石井光太のレビュー一覧
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2011年の外国人登録者数、約208万人。(長野県の人口と同じ)。東京40万人、大阪20万人、愛知も20万人。このほかに、不法残留者約8万人。観光・ビジネスでの訪日外国人、2010年に860万人(大阪府の人口と同じ。)昨年は1000万人を超えたらしい。
日本でなくなった外国人を海外に遺体搬送するビジネス。イスラーム墓地。三重県にあるという売春島。イスラエル人の露天商ビジネス。タイ人の占い師。薬売り。霊友会のネパールでの布教。外国人医療。インド式英才教育幼稚園。中古車販売業。インド・ネパールレストラン。日本社会の中に入り込み、その中で生活する人々。
先週のNHK,今から約20年前にフィリピン人女性と日本人男性との間に生まれた子どもたちが成人し、日本国籍取得のために多数来日している。彼らを狙った詐欺ビジネスが横行しはじめている、、。(ビザ取得代行のために数十万円を請求)
彼らだけでなく、多くの在日外国人の声がもっと聞こえる世の中になればいい、と思う。 -
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アジア、アフリカの途上国の現実を幻想や流言といった精神面から斬り込んだルポルタージュ。
石井光太の一貫したテーマとも言うべき貧困地に赴き、貧困の現実を捉えるだけでなく、現地の方の精神的な世界にも迫った興味深い作品になっている。
第一章では、各地で今だに語り継がれる残留日本兵の亡霊の話からアジアの現実を浮き彫りにしてみせる。
第二章では、アフリカやアジアの国々で様々な理由により抑圧される性の現実を描く。
第三章では、戦争が遺した悲劇と呪術や呪いといった不可思議が支配を続ける現実を描いており、第四章では、今だに戦地に残る流言について描いている。 -
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世界を股にかけて回り、その衝撃的なルポルタージュを次々と発表する筆者が何かをやろうとしてそのきっかけとなる一歩を中々踏み出せない方の為に、自らの体験を踏まえて語る一冊です。著者の視点が素晴らしいです。
アジアをはじめとする世界各国を回り、衝撃的なルポルタージュを発表し続けている石井光太氏が、若い人向けに語ったことをまとめた一冊です。
『いつ、何をやるか?』
このテーマは10代の後半から20代の半ばくらいまでのは常に付きまとって来るわけですが、それらの疑問について、筆者が自らの体験を基に、熱い回答で答えております。
石井氏は両親をはじめとする身の回りの人間が世界を舞台に活躍する方だそうで、その影響からか、海外に出ることは当たり前のことであると感じ、自らも19歳の折にバックパックひとつを抱え、パキスタンやアフガニスタン界隈を放浪した事をきっかけに、海外へと飛び出していくのです。もともと、筆で身を立てることを志していたとのことで、大学も文章を書くことを学ぶところに籍を置き、それ以前も独自の文章修行を重ねていたという記述を読んで、自分もここまでの努力を正直、重ねたであろうかと、自分を見つめてみて、そんなことを読みながら考えてしまいました。
さらに、作家になってからも『サバイバル』していくのは続いていくわけで、いかに自ら仕掛けて仕事を作っていくのか?フリーであることと組織で所属するのはどちらがより自分のやりたいことが出来るのか?など、誰もが思う疑問や、大手のメディアが取材しないことを独自の視点で描くことの大切さ、そういったことも語られていて、とても参考になりました。上梓する本のすべてが衝撃的で、心の中にある問題意識を常にあおるようなルポルタージュはこうしてつむぎだされるのか、という筆者の『楽屋裏』を見たような気がした一冊でありました。 -
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ウガンダ・ビクトリア湖の「死体を食べて大きくなった巨大魚」、パレスチナの「白い服を着た不死身の自爆テロ男」、海外取材経験の豊富な筆者が現地の人から聞いた『噂』。しかしそれには『真実』が含まれていて…。
古今東西、人と人が相争うところには『うわさ』というものがまるで野火のように人々の間を通り抜けて、あっという間に広がっていくようです。 しかし、うわさというのは往々にして『真実』を含んでいるというのもこれまたよくあるお話。本書は海外取材の経験では百戦錬磨を誇り、衝撃的なレポートを数多く発表してきた筆者が、日本を含めて各地の戦場に散らばっている『うわさ』を集めて紹介したものです。その中の一部を紹介すると、
・中東では出稼ぎ労働者に死体修復の仕事が割り当てられる?
・アフガニスタンの空き地に「小さい女」の幽霊が現れる?
・遺体にコカインを詰めて密輸する麻薬密売組織がある?
・コンゴの少年兵が幽霊になっても捜し歩く、弾除けのお守り
・ヒットラーは密かにアルゼンチンに落ち延びていた?
というもので、もしも仮に何の予備知識もなく現地にいって、彼等からそういう話を聞いたとすると、僕は単純なのでコロッと信じて今うかもしれません。たとえば、『遺体にコカインを詰めて密輸する麻薬密売組織』のうわさは、メキシコの麻薬戦争にちなんだもので、現地の武装したゲリラのことを少しでも知っていると少しも驚きませんし、アルゼンチンにヒットラーが落ち延びていた?といううわさは実際にナチス・ドイツの幹部たちがアルゼンチンで名前を変え、経歴を隠して生き残っていたためであり、ホロコーストの主犯であるアドルフ・アイヒマンなどは、その典型といってもいいでしょう。
さらに、第三章の『食うもの、食われるもの』の中に描かれているフカヒレにまつわる恐ろしいエピソード(これはあえて書きません)カンボジアでは『内臓を返してほしい』という幽霊が出て来るというお話はクメール・ルージュ体制における内戦当時の現地で迷信により『殺害した人間の内臓を食べると敵の弾に当たらない』ということから実際にそういうことが行われていた事実に由来するのだそうです。僕はこの話を故鴨志田穣の『アジアパー伝』で前に同じ話をよんだことがあり、本書を読んでいるときも『あ、あの話だな』ということを思い出しました。
第四章の『戦争と処刑』で面白かったのはコロンビアの内戦で捉えられた捕虜が処刑されるときに『ありがとう、ずっと僕を見守っていてくれて』とゲリラ側の人間には見えないいう「人間」に語りかけるという話は絶望的な状況下におかれた人間がどのようにして『希望』を見出すのかがよくわかったような気がして、読みながら胸が潰れそうになりました。
第五章の『日本軍の暗部』では『南京大虐殺』や『七三一部隊』、さらには『朝鮮人強制連行』に関する『うわさ』が記され、こういった中に彼等の『心情』が織り込まれていると知り、それは感情的なものになっているので、根は深いなぁと思わずにはいられませんでした。海外に行かれたときに、もしもこういう話を聞く機会がもしもあれば『あぁ、あの話しだなぁ』と思うことが、もしかしたらあるのかもしれません…。 -
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戦争や紛争、貧困、食糧不足、感染病。世界には一筋縄では解決できない複雑で深刻な問題が数多くある。私たちはしばしば新聞や雑誌などに記されている統計的な数字を通じて、そうした問題の事の重大性を知識として享受する。
だが、こうした「大きな問題」について考える際に、私が常々重要だと考えるているのは、その問題に対する「当事者意識」である。人々に「当事者意識」を喚起するのでなければ、「大きな問題」を人々に伝える意義はほとんどないように思う。
たとえ「大きな問題」を知識として得ていたとしても、そうした問題を「我が事のように感じる」という意識がないと、具体的なアクションを起こすためのモチベーションは起こらない。「当事者意識」を起こすための方法は、その悲惨さや残酷さをショッキングな映像を通して伝える方法か、あるいは、そうした問題に困っている人の生の声を、取材者の感じたままに文章にして、物語る方法しかないように思う。
石井光太さんのルポルタージュはそのうち後者の方法だと思う。
石井さんはある問題に対して足をつかってどんどん入り込み、問題に苦しむ人たちとコミュニケーションをとり、自分の感じたことを感じたままに書いている。問題の当事者に近づき、その人の生の声に触れ、自分自身もがその当事者のごとく感情を動かす、石井さんってそんな人じゃないのかなと勝手に思った。
ルポルタージュは、取材者の主観的な意見の表明であり、物事を精確に伝えていないという批判を耳にすることがあるけど、私はそうした意見を的外れな意見であると思っている。そもそもルポルタージュは取材者の一感想を、もっと言えば「一感情」を読者に伝えるものである。新聞などの媒体が客観的な情報を正確に伝えようとするものであるに対して(新聞も主観的で且つ独断的なことは多々あるが)、ルポルタージュは取材者自身の生の声を自分なりの表現で人に伝えるものである。
客観的な文章は「人に伝える」ことはできるが、「人を動かす」ことはできない。人を感動させ、人を動かし、人の人生を変えてしまう、それがルポルタージュの醍醐味であり魅力である。 -
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「恵まれない子どもたちに支援の手を」と一言で語られがちな世界の貧困問題にもう一歩深く踏み込んだ作品。
飢餓の中に生きる人たちにも生活があり日常がある。
当たり前のことだが、改めてそのことに気付かされた。
本書では「子供兵」についての記述もあるが、戦争が終わったあとの彼らの行く末、また彼ら(彼女ら)がなぜ、どのような経緯で子供兵になるに至ったのか、ということも書かれている。
貧困と戦争、そして生活、それらが切り離すことのできない問題として描かれ、安易に児童労働や、児童結婚を否定するだけでは解決出来ないということを知った。
あとがきに「私は、あなたが問題の難しさに絶望するのでなく、その複雑に絡み合ったもののなかから一つを抜き出し、それに対してできりことをしてもらいたいと思っています。」とあるが、その方法についても、もう少し言及があればと思った。 -
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ネタバレ◆日本企業vsデマ
戦後の渡米日本人→性別欄に、数字(性交回数)を記入
日本製品→戦後は粗悪品で売れず、工場を宇佐に移転 MADE IN USA表示
ニコン→日本工学工業、戦時中スコープや命中機器を製作、小型大国の日本ブランド先駆け
オカモト→軍事工場として兵士用のコンドームを大量生産、「突撃一番」「鉄兜」
コンドーム使用率→日本低い(3位)、北欧・南アに続く、ちなみに日本は18センチ、アメリカ向けは20センチ、北欧向けは23センチ
人毛カツラ→中国やインドの貧民、寺院の剃髪を買い上げてつくる
◆ジャパン・セックス
昔の日本の婚姻関係→近親婚はセーフティネット
春画→明治時代の欧米への人気のお土産
戦時中のコンドーム→性病予防のほか、防水用の貴重品袋として使用
ワッペン→トラブル回避のための国籍アピール(偽造)
セックス頻度→世界平均103回/年に対し、日本は45回(上位は仏・ギリシャ・ハンガリー)
パートナー数→日本は3位(中国、ブラジル)、インドやベトナムは少ない
性犯罪数→日本は激少(1.8件/10万人)、韓国は13件、アメリカ32件、カナダ80件、南ア123件
日本の強姦罪→膣にいれたら成立するが、肛門は成立しない(穴が違うだけで罪に違いが)
初体験年齢→日本遅い(18.6歳)、欧米は早くアジアは遅い、1位はアイスランド(15.7歳)
◆反日感情
李明博大統領→日本人説(反日感情の利用)
眞露→斗山による日本買収説(同上)
グアテマラ日本人観光客襲撃事件→外国人=人さらい
味の素事件→反宗教的かつ反日感情のあらわれ
◆ゆがんだ日本文化
とりあえずビール→全体主義(≠個人主義)
犬食文化→げてもの食い
KAROSHI→SUSHI、TSUNAMIなどに続く日本発の国際用語
自殺大国→ハラキリ文化からくる誤解、共産主義国のほうが多い(リトアニア、ベラルーシ、ロシア)
食人文化→江戸時代の薬学的な風習「人油」「人胆」
活け造り→国によっては違法、シドニーでは活け造りや踊り食い禁止
卵→中国では白身が貴重、日本では黄身
◆在日外国人の流言
盛り塩は在日差別→盛り塩は、後宮で皇帝が乗る牛を止めるための仕掛け(お客を呼び込む仕掛け)
セックス大学→酒田短期大学、中国人留学生が学生ビザ取得して風俗で稼ぐ
ビニ傘→世界一ビトンを消費する国で傘だけはお粗末
◆日本人から見るガイジン
・脂とり一揆/血税一揆→明治開国時の対米恐怖から
・コカコーラ/メンソール→アメリカの去勢政策
・恋文横丁→渋谷センター街、菅谷篤二
・駒場公園プール事件、松本エイズ事件→東南アジアからの出稼ぎ女性に対する反感から -
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ノンフィクション。アジアの物乞いに魅せられた著者が、各国で出会った人々のエピソード集。
情熱大陸で著者を知り、気になって読んでみた。ノンフィクションってもっとお堅い文章なのかと思っていたけれど、短編ということもあって驚くほど読みやすかった。良くも悪くも、小説のようだと思った。読みやすすぎて、なんだかフィクションのように感じてしまう部分も。挟み込まれている会話のテンポが良いからかもしれない。けれど、その中にさらっと描かれている現実は、想像しようとしてもなかなかできない。
自分の無知を恥じたり、旅先で恋に落ちたり。ノンフィクション作家の人って、こんなに作品の中で自分をさらけ出すものなのだろうか…。ノンフィクションって、ある意味では小説以上に著者の個性が表れるんだなぁと思った。他の作品も読んでみる。 -
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「知って、じゃああなたは何をする?」と、一貫して語りかけている良作。
やさしい語りかけにやさしい色合いの絵が調和していて、残酷なリアルなのに、きっと小さな子どもにでも最後まで読ませてくれる。
『おかえり、またあえたね ストリートチルドレン・トトのものがたり』は、とてもおそろしい本だった。
帯に偽りはない。
「絶対貧困」という、途方もなく、世界中の誰もまだ解決できていない残酷な現実に対してリアルで、
けれど希望を残してくれた作品だった。
「知って、じゃああなたは何をする?」と、一貫して語りかけている良作だ。
「絶対貧困」の世界に暮らす、トトというひとりのストリートチルドレンを主人公にした物語だけれど
「絶対貧困」の周りには、お金ももちろん、お金だけではない様々な困難やトピックがあって、
そのひとつひとつを、丁寧に書いている。
それなのに、この本は優しい。
語り口も当然のこと、紙質やサイズに至るまでを丁寧に考えて作られた作品であるから、というのもあるだろうけれど、
この本なら、安心して子どもに届けることができる。
私がそう考えた最大のポイントは「ストリートチルドレンたちをバカにしていない」ということだ。
バカにしていない、という表現を「可哀想な子ども、という枠にはめ込んでいない」という表現に変えた方が、もしかしたら適切かもしれない。
何らかの手助けを必要としている子どもを、無力だったり可哀想だったりと言った枠にはめるのが、私は嫌いだ。
彼・彼女らには力があって、それを全力で使って生きている子が、たくさんいる。それを「可哀想」で「無力」とくくってしまうなんて、ひどく彼・彼女らをバカにした話だと思うからだ。
気になったことをあげるとすれば「恵まれた日本」との比較が多かったことだ。
日本にも「家出少年・少女」という言葉で囲まれてしまった、
ストリートでなければ暮らせなくなってしまった子どもたちは確実にいて、
トトと同じような困難も抱えていて、
けれどその姿は、新聞やワイドショーではなかなか出て来ない。
「遠い海外のこと」として海外の子どもに無関心でいることと同じくらいに、
もしくはそれ以上に日本人は、日本のストリートで暮らす子どもたちに無関心だと思う。
それをヘタしたら助長してしまうような「海外と日本との比較」があふれていて、それが残念。
また、もし「少女」が主人公になっていたとしたら、トト以上の困難が待っていたことは想像に固くない。
女の身体を持ってストリートチルドレンとして生きていくことは、男の子以上に困難だ。
この本に出てくるストリートチルドレンの少女リンリンの扱われ方にも、気になるポイントがいくつかある。
逆説的だけれど、女でも安心してストリートチルドレンをできる社会が、日本にも世界にもあればいいのに、という考えは、やはり変わらない。
いずれにしても、誰かにオススメできる良書であることには間違いはない。