永田和宏のレビュー一覧
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京大名誉教授でありかつ詩人の永田和宏氏と山中伸弥氏、羽生善治氏、是枝裕和氏、山極壽一氏という超一流の人たちの講演とその後の永田さんとの対談を収録したのが本書である。
山中さんとの対談では、大学はそれまでと違い答えがある問題の正解を探すのではなく、誰も答えを知らない、もしくは答えがあるかどうかもわからないが、大切な「問い」を自分で見つけるという態度を学んでほしい、というところが心に残る。大学に入ったときにまず第一に欲しい言葉だ。自分はこれがわかっていなかった。
羽生さんとの対談では、ミスをした直後には後悔して過去に引きずられることなく「自分の将棋は次の一手からはじまる」とその場に集中する、というところが心に残る。それはすでにもう起こったことなのだ。
是枝監督が、名作『そして父になる』でのリリー・フランキーの深い演技に触れるところは印象的。ぜひ読んでほしい。
山極教授が、他の霊長類と比べて人間の一番重要な能力は「諦めない」というところという視点は面白い。
それだけの人からは、やはりとても素敵な話を聞くことができるのだと思う。
本として、軽く読める分量。対談本としては、コンセプトも理解できるし、よくできている方だと思う。 -
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池田理代子、平田オリザ、彬子女王、大隈良典の四氏が自分の挑戦・取り組みを語るもの。想像していたより面白い、いい本だった。それはたぶん、この本のために編まれたものではなく、研究者であり歌人でもある永田和宏氏の主導のもと京都産業大で開いた「マイ・チャレンジ 一歩踏み出せば、何かが始まる!」という講座の記録だからだろう。この講座、演者の講演の後に演者と永田氏との対談があり、本書もその流れで編まれることでいい効果を出している。対談で永田氏がうまく演者の魅力やポイントを明らかにしてくれている。
四氏に総じて感じられるのは、面白そうだと思ったことに飛び込んできたこと。岐路で必要な力はあくまでシンプルで、思い切りと情熱にあり。それでいて、その思い切りや情熱の原点をしっかり言葉にできていること。 -
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大学生全員に読ませたい本。今の若者たちは、「知」への意欲が低すぎる。それは、大学側、国側の責任でもあるが。
大学で学ばないことの責任を引き受けるのは若者自身。ぜひ、欲的に学問をやってほしい。
私は大学4回生であるが、筆者の意見には大いに賛同する。以下、参考になった部分。
*外国の研究者は発表が上手い。皆、その研究が社会的にどういう位置づけにあるのか、どういう観点で意義があるのかを丁寧に説明している
*研究者としての適性は、他人の研究をどれほど面白がれるかで決まる
・その適性が測れるのが、他人の発表を聞いたときにどれだけ質問できるか、ということである
*講義の内容にウソを入れ込む
・「時々、講義の終わりに近く、『さて今日、私が話した内容にはウソが一つあります。次回までに、どこがまちがっていたか、考えておいてください』などと言って、学生を驚かせている。」
*そもそも大学で試験をするのに、なんの意味があるのかと、私は思っている
・大学が、学生の質を保証などする必要はないだろう
・大学は、学生が主体的に学ぶ場である。なぜ大学側から、試験などをして、その人の学習量を測る必要があろうか
*らしくは「同調」を強要するミームだ
*孤独を恐れてはならない。友達など、数だけ多くても意味がない
*二足のわらじを履く意味は、自分を相対化して見れること
*言葉にする前は、何か深遠なことを考えているようでも、実はほとんど何も考えていないに等しかったということはよくあることだ
*一緒にいることによって、自分のいい面がどんどん出てくると感じられる相手こそが、ほんとうの意味での伴侶となるべき存在なのだと、わたしは思っている
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Audible で久しぶりに読み返した。なりたい姿を描き、そこに向かって努力していくためのエネルギーをもらえる本。 -
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戦後を代表する女流歌人・河野裕子氏が永眠したのは8月12日。
乳癌だった。
その発症から亡くなるまでの歳月を、同じ歌人であり科学者でも
あり伴侶である永田和宏氏が赤裸々に綴ったのが本書だ。
最愛の人が病に冒される。それも癌である。一般人でも辛いことだ。
永田氏は科学者、しかも癌の知識のある人。河野氏が左脇の大きな
しこりに気付いた時、既に科学者としての知識で、それが癌であろう
ことを理解していたのだろう。
悪いことが重なる。娘の心臓疾患の発症、息子の会社の倒産。そして、
術後の河野氏の心のバランスの崩れ。
体の不調を訴えているのはよくあることだと思う。だが、河野氏の
場合は徐々にエスカレートして行く。矛先を向けられるのは当然の
ように夫である永田氏だ。
永遠に綴家と思われるような罵詈雑言。時には畳に包丁を突きつける。
「ここまで書いていいのか」と思うほどの修羅場である。ただ、それ
さえも振り返ってみれば、河野氏にとっては永田氏が最愛の人だった
からと綴ることに、凄みと、おふたりの、家族の絆の強さを感じた。
そうして、病さえもおふたりから歌を詠むことを奪えなかった。
手術から8年後の再発。死期は確実に近づいている。そんな時でさえ、
河野氏は歌を書きつけ続け、自身に書く力がなくなれば家族が口述
筆記を行った。
担当医から勧められた痛みを緩和する為のモルヒネの使用。永田氏は
それを即座に断った。それもこれも、河野氏が最期の時まで歌が詠め
るようにと…だ。
手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が
亡くなる前日に河野氏が詠んだ歌だ。これ程までに切なく、哀しく、
静かな情熱がこもった歌を私は知らない。
壮絶なれど、美しい10年を読ませて頂いた。
尚、文庫版では「解説」があるのだが、これは私にとっては
少々邪魔だった。 -
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ネタバレ京都産業大学の教授、そして歌人である永田和弘名誉教授がオファーした、大学での講演・対談シリーズ 第2弾。前作も興味深く、そして 天才と言われるまでに至った人達の苦しみ・挫折・努力・そして今を人間味豊かに語っていて、大変面白かったので、続編も手に取ってみた。
前作は山中伸弥教授や羽生棋士、是枝監督などそうそうたるメンバーで、(今回はどうかしら???)と少し思ったのだが・・・・・面白かった。
「ベルサイユのばら」の漫画家 池田理代子さんは「オルフェウスの窓」を描いて人気絶頂の時に 音大受験して声楽家になっていた。
今回一番(凄い!!)と思ったのが 劇作家の平田オリザ氏
『現代社会で「コミュニケーション能力が大切」とヒステリックに叫ばれているが・・・』と始まる、コミュニケーションについての話はとても興味深かった。
海外での公演も高く評価され、大阪大学で医学部などの学生にコミュニケーションについて講義をしている平田氏。なんと 世界一周をするために定時制高校へ行きお金を貯めて、高校2年生の時 自転車で世界一周している。
海外に目を向けた文化の違いを分かりやすく、楽しく紹介できるのは 実際に経験したからこそだろう。
一読の価値あり!! -
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タイトルが興味を引いた1冊
本当に凄い人たちが、目標を見つけたり、挫折したり
若い頃の初々しくておもしろい話しが講演と対談と言う形で描かれている。
また 登場する人たちがIPS細胞の山中伸弥さんや、将棋の羽生善治さん、
その時はまだカンヌ映画祭のパルムドールは受賞していないけれど、ドキュメンタリーのような映画で定評のある是枝監督、
京都大学の霊長研究の山極さんに関しては、名前は知らなかったがモンキーパークに何度も足を運んだ私としては、もう 興味津々のラインナップだ。
どの人の講演内容も面白くて、機会があったら生のお話を聴きたいと思った。
特に山極さんのゴリラとチンパンジーの社会、そして人間の社会における「目と目を合わせる」意味はとても興味深かった。
「白目を持つのは人間だけ」という話の中で、目の動きから言葉がなくても感じる相手の感情、目での意思疎通・・・・
メールやインターネットの世界に慣れて面と向かってのコミュニケーションが苦手になっていく人間たち。
日々 感じていた事なので興味深く読めた。
とても読みやすく、お勧めの1冊だ。 -
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ネタバレ出会い、恋人になり、夫婦になり、別れる。
二人の歌人の、その全てが詰まった本。
そもそも、数があまりないのかもしれませんが、幸せな歌、楽しい歌があまり印象に残っていない。
それぞれのフェーズでの、悩み苦しんでいる歌が印象的だった。
この本の内容と直接関係はないのですが、思ったことが2点。
・病気で亡くなるというのは、失うと分かってから実際に失うまでの期間が長く、
無力感、理不尽さや、失った後の時間など辛そう。
だからこそ、色々印象的な歌が読まれるのかもしれない。
・心に響く歌というのは、自分の体験と似ていたり、リアルに想像できることが書かれているもの。そういった感情は、言葉にするのは難しいし、無理やり言葉にしても作り物感が出てしまう。歌だとすっと心に響くものになりえる。
歌の本は、サラダ記念日ぐらいしか読んだことのない私ですが、とても楽しみました。 -
Posted by ブクログ
話題になっている(?)ということで、読んでみました。
最近,和歌に興味があって、西行とか、新古今和歌集とか、そういう中世の日本のものを読んでいて、そ
の繊細さ、洗練に文化としての完成度というか、爛熟度というかに圧倒されているところ。
というセンスでいるところで、この本を読むと、なんか、すごく重いというか、が〜んと直球で勝負されて、圧倒されたというか。
ここには、まさに近代人がいて、考えていることが、かなりリアルに想像できるところで、彼らが、人生と正面から戦っている感じですね。
彼らの感性との連続性が強く感じられる一方、人生の条件というものが今と比べるととてもきびしいのに驚く。100年まえはこんな感じだったのか?病気で早死にする人、子どもをなくす人、戦争で死ぬ人などなど、死がいつも身の回りにある感じ。そういうなかで、自分が生きること、愛することを求めつづける人たち。真摯であるがゆえに、世間と対立し、孤立し、困窮する人、などなど。
いや〜、本気で生きるのって、こんなことだったんだね。