高橋秀実のレビュー一覧
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ネタバレオリンピックや世界水泳を見ていつも思うこと。それは…
「泳げない私って、変」
私はカナヅチです。
「一度溺れたら泳げるようになるよ」と言われますが、私は3度も溺れています。
この本の著者も泳げない者が泳げるようになるのか?ということで、自ら体験して綴った本です。でも、彼は完全なカナヅチではないのです。浮くんですね。数ページ読んだところで「泳げません」って言わないじゃん!とちょっと腹が立ちました。
しかし、浮きはするものの、前に進まない、息継ぎができない…という著者が、コーチに厳しく(?)しごかれ、何度も挫折しながら、悩みながらもいつの間にか泳げるようになっていきます。
「私が水の中を恐れる理由のひとつは、ボコボコという音である。」
ここを読んだときに。思い切り頷いていました。私の場合、3度もこのボコボコを聞いて溺れています。完全にトラウマになっていますね。
コーチが言った一言。
「だって、もともと泳いでいたんだから。胎児の頃、お母さんの羊水の中で」
そうです。やっぱり浮かない、泳げない私は変なんです。 -
Posted by ブクログ
桂先生に拍手!
まぁ、これほど水を怖がる人も珍しいです。その怖れっぷりが笑えるのですが、徐々に桂先生のすごさが際立ってきます。
「顔を上げると沈むんですよ。水中に入っている部分には浮力が働きますが、水面上に出た部分には働きません。ですから、出た分だけ沈んでしまうんです。水面の上になるべく体の部分を出さないようにしてください。腕以外は」というような理論派の説明もあれば(なるほどーーー!)、「泳がないでください。真っすぐに伸びてください」のような感覚的なことも言います。でいて、「考えちゃダメです。何も考えないこと。泳ぐのは歩くのと同じです。歩くとき、右、左と考えます?」みたいな本質的なことも言ってくれます。
で最後は、キレイな泳ぎの鍵は骨盤なんですね。いつも溺れていた著者が、最後にはすいすいと泳いでみせるまでになったらしいです。
羨ましい!こんな風に教わったことなかった。
さっそく骨盤で、泳いでみたくなりました! -
Posted by ブクログ
無趣味な著者が趣味を持とうと、様々なジャンルの趣味人に会い、その世界を体験するのですが、出て来る人々がみんなヘン!飛行機マニア、そばうち、ヨガ、スタンプ集め、亀…。趣味の世界は深いが、端から見ると「なぜ?」と思うことばかり。
旅チャンネルでバーを巡る番組を見ているうちに、バーとカクテルに興味が出てきたのですが、この世界もヘンですね!ものすご〜いこだわりがあるのです。炭酸を注いだら、混ぜすぎて炭酸が抜けないように、そっと氷を持ち上げるだけとか、シェーカーの振り方とか、グラスへの注ぎ方とか、すっごい様式美にもこだわっていて、まさに「道」です。
お茶や武道もそうだと思うのですが、これは男性がやるとこうなっていくのではないでしょうか。
混ざればいいだろーとか思うのは、大雑把、乱暴者なのでしょうか。
高橋さんの文章は、適度に気が抜けていて、読んでいるとふわ〜と力が抜けていきます。もっと読みたい。 -
Posted by ブクログ
面白かったぁ♪
とある講演会で「先生のご趣味は何ですか?」と聞かれた高橋秀実さん。
そこから趣味を探す旅が始まる。
例えば「蕎麦打ち」、「八十八カ所巡り」、「切手収集」、「ボウリング」、「登山」といった定番(失礼かな?)もあるし、「カメづくり」や「階段巡り」なんて趣味まである。
また「防災」や「武士道」までも趣味に認定されている。
それぞれの趣味に熱中している人にインタビューして、高橋さんも実際に体験してみるのだけど、それがすごく面白い。
まずインタビューではその趣味の楽しさがいまいち分からないのが妙に可笑しい。
本人も「つまんねえなと思いながらニヤニヤするんです」とか、「自分の時間が欲しいな、と思います」とか、楽しいのか楽しくないのかあやふやだ。
茶道はボケ防止と断定されているし。
そして体験編では高橋さんの冷静なツッコミが光っている。
いろんな趣味を体験しながら高橋さんの興味は「趣味探し」から「趣味とは何か」に移っていく。
「趣味は何ですか?」という無邪気な質問からまさか「時間とは一体、何なのだろうか?」という問いにたどり着くなんて…。
私も「趣味は何ですか?」と聞いて回りたくなってしまった。
そして「趣味は何ですか?」と聞かれたら「人の趣味の話を聞くことです」とか、どうだろうか? -
Posted by ブクログ
冒頭は認知症に関するデータや引用、哲学的な考察も多く、人によっては少し読み進めるのに時間がかかるかもしれません。
ただ、それらが土台となって、読み終えたときには「認知症とは何か」という問いだけではなく、「人とは何か」「人はどこに存在し続けるのか」ということまで考えさせられる一冊でした。
特に印象に残ったのは、お父さんが亡くなったあと、「どこへ行ったのか」という自問に対し、自分の行動やしくざの中に父の存在を感じた場面です。
「亡くなっても心の中に生きている」という表現はよく耳にしますが、本書ではそれをもっと具体的に、「自分の言葉や振る舞いの中に父がいる」と描いていたことがとても心に残りました。人は記憶として残るだけではなく、生き方や価値観、何気ない仕草として受け継がれていく。その表現に、じんわり胸が熱くなりました。
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Posted by ブクログ
ネタバレゆる言語学ラジオで紹介されていたのを予約していたのがようやくきて読んだ。校正の世界、自分では本も好きだし向いてそうって思っていたけど、これは全然向いていません笑、、頭がさがる、、笑
(途中まで、「逐語心象型」p.58だし!と思っていたのに、、笑。言葉を言われた時に、視覚が浮かぶ・聴覚に反応するよりも書かれた文字や印刷を想像するタイプのこと)
なるほどなあと思ったところはいくつもあった。
そもそも日本語には正書法がない(p.118)
誤用でも慣用であれば直さない(p.20)
法律はもとより日本国憲法にも誤植がある、というのは笑っってしまった、そして読んで納得(p.168)
次に読みたい本に追加された箇所はこちら…笑
「マゾヒストの世界体験とは言語体験としての世界体験」(種村季弘『ザッヘル=マゾッホの世界』)なのだから。マゾヒストは物理的な鞭打ちや緊縛ではなく、「「鞭打ち」「緊縛」などの言語を体験する。実際の鞭打ちや緊縛は「生の肉体的苦痛にyすぎなくて、快楽に転化される見込みすらまるでない」が、それが「言語的想像力」を伴うことで快楽に転化される。いやらしい行為は「いやらしい」という言葉で昂奮する。早い話、行為ではなく言葉に反応するのだ。
実際の極貧による屈辱は苦難以外の何者でもないだろう。しかし「極貧」「運命」「屈辱」などの言語体験は快楽に転化しうる。屈辱が快楽という「自己の矛盾撞着を冷静にそのまま認知する者」こそがマゾヒストなのである。(p.149)
これは自分に大いにあるな!と思いまして笑
それから校正とは何か、を複数の校正さんが「リライトではない」、というのがなるほどーとなりました
私校正教室で落ちこぼれるわ…
校正とは「確認するんです。文章の内容ではなく、文字遣いが合っているかどうかを一字一字確認する。合ってるOK、合ってるOK、という具合に一字一字確実に進んでいくんです」(p.76)
その後に出された文、間違っているはずとわかっているのに、私の脳は意味で処理して、初読時に間違いを見つけられなかった…どれだけ日々スピード重視で適当に読んでいるか、よくわかりますね!悲…
辞書オタクの境田さんをはじめ、ドラクエから『新潮日本語漢字辞典』を出版された小駒さん、校正の神様と言われた神代種亮など、まだまだ知りたい人々でした。
面白かった! -
Posted by ブクログ
読み始めた当初、話の本筋から明らかにそれたトリビア――それも古典的な哲学書の類いを引用しての脱線――が多いのが気になった。正直なところ、読みづらい…のだが、話の内容が「文字」の校正(誤字とか異体字とか旧字体とかいった話題)に及んで、これは、この原稿自体が、著者(&編集者?)による校正者への挑戦として書かれているのではないかと思い当たった。そういえば、この本のカバー&表紙は怒濤の赤ペン入りの「ゲラ」であった。
古典の引用において、時に正字や旧仮名遣い、さらには「や行え段」の変体仮名まで出てくる(変体仮名は確かにUnicodeに収録されているけれども、少々やり過ぎとも思う)。本文中の括弧書きで引用文の旧仮名遣いに転換するケースもある。
校正者への挑戦であり、私のような読者にも「校正」の目で文章に触れさせようとする試みだったのだろう。 -
Posted by ブクログ
実におもしろかった。私はもうかれこれ四半世紀、ニッチな専門分野の編集&校正をしているが、登場される校正者の考えに首が折れそうなほどうなずいたり、目からポロポロと鱗がこぼれ落ちたりした。
冒頭「世の中には優れた書き手などおらず、優れた校正者がいるだけではないか」という著者の嘆息から始まる本書は、読者を校正の奥深い世界へと誘ってくれる。『言海』を270冊も自宅に所蔵する方、溢れる思いをとめられず自ら漢字辞書の編集までしてしまう方…先輩方の凄まじさに私などは只々畏れ慄き、ひれ伏すばかりである。
AIと校正という章はタイムリーで興味深かった。最近、本当に原稿をAIで書いてくる方が増えたのだ。急に文体が変わったり、出典がまるで存在しないものだったりと校正の仕事がシンドイ…。著者がAIに書かせる、ないし校正させた原稿を、私が校正することに疑問しかなかったのだが、本書の著者・髙橋さんは言う。「校正はさらなる校正を生む。…校正は永遠に終わらないのだ」と。私は、自分が校正の終着点だと思っていたが、そうではないのだ。
本を愛する方へ、その裏方の知られざる世界をのぞいてみてほしい。