高田崇史のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
QEDシリーズの最新刊。「伊勢の曙光」でひとまず完結しているし、番外編というか、ファンへのサービス的な意味合いもあったのかなと推測します。
テーマ的には「ベイカー街の問題」と被るのと、ベイカー街ほどの衝撃がなかったことから、点数は辛口になってます。内容的にも短編で収まるレベルの事件だったかと思えましたし…(実際の本編のページ数は245ページで、さほど長くないですが)
それでも、本編のほぼ半分を占める解決編というかタタルの自論の展開の語り口は、懐かしく楽しく読めました。
付録のシリーズパーフェクトガイドブックと特別書き下ろしは、ファンには嬉しいプレゼントですね。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ日本三大怨霊の一人:平将門についての騙りを明かす。将門は悪者なのか。いや、権力に立ち向かう勇者だったのかもしれない。
※ 今回、殺しは起きません。
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p66 藤原に逆らう
日本三大悪党は弓削道鏡、平将門、足利尊氏。彼ら三人は「藤原氏」に逆らったから悪党になったのである。
弓削道鏡は藤原氏を差し置いて称徳天皇の君側の奸となった。将門は荘園を解放して回って、つまり平安貴族の財産を奪ったから。足利尊氏は、、、後醍醐天皇に逆らったんだけど、その頃もこっそり藤原権力は残っていた。後醍醐天皇の正室、側室は藤原家の女だらけだった。明治まで九条家とか鷹司家とか残ってたんだから、そりゃあ当時も藤原ギラギラだっただろう。
p69 神田
東京の神田は、将門の地、下総国猿島郡(茨城県岩井市)にある神田山(カドヤマ)から来ていると言われる。この神田山も、将門の胴体を埋葬した地と言うことから「からだ山」と呼ばれ、そこから来ているという。
茨城には山はあまりないが、そこで言う山は「林」のことを言うらしい。
p72 かんだ
「かんだ」という言葉は「かぬち」「がんち」という言葉から来ているという言われる。鍛冶のことである。また鎌倉権五郎景政を詠った歌にも片目(カンダ)という読みで登場している。ということは…片目の…。
そう、将門は製鉄民族だったことを表している、
p106 かぶと
日本橋兜町にある兜神社、そこには兜岩と言うものがある。その由来には諸説あり、源義家が戦勝祈願で兜を埋めたとか、この岩にかけたとか、俵藤太秀郷(藤原秀郷)が将門を討ち取ってその首を持ち帰る際、兜をここに埋めたから、という三種類がある。
p120 鬼はうち、福は内
稲荷鬼王神社(東京新宿歌舞伎町)と言う場所では二月の豆まきでは「鬼は内、福は内」という掛け声で豆をまく。平将門が幼名を「鬼王丸」「外都鬼王」だったところから取ったともいわれる。この神社では鬼を崇拝しているということか。つまり、将門を崇拝しているということか。
p127 熱田神宮の近くにある
名古屋の熱田神宮の近くにある社宮司社という神社。熱田神宮の南西、国道一号線を渡った住宅街にあるという。「熱田之記」には将門を祀る神社として「三狐」とかいてしゃぐじと読むと書かれている。しゃぐじとは、古くからの土着神とされるが、石にされてしまった神様とされるらしい。諏訪のミシャグチ神もそんな名前だし、、、近所の石神井もシャクジイだな、、、
p135 従類
江戸以前の武士はただの荒くれ者。戦国時代から権威を手に入れるようになって江戸時代に貴族のようになったから気品を持ったが、それ以前は野蛮人でしかない。
当然武士なんて呼ばれず、「従類」や「伴類」と呼ばれた。従類は側近として武将に従ってお供する親衛隊。伴類は農民とかから徴収された人員で、戦況悪化になったら逃げだすような間に合わせの部隊である。
中世以前の武士は自ら前線に立って、勇猛果敢に戦ったと言うが、伴類ではまともに戦わないからである。
だからこそ、武士は哲学があって、カッコいいのだ。
p144 謀反と謀叛
むほんには二種類ある。「謀反」は国家転覆の反乱を意味して、「謀叛」は君主や政府に対する叛逆を意味する。
p150 氏神
みんなが氏神を欲しがった構図。まず、藤原氏が氏神として春日神社を祀った。臣籍降下によって興った源氏系の家系がそれに対抗するように、氏神を八幡大菩薩にして祀った。さらにそれに対抗するように、平氏が厳島明神を氏神にして祀った。
p153 幸田露伴
幸田露伴は将門のことを「将門は浮世絵に描かれたような人間に非ず。非常にやさしい人間だった。」的なことを言っている。
p182 椿山荘
椿山荘は山県有朋が明治維新のどさくさに紛れてきな臭い手を使って手に入れたらしい。有朋が死んでその土地の登記が明らかになると「山林」登録されていて、脱税が行われていたことが発覚した。
権力者のやることなんて、そんなもん。昔の貴族の荘園でやられていたことも、こんなもん。
p193 野馬追
福島県相馬市で行われる行事。将門が始めた神事とされ、野に放された馬を追い立てることで自分の成る騎馬の操舵を上達させる軍事訓練から発展したと言われる。
p225 戦のキッカケ
将門が蜂起した理由は、将門が検非違使の尉になりたがったのを受け入れてもらえなかったから叛逆したという謂れがある。この尉というのは今でいう警察署長くらいである。その程度で国家権力に歯向かうとか…
将門の戦のきっかけはさしずめ、①貴族たちが自分たちの失政(荘園の悪用から反乱軍を産んだ)を糊塗するため。将門の反乱を流布させず、事態の拡大を防ごうと思った。②将門が器の小さい男だと世間に思わせるため。
と言うように捏造されたのだろう。
p230 鳥居
國王神社に行った奈々はその鳥居が「両部鳥居」ということがすぐわかったという。神仏混淆の神社によくある鳥居だという。ここにも将門が祀られている。
p239 米
将門は「米噛み」を流れ矢で貫かれて死んだ。この米噛みにも語りが隠されている。
将門軍の大半は半農の軍勢である。だから、たいてい戦争は休耕期に行われるのが普通だった。しかし、秀郷らは農繁期を敢えて狙ったと考えられる。だから将門は少ない軍勢で戦わなければならなかった。「米によって命を落とした」と言えるのである。
p240 鬼は田の神
昔から、田の神は春に山から下りてきて、秋に戻る…。という諺もあるらしい。鬼とは朝廷に反旗を翻す抵抗勢力で、半農の集団を率いた連中だということを言っているのだろう。
p242 安倍晴明
安倍晴明は将門の子:平将国だったという説。こういう伝説が生まれたのも、将門の死後、将国は常陸国信田郡に住んでいたと言われる、そして信田小太郎と名乗ったという。そして晴明は「信田の森の狐」と呼ばれていた。つながっている…。そして晴明の五芒星は晴明桔梗と呼ばれていた。その桔梗と言うのは将門の愛妾であった桔梗前からきているのかも…。つまり母親…?
p253 桔梗
桔梗の根は漢方薬になる。だから桔梗は薬としてよく育てられた。特に常陸と下総は一大産地だったというこの根を収穫するためには、根を太くするために花が咲いて栄養を取られないようにする。そう、あえて花を蕾のうちに切り落とすのである。
将門は愛妾の桔梗前に対して次のような歌を贈っている「桔梗あれども花咲くな」これには、桔梗前が将門を裏切って秀郷に情報を流したから、「生かしておかじ」と言う意味が込められているというが、これは江戸時代に流行った物語の脚本だという。
本当は、桔梗の花のように花を摘まれないようにしてほしいという想いが込められていた可能性もあるという。そうであれば、妻を想う良い夫であるなぁ、将門、と思われる。
p260 明智光秀の嫁
光秀の妻の辞世の句「はかなきを 誰か惜しまん 朝顔の 盛りを見せし 花もひと時」タタル曰く、ここに出る朝顔は桔梗の代替だろうという。そう解釈すると、明智の転嫁も本当に一瞬で終わったなぁという意味の歌になる。これは…説得力あるなぁ。
桔梗と言う花はいわくがあるなぁ。
p275 オハコ
得意と言う意味のオハコという言葉は、歌舞伎から来ている。7代目市川団十郎が団十郎代々の得意技の中から18種を選択し、その台本を大事に箱にしまっていたということから来ているらしい。オハコものの得意演目、ということだろう。
p298 墓荒し
呪いを受けるのは誰かという問題。例えばエジプトのファラオの呪いを受けるのは誰かと言うと、ピラミッドから宝を盗む墓荒しと言うのがお決まりである。
日本の将門の首塚に関わる呪いもこのようなのかと言うと、そうでもない。大正12年(1923)に大隈喜邦という工学博士が将門の墓を発掘して存在が判明した。しかし、実質墓荒しと同じことをした大熊博士は75歳まで長命を全うした。墓荒しへの呪いはどこ行った。
しかし大正15年九月から次々に大蔵省から死人が出た。国会議事堂の建設に関わった人間である。この死は首塚の側にある大蔵省のビルの影響ではないかと戦慄させた。
呪いの論理とは関係のない人間が死んでいる。これは呪いを悪用した他殺ではないのか!? 昭和の闇だなー。
p313 成田山
成田山新勝寺は将門の調伏の急先鋒を務めたと言われる。だから江戸っ子は成田山にお参りにはいかないという噂があった。
p336 不動明王
不動明王は平安末期に片目を瞑った様式の作品がたくさん作られた。天地眼といって、右目は見開いて天を睨み、左目は細めて地を睨む。それはつまり、将門が…不動明王!?
成田山新勝寺の本尊は不動明王である。新勝寺は、やはり将門を崇拝しているということなのかな。新勝寺で豆まきは「福は内」だけである。鬼を蔑ろにすることはしないのである。将門のおひざ元で、調伏の筆頭に立ったけれど、心根では将門を慕っていたんだなー。
p346 午(馬)と申(猿)
厩とかによく猿の彫刻があったり、馬と猿がセットになることは多い。陰陽五行で言えば、馬は火、猿は金である。前に火と水の組み合わせで、家事を防ごうとしているとかいう間違いを聞いたことがあるが、そうじゃないということ。むむ(ーー;)
庚申様という神様が居るが、タタラ場の神として祀られていたという。庚は金を表し、申も金を表す。それだけ猿は金なのである。
火と金の組み合わせ。…タタラ場かな??そう、馬と猿がセットになっているのは製鉄民族の何かが関わっているのであるという。稲荷(鋳成り)の例祭は午のつく日に行われることが多いのも、無関係ではないだろう。
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Ventusは次なる作品のつなぎ、前説のための巻だから、そんなに面白くなかった。
でも、歴史薀蓄は相変わらず。平将門は、みんな名前は知っているけれど詳しくは知らない。だからなんとなく悪いもの扱いされる。当時の朝廷の思うつぼヤワ。
情報の印象操作は昔からあるっていう、事例だね。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ雷が鳴ったらへそを隠すという言い伝えの意味が…ここに明かされる!?古代日本史に隠された秘密を追及するミステリしてない歴史ミステリー小説。
殺人事件?適度に関係ない感じで人が死んでるよ。河童に出てきてほしかった。
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p83 相馬の野馬追
相馬家の始祖、平 小次郎 将門が相馬御厨の官職にあったころに、新しい軍事力として馬を活用するために始めたとされる行事。将門は当時、千葉県下総の国にいたが、その地に野馬を放ちそれを敵兵に見立てて兵士がそれを追い捕えるという軍事訓練がこの形になった。後の相馬氏が奥州に居ついてからも神式行事として現代に引き継がれているのが今の野馬追祭りである。昔は四年に一度だったが、毎年開催されるようになった。
p133 将門の概要
平将門は延喜3年903年に千葉県市川市のあたりに生まれる。若いころは朝廷につかえるが京生活に馴染めず悶々と生活を送った。父の死に際して関東に戻るが、所領は親戚に横取りされていて、将門は千葉の別の地を開墾し始める。そこで優秀な製鉄民族を従え、強大な軍事力を蓄えたと言われる。将門の軍事力と親分気質に、関東の武士はどんどん集まり、朝廷も危険視するようになった。将門が関東荘園の略奪から人々を解放してしていくうちに、朝廷が将門謀反を唱え、同じ武士で将門配下だったはずの藤原秀郷をして将門誅伐にあたらせた。毒は毒を持って制す、ヤクザと同じ用法だ。940年の秀郷と将門の決戦(4000の秀郷軍vs400の将門軍、正々堂々と多勢で奇襲をかけるww)によって将門は墜ちる。将門は流れ矢によってコメカミを貫かれるが、これは将門調伏を祈祷した全国の寺社の祈りの化身とされた。その調伏の筆頭が成田山新勝寺とされる。
前巻では、将門おひざ元の成田山が将門調伏になったということの騙りを語ったわけだ。
p159 鹿島、香取、息栖の神社
●常陸の国一宮:鹿島神宮…建御雷命を祀る。鹿島神宮には奥の宮の要石という物があり、その地に住んでいた大鯰を封じていると言われる。この鯰とは、土着していた海の神とされる。建御雷がこの地を征服して、先の支配者が復活しないよう押さえつけているという象徴なのだろうという。
●下総の国一宮:香取神宮…経津主命、建御雷とともに国譲りの戦に参戦した神を祀る。香取神宮の津宮河岸に浜鳥居があり、その地には竈神社があった。そこには沖津彦と沖津姫が祀れていた。この二人は先住者だったが、香取神に滅ぼされた豪族だろうと。「沖」の字は奥と同じで彼岸を表す。大國主と同じで根の国に追いやられた神として祀られているのだ。
●常陸の国一宮:息栖神宮…岐神(クナドノカミ)建御雷と経津主の東国平定を扇動したとされる神を祀る。この神社に祀られる気吹戸主(イブキドヌシ)がこの神社の名前の由来に関係してんだろう。この気吹とはふいごのことで、この地が産鉄地だったということを暗示していそうだ。茨城には筑波山とか産鉄の地があったらしいからな。
これら東国三神社を地図上で線で結ぶとキレイな二等辺三角形になるそうな。
p162 千葉氏
将門の後裔とされる千葉氏の名前の由来。常陸の国の筑波はずくば(銑場)から来ているという。ずくば→せんば となって茨城の千波湖の由来と考えられる。つまり常陸の国は産鉄地だったのだろう。
その千波→千葉と変わっていったと予想できると。将門も製鉄で力をつけた一族だから、そういった製鉄に関わる名前を付けたのかもね。
p165 河童と相撲
菅原道真の祖先、野見宿祢は相撲の始祖とも言われている。相撲は「角力」とも書く。どうやっても相撲とは読めないが、本来は「素舞」で、取り組みの前に武器を隠していないのを証明するための演舞だった。さらに昔は、征服した土地で行われる行事から相撲が来ているという。(本当か?)相撲は「住もう」から来ているという(ほ…本当か!?)
征服された土地の民が河童である。「河童は相撲が好きなんだから、僕たちが積極的に攻め込んで、いっぱい相撲の興行を開いてあげるね♪」という自分たちの征服行為を正当化する偉い人の独善的な騙りがあるということだろう。
p166 「祀る」とは
裁縫のまつると同じ行為で、糸でぐるぐる巻きにして縫い付けて、その地から動けなくすることだと。神輿を担ぐの「かつぐ」も騙りがあるそうな。広辞苑で調べても「まつりあげる。名義上押し立てる」「欺く、騙す」というマイナスの意味がある。担ぐとは、征服地の先住者を神として祀り上げて(縛り上げて)事実上ヨイショするということだったのだろう。〆に注連縄で結界を張るという、ね。
p178 河童の顔は赫い
遠野物語では、普通の河童は青い顔をしているが、遠野の河童は赫いと言っているらしい。遠野は特別なんだ。前に河童は赫位と言って赤っ恥をかいたことがあったが、遠野物語は特別なのね。
p230 三本指
河童とか鬼が三本指なのは、奴隷として反乱できないように指を切り落とされていたから。という。
三本指をついてお辞儀をするというが、それは絶対平服の意味があるからお行儀がよいとされているのである。
p239 大工の弟子
河童が大工の弟子になったという伝説がいくつかある。それは河童=奴隷民ということだという。
童という字は奴隷を表すと前の巻にも書かれていた。童の字の作りは辛(剣)、目、東(突き抜ける)、土(膝まずく)の合成だから。山童とか河童とか、童のつく妖怪は奴隷民の刻印を刻まれた人たちへの蔑称だったのだろう。
p252 日吉の猿、住吉との関係
神武天皇前紀のなかに墨坂神という神が登場する。神武の東進を阻むために、その進路に大量の炭火を放って抵抗したとされる神である。それが墨坂→住坂→住栄→住吉となったとされる。別系統で、墨坂=火坂→日坂→日栄→日枝(日吉)となったとされる。
どちらも火の栄える神様を祭っているのである。だから火(馬)を御する猿が使神になっているのであるという。
p261 尻児玉
人が溺死すると肛門括約筋が弛緩して肛門がぽっかり開いたままになる。汚い。それがあたかも尻にはまっていた玉を抜いたようになるから「尻小玉を抜く」という言い方になった。汚い。河童は濡れ衣を着せられたのだ。汚い。
p267 キュウリ
キュウリは北インドやネパールが原産と言われ、飛鳥時代から日本にあると言われる。しかし、その野生種のきゅうりは食べられたようなもんじゃないらしい。固くて苦くて下等の瓜と言われていた。そういや、食用に適さない瓢箪は苦くて毒だって言ってたな。野生のきゅうりはそういう毒素のある苦い奴だったのだろう。
そういうキュウリが河童の好物にされている意味は…。そういう「キュウリでも食っていろ」という意味だろうという。
p310 日立製作所
将門の体は鋼でできていると言われるほど、将門の本拠地は産鉄地として栄えていたのだろう。茨城の日立製作所も前進は茨城の日立鉱山に付随する修理工場だった。へぇ~
p311 死体泥棒
河童や天狗は死体を盗むという伝説がある。タタラ場では、死体を製鉄に使っていたらしい。骨のカルシウムとかが鉄の融点を下げてくれて、銑鉄の流れをよくすることを経験で知っていたという説。その放るための骨を収集するために墓荒しや死体泥棒をしていたという。なるほどね。
p315 かわいそうな秦氏
秦氏は朝廷に仕えたが、何度も散在させられた。聖徳太子の頃に秦河勝が仏像を賜って、その恩に献上によって報いなければならなかった。雄略天皇の頃に奴隷にされた一族の者を変換してもらうために身代金を差し出したし、皇極天皇の頃には富士川の水辺の民の誅伐を自費でやらされたり、桓武天皇の頃には平安京遷都の際に私有地を官有地として召し上げられたり…。
その結果、秦氏の信仰神が伏見稲荷(商売繁盛の神)にさせられた。自分たちが奪っておいて、繁盛するといいねとは、嫌味だ。
p316 河童はカネを嫌う
産鉄民と言われる河童が鉄(カネ)を嫌うと言われるのは…「カネは嫌いなんだろう?だったらもらってもいいよね。」という偉い人たちの自分勝手な騙りだろうという。
p320 馬や女を狙うのは
河童がなんで厠で女性のお尻をまさぐるという伝説があるのか。
女性のあそこは「真処(マコ)」だが、それはタタラ場の「火炉」と同等の意味を持つ。(女性の陰部は「女陰(ホト)」と古い言い方をする。それは「火処(ホド)」の言い換えである)つまり、河童は女性の陰部と言う暗喩の、奪われたタタラ場を求めているのである。いやん。
河童が馬を引き込もうとするという伝説も、陰陽五行の火に当たる「午」=火処を求めてという意味があったのだ。古い慣習で「飛び込み馬」を祀るという物があり、家内繁栄、子宝に恵まれるという願いが込められる。これらも火の化身(産鉄や真処)が家に舞い込んでくるのを望んだ迷信である。つながった。
p324 愛宕
愛宕とは「仇子」の事だという。復習。
カグツチ神はイザナギとイザナミの子だが、火の神だから出産の際にイザナミの陰部を焼き、大やけど負わせ死なせてしまった。それに怒った伊弉諾に惨殺されて、その流血や死体からいくつもの神が生まれた。建御雷もその一人。その迦具土神が仇子=愛宕である。京都の愛宕山は昔から天狗の住処とされてきた、怪しさ満点、それが、愛宕。
p400 雷
雷は道真である。河童は菅原氏である。雷が鳴るとへそを隠せと言うが、それは雷(河童)が臍(ホゾ)を求めてやってくるからである。ホゾ=火処(ホト)のことである。民衆信仰にも反朝廷の被差別民への呪いが込められていて、今にも続いているというのは…。
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歴史薀蓄はなかなか面白かった巻であった。でも、殺人事件とか、薀蓄の騙り方とか、演出の仕方が詰まらなかったよ。
殺人事件はもっとテキトーに殺していいから、もっと歴史薀蓄をうまく語ってほしいと思う。
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Posted by ブクログ
東照宮をからめた天海の壮大すぎる仕掛けは、
シリーズ特有の大胆さとトンデモさがありつつ
面白いし知識が乏しい私にとっては
突っ込みどころもなく楽しめたんだけど…。
ミステリと歴史の謎、
今までの同シリーズほどしっくり絡みあってる印象がなくて
妙に事件が淡泊に感じてしまった。
淡泊…ちょっと違うかも、
全然感情的に理解のできないドラマに思ってしまった。
(それは作中の登場人物らも同じだったけど)
トリックもさして驚くべき内容がなかったのも
物足りなさの原因かもしれない。
ともあれ、これを読むと無性に観光にいきたくなる!
そういう意味で歴史エンタメ物としては推したいところ。