石井桃子のレビュー一覧
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小さな動物たちのくらしをのぞいてみよう。
働きもののグレイラビットは、森のはずれの小さい家に、野ウサギのスキレルやリスのヘアとすんでいます。
小川からやかんいっぱいに水をくんだり、ヒナギクの花でお茶を作ったり、木の実やスイカズラのジャムを食べたりしておだやかにくらしています。
でも、ある日、グレイラビットがにんじんのタネを手に入れるため、町へ出かけている間に、スキレルとヘアがイタチにさらわれて……。
美しい自然の中で暮らす小さな動物たちの様子はとても楽しい。でもきけんもいっぱいでハラハラ!
物知りのフクロウや、器用なもぐら、年寄りのヒキガエル、牛乳屋のハリネズミたちもかつやくしますよ!
「ヘアは ひるめし
スキレル おやつ
ドングリ・ソースで
おいらの ごちそう」
がらがら声でうたいながら、イタチが、
家にはいってきました。 -
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子供の頃は言葉を勘違いして覚えていたり、読み方を間違えたりするのだけれど、そんな言葉で作られるプーの詩とかコブタやイーヨーたちとの会話も楽しくて、声を出して何度も笑いました。些細なことが驚きの事件だったり冒険だったり、小さなことでもとても喜んだり。そんな子供時代の感覚が蘇ってくるようでした。だからこそ最後のプーとクリストファー・ロビンの会話がとても切ないですね。
ディズニーのアニメでもこの最後の会話のところがとても美しくて切なくて印象に残っていました。子供時代は長い人生の中のほんの一時でしかないけれど、ずっと、ずっと、忘れられない宝物が培われる大切な時代なんだだということをあらためて感じました。 -
Posted by ブクログ
プーさんはディズニーの映画でもキャラクターとしても大好きでしたが原作を読むのは初めてです。少し前に原作者A・A・ミルン氏と息子クリストファー・ロビン親子の実話映画『グッバイ クリストファー・ロビン』を見て感銘を受け、今ソウルで行われているプーさん展を観覧してからの原作初読みです。父ミルン氏が息子にお話しを聞かせてあげる形式の物語なんですね。映画で見た親子の姿が思い出されて胸が込み上げてきました。昨年劇場で見てNetflixで最近見直したディズニーの実写映画『プーと大人になった僕』も今原作を読んでから見直すとかなり原作をリスペクトして作られていたんだなぁ、ということがわかります。そもそもディズニーのアニメの方もお話しそのものはリスペクトして作ってあったんですね。あ、これ知ってる!という場面もありました。
キャラクター的には原作のE・H・シェパード氏の繊細なタッチのイラストは至高であるけれど赤いシャツのプーさんがやはり馴染みがありすぎて頭の中では赤いシャツ着せてしまいます。原作プラス赤シャツがベスト。 -
Posted by ブクログ
目次
・わたしたちが、クマのプーやミツバチとお友だちになり、さて、お話ははじまります
・プーがお客にいって、動きのとれなくなるお話
・プーとコブタが、狩りに出て、もうすこしでモモンガ―をつかまえるお話
・イーヨーが、しっぽをなくし、プーが、しっぽを見つけるお話
・コブタが、ゾゾに会うお話
・イーヨーがお誕生日に、お祝いをふたつもらうお話
・カンガとルー坊が森にやってきて、コブタがおふろにはいるお話
・クリストファー・ロビンが、てんけん隊をひきいて、北極(ノース・ポール)へいくお話
・コブタが、ぜんぜん、水にかこまれるお話
・クリストファー・ロビンが、プーの慰労会をひらきます そして、わたしたちは、さよならをいたします
『クマのプーさん展』の前に読みたかったのですが、展覧会を思い出しながら読むのもまた乙なもの。(ちょっと負け惜しみ)
人間の子どもはクリストファー・ロビンだけですが、プーもコブタもフクロも子どもそのも。
イーヨーはおじさんっぽい語り口ですが、中身はいわゆる「かまってちゃん」
「クマのプーさん」なんてタイトルなものだから、しっかり者の頼れるアニキみたいに感じていましたが、クリストファー・ロビンは「ばっかなクマのやつ!」って言うんです。
ハチミツを見ると食べたくなっちゃう。
食べたらそのこと忘れちゃう。
心のままに行動するプーは、たしかに「ばっかな」、でも愛すべきクマ。
有名な、プーがウサギの家で食べすぎて、お腹がつかえて家から出られなくなったお話。
一週間絶食してお腹が引っ込むのを待っているプーに、クリストファー・ロビンが本を読んであげるシーンの挿絵を見ると、どうもジャムについて書いてある本らしい。
なかなか辛辣な少年です。
大雨で孤立してしまったコブタを助けに行く話が好きです。
これはプーが結構頭と体を使って頑張る話。
友だちのためなら、頑張れる。 -
Posted by ブクログ
「ぼく、もうなにもしないでなんか、いられなくなっちゃったんだ!」
本の途中から、クリストファー・ロビンは午前中にプーたちと遊べなくなります。どうやらフクロが言うには「学問をしてる」そうです。
クリストファー・ロビンは、夏の日にはとくべつのんびりした気分になって、プーたちといっしょにゆっくりと流れて行く川を見つめます。
はればれとしたのんきな日には、かけ算なんてどうでもいい、という気持ちになります。
けれども(だれもがそうであるように)子供の時代は少しずつ遠ざかり、「ご解消」が必要になるのです。著者が言うように、「それがいちばんいいこと」なのでしょう。
でも、魔法の森に行けばいつでもプーに会えるという希望があります。
クリストファー・ロビンのその後を知る私たちには、それでも少し悲しい結末に思えますが…。