■はじめに
80年代半ば、らもさんはすでに売れっ子作家だった。雑誌や新聞に寄稿したエッセイが次々と単行本になり、そのどれもが飛ぶように売れていた。
なかでも印刷会社の営業マン時代のエピソードを書いた〈お仕事エッセイ〉が好きだった。初出社の日にスーツにロンドンブーツを履いて出勤した話。印刷ミスを起こし、丸坊主になって得意先へ謝罪に行ったところ、かえって場が和んだ話。
あの酩酊しているような語り口からは想像もつかないほど、仕事には実直そのもの。そのギャップがたまらなく魅力的だった。
当時の僕も広告業界に入りたて。零細代理店ゆえ広告理論研修なんてお茶を濁す程度で、外に放り出され毎日飛び込み営業の毎日。一向に成果は上がらず、夕方になると元町の喫茶店へ逃げ込んでアイスコーヒーを飲みながら、深いため息をつき、らもさんのエッセイを読んだ。あの当時、何度この人の文章に慰められ、励まされたことか。
■内容
さて本書は新装版。初版は2002年刊行で、テーマは、らもさん自身が長年向き合い続けた「うつ病をはじめとする心の病」がテーマ。
印刷会社勤務の傍らコピーライター養成講座へ通い、広告代理店へ転職。あまりに暇な職場に危機感を覚え、灘高の同級生が社長を務めるカネテツデリカフーズに営業。雑誌『宝島』で話題となった『啓蒙かまぼこ新聞』誕生に至る。
しかし、30代でうつ病になり、しばらくして重度のアルコール依存症を併発。その壮絶な体験から生まれた代表作が『今夜、すべてのバーで』。そして40代には躁うつ病となる。
本書では躁うつ病の日々を、自虐とユーモアを交えながら俯瞰して語る。しかし、その実態は想像を絶する。
抗うつ薬を「お茶漬けにできるほど」服用、「馬をも倒す」と言われる睡眠薬を飲み、さらに大量の飲酒を重ねる。精神も肉体も少しずつ蝕まれ、日常生活は崩壊していく。
自殺念慮に苦しみ、コピーライター仲畑貴志さんとの対談をドタキャンした「高槻“迷子”事件」、失禁に昏倒、視力低下、口述筆記で原稿を書く日々。そして家族もまた、長女を除いて妻も長男もうつ病を患うことになる。
■感想
かつて、うつ病は「心の風邪」と表現されることが多かった。しかし、僕の知人のうつ病経験者に言わせると、「風邪なんかやない。俺にとっては"心の骨折"。普通の骨折は時間が経てば治る。こっちはまた折れるかもしれない。その怖さがずっと残るんや」。
本書には〈上手な心の飼いならし方〉という一章がある。らもさんはコピーライター時代、製薬会社の広告で「こころだって、からだです」というコピーを書いた。その言葉は広告のためだけではなかった。「心も身体の一部。骨折や胃潰瘍と同じように、治す方法はいくらでもある。そう考えるだけで少し楽になる」という自身の闘病から生まれたコピーゆえ、重みが宿っている。
■最後に
本書のタイトルは、編集者との打ち合わせの中で生まれた。
「うつになるというのは、どんな感じですか」と訊ねられ、しばらく沈黙したあと、ぽつりと言った。「…雨漏り、という感じかな」。さらに、「頭の中が雨漏りする、ですか」と重ねて問われると、「いや…『心』だね」。こうして『心が雨漏りする日には』という、美しくも切ないタイトルが誕生。
2001年、歯科医である兄の助言を受け、大量の抗うつ薬をやめると、途端に視力は戻り、精神状態も安定し、自力で執筆できるまで回復する。
だが、そのわずか2年後の2004年7月、神戸・三宮の飲食店で階段から転落し急逝。
僕は一度だけ、三宮の神戸BAL裏の路地で、らもさんを見かけたことがある。2000年頃だったと記憶してる。汗ばむような春の日差しの中、黒いロングコートをまとい、どこか揺蕩うような足取りで歩いていた。「あっ、中島らもだ⁈」、そう思った瞬間、身体が固まり、声も掛けられなかった。オーラではない。中島らもという唯一無二の存在が、ただ静かに目の前を通り過ぎていく。その姿を呆然と見送ることしかできなかった。今になって思えば、あれは蜃気楼だったのではないか…とさえ思う。
存命であれば、どれほど多くの言葉と作品を残してくれただろう。この新装版の刊行を機に、80〜90年代に書き飛ばした名エッセイの数々が、再び書店に並ぶ日が来ることを願ってやまない。