池田香代子のレビュー一覧
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ネタバレp.91
記憶は頭の中だけに関係している。~ いい記憶も悪い記憶も、頭の中にあるのだ。
頭の中には、ぼくたちが学んだことをすべて入れておくひきだしがある。 ~
思い出は、ひきだしの中には入っていない。思い出はぼくたちの真ん中に宿っている。たいていはうつらうつらしているが、生きているし、息だってしている。そして、たまに目をあける。 生きていて、息をして、まどろんでいる。手のひらに、足の裏に、鼻に、心臓に、そしてズボンのおしりにだって。ぼくたちがかつて経験したことは、何年も何十年もたってから、突然もどってきて、ぼくたちの目をのぞきこむ。すると、ぼくたちは感じるのだ。そうだ、思い出はなくなってしまっ -
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引き込まれる!
アリストテレスなど、そのままだとどうしても難解になりがちな哲学の各要点を本当に分かりやすくまとめてくれている。そしてそれまでの哲学者の動きや思想がどう後世に繋がっていくのかという影響の流れがよく掴める。これは中々見事です。特にキリスト教が席巻した中世~宗教革命後への流れは今までよく把握していなかったけれど、おかげで近代以前の哲学史を1本の串で通して理解することが出来た。
各時代における問題解決方法は限られていて、その中で真理を追い求めるとなれば選び取れる方法は少ない。
科学の発展がそれを後押しし、方向づけてきたとはいえ、アリストテレス以降にもキリスト教世界感がこれだけ深く -
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これは幸せなことだろうけど、ここまで追い詰められた状況におかれたことが無いから共感・感動の感情を持てない。苦しいときに絶望、とか生き難い、とか感じることがあればまた違う気持ちを持つかもしれないが、まだ自分はその経験がない。
この本は私たちが経験し得ないほどの極限状態、絶望の状況でどんな精神となるのか、生きることをどう考えるかを綴っている。そんな過酷な状況でなくても、生活の中で落ち込み絶望する場面で、客観的に自分を見れるきっかけになるんだろう。
どれだけ厳しい時も、自分がどのような精神的存在になるかについて、決断は下せるし、どう考えるかは自由である。自分の有り様が完全に制限された中で、どう覚 -
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終戦記念日だから、戦争というものがどういうものかを読んでいる。
ラーゲリから愛をこめてっていう映画と驚くほどに似ていた。この映画はシベリアの強制収容所の話だ。人間の残酷さ、戦争というものは大義名分をもって人間性を奪うものだということは普遍なんだと思った。
気をつけてないと、注意深くコントロールしていないと繰り返される。だからこそ、先人たちはこの経験を語り継いできた。
人間というのは、軽薄で楽観的な一面もあり、この「戦争」というものがどういうことかすぐに忘れる。自分とは関係ないという根拠のない楽観に身を置くのは、よくあるヒトの心理らしいので今の私達の楽観はただの根拠のないファンタジーかもしれない -
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イスラエル建国の歴史や今のパレスチナの問題から疑問に感じていることとして、ホロコーストを経験したユダヤ人たちがまるで無神論のようになってしまったのではないか?と言う点があります。
今の状況はホロコーストの帰結としては理解できますが、少なくとも私の倫理観からは理解できません。
本書でも、人間とは人間とは何かを決定する存在であると言う表現や、人生に期待するのではなく、かけがえのないと思う人や事柄がその人と言う存在に意味を与え、人生そのものがその人に対して具体的にどう行動するか期待している言う点など、どちらかと言えば神の不在を肯定するとも取れる内容もありましたが、しかし私にとってもその内容は納得で -
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収容所で何が行われたか事細かに書いてあるものではないが、それでも早く戦争が終わってほしい、早く解放されてほしいという思いで読み進めるのが辛かった。
解放後、希望にしていた未来が来ることがない人々の失意は想像できる範囲でも悲惨で、なんて惨たらしいことをしたんだろうと思う。
「こうしたことから、わたしたちは学ぶのだ。この世にはふたつの人間の種族がいる、いやふたつの種族しかいない、まともな人間とまともでない人間と、ということを。」
訳者のあとがきにもあるように、現在のイスラエルの戦況を見ると憎むべき相手を間違ってはいけないとは思いつつ、複雑な思いだ。 -
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本書は、実際に強制収容所での悲劇のなかにあった筆者、ヴィクトール・フランクルが自分の経験を心理学的に捉えるという試みを通して、人間の真相に迫る、ホロコースト文学。読破してまず感じたことは、これは自分には理解しきることはできないだろう、ということ。
一つには、自分がまったくの傍観者でしかないことがある。これは、筆者もたびたび言及していたことだが、絶滅収容所にいたことのない傍観者の自分には、当事者たちの境遇、心もちを完全に解することは敵わない。
また、人間の恐ろしさ、これも自分には理解しきれない。今までの健やかな生活も、豊かな感情も、すべてを人間から奪う存在がほかでもない人間である、という惨 -
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心理学者が強制収容所を体験して得た知見をしるした本。今年は8月15日に向け本書を選ぶ。こんなに本の書き出しから心が不安定になり鼓動が高まる体験は初めてだ。
一 …とにかく生きて帰ってきたわたしたちは、みなそのことを知っている。わたしたちはためらわずに言うことができる。いい人は帰ってこなかった、と。(P5)
いわゆる体験記で事実を語るものとは一線を画す。著者フランクルが無機質な数字番号119104に置き換えられ収容された体験を被収容者として心理学者として後世に書き残す。したがって書店での分類も学術書(心理学)になっていた。
残虐な強制収容所での現実が被収容者の心にどのように影響を与えたのか -
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感想が全然まとまらない
読む前の印象
強制収容所での体験記が脚色ありで語られるものだと思っていた。
読んだ後
体験記ではあるが、「これが辛かった、苦しかった」だけでなく、もっと自身や周囲の人々を俯瞰して観察していた。
収容所で行われていたことは、外部から(現在から)見ると人間の所業ではないと思う。
しかし、すべて人間が行ったことであり、そのような状況の渦中にいると異常が日常になるということがよく分かった。
これは著者が体験した強制収容所だけにとどまらず、現代でも「人間が行う、人間とは思えない所業」はたくさんある。
感情が乖離して心が死んでいくが、「何を思って生きるか、何を思って死ぬかは自由