池田香代子のレビュー一覧

  • ぼくが子どもだったころ

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    原著刊行年は1957年、ケストナーは58歳。15歳までの自伝。子どもに向けて語るように語る。しかし、ちょっと饒舌過ぎないか。
    全16章。4章までは、長いファミリー・ヒストリー。ドイツという国が歴史的にどういう国だったのかもわかる。5章からが自分のこと。16章、1914年、第一次世界大戦の直前で終わる。
    生まれ育ったドレスデン、当時人口は65万。その当時の喧騒、ケストナー少年が聞いていた喧騒も聞こえてくる。この大都市が未来に無差別爆撃で灰燼と化すことは、ケストナー少年の知らない話。
    ホルスト・レムケの挿絵(60枚)がいい。これがなかったら、まったく別の雰囲気の自伝になっていたかもしれない。
    (p.s. 母親はイーダ。父親はエミール、陰で噂の実父もエミール。よくある名前ではあるが、どこかで頻繁に目にしたような。)

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    2026年06月17日
  • 点子ちゃんとアントン

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    貧富の差がテーマとのことだったが、子どもたちが仲良しで偏見がないので、私はそれほどは感じなかった。それよりも、アントンが何でもできること、勇気ある子どもなことが強調されていたように思う。お金を数えて生活の算段をするところ、卵やじゃがいものお料理をするところは、私が子どもだったら、外せない場面だと思う。


    点子ちゃんは友達思いで賢くかわいい、アントンも勇気ある少年。子どもはクレッパーバインを除くと良い子です。しかし、ケストナーが子どもを純粋な良い子とくくらないところが良いです。「人間の顔をした動物にもおとるやつは、子どもの中にもいる」と「立ち止まって考えたこと」の中で、ばっさり切り捨てている。本音を書いているように思う。
    それに比べると大人たちは多彩。
    ポッゲ夫人とアントンのお母さんが描かれているが、どちらにも共感するところがある。
    ポッゲ夫人の自分を優先する気持ち、自分が一番でないと機嫌を損ねるところ。アントンのお母さんの子どもに自分を見ていてほしいという気持ち。期待するあまりに落胆してしまう。
    どちらも自分が持っている部分です。

    印象的なのは、アントンのお母さんだけ、心情の描写が多いところです。「窓の外に、自分のみじめで悲しい人生がひろがっているかのようだった。苦労しかなかった。病気と心痛しかなかった。息子が自分の誕生日を忘れたことには、なにかかくれた意味があるような気がしてならない。」あとがきでも、ケストナーはガスト夫人を特別扱いしていると書かれていますが、本当にその通りだと思います。

    子どもが読むと、点子ちゃんやアントンに親しみを感じるのだろうが、私は大人なので、大人の登場人物に興味を持ちました。アンダハトさんの恋人の言いなりになって、悪事を働くところも、人間の弱さや狡さをついていると思う。


    道徳的な部分に収まらず、いろいろな人間を描いているところが、ケストナーなのかな、と思いました。

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    2026年06月14日
  • 飛ぶ教室

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    青木省三先生の著書で本書が紹介されていて手にした児童文学。

    子どもたちの心に寄り添う成熟した大人に見守られながら、様々な事情を抱えた個性あふれる思春期の子どもたちが青春を刻んでいく様子が活き活きと描かれていた。

    前半は登場人物の多さに誰がどんなキャラクターの子なのかいまいち掴めず話についていけてなかったけど、禁煙さんが登場したあたりから俄然面白くなりどんどん話に引き込まれた。
    禁煙さんと正義さんの再会やマルティンと正義さんとのやり取りには泣けた。

    この本が書かれたのがドイツがナチス政権の手に落ちた年だったようで、子どもたちや国民に対するケストナーの命懸けのエールを随所に感じ、胸が熱くなった。

    以下、心に残った文章
    ・人生、なにを悲しむかではなく、どれくらい深く悲しむかが重要

    ・子どもの涙はおとなの涙よりちいさいなんてことはない

    ・ただ、正直であることがどんなに辛くても、正直であるべきだ、と思うのだ。骨の髄まで正直であるべきだ、と。

    ・ただ、ごまかさないでほしい、そして、ごまかされないでほしいのだ。不運はしっかり目をひらいて見つめることを、学んでほしい。うまくいかないことがあっても、おたおたしないでほしい。しくじっても、しゅんとならないでほしい。へこたれないでくれ!くじけない心をもってくれ!

    ・へこたれるな!くじけない心をもて!わかったかい?出だしさえ凌げば、もう勝負は半分こっちのものだ。なぜなら、一発おみまいされてもおちついていられれば、あのふたつの性質、つまり勇気とかしこさを発揮できるからだ。

    ・かしこさをともなわない勇気は乱暴でしかないし、勇気をともなわないかしこさは屁のようなものなんだよ!世界の歴史には、かしこくない人々が勇気を持ち、かしこい人々が臆病だった時代がいくらもあった。これは正しいことではなかった。

    ・ぼくらを成長させたいんなら、自分も成長しないではいられない教師が必要

    ・平和を乱すことがなされたら、それをした者だけでなく、止めなかった者にも責任はある

    ・ぼくが願っているのは、何が大切かということに思いを巡らす時間をもつ人間が、もっとふえるといいといこと

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    2026年05月23日
  • 飛ぶ教室

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    小学生の頃、ケストナーの作品が大好きで、本作も学校の図書室から何度も繰り返し貸し出しては読んだ。30数年ぶりに読んでみると、これがほとんど覚えていない。正義さんと禁煙さん…うーん、記憶にない。それでも、乱闘騒ぎのシーンはうっすら覚えていたし、マルティンがお母さんの手紙を読むシーンに涙を流したことも思い出した。

    1933年、ナチスが権力を掌握した年に書かれた作品。「平和を乱すことがなされたら、それをした者だけでなく、止めなかった者にも責任はある」。この一節は今の時代にあって益々重たい。

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    2026年04月30日
  • 世界がもし100人の村だったら

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    少し時間が経つとは思うが、気になるタイトルだったので、手に取った。車内でもさらさらと読めたが、下車時には目頭が熱くなっていた気がする。


    本書は、世界の人口を100人とした場合における
    その村に住む住民の構成や状況等を説明する。

    昨今の物価高高騰により、日々の暮らしにもどこか焦燥感等を滲ませざるを得ない状況であると思い詰めていた自分の視野の狭さに胸が苦しくなった。

    「巡り往くもの、また巡り還る」というフレーズが、脳裏から離れない。

    多様性を尊重する時代になってから久しいが、多様性を構成する個人自身が変われば、この村が直面する飢餓等の環境問題等を救えるであろうと主張する筆者に激しく同意したい。


    本書は、この国に生まれ、恵まれた環境という庇護に護られている自分に対して力強いメッセージを送ってくれた気がする。

    日々の振る舞いを見直すとともに、自身の可動域を改善していくことも、急務であると切に感じた。

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    2026年04月22日
  • エーミールと探偵たち

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    60年以上も前に読んだはずであるが全く忘れていた。しかもエーミールをエミールと記憶していた。自分が預かった金を盗まれてベルリンの子どもが皆で助けて取り返すというところでは、子どもがエーミールを助けたというところしかかすかな記憶としては残っていない。
     列車で紳士からチョコレートをもらって食べて眠ったことははっきりとは書かれていないが、旅行者がよくだまされることとして、有名な話である。

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    2026年02月18日
  • 世界がもし100人の村だったら

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    「有名な本」なのは知っていたけど…

    イメージに届かない具体的実数を挙げるよりも、百分率で表現することで訴える力が何倍にもなるのがすごい…。
    数値は単純化されているのかも知れないけど、実感の度合いは比較にならないな。
    この世界のバランスについて淡々と、それであって真正面から向き合わされました。
    個人的には、核兵器のエピソードは欲しかったなーと。

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    2026年02月14日
  • 世界がもし100人の村だったら

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    表紙がボロボロになるぐらい読みました。
    2021年発行の本です。25年前の統計がもとになっています。現在はどうなっているかと考える必要があります。

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    2026年02月03日
  • 飛ぶ教室

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    この作品には、かけがえのない友情や家族愛が描かれています。
    時代背景を思い浮かべながら読むと、作者の強い覚悟を感じます。
    子どもにとっても大人にとっても、忘れてはならない大切なことがたくさん詰まった、心温まる感動を呼ぶ物語でした。
    この作品に出会えて本当に良かった。

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    2026年01月17日
  • 世界がもし100人の村だったら

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    何度目かわからないけれど、再読。バングラディッシュのダッカに来て、ストリートチルドレンと交流した直後に読むと、この内容が、刺さる、刺さる。。世界が、もし100人の村だったら、私はたった1人の。大学を出た人間なんだ。私はたったひとりの、お金を持った人間なんだ
    世界がもし100人の村だったら、20人が栄養が充分ではなく、1人が死にそうで、15人が太っている。世界が、もし100人の村だったら、17人の人が綺麗な水を飲むことができない。
    その綺麗な水を飲むことができない女性たちと子供たちと私は会って話をして、彼女たちの屈託のない天使のような笑顔に、そして彼女たちからの無償の愛に、涙を流した。ものに囲まれている側の私は、何ができるんだろう。

    ものがあっても、心が貧しい私は、
    ものがなくても、心が豊かな彼女たちに救われている。

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    2026年01月12日
  • 夜と霧 新版

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    強制収容所での経験を心理学の立場から解明しようと書かれた本。元被収容者の特異で心理学的に見てまったく新しい人生観への理解を助けることが眼目だというが…


    被収容者の心の反応は三段階、つまり収容される段階、まさに収容所生活そのものの段階、そして出所ないし開放の段階に分類されるが、第一段階は収容ショックが自身の体験と共に語られる。恩赦妄想、つまり助かるのではないかと言う幻想は見ぐるみをはがされ鞭で打たれる中で潰えていき、その一方で裸の体以外に失うものはないという、やけくそのユーモアが込み上げる。

    収容ショックにある者にとって、出口のない死の危険と隣り合わせの状況におけるさまざまな"選別"は自殺の手間を省いてくれるものでしかなかった。


    収容されて数日で被収容者は第二段階、感動の消失(アパシー)へ移行する。「感情の消滅や鈍磨、内面の冷淡さと無関心。」毎日殴られることにたいしても、何も感じなくさせる。理由もなく殴られる。殴られながら嘲られる。最悪の栄養状態で精神的にも追い詰められる、最悪の状況。

    しかしこの「ほかにありようが"ない"」としか思えない環境に対し、どうふるまうかという、精神の自由を見失わなかった人がいたという。


    人間としての、最後の、内なる自由。


    「収容所の日々、いや時々刻々は、内心の決断を迫る状況また状況の連続だった。人間の独自性、つまり精神の自由などいつでも奪えるのだと威嚇し、自由も尊厳も放棄して外的な条件にもてあそばれるたんなるモノとなりはて、「典型的な」被収容者へと焼き直されたほうが身のためだと誘惑する環境の力の前にひざまずいて堕落に甘んじるか、あるいは拒否するか、という決断だ。」

    私はきっと無理だ。でもこれを読んで無理だ、とは言えない気もする。「わたしがわたしの苦悩に値しない人間になる」ことが耐え難いと感じる。それはこの本の力だと思う。


    「強制収容所での生のような、仕事に真価を発揮する機会も、体験に値すべきことを体験する機会も皆無の生にも、意味はあるのだ。」

    「わたしたちは、おそらくこれまでどの時代の人間も知らなかった「人間」を知った。では、この人間とはなにものか。人間とは、なにかをつねに決定する存在だ。人間とは、ガス室を発明した存在だ。しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りのことばを口にする存在でもあるのだ。」

    とりわけこれらの言葉は文中でも光彩を放って見えた。


    第三段階は収容者を解放された被収容者の心理だが、あいかわらず権力や暴力といった枠組にとらわれた心的態度、つまり「そういう人びとは、今や解放された者として、今度は自分が力と自由を意のままに、とことんためらいもなく行使していいのだと履き違えるのだ」。後書きでも触れられていたが、このくだりはパレスチナのナクバが思い出され、やるせなかった。


    最後に、分断が進む今の時代に、自分自身戒めとなる言葉を引用しておきたい。

    「こうしたことから、わたしたちは学ぶのだ。この世にはふたつの人間の種族がいる、いや、このふたつの「種族」はどこにでもいる。どんな集団にも入りこみ、紛れこんでいる。まともな人間だけの集団も、まともではない人間だけの集団もない。したがって、どんな集団も「純血」ではない。監視者のなかにも、まともな人間はいたのだから。」

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    2026年06月25日
  • 新装版 ソフィーの世界(下) 哲学者からの不思議な手紙

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    本書は「哲学者からの不思議な手紙」とサブタイトルがあるように、哲学について書かれたファンタジー小説です。

    哲学というと何やら小難しい印象がありますが、小説の形式をとったストーリー仕立てで、物語を楽しみながら読み進めることができました。

    とは言え、上巻と下巻の両方を通して読み終えた時の感想は、ただストーリーをなぞり、それを楽しんだだけで、何か大切なものに気づかず通り過ぎてしまっているような気がして、続けてもう一度読み直しました。以下は上下巻を通して再読しての感想です。

    主人公は「ソフィー」という名の14歳の普通の女の子。そんな彼女のもとに、
    「あなたはだれ?」
    とだけ書かれた差出人不明の手紙が届きます。

    なにやらミステリータッチな雰囲気で始まりますが、この手紙をきっかけに、ソフィーは手紙の差出人である謎の哲学者から、ヨーロッパの哲学の歴史について教えを受けることになります。

    当然、ソクラテス、プラトン、アリストテレス、デカルト、カントなど、数多くの哲学者と、彼らが説く哲学について紹介されていますが、それらの解説は別の哲学書に任せるとして、ここではストーリーに沿って、印象に残ったところを紹介しようと思います。

    ご存知のように、英語で哲学は Philosophy(フィロソフィー)といい、「フィロ」は「好む」「愛する」というような意味で、「ソフィー」は「智恵」「知識」などを差す言葉だそうです。

    だから、「ソフィーの世界」というこの本のメインタイトルは、ソフィーという名前の女の子を主人公としたファンタジー小説であると同時に、哲学の世界についての解説という、両方の意味を掛け合わせた実にうまいタイトルだなと感心しました。

    さて、この不思議な手紙を受け取った後のソフィーの心境について、こんな描写があります。

    「まるで自分が、魔法の力で生かされている人形のような気がしたのだ。わたしはこの世界にいて、不思議な物語のなかを動きまわっている。」

    二度目に読んで気づいたのですが、これが物語の中盤以降に判明する、驚くべき事実を暗示する記述になっています。ソフィーはまるで予言者なのかと、つい思ってしまいます。

    そのあと再びソフィーのもとに
    「世界はどこからきた?」
    とだけ書かれた第二の手紙が届きます。

    こうして、手紙で問われた「あなた=人間」と「(住んでいる)世界」、この2つの対象の「存在の謎」をめぐり、ソフィーと謎の哲学者との間で、いよいよ哲学の話が始まります。

    読んでいて、まず印象的だったのは、ソフィーが初めて謎の哲学者アルベルトと直接会って対話した教会での出来事です。対話を終えて教会をあとにする時、ソフィーは、マリア像の目の下に小さな水滴(涙)があるのを目にします。

    マリア像が突然涙を流すというこの非現実的な状況は、このときのソフィーはまだ気づいていませんが、ソフィーが存在する世界についての事実、つまり自分が住む世界が現実でないという事実を、示唆しているのだと思います。これも二度目に読んで気づいたことです。

    それまでは、哲学者アルベルトからの一方的な手紙だけの教えでしたが、この教会で二人は初めて顔を合わせ、言葉を交わし、ここから対話による哲学の教えが始まったところでした。そんな物語の転換期に挿入されたこの描写は、最後まで読み終えてからこそ分かることで、初めて読んだ時には気づくこともなく読み飛ばしていました。

    そして物語前半の最後(上巻の最後)、哲学者アルベルトがイギリスの哲学者バークリーについて紹介する章で、ついにソフィーは自分の存在についての事実を知ることになります。

    【以下、ネタバレとなります】

    ソフィーと哲学者アルベルトとが哲学について対話するストーリーとは別に、ソフィーとは全く関係のない同じ年の女の子ヒルデが、15歳の誕生日祝いに父親から贈られた、分厚いバインダーに綴じられた長い物語(父親自身が書いたもの)を読むという場面が、物語後半(下巻の冒頭)から登場します。それまでもヒルデという名前は所々に出てきていたので不思議に思っていたのですが、ようやくここでソフィーとヒルデとの関係が判明します。

    そこでは、ソフィーはヒルデが読んでいる物語の登場人物に過ぎなかったこと、すなわち、ソフィーという存在も、哲学者の存在も、哲学者との対話も、すべてヒルデの父親の創作であった、ということが分かります。

    ソフィー自身、自分は実在する世界に住んでいる実存する人間とばかり思っていたのに、実は非現実世界に住む実体のない存在であり、単なる紙とそこに書かれた文字に過ぎなかった、ということを知ります。

    想像もしていなかった展開に、最初に読んだときには、しばらく頭の整理ができませんでした。まさにファンタジー小説です。

    しかし、哲学者アルベルトは薄々このことに気づいていて、ソフィーと一緒に実体の無い非現実世界からの脱出を計画します。

    物語の冒頭の「あなたはだれ?」という問いは、その「存在」を問うもので、ソフィーが哲学の歴史を学ぶことで、存在するということの意味を、読み手の自分も少しは理解していたところなので、その後の展開は、考えさせられるものでした。

    やがて、ソフィーとアルベルトは脱出に成功し永遠の世界に存在することになります。そこは身体から解放された純然たる精神の世界なので、人間のような生活はできないけれど、死ぬこともなく永遠に生き続ける世界です。

    一方、ヒルデは人間として実在し時間の限られた世界に存在しています。時間の限られた世界とは、やがて死が訪れる世界ということです。しかし、不死の世界に存在することになったソフィーは、ヒルデの生活を見て涙を流します。

    いつか必ず死ぬという思いがあればこそ生きているということを実感できるのであり、そんなヒルデをソフィーは羨ましく感じたのだと思います。

    果たして、どちらの世界の在住者が幸せなのでしょうか?

    哲学は誰にでも関係することばかりで、本書は繰り返して読めば読むほど、新しい発見や気づきが、必ず見つけられる気がします。

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    2025年11月27日
  • 新装版 ソフィーの世界(上) 哲学者からの不思議な手紙

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    本書は「哲学者からの不思議な手紙」とサブタイトルがあるように、哲学について書かれたファンタジー小説です。

    哲学というと何やら小難しい印象がありますが、小説の形式をとったストーリー仕立てで、物語を楽しみながら読み進めることができました。

    とは言え、上巻と下巻の両方を通して読み終えた時の感想は、ただストーリーをなぞり、それを楽しんだだけで、何か大切なものに気づかず通り過ぎてしまっているような気がして、続けてもう一度読み直しました。以下は上下巻を通して再読しての感想です。

    主人公は「ソフィー」という名の14歳の普通の女の子。そんな彼女のもとに、
    「あなたはだれ?」
    とだけ書かれた差出人不明の手紙が届きます。

    なにやらミステリータッチな雰囲気で始まりますが、この手紙をきっかけに、ソフィーは手紙の差出人である謎の哲学者から、ヨーロッパの哲学の歴史について教えを受けることになります。

    当然、ソクラテス、プラトン、アリストテレス、デカルト、カントなど、数多くの哲学者と、彼らが説く哲学について紹介されていますが、それらの解説は別の哲学書に任せるとして、ここではストーリーに沿って、印象に残ったところを紹介しようと思います。

    ご存知のように、英語で哲学は Philosophy(フィロソフィー)といい、「フィロ」は「好む」「愛する」というような意味で、「ソフィー」は「智恵」「知識」などを差す言葉だそうです。

    だから、「ソフィーの世界」というこの本のメインタイトルは、ソフィーという名前の女の子を主人公としたファンタジー小説であると同時に、哲学の世界についての解説という、両方の意味を掛け合わせた実にうまいタイトルだなと感心しました。

    さて、この不思議な手紙を受け取った後のソフィーの心境について、こんな描写があります。

    「まるで自分が、魔法の力で生かされている人形のような気がしたのだ。わたしはこの世界にいて、不思議な物語のなかを動きまわっている。」

    二度目に読んで気づいたのですが、これが物語の中盤以降に判明する、驚くべき事実を暗示する記述になっています。ソフィーはまるで予言者なのかと、つい思ってしまいます。

    そのあと再びソフィーのもとに
    「世界はどこからきた?」
    とだけ書かれた第二の手紙が届きます。

    こうして、手紙で問われた「あなた=人間」と「(住んでいる)世界」、この2つの対象の「存在の謎」をめぐり、ソフィーと謎の哲学者との間で、いよいよ哲学の話が始まります。

    読んでいて、まず印象的だったのは、ソフィーが初めて謎の哲学者アルベルトと直接会って対話した教会での出来事です。対話を終えて教会をあとにする時、ソフィーは、マリア像の目の下に小さな水滴(涙)があるのを目にします。

    マリア像が突然涙を流すというこの非現実的な状況は、このときのソフィーはまだ気づいていませんが、ソフィーが存在する世界についての事実、つまり自分が住む世界が現実でないという事実を、示唆しているのだと思います。これも二度目に読んで気づいたことです。

    それまでは、哲学者アルベルトからの一方的な手紙だけの教えでしたが、この教会で二人は初めて顔を合わせ、言葉を交わし、ここから対話による哲学の教えが始まったところでした。そんな物語の転換期に挿入されたこの描写は、最後まで読み終えてからこそ分かることで、初めて読んだ時には気づくこともなく読み飛ばしていました。

    そして物語前半の最後(上巻の最後)、哲学者アルベルトがイギリスの哲学者バークリーについて紹介する章で、ついにソフィーは自分の存在についての事実を知ることになります。

    【以下、ネタバレとなります】

    ソフィーと哲学者アルベルトとが哲学について対話するストーリーとは別に、ソフィーとは全く関係のない同じ年の女の子ヒルデが、15歳の誕生日祝いに父親から贈られた、分厚いバインダーに綴じられた長い物語(父親自身が書いたもの)を読むという場面が、物語後半(下巻の冒頭)から登場します。それまでもヒルデという名前は所々に出てきていたので不思議に思っていたのですが、ようやくここでソフィーとヒルデとの関係が判明します。

    そこでは、ソフィーはヒルデが読んでいる物語の登場人物に過ぎなかったこと、すなわち、ソフィーという存在も、哲学者の存在も、哲学者との対話も、すべてヒルデの父親の創作であった、ということが分かります。

    ソフィー自身、自分は実在する世界に住んでいる実存する人間とばかり思っていたのに、実は非現実世界に住む実体のない存在であり、単なる紙とそこに書かれた文字に過ぎなかった、ということを知ります。

    想像もしていなかった展開に、最初に読んだときには、しばらく頭の整理ができませんでした。まさにファンタジー小説です。

    しかし、哲学者アルベルトは薄々このことに気づいていて、ソフィーと一緒に実体の無い非現実世界からの脱出を計画します。

    物語の冒頭の「あなたはだれ?」という問いは、その「存在」を問うもので、ソフィーが哲学の歴史を学ぶことで、存在するということの意味を、読み手の自分も少しは理解していたところなので、その後の展開は、考えさせられるものでした。

    やがて、ソフィーとアルベルトは脱出に成功し永遠の世界に存在することになります。そこは身体から解放された純然たる精神の世界なので、人間のような生活はできないけれど、死ぬこともなく永遠に生き続ける世界です。

    一方、ヒルデは人間として実在し時間の限られた世界に存在しています。時間の限られた世界とは、やがて死が訪れる世界ということです。しかし、不死の世界に存在することになったソフィーは、ヒルデの生活を見て涙を流します。

    いつか必ず死ぬという思いがあればこそ生きているということを実感できるのであり、そんなヒルデをソフィーは羨ましく感じたのだと思います。

    果たして、どちらの世界の在住者が幸せなのでしょうか?

    哲学は誰にでも関係することばかりで、本書は繰り返して読めば読むほど、新しい発見や気づきが、必ず見つけられる気がします。

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    2025年11月27日
  • 点子ちゃんとアントン

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    天真爛漫でなんとも独特なキャラクターの点子ちゃんと、健気で母想いのアントン。
    お互いを思いやる2人の友情と、それぞれの家庭の事情やいくつかの出来事が絡んで物語は進みます。
    2人も(もちろんワンコのピーフケも!)とっても魅力的なのですが、周りにいる大人たちが様々すぎる。いろんな種類の大人を集めた図鑑みたいで、コレ子どもも楽しく読むだろうなぁ。
    そしてやっぱりケストナー、まえがきからガンガン話しかけてくるのですが、そこで「章が終わるごとに立ち止まって考えるよ」と前置きがあります。
    章の終わりに差し込まれるこの部分、語り口は軽快なんだけどなんかもう深くて重い。
    この作品が発表された1931年のドイツの状況を思うと、ケストナーの叫びにも感じてしまう『立ち止まって考えたこと』。大人にはけっこう強烈なんじゃないかなぁ。私はかなりくらいました。

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    2025年11月26日
  • ふたりのロッテ

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    想像以上にかわいい本だった 読んだらすぐ売る派ですがこの本はとっておきます。主人公たちのひたむきでまっすぐなところも本当にかわいい

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    2025年10月17日
  • 飛ぶ教室

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    明るく飄々としたまえがきから、どんな話が始まるんだろうとわくわく。
    ギムナジウムというドイツの寄宿学校での、クリスマス休暇までの出来事。
    序盤は登場人物に苦戦しましたが(マルティンとマティアス!)生徒も先生もキャラクターがハッキリしているのですぐに区別できるようになりました。
    大人手前の子供たちによるドタバタ、遠い家族への想い、臆病な自分を変えようともがく姿や尊敬できる大人の存在など、思春期ならではの感覚も追体験した感じ。
    ケストナーの文体の明るさと当時のドイツの状況が重なって、なんとも言えない気持ちになります。

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    2025年10月18日
  • 点子ちゃんとアントン

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    ネタバレ

    読んだことはあるが、1章ごとに作者の説明があったのは記憶にはない。小説についての本で紹介されていた本である。挿絵もあるが、以前読んだものと同じ挿絵かどうかも記憶にない。

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    2025年08月29日
  • 飛ぶ教室

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    大人になって読んでも充分に楽しめるし、先生側の立場で考えると、自分もこんな大人でいたいなあという場面がたくさん。
    冬のドイツの情景や、クリスマスの雰囲気にわくわくしつつも、色んな境遇にいる子供たちが描かれていて、奥の深い話だった。結末まで素敵だったな〜。
    決して模範的ないい子ちゃんばかりではないけど、個性豊かな子どもたちが可愛らしい。

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    2025年08月10日
  • 新装版 ソフィーの世界(上) 哲学者からの不思議な手紙

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    学生の時以来の再読です
    久しぶりに読みましたが相変わらずわかりやすくて面白いなぁと感じました
    哲学について全く知識がない人でもすんなり読むことができると思います
    むしろ全く知識がない人の方が楽しめるまであるかもしれません
    ミステリ要素もあるので物語としても楽しめます
    多くの日本人がうっすら抱いている宗教への嫌悪感について、本作を読むと違った見方ができるようになるかもしれません
    宗教と哲学は切っても切れない仲なのだということを教えてくれます
    下巻もこのまま読みます!

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    いま、ふたたび自分の存在を問い直すときがきた

    14歳の少女ソフィーのもとに見知らぬ人物から届いた手紙。そこにはたった1行「あなたはだれ?」とだけ書かれていた……。本書が発行された1995年、日本では阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件が相次いで発生し、人々は命の価値と自らの存在意義を模索した。そしていま、未曾有の災害が日本を襲った。「哲学」は私たちの生きる道を照らすためにある。世界50か国1500万人超が読んだ名作が、著者の新たなメッセージを加えて再登場!

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    2025年06月10日
  • 飛ぶ教室

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    ケストナー作品を初めて読んだ。
    ギムナジウムを舞台にした少年たちの楽しい日々…的な作品かな?くらいに思って読み始めたら、あまりの素晴らしさに号泣しながら読み終えた…。
    まえがきから作者の愛と信念が痛いほど伝わってくる。それぞれにいろんな事情を抱えた少年たちの優しさ、強さ、気高さとそしてなによりも厚い友情。大人である先生たちの大きな愛。
    なにもかも本当に本当に素晴らしかった!!!

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    2025年05月03日