中島らものレビュー一覧
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ネタバレ「おれの人生は破れている。その破れ目の中にアルコールがすいすいと入っていく。もしできることなら、その破れ目におれ自身を放り込んでみたい。どんな気持がするだろう。」
「たいせつなあずかりもののよそさまの子だ。だから余計にぐちゃぐちゃにいじめて、多少なりとも変形させて返してさしあげるのが礼儀というものだろう。」
らも節バリバリです。
なかなかお下品、お下劣なエロネタ盛りだくさんなのですが、それがまた上質、一級品の上手さなのがずるいです。
たとえば「ブンガチャッチャ節」……これは、人間椅子(バンド)に新調きゅらきゅきゅ節という曲があり反応したのですが。
「♪いれていれてよ ぬれて待ってんの
キュッキュキュー、キュッキュキュー
黒い大きなその傘に
あ、ブンガチャッチャブンガチャッチャ♪」
気になったので調べましたら、元々口承されてきた作曲者不詳の採譜で猥歌とのことでした。ひとつ、お利口さんになれました。(笑)
お下品でいえば、ここでは書きませんが、軍艦マーチの替え歌が最高でした。爆笑です。
広告制作をされていたらもさんならではの視点がないと書けないようなお話もあり……、本を読んで面白いのは、執筆者その人の職業柄、生き方、人柄が出てる視点でのものの見方が新鮮だからなのかな、と思いました。
落語に関してはさっぱりなのですが、読んで少し興味が湧きました。
ポッカァーンとか、仔羊ドリーとか、もう、すごいですよ。
おすすめです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレらもさんの初書籍本にしてノンフィクション・飾りっ気なしのぶっつけ酩酊ラリリ本。
僕に踏まれた町~→アマニタパンセリナと読んできてこちらの本を読みましたが、最高です。
らもさんの酩酊ラリリっぷりの素行を既にこれらの本で触れていたから……というのもあるかもしれません。構えず「そういうもんだ」という風に読めました。一緒にラリパッパ。
ラリパッパの他に、仕事に責任に人生に追いやられ、フラストレーションは溜まりに溜まり、だいぶ疲れちゃってイカレちゃって、「頭の中がカユく」なる、「ワラが詰まって」いる感じ、現実逃避の余り思考があっちこっち支離滅裂……な感じが、今の自分の状態と重なる部分があり、読んでてよりのめり込んでしまいました。
甘やかでくすぐったく、そして優しいセックスの描写というのも……ちょっと、たまらないものがありましたね。
理性的で、獣にあらずでありながらも、はっきりとした下心。いいですね。
いつの間にか夢か現実かわからなくなってしまう、そんな感覚がとてつもなく気持ち良い本です。「夢」とわかりやすい場面ではエモいイマジネーションにフワフワと酩酊し、「夢か現か幻か」という場面では、そのサイケデリックさに酔い、微かなしかしはっきりと香ってくる現実の薄汚い香り、動物的な臭気とコンクリートジャングル的な無機物の臭気……がとても良い味出してるんです。
"「人間が一人」と羊が樹の下で呟いた。"
"珈琲は黒い腐った血"
言葉のセンスがたまらなく美味です。
子羊を抱き海岸線を走る電車に乗り、どこか知らないとんでもないところへ到着し、大事に抱えていた子羊は石英に変化しており……。
この辺りから、ラストの海底と水平線のくだりにかけて、本当にいい塩梅にラリリでしてね、最高です。
悪夢のような「東住吉のぶっこわし屋」、どろどろに濁った卑屈の青春の体液を泳ぐ「私が一番モテた日」、一夜の夢と"バチ"とS・O・S・トゥ・ザ・ワールドの「クェ・ジュ島の夜」……これら短編もかなり"キ"てますね
いや、面白かったです本当に。
理屈とかそんなものはどうでもいいんです、感じたままを舐めとる本。 -
Posted by ブクログ
小説の形態をとっているけれど
内容は複雑怪奇なバリ島的人間探求のドキュメントである
二元論とか無限とかこの世の始まりとか意識などに
好奇の目を光らせている人達には捨てがたい本である
一般にはバリ・ヒンドゥーと呼ばれているが
その真髄には大乗仏教とアミニズムが流れている
中でもアグン残のベサキ寺院は大乗仏教に傾倒しているという
過去生から現在などの占いや個人に向けたお守りも創るらしい
ベサキ寺院のテジャ師は三という数を完璧として大事にする
祈りとともに涙が出だして怒りの涙から始まり
哀しみの色に変わり最後は無色透明になる
一般にバリの音楽をガムランと言う
鉄琴やドラによる強いリズムとメロディーで陶酔へと導く
この鉄琴は新しいもので
その昔はジェゴグという音楽で竹琴を使ったのだそうだ
大きいものだと四メートルもあるという
それを復興したのがサンカンアグン村のスウェントラさんだという
スウェントラさんの連れ合いはニホン人だそうで
普段はデンパサールに住んでいる
聖なる右手で湖水をすくい汚れた左手にふりかける
人生の汚物を拭くために余土してしまった左手
すべてのガラクタじみた奴らのために何度でも重なる汚辱で
棍棒のように固くなってしまった左手
その左手のために涙を流していたのではないかと〜
三+六で九・三✕三が九・三✕四が十二・一と二で三・三✕五で十五
一と五で六・三✕六で十八・一と八で九・三✕七で二十一・二と一で三
三✕八で二十四・二と四で六・三✕九で二十七・二と七で九・・・
数字で位階(ヒエラルキー)があるように色でもあるだろう
金色から白・水色・ブルー・赤・緑・土色・黄色・黒と並ぶと著者は言う
無色というのはこの世にない
人間は島だとテジャ師は言う
水が引けば島は繋がる
そこでは島と島が繋がって一つになっている
人間も同じかもしれない
一人ひとりも全体の底では繋がって一つになれる
人間は時間軸と空間軸に沿って点在している
皮膚によってお互いが外界と遮断し合っているけれど
全体観を取り戻せばシェアによる共生感覚を得られるのではないだろうか -
Posted by ブクログ
お葬式にはある種日本独特の雰囲気がある。
形式的になってしまう反面、親戚縁者が故人を通して新しくつながっていくような、実は前向きな儀式。
それをコメディにするって言うのはある意味タブーなのだけど、
うまく表現すればこれほど味わい深くできる日本的題材はないのかもしれない。
お通夜の後、仏さんを目の前にして、残された人々が思い出話で盛り上がる。
そのネタを提供するのが、酔っ払った落語家たちだから、これは面白い。
自分も画面の前でお猪口で日本酒を呷りながら、座の一員となって耳を傾けている気分。
いつしか宴会のように唄えや踊れやの、寝ずの番。
ラストの唄あそびのシーンに湧き起こる泣けて笑える感情はいったいなんなのだろうか?
こんなお通夜があるもんなら、親戚縁者でなくても、参加してみたいもんです。
自分のお通夜の晩がこんな賑やかだったら、それはそれで嬉しいだろうな。
小説では放送禁止な内容がバンバン書かれていたけど、
映画では放送コードを考えた修正がされていてそこに注目するのも面白かった。
でも映画もかなり原作に忠実で、良かった。
下手したらアメリカンコメディのようにものすごく下品な作品になっているところが、人情やら粋でうまくオブラートに包みつつ、うまいこと表現されてます。
死をも笑いに還元する日本の芸能、お見事。
♪おれの心は トタンの屋根よ
かわらないのを 見てほしい♪
この唄の意味を知りたければ、読むべし。 -
Posted by ブクログ
ネタバレせつない傑作です。
もう、名言抜き出しだけで良いと思いますので。
ぜひ読んでください。
「ただ、こうして生きてみると分かるのだが、めったにない、何十年に一回くらいしかないかもしれないが、「生きていてよかった」と思う夜がある。一度でもそういうことがあれば、その思いだけがあれば、あとはゴミクズみたいな日々であっても生きていける。」≪僕に踏まれた町と僕が踏まれた町‐中島らも≫
「『人の命は地球より重い』とよく言うけれど、そんなものは嘘っぱちだ。地球の方がやはり重い。ただ、その人の。およびその人を愛する人にとってみれば、地球なんてオレンジ1個よりも軽いかもしれない。」≪僕に踏まれた町と僕が踏まれた町‐中島らも≫
「僕は土地柄がどうだから楽園だなんて話は信じない。そこに好きな人がいるところ、守るべき人がいてくれるところ、戦う相手のいるところ。それが楽園なのだと思う。」≪僕に踏まれた町と僕が踏まれた町‐中島らも≫