石井桃子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
岩波少年文庫版が石井桃子さんの訳だったということを今回はじめて知りました。
柴田元幸訳で『ハックルベリー・フィンの冒けん』を先に読んでいるので、当然トムも柴田先生の訳で読みたかったのですが…やっぱり気になる石井桃子訳。現代のアメリカ文学の翻訳を牽引する柴田先生の訳と比べても遜色のない、素晴らしい訳でした。
ただ、ハックの訛りがいささかキツすぎるかも…
ただ、トムから見たハックのイメージかなと、石井桃子さんに敬意を。
でも確か、柴田先生がハックを訳す時、
ジムに「おら」なんていわせないでくれよと、翻訳仲間から言われたというエピソードがあったはず。
それにしてもまあなんとおもしろいんでしょうか!
まえがきからワクワクで、書き出しの、まるで戯曲のような始まりに、わぁ、始まったぁ!とぐいぐい引き込まれました。
表紙にもなっている、有名なシーン。
トムがポリーおばさんから罰として塀の漆喰塗りをさせられているんだけど、いつしか友人たちがこぞってやりたがる、
"人間の行動の大きな法則を発見" した漆喰塗り…
"何かを欲しがらせようと思えば、その物を、なかなか手にはいらないようにすればいい"
ほんとに天才的な悪知恵ぶりに感心してしまいます。
こんなエピソードが毎日あふれんばかりに繰返される。少年たちにとって一日は長い!
驚いたのはトムとハック、かなり危険な殺人事件の目撃者になってしまう。でも性根の良いこの子たちは、すっかり気持ちが落ち込んで…
そんな時にお母さんに生クリームを盗んだと無実の罪を着せられた心の友ジョーと、別にこのままでもいいんだけどなんとなく付いてきたハックの3人は家出して海賊ごっこ…
そういえば、リンドグレーンのカッレくんたちも、けっこう危険な目にあっていた。子どもたちのお話だからって甘くはないのだ。
ベッキーとの恋の駆け引きも最高です。
トムって、ちゃあんと本を読んでいる子。意外と知的。遊びにだって本に書かれたそのままのセリフを皆に求めます。ロビン・フッドごっこなんて最高。
物語の後半で伏線回収されていく例の殺人事件、インジャン・ジョーと金貨!
息つく間もなく読んでしまいます。
子どもたちを尊重するこの村の大人たち、本当にリスペクト。
そしてなんと言っても、どんないたずらに悩まされようとも、亡き妹の忘れ形見トムを愛情たっぷりに育てるポリーおばさんの存在が重要。
ハチャメチャな冒険劇ですが、しっかりと愛のある物語だから、魅力的で世界中で読み継がれているのでしょうねー。
ほんとに楽しかった。
柴田訳がこれもまたかっこよくて、大人こそトム・ソーヤーの冒険を読まねばと思わされます。
ハックの名言「おらあ、『みんな』じゃねぇし、」に感銘し、次に読むのはもちろん
『ハックルベリー・フィンの冒険』 -
Posted by ブクログ
表紙からも分かるとおり、服を着た動物たちが自然豊かな地で人間のように暮らす物語に、当初はシルバニアファミリーを連想させたが、内容は決して楽しさだけでは無い現実世界の厳しさも感じられて、共に生きていく事の大切さを教えてくれた児童文学作品(1929~1932年)です。
灰色うさぎの「グレイ・ラビット」は、森の外れの小さな家に、野ウサギの「ヘア」と、リスの「スキレル」と一緒に暮らしているが、家事はグレイ・ラビットに任せきりで、他の二人はほぼ何もせずにダラダラしているだけ。
それでも、元来動くことが好きなグレイ・ラビットは気にせずに仕事を続ける中、我が儘だけはよく出てくる二人の頼みに応じる内に、とある知識を得るため、物知りの「カシコイ・フクロウ」を尋ねた際には、それと引き換えに自分のしっぽを差し出さざるを得なかったシビアな場面もあり、思わずそこで読むのをやめたくなったのだが、本来子どもが読むお伽話には、こうした場面も付きものであることを思い出し、どうも大人になると文字にされていない様々な点に気が取られるらしく、これには何か意図するものがあるのだろうと、気を取り直して読み続けることに。
その後、涙に暮れながらも、ヘアやスキレルの為になることを喜んだグレイ・ラビットが家に帰ってみると、いつもいるはずの二人の姿は無くガランとした有様で、どうやらここ最近動物たちの間で噂になっていたイタチの仕業らしく、二人はさらわれてしまったようだ。
これを見てバチが当たったんだよと、我ながら嫌なことを思う中、なんとグレイ・ラビットは残された足跡を辿って二人を助けに行くのだという。普通に戦っても明らかに勝ち目は無さそうなのに、どうして・・と思った自分が恥ずかしくなるくらい、そこからの展開は胸躍るような、グレイ・ラビットの大胆ながらも知的な勇ましさでイタチに一人で立ち向かう姿に目が釘付けとなり、こう言ってはなんだが、とても爽快な気分だった。
そして、助けられたヘアとスキレルは、グレイ・ラビットにこれまでの彼女への接し方をお詫びし、心を改めて、また共に暮らすという内容で、こうした展開には、どんな相手に対しても真摯に接する事で相手の心を開かせる事もあるということを感じられたが、正直なところ、私には出来ないかもなんて思ってしまった。
しかし、この物語のよくあるお伽話と異なるところは、グレイ・ラビットが聖人君子のような完璧さで無いところにあり、自分たちの食料を得るために、時には人間の畑から作物を盗ったりするときには、自分に都合のいいように納得させていたりと、作者の「アリソン・アトリー」の中では、あくまでも人間に擬えて表現している点に、要は自分らしくあればいいってことかなと都合の良い解釈をしてしまえるところに、本書の親しみやすさがあるのだと感じられました。
ちなみに、これまで紹介してきたお話は、本書に収録された4話の内の最初の話で(要するに、最初の話で既に気持ちを持っていかれたということ)、この後はグレイ・ラビットが如何にして自分のしっぽを取り戻すかの話に、臆病者のヘアの大冒険の話に、最後はいつもグレイ・ラビットの家に牛乳を配達してくれる、ハリネズミの息子、ファジー坊やの話と、その何れの物語に於いても、グレイ・ラビットとその仲間たちの温かいやり取りに、キツネやラットといった、ちょっと怖い動物たちとの関わりも含めた、児童文学として様々な個性の人達とどのように生きていくかを表している中でも、一際注目を惹くのは、自然と密接に結びついた、その生活風景であり、グレイ・ラビットが森の中へ入っていきニレの木の枝から固くて小さい紫色の芽を採ったり、トチの木のねばねばした冬芽を欲しそうに見上げたり、プリムローズを摘んだりとしている時の嬉しそうな顔を見ていると、かつて作者が幼い頃に学校に行く時に通り抜けた、森の中に息づく自然の中の思い出に、大人になって癒やされた事がきっかけで本書を書き上げたくなった、その気持ちが私には分かるような気がして、そこにあったのは、大人の世界で苦しむ自分自身を子どもの頃の思い出が救ってくれたという、児童文学が大人にとっても大切なものであることをアリソンが知っていたからこそ、こうして伝えようとしてくれたのかななんて思うと、それこそ共に生きる事の大切さを教えてくれているようで、とても嬉しい気持ちにさせられました。
また本書は石井桃子さんと中川李枝子さんの共訳といった、私にとっては(児童文学にとっても)まさに夢のコラボであり、石井さんのあとがきにあった『一つの言葉も二人で確かめあい』や、『音楽でいえば合唱しているような感じ』に、本書にかける思いが窺えたようで印象的でした。
更に本書の絵は版権の都合により、「フェイス・ジェイクス」が担当したとの事で(これはこれで味わい深くて良いが)、後に発売された愛蔵版絵本での本来の挿絵担当だった、「マーガレット・テンペスト」の絵も是非見てみたい。
そして、肝心の「グレイ・ラビット」シリーズ自体は、この後も長く続いているそうなので、また、ふと読みたくなった時に気軽に読もうと思う。 -
Posted by ブクログ
阿川佐和子氏訳の『プーさん』との比較、そしてメイさんのレビューを拝読して読みたくなった。
(その節は有難うございました^ ^) 石井桃子氏は日本で初めて『プーさん』を翻訳されたことで知られている。
改めて構成を振り返ると、原作者のミルン氏がご子息のクリストファー・ロビン君のために「くまのプーさん」のお話を創作する流れになる。
プーさん、敬語だったりして何だか紳士的!『くまのパディントン』も紳士的だけど、プーさんは間の抜けたおとぼけ紳士って感じ?マーマレードやハチミツと、甘いものには目がないところは共通しているか笑
阿川氏版と比べて語りかけも優しい!というかテンポが良い!読んでいる最中ちょうど子供たちの歓声が外から聞こえたので、勝手に読み聞かせをしている気分になった笑
「プー、きみ、朝起きたときにね、まず第一に、どんなこと、かんがえる?」
「けさのごはんはなににしよ? ってことだな」[中略]
「ぼくはね、きょうはどんなすばらしいことがあるかな、ってことだよ」
プーはかんがえぶかげにうなずきました。
「つまり、おんなじことだね」と、プーはいいました。
「語り手」が優れているのは、動物たちだけでなくクリストファー君本人も話に登場、彼らと交流させているところだと思う。大好きな親の語る物語で、自分が思わぬ活躍をしていると子供なら誰だって嬉しいはず。「自分はこんなことも出来たんだ!」と自身を誇りに思うことだってできる。
阿川氏版にも書いたけど、「人間界では非力とされる子供がプーや仲間たちの間では頼りになる存在」という設定は、クリストファー君や世界中の子供たちを大いに元気づけたに違いない。
阿川氏がえらいゴリ押しされていた石井氏の翻訳スキルも気になっていた。
あとがきでは翻訳秘話をもっと伺いたかったのだが、それは別途他の解説本で探索してみようかしらん。