京の五条の橋の上」は、当地のことを指す。
また、この橋を東へ進むと清水寺に行き着くが、途中、冥界へ通じると言われる井戸で有名な六道珍皇寺がある。」
←秀吉の京都改造は、いろいろ強引なところがあったのだとよくわかった。
六波羅蜜寺に詣る。着物姿の外国人が昔にはなかった風景であるが、空也上人像を直に見るのは、どうも修学旅行以来の様な気がする(或いは19歳以来)。京都に来るたびに、そのうちの1/3回は見ようとしたのであるが、その度にお休みだったり、改装中だったり、開館時間に間に合わなかったり、見ることできなかった。
あの頃は、口から6つの人形(南無阿弥陀仏)が出てくるのがただ面白かった。今回丸切り違う感想を持つ。117センチと、同時代の運慶無着像とは違い小さい。小さいけれども生きている、ふとした瞬間圧倒される。その写実性もそうだが、あまりにもリアルなのだ。愛鹿の角で設えた杖をつき、ボロボロの袈裟を纏って、一心不乱に称名を唱える路上の聖。その場に居そう。運慶の四男、康勝がつくったと言われている。その他、平清盛坐像、運慶坐像、湛慶坐像などリアルな傑作を置き、運慶の地蔵菩薩坐像、一番弟子の長快作弘法大師坐像、平安時代定朝作地蔵菩薩立像など、見応えある仏像が目白押しだった。参観料600円では安すぎると思えるくらい。奈良興福寺に匹敵する宝物館だった。
六波羅蜜寺に向かう曲がり角は、「六道の辻」と呼ばれる。あの世から戻ってきた霊が迷う辻と言われている。そこにお地蔵堂があったので、お賽銭50円を奮発した。
六道珍皇寺にやっと来れた。「有頂天家族」において、次男矢二郎がカエルとなって、この寺の古井戸に隠居している。とだけ、小説にはあるのであるが、実はこの寺にある鐘がお盆にやってくる霊を迎え入れる鐘なのである。しかも小野篁は、母を尋ねて古井戸で行き来していた伝説がある寺なのだ。だから、矢二郎は「そこ」にいたとも言える。行っても受付はなかった。今日は休みか?またか?念の為に人に聞くと、「そこから見れるよ」とのこと。中には入れないが、ひさしの奥に微かに古井戸が見える。遠くから見ると幽霊が出てきそう。そうか、でも矢三郎は毎夜どうやって矢二郎と会話できたのだろう。矢二郎は言っていた。
「井戸の底から見える景色など、たかが知れているけれども、空と星だけはよく見える。だから、井戸の底の蛙だといっても侮ったものではない」(『有頂天家族』)
教訓を活かし、バスで京大総合博物館へ早めに行く。此処も、来たくて、今まで4度失敗したところである。休みを調べなかった。休みでないはずなのに休みだった。満を持してきたのに、閉館時間になっていた⸺等である。前回閉館時間を過ぎていて、あまりにも悔しいので「岡山から来たんです。図録だけでも買わせてください」と頼み込んで、重い高価な図録を一冊買ったが、考えたら未だ1ページも開いていない。
今回、5度目の正直、余裕をもって2時半、やっと来れた。展示内容は膨大ではないが、流石に京大、綺麗な遺物が目白押しだった。幾つかのビックリは、考古学図録を買ったので、それを紹介する時にしたい。
道を隔てて、京大生協があったので、入ってみる。一階本屋、2階食堂である。本のラインナップは、それほど多くなく、深くない。考古学は、歴博関係著者は置いてなかった。教授の意向が反映していると見た。食堂は、組合員価格しか書いてなかった。チキン南蛮385、春巻き132、ビビンバ丼小440大660等々学生に優しい。流石だとは思ったが、一般人の購入仕方がわからなくて撤退。
京大前の森見登美彦行きつけの店は、ハイライトも進々堂もカフェコレクションも残っていた。でもみんな今にも潰れそう。カフェコレクション(「四畳半王国見聞録」舞台のひとつ)でケーキセットを食べる。
周りには、流石古本屋が多い。冷やかしていたらつい一冊買った(荷物になるのに)。有名な小説ではなくて、絶版になっていそうな小難しい本を選んでしまうのが、我ながら哀しいさが。
そのあと、吉田神社入口を右目で見て、北白川交差点角に「私設圖書館」という、フリー学習施設がある。ネットで見つけたのだ。入る。本もあるけど、みんな圧倒的に自習している。夜中23時までやっているらしい。2時間まで330、4時間まで400円だが、アンケート見ると「やっていけないので、値上げするのが是が非か」を利用者に聞いていた。値上げか、現状維持か、ではない。値上げか、閉館か、という岐路に立っているらしい。すべて木目調の部屋。落ち着けていいところだった。
夕食は森見登美彦に拘らず、帰りがけに適当に店に入る。「南国サンサン食堂」。沖縄料理店。ゴーヤチャンプルー定食が990円だったので、それを頼む。目の前のボードに宮古島産のラム酒入荷のことを書いていた。原田マホの「風のマジム」のラム酒とは違い、若い人が最近始めて宮古島産のサトウキビで作っているらしい。試しにロックを頼んでみる(マクガンロック)。最初だけ泡盛テイストがあるけど、あとはスルスルと飲める。聞くと40度らしい。もっとキツくても良いくらいだ。沖縄産ラム酒良いんじゃないか。チャンプルーも本格だった。
バスで西大寺四条まで帰り、そこからバスで宿まで帰った。21時だった。アジア大会のサッカーが、PK戦までもつれていて見ていられなかった。
17360歩
パン260 モーニング590 西院→東向日200 向日市文化資料館図録500 東向日→四条烏丸240 イノダコーヒー1790 六波羅蜜寺600 賽銭×4 90 バス230 京大博物館400 京大図録1800 カフェコレクションケーキセット680 古本200 私設圖書館330 南国サンサン1590 バス×2 460
計 9960 -
Posted by ブクログ
ネタバレ京都の実際にある店や寺院を巡りながらお客さんの悩みに相応しい観光を行って悩み解決しながら自分も成長していく話。主人公は結婚しているにもかかわらず奥さんに相談なしに個人タクシーを始めて離婚される。第一話は紅葉前なのに紅葉を見たいというお客さん。訳あって別れたもののまだ愛する旦那さんのために死ぬ前に好きな紅葉の景色を見せたく依頼。主人公も喧嘩別れではないので、離れたことの大変さを思い知る。第二話は父親と喧嘩別れしたことで結婚式に来てほしいのに素直になれないお客さん。主人公も奥さんも頑固なところで変に意地を張ることは良くない結果になることを示してるように思う。第三話は子供たちのレポート作りのために一緒に観光する。父親のお客さんを思う心に子供は感動し、そのレポートを読み主人公も感動する。第四話はラーメン屋の店主が帰郷前に京都を観光したいとの話。故郷に残した愛する人がバツイチであることを卑下している悩みをキズがあることが良いことと前向きになることをさとす。五話目は好きな能をやめるお客さん。新しいことを始める覚悟が、前妻のことを思い出させる。全話を通して家族のことを軸に主人公が気づきを得ているような雰囲気。また、毎回でてくる京料理とお酒の表現も抜群で、食べたくなる。読み終えたころには京都観光に行きたくなるし、続編も期待したくなる作品。