中島義道のレビュー一覧
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ネタバレ人を嫌ってはいけないことは、学校や家庭で何となく教えられた気がします。しかし、嫌うことっていけないことでしょうか?
僕個人の考えだと、嫌うことそのものは別に構わないと思っています。逆説的ですが、それは自分が嫌われてもいいと思っているからです。
当たり障りのない、無難な人生を送ってもいいかもしれませんが、僕はそうじゃあない方が好きです。誰かに嫌われるようなことをしても、それが世のため人のためを思ってやったことであればいいじゃないかと。
人を嫌うということは、人から嫌われることを考えるのと同じことで、共感できる部分が多々ありました。 -
Posted by ブクログ
著者は、人間のある面がひどく嫌いという。いわゆる「よいこと」を絶対の自信を持って、温かい眼差しを持って強要すること。とりわけ、他人が喜んでいるときに喜ぶように、他人が悲しんでいるときに悲しむように共感することを強要する、他人の鈍感さと傲慢さが嫌いなのだという。
共感は演技を呼び起こし、共感する者は賞賛され、共感しないものは非難されるがゆえに、人々は必死になって演技する「共感ゲーム」が繰り広げられる。誠実さに対する神経が異常に発達した人間は、こうした共感ゲームにコミットすることが無性に不愉快なのだ。
他人からはどんなに馬鹿げて見えようと、自らの欲望にごまかしがないこと。著者は、世間体や金銭などを削ぎ落とし、自らが一番したいことをはっきり見定め、それに携わって人生を歩むべきであると主張する。
人は誰も、他人とは異なる個性を持ち、他人とは異なる経験や知識を持ち、他人とは異なる価値観と意見を持ち、他人とは異なる人生を送っている。誰が正しく、誰が間違っているなどということはない。誰もが自らに対して誠実に生きる権利があるはずだ。
この社会で不快なことは、自らに誠実であろうとすること、すなわち「世間の常識」に従わなかったり、多数派に参加しないことを、頭ごなしに、徹底的に叩こうとする人間がいることだ。自らの価値観が絶対であると誤解し、さらにそれを他人に強要するという二重の過ちを犯している。
共感ゲームは、いじめの構造と同じだ。自分が共感ゲームに参加しないと非難を浴びる。いじめる側に立たないと自分がいじめられる。残念ながら、その状態が「安定解」となってしまう。多数派に参加するか、参加する演技をしなければ、排除されることを覚悟しなければならない。自らに誠実であろうとする者は、常に努力して多数派を形成できるほどの説得力や人望を身につけるか、排除されることを厭わずに自らの道を突き進むしかないのだろう。
人が集まって同じことを行えば成果が上がるし、効率もいい。しかし、集団では主体性が失われることもあるし、個性を活かすこともできないし、社会の多様性も失われる。すべての人間がそうした「戦略」を取る義務などない。自らの道を選ぶのも自由である。 -
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75点。人生に生きる価値はない。と言われたら「は?それってどういう意味?」となるし、「だから意味も価値もないってこと」っていわれてもよくわからない。
無意味だということを自分が理解したとすれば、十分に有意味な行為だしなぁ。
無意味である、とはいったい、どういう意味で「ある」のか。
無意味さを、意味を経由して理解する以外の方法はない。
じゃあ、どうすればいいのだろう。
このひねくれた著者は一生をかけて、先のけっこうどうでもいいような問題について考え続けている奇特な爺さんです。
小さい頃、死が怖かった人は多い。私もそうであった。私の場合は死ぬという行為にではなく、死後を想像することに恐怖を覚えた。でも歳をとると、なんかどーでもよくなっちゃうことが増えて、鈍感さ具合に磨きがかかり、そのような恐怖を感じることは少なくなった。しかし、この爺さんは還暦を迎えてもなお死の恐怖について正面から向き合う。そして、こう言う。
「すべては意味のないこととそのまま潔く認めて、心の安寧を得るという生き方は、ずいぶん私の信条とは異なるものだ。だいたい、私は何事に関しても、単純に諦めるということがない」
なんてギラギラした爺さんではないか。かくして、明るいニヒリズムに通じるわけだが、この人の言う事は嫌いではないです。
いくつか、つまらない話題があるのでこの点数。 -
Posted by ブクログ
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無念の拳を振り上げながら、彼はまた新たに言葉を押しつぶすことを学んだのです。彼は「こんなことってあるものか!」と叫ぶでしょう。しかし、その彼が銃数年後、同じようにして他人(部下)から言葉を暴力的に奪わないとは限りません。37
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多くの女性は「この人、私がいなければ何もできないの」と思い込みたいのでしょうが、それは夫を恋人を人間としてひとり立ちさせたくないから。精神のてん足をして、ひとり占めしたいからです。こんなことをしていると、いつかツケは自分に回ってくる。120
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この国ではすべてが定型化する。このことはどんなに強調してもしすぎることはない。私がここで強調したいことは、とくにわれわれが何か「運動」を始めるや否や、すぐに標語を募集し、看板を立て、垂れ幕・横断幕を掲げ、スピーカーでがなりたてる、というかたちをとること。何ごとにせよ、みんなで一斉に掛け声を発して実現しようとすること。147
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すべてが定型的になっているので、一度こうと決めたらよっぽどのことがないかぎり変えようとしない。そして、誰もそれに疑問をもつこともない。すべての人為現象が、自然現象のようにまさに変えられないようなものとして見えてしまうのです。158
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“ドラえもんはマンガの世界だけど、きみたちはそれがどんな魅力的でも、苦労しないで手に入れたもの、人から恵んでもらったもの、などに頼っちゃダメだ”
“人類が消滅しないまでも、いまの十分の一に減れば、環境問題はいっきょに「解決」される。でも、だれもこういう主張はしない“
“みんな、「どうせ死んでしまう」とか「人生に生きる意味はない」と、うすうす感じながら自分をごまかしてやっと生きているのに、近くにそれにこだわっている人がいると迷惑なんだよ”
“人生にはどうしようもない「偶然」が左右するんだよ。だから、きみたちは、今後どんなに努力してもむくわれないかもしれず、どんなにサボってもむくわれるかもしれない”
“僕が「祝辞」を頼まれたら、三十秒ですますことができる。「ご卒業おめでとう。人生は、実際に生きてみなければどうなるかわかりません。そして、みんな確実に死ぬのです。オワリ」”
“人に親切にした者が、親切にしない者を責めるような社会は、困ったものだ”
“きみたちが「ふつうの人」なら、本書などぽいと投げ捨てて好きなように生きればいい”