池田香代子のレビュー一覧
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いつでも点子ちゃんの
あとをついてまわる、
ちょこまかとカワイイ
ダックス犬のピーフケ。
ぴょこぴょこ跳ね回る
姿が目に浮かびます。
さて、ナチス政権下の
ドイツに生きた作者の
ケストナーさん。
ケストナーさんは言い
ます。
いつでも公平に物事が
運ぶわけではないよと。
隣の人の答案を写した
生徒ではなく、
写させてあげた生徒が
罰せられるようなこと
があっても、
あまり意外に思っては
ならないよと。
でも、だからといって
それでよいというわけ
ではなく、
公平な世になるように
心がけてほしいと、
新しい世を築いていく
子どもたちにやさしく
呼びかけています。 -
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京都のみやこめっせの古本市で出会って、隣同士で並んでた『日本がもし100人の村だったら』と一緒に買った。
「1年の間に、村では1人が亡くなります
でも、1年に2人赤ちゃんが生まれるので
来年、村人は101人になります」
この本が出された2001年は、世界の人口が63億人。
今2023年は、78億人。増えたね。
12年で15億人も増えるんだね。
大学に通えたわたしは100分の1か。
分け合うって大切なことだな…
本の最後に原文と、どうやってこの話が広がったか…?的な解説文もあって面白かった。ネットロアか。
putting your soul into it.
心をこめて生きてください
とっても素敵な表現。
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こんなにも純粋なチビッ子どもが昔はいたんやなぁ、、というのはおそらく幻想だろうけど、多分、著者の願望が色濃く反映されているんだろうけど、にしてもなかなかである。
ベルリンに着いていきなり構築されるチビッ子どもの輪。これがもう怒涛のように広がっていって、あれだレミングスとかピクミンみたいなイメージ。このチビッ子どもが最後にワルモノを捕まえるシーンとか、もうわちゃわちゃとしてるのよ。何これ楽しそう。
そして最後のおばあちゃんの演説もちょっと異色というか、なんでこんなこと言わせにゃいかんのか。検閲なのか。
と、色々と時代がかっていて楽しげで好きなのだった。 -
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深緑野分さんの「ベルリンは晴れているか」という小説で、主人公の女の子が小さな頃から肌身離さず大切にしていた本がこれ。
ドイツのある小さな町に住む母子家庭の男の子“エミール”が、ベルリンに住む叔母さんとお婆さんの家に遊びに行くことになる。エミールはお母さんから交通費と“お婆さんにあげるお金”を渡され、「絶対になくしちゃだめよ」と言われて、一人電車に乗る。
ところが、電車で眠ってしまったうちに、そのお金が盗まれてしまい、エミールは“犯人はあいつだ”と目星をつけた、山高帽を被った男の跡を付けて、叔母さんの家の最寄り駅ではない所で降りる。
お婆さんと従兄妹が予定の駅に約束の時間(18時頃)に待っていたのに、ほったらかしで、犯人を追いかけ、そこで出会った男の子たちが“探偵団”を結成し、犯人探しを手伝ってくれた。エミールは正直、「お金が盗まれて良かった」と思ったくらいワクワクする冒険をした。
話の展開が面白いかどうかより、「子供たち一体何時まで遊んでるの?」(遊びじゃないけど)というほうが気になった。だって、お婆さんたちと駅で会うはずだった時間が18時で、それよりもあとから始まった探偵ごっこでしょ。で、調べてみるとドイツの夏は日が沈むのが22時半くらいで20時、21時頃まで子供たちが外で遊び回っているらしい。ふーん、そんな時間にリアルどろ警?リアル逃走中(のハンター側)?確かにワクワクするかもしれない。
どんでん返しなどは無くて、子供たちが追いかけていた男が本当に犯人で、捕まえた子供たちは警察に褒められて、賞金までもらうという、“子供は善良”という人生観にたったハッピーエンドで、今の大人の私には物足りなかった。けれど、1928年に書かれたこの児童書をナチスの時代にも肌身離さず大切にしてきた「ベルリンは晴れているか」の主人公のことを思うと感動する。
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ネタバレソフィーとヒルデが対話する辺りは、ミヒャエル・エンデの「はてしない物語」を連想する。あまりにソフィーとヒルデのキャラが被っているのも混乱の種だね。
最後にはソフィーもアルベルトも、クナーグ少佐(「ソフィーの世界」の作者であり、ヒルデの父)の物語世界から無事に飛び出して自由を得た(と僕は解釈した)のでした。
創造主(それは物語の作者かあるいは神か)のお作り給うた世界から飛び出すという発想は、マトリクスも連想したが、その領域に到達するために「あなたはだれ?」という問いから出発するのは、なるほどと思わせた。前編から打って変わって後編は単調だった物語のどんでん返しにフォーカスが当たる。