三羽省吾のレビュー一覧
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ネタバレデビュー作の『太陽がイッパイいっぱい』が大好きで、もっと評価されてもいいのにな~と常々思っている作家です。
クズだけどどこか憎めないエージが言い出したのがタイトルになっているこの言葉。私も学生時代には飲み会の後にはたまに行ったなぁバッティングセンター。
なんということなしに読んでいたのに、エージが子どもだった頃の話にふいに涙が。虐待やネグレクトに遭っている子どもたちって、エージのように親とはそういうものだと思い込んでいるのかもしれないのですね。
彼を図に乗らせて世界最強にしたい。バッセンに客が集まる様子が嬉しくて嬉しくて。やっぱり好きです、三羽さん。
無駄のない人生なんて。 -
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自分は野球が大好きです。プロ野球もアマチュア野球も結構観に行く。やるのはからっきし
野球漫画やドラマは昔こそ見てたが最近はあまり見ていない。『事実は小説よりも奇なり』この言葉は野球のためにあるのではないかと思うほどだ
そして今回は野球の話…なんだけどこれは「野球の話」だけでは絶対にまとめてはいけない話だと思う。
被災した方々の人間ドラマ、そこでの若者たちの葛藤
そこに定番のライバル達とのストーリーがある。最初は本当に生意気なだけのどーしようもない奴が主人公だなあと感じた。でも読んでいくうちにこの野球と被災を組み合わせた時、この主人公でないとと感じるほどあってるしかっこいい
自分の中で勝手に主人公のイメージを固めて、相方の捕手のイメージを監督をマネージャーって当てはめると思うけど、その生意気だった主人公の見た目のイメージは現DeNAの藤浪をイメージしてた。(自分が阪神ファンだからだけど。藤浪はもっと頭良いタイプだと思うけど)野球好きだからそういうイメージもしやすくて楽しかった。
後半もアツくて。主人公のコーキの野球人としての続きが見たくなった。
こういうタイプはあっさりプロとかの夢を捨ててもっとすごいことをしてしまうタイプな気もするけど、やっぱりこういう真っ直ぐなタイプは野球に向いてる。そう感じた。
少し余談を三つ
一つ目
この話本当に素敵で面白かった。なんかこの感想中身に触れてなさすぎたけど、分けて読みすぎたから細かい中身を書けん。すまん
嫌なキャラが出てくるのは小説の上で必須だとは思うけど、そのキャラもみんな話の中で評価が変わるってのが、キャラへの愛というか使い捨てみたいなキャラもいないのがすごい。一人一人設定細かいんだろうなあとか、感じる
二つ目
NHKあたりでドラマにしたらめちゃくちゃあいそう
俺が映像監督ならな〜
…無理か
三つ目
主人公にメジャーの茂野吾郎感を感じてた。
才能、センス、態度はメジャー級、悪態をつく(もちろんタバコや酒はしないけど…)
投げるボールの球質も、ここぞのところで本人に不慮の事態が襲うのも逆境のマウンドで力投(もし怪我がなければ…)
伝染する闘志
野球の物語には変な捻りはいらねえな
真っ直ぐな奴でいい!
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ネタバレ柿崎信郎
ノブ。四十歳。祖母が亡くなり、葬儀のため十歳まで住んでいた亀岡に帰郷する。柿崎家は江戸末期から四代続く鉱夫の家系。小学四年生で、身長百二十六センチで仲のいい友達が五人おり、生き物係だった。
智郎
信郎の息子。十歳。小学四年生。
杏子
信郎の妻。看護師。
信郎の祖母
八十八歳で亡くなる。
ウネリン
信郎が小学四年生の頃の友達。仲間内で一番大きな身体。仲間内のリーダー格。
タマキン先生
宮本珠紀。飼育委員会の取りまとめ役。この春赴任したばかりの若い教師。涼しげな目元と艶やかな黒髪が印象的な美人。
チクワ
酷い蓄膿症で年中口が開いている。
禿げ村のおっちゃん
おしゃれサロン影村の店主。カメラと音楽が趣味で、店内にはいつもジャズが流れ、棚には高価なカメラが何台もも並んでいる。
ブタ子
女子リーダー格。かすみ。
諏訪バァ
近所の駄菓子屋。
ガボちゃん
伊賀。仲間内で最も貧乏。クラスで一番小さい。いつもどこかに怪我をしている。母と鉱夫の寮に住んでいる。
片腕軍曹
河原に住む傷痍軍人。
咲子
信郎の姉。
利也
咲子の夫。信郎の義兄。
修
咲子の息子。
楓
咲子の娘。
柿崎喜一郎
信郎の父。十代の頃から鉱山で労働し、頑強な肉体を持っていた。市街地に引っ越し、鉱夫から自動車整備工員に職を変えた。
ダゼ夫
生まれも育ちもこの町なのに、何故か奇妙な標準語を使う。父親は運営サイドの中の幹部クラス。
ニシナユミ
ノブとは幼馴染み。
望月
ノブ達の担任。モッコリマン。
タカオミ
違うクラスにいるノブ達の仲間。仲間内で唯一の山の手の子。運営サイドの子にしては珍しく野球好きの変わり種。
ゲン
守屋元。二十四歳にもなって小学四年生の話に付き合う。子供の頃は神童と呼ばれていた。六年前に東京の有名大学に入学したが、三年後に退学して戻ってきた。酒屋の息子。
飯尾専務
猪野
屈強な鉱夫の中でも一際身体が大きく、若い鉱夫のリーダー的存在。
友子
ケビン・マーカス・ダニエルズ
McDuff,O'Brien, and Cameoka Mining Industryの運営サイドの子。転校生としてやってきた。
オトナ
幼稚園の頃から空手を習っており、細身だがウネリン並みに背が高く運動神経が良い。未確認情報ではあるが既にあそこの毛も生え始めているという噂で、渾名はオトナになった。
ナルト
チクワの弟。
ワッタン
ワタベ。六年生。
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ネタバレ面白かった!
小学生の作文から始まって終わりも小学生の作文になってる構成も良かった。
剣と守の正反対なようでそっくりな兄弟の関係性も良い。振り回されるお母さんと奥さんたちは大変だろうけど…
警察内部の闇を暴くってことで、誰が信用できるか分からないなかでお互いだけを信じられた兄弟が亡きお父さんの遺志を継ぐ…
最後は信頼できる仲間たちとドラマティックな作戦で華麗に勝利!ヤクザの幼馴染との関係も好きだった。
クズくんとか小谷野さんとかキャラもみんな良いし映像化したらもっと面白そう。
結末はスッキリ!と行かないのが良いのかな。イチゴちゃん頑張ってほしい。 -
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ネタバレ「なんだかんだで、物事は進む。それを悲劇にするか喜劇にするかは、本人の意志次第だ。取り敢えずシラけたりせずに頑張っとけ…春は来る」
あえて言わなくても、というような文言が、不意に突き刺さる。理解しているようで理解していない…理解というか意識していないから、思いがけない時点で目頭を熱くしてしまうことになる。青臭いといえば、その通り。自分可愛さに自分自身を擁護しないよう、できるだけ客観的に省みる。自信を持ってよいと思われる場合でも、常に引いて見る。僕自身の正当性など、とてもじゃないけれど胸を張って主張できない。そうかもしれない。でも、ダメかもしれない。行き過ぎた自己肯定感の低さゆえ、諦めてきた物事などは数知れず、もう、ほんとうに面倒くさい性格を自覚して、ますます拗れて厄介なこと、この上ない。
自信を持つには、どうしたらよいのか。
そもそも自信を持たなくてはダメなのか。
堂々巡りで一歩も先に進めない。
現実の僕の不甲斐なさを、読書でもって紛らわす。共感したり憧れたり、恋をしたり、恨んだり。日々忙しなく右往左往し続ける。手を伸ばしても決して触れることができない世界に、僕は幾度も救われてきたのだ。
イズミは自身の経験を以て、自分で人生の道筋を見出した。遠巻きに感心するだけの僕ではあるけれど、最終盤のイズミの言動は、僕の希望だ。
さて。
現実を、現状を引き算して、引き算して。
その上で、できる限りのことはやっていこう。
時折り、ゼンマイを巻き巻きしながらさ。
自分でゼンマイを巻くことができるうちはね。 -
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連日「暑い」ばかり耳にする。もういいじゃん、って思わなくもないけれど、きっと無自覚に溢れる言葉なのでしょう。僕自身はどうなの?と思う。でも、自覚はしているかな。僕自身はね。言葉にしなくても共有できる感覚だし。僕の汗まみれの顔を見たら、きっと「暑い」って言葉にしなくても伝わると思う。ほら、あなたの顔も、汗まみれですよ。
最近、すこしだけ思うこと。気になるかといえば気にならないこともない、その程度の感覚なのだけれども、一般的な傾向として、皆それぞれ他人に対して清廉潔白を求めすぎではないのかなあ、と思う。清廉潔白というのは、他人に期待するのではなくて、自分自身の在り方を示すものだと思う。僕自身は清廉潔白でありたいと思っているし、加えて単純明快という在り方にも憧れがある。
年齢だったり性別だったり、時代背景だったり。僕らは、自身の努力とは関係のないところをも抱えたまま生きている。納得できない物事などは、数えきれないくらいにあるけれど、それでも生きていかざるを得ない。僕自身の問題は僕にしかわからないことだから、周囲への期待などは無いけれど、そんなこと自体、それぞれの考え方があるだろう。僕は期待しないけれど、僕以外の誰かは、もしかしたら何かを求めているのかもしれない。そんなことにも気づいたり、力を貸したり、何かしらのことをできるようにありたいと思う。きれいごとかな。もしかしたら、そうかもしれないな。
「厭世」とは言いつつも、希望を捨てない彼らのことを思うと、はたして僕の人生も、きっと捨てたものではないのかな、なんてね、思わなくもないわけです。それだけで励みに感じることも、無くはない。きっと単純すぎると、お思いでしょうね。とはいえ、この単純すぎることこそが、生きる希望の正体なのかもしれませんよ。 -
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太陽がイッパイいっばいを読んで久々に大笑いしたので三羽省吾さんの本を買ったが積読の山にうもれていた。たまに笑いと下ネタを織り込みながらテンポよくすすむストーリーは読みやすく感情移入しやすい。流石だなあと思う反面なぜだろう?と私なりに考えてみました。三羽省吾さんの作品を何冊か読みましたが主人公の10代の若者が近年の若者言葉をあまり使わないところではないかと思いました。今現在の若者を描くのであれば語尾を上げたり言葉を短縮したりすればある意味リアルな文章になるのかもしれないが私を含めある程度の年齢の読み手には薄っぺらい捉え方しかできず物語自体が薄っぺらく思えてしまう。活字で薄っぺらく感じるのでそれがドラマや映画になり役者がその台詞を発すると思うと観る意欲がなくなってしまうように思う。若者の活字離れをなんとかしようと若者言葉を多く使う試みは理解できるがあまりにも傾倒してそれがスタンダードになってしまうと逆に私を含めある程度の年齢の読み手がその作者から離れていってしまうのではないかとふと思いました。