三羽省吾のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ待ってました!久々の三羽作品。
この人が書くブルーカラーの若者はパワーがみなぎっていて好きなんよねぇ。読んでる俺まで元気もらえる。
で、本作。なんと近未来SFになってるよ。戸籍のない地下住民が最下層にいて、経済的根幹を謎の企業体PRNが仕切っている、相変わらず政治はダメダメという、経済カーストが著しく進んだ日本が舞台。
やり場のない気持ちをウっ屈させた地下住民の若者たちが、世の中にひと泡吹かせてやろうと徒党を組んで暴れまわっているうちに、単なる窃盗や無意味な破壊だった彼らの衝動が日本を動かして行く。
と、あらすじを書くとそうなんだけど、そんなんじゃない。主人公リオと彼女らを取り巻く仲間たち、謎の若者カイらの行動・言動がパンキッシュで輝いていて羨ましい。俺みたいな、燃焼不良で燃えカスになってしもた爺には、「日本しね」とブログで嘆く現代の若者には痛々しさを感じるけど、空飛ぶバイクや車に乗って、警察やヤクザや企業体相手に、若さゆえの無茶ぶりをどんどん炊きつける、架空未来の若者には喝采を送ってしまいがちなのだ。
舞台がSFであれ、物語が産業構造に関わってきたりであっても、やっぱり三羽小説の土台は、ブルーカラー若者たちの溢れるエネルギー、それをもてあましての衝動的行動である。燃えカス爺の心に、久々ロンドンコーリング鳴り響いたぜ。 -
Posted by ブクログ
祖母の訃報を受け、不登校の息子を連れて30年ぶりに帰郷した柿崎信郎。甦る少年の頃の出来事と現在の境遇が、父として息子に伝えるべき何かを生み出す。
子供だからといって楽しいことばかりじゃない。大人だからといって世の中を上手く渡れる訳でもない。人間が生きていくには、何かしら背負うものがある。その重さに耐えていくことが成長の証である。
時折、笑えるストーリーだが、突きつけられる現実は実に重い。でも、信郎が偶然訪れた居酒屋に予想外の救いがあった。昔は良かった風の安易なノスタルジー小説ではない。男として、そしてかつての少年として筋を通した生き方を導いてくれる物語である。名作です。 -
Posted by ブクログ
時代から取り残された様な古い雑居ビル。
入居している店子も、少し外れた変わった会社。
働く人間も、どこか残念だったり、足掻いていたり、イライラしている面々。
でもね、誰も人生諦めてないし、出口を探してる。
すれ違う程度だったビルの住人。
彼等がふとしたキッカケで次第に繋がってくる。
三羽省吾の作品の共通点は出逢いと温もりだと思う。
投げてる人間なんていない。
絶望してる人間なんていない。
そんな人間を創りだしちゃいけない。
縁って大事。
もう少し、周りに気を配ると見えて来る事ってあると思う。
おせっかいでもいいじゃん。
厚かましいと思われる事もあるかもね。
でも、ふと寄り添うことで救われる人。
たった一言で、光射すこともあると思う。
自分の居場所はここではないかもしれない。
かといって、ここが居心地悪いわけではない。
ここの延長で、少し自分が変わってみよう。
そんな気持ちになっちゃう作品。 -
Posted by ブクログ
洪水被害で村ごと避難生活を余儀なくされている高校球児(超クセあり)が、避難先の町の高校(強豪校)のグラウンドを間借りして練習を再開し、そこの野球部とのすったもんだがありつつ、村民の期待を受け甲子園出場を目指す。
買ったまんま長~いこと放置して(忘れて?)ました。すまぬ。
読みだしてみたところ・・・・・、こりゃおもしろーい!
熱血高校野球小説のテイストもちゃんとありつつ、全編にからめられた笑えるシーンが、まあ絶妙。
「うんこボール」て・・・・・、ぎゃははは!
笑いだけでなく、涙も感動もがっつりあります。
登場人物も、最終的には全ていい人になってしまいました。いわんや悪人もです。
あと、避難所生活についての描写もあり(東日本大震災よりだいぶ以前の作品です)、現実にこの生活を多くの皆さんが今も続けているのだと改めて認識することができました。 -
Posted by ブクログ
いつもの青春モノよりは主人公の年齢層が低いので買うかどうしようか悩んでいたのだが、たまたま書店に行った際に(最近はネットで本を買うことが多いので)この文庫の表紙を見てついつい買ってしまった。作者と世代が似ているし住んでいる地域(話の舞台となった場所)も近いのだが、全然違う幼少時代なんだなぁと思った。私が城下町でのんびりした空気の中で生きていたのと違い・・・この話が作者の実体験という訳でもないだろうが・・・廃れゆく炭鉱町の少年達の話なので街の雰囲気もやっている遊びも全然違う。でも、ノスタルジックは感じる。なぜだろう。昔は先生は絶対的存在だったし、体罰も親だって許容していた部分があった。私の頃は校内暴力(学校の窓ガラスを割るとか?)が始まる前だったし学校に行かないとどこにも居場所がないから不登校なんてものもなかったんだと思う。フナの解剖は当たり前だったし、蛙やトカゲにイタズラするのも通過儀礼だったと思う。だからと言って、時代が変わったのだし価値基準も違うのだから、「今時の子は・・・」とは言えないと思う。今も昔も社会に出てしまえば子供の頃の悩みなどホントに自分の周りだけの出来事で実際には大したことがない問題が多いのだが、それでも悩みは悩みなのだ。そして、悩んだり困ったり自分で解決出来たり出来なかったりで生きていくしかないのだ。それは諦めとは違うのである。