あらすじ
「答えは必ずある」などと思ってはいけない。“勉強”で染みついた呪縛を解くことが、「知の体力」に目覚める第一歩になる。「質問からすべては始まる」「孤独になる時間を持て」「自分で自分を評価しない」「言葉にできないことの大切さとは」――。細胞生物学者にして日本を代表する歌人でもある著者が、これから学ぶ人、一生学び続けたい人たちにやさしく語りかける。自力で生きぬくための本物の「知」の鍛錬法。
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Posted by ブクログ
この本を読みながら、私はこれからの大学生活において新しい選択肢を見つけた。忘れたら読み返す。
自分が望んだことは、本気でやれば手に入れることができることをこれから証明しようと思う。
私は、私の可能性を信じたい。
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これは、私なりの本書の解釈です。
学習、学ぶことが常態化していることが、知の体力を高めることにつながるのかなぁ。目の前の課題に対して、正面から向き合う気概と覚悟を持つことです。
本書には、「こうしたらいいですよ」というような具体的な指示は示されていません。著者の経験談から語られる示唆に飛んだ話から私たちは学ぶことができるのです。先生の授業を受けてみたいと思いますが、京都大学に入学でいるほどの学力もない私なのです。でも、本を通じてなら、京大名誉教授の話を聞くことができます。
読んで良かった本がまた一つ増えました。
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"学問"に対する姿勢・味方を変えてもらった
過去の人々のが人生をかけて得たモノを、私達は無料で学ぶことができている
読んでいて、脳みそが活性化した本は久しぶり
欲を言えば、高校生の時に出会いたかった
もっと大学選考真剣に考えたと思う
それでも、今出会えて良かった
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自らが得てきた「知」の集積を個々の場合に応じていかに組み立てて、その場に固有の「知」として再構成できるか、それを自らの手で行えるようにすることが大事
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大学教授であり歌人でもある著者と、癌で亡くなられた奥様の歌には思わず涙ぐんでしまった。「悲しい」という言葉を使わずに悲しさを表現する短歌の魅力とはこういうことかと思わされた。情報の流れがどんどん速くなっていることで、言葉を尽くす、深く思考する、という時間が、自身が思う以上に減っていることを痛感させられた。言語論以外にも、大学論や他者理解など現代人の悩みや世の中の流れについて多角的触れており、何度でも読み返したいと思えた。
Posted by ブクログ
10-20ページぐらいで1つのテーマについて著者の経験や考えを紹介されている。テーマが多岐にわたるので飽きずに読み続けられるのが良い。
中には少し私の考えとは違うところはあるが概ね賛同できる内容+なかなか考えさえる内容です。自分の考えるという能力を高めるにはもってこいの本だと思います。
Posted by ブクログ
「勉強をする意味」「本を読む意味」を誰かに聞かれたとしたら、この書籍を薦めると良いかもしれない。一般向けに書かれた物なので読みやすく明解、そして深い。京都大学理学研究科理学部は高校生の頃は自分にとって憧れの大学であり学部であった。そんな大学の名誉教授である永田 和宏氏のエッセイ。
本書の最後の一文が心に染み渡る。結局は人間でこれなんだよな。
「どんな大学に入学しても、どんな賞を獲得しても、どんな大会に優勝しても、どんな素晴らしい成功を収めても、心から喜んでくれる人がいなければなんの意味も持たないのとちょうど逆に、ほんのちょっとした自分の行為を心から褒めてくれる存在があるとき、自分がそれまでの自分とは違った輝きに包まれているのを感じることができる」
Posted by ブクログ
秀作。
現在日本で知の体力を語るのに相応しい人だと思った。
院生をいきなり欧米の先端研究大学に送り込む。自分でも出来る自信を付けさせる。これは分かる。大して人の能力に差が無い事に気がつく。
湯川教授の講義は覚えて無いけど、自信になるのも分かる。
ただ、世の流れには逆らえない。昔の人の方が手紙が書けるとか、今では無理。でも違う能力が求められている。と私は思う。
Posted by ブクログ
大学という場で学ぶべきことや経験するべきことを含めた幅広い人生訓が書かれている感じ。
特に印象に残ったこと以下。
・落ちこぼれ体験こそが大切
・学生が大学に入ってもっとも経験して欲しいことは、自らの可能性に気づくこと
・評価というものは、それが良ければ自信をもってさらに励み、悪ければ、それを分析して克服できるように対策を練る、そういう使われ方をした場合にのみ意味を持つ
・孤独のなかでしか自分が自分であることの確認はできない
・他者を知ることによって初めて自己というものへの意識が芽生える
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POLAの及川さんがこの本を紹介している事をきっかけにこの本を手に取った。
学問と学習や最近の大学生の事など私が普段感じている事だらけで、すいすいと読めた。何より驚いたのは、市川康夫先生の事が書かれてあった事。私も学生時代先生の授業を受けていた。いつも笑顔で、私たちに分かりやすく教えてくださるその授業を一瞬で思い出した。
出口治明さんの本を読んだ時も高坂先生の事が書かれており、驚いた。あの方とは縁あって何度かお話しさせてもらった事を思い出す。
そう考えると、私の学生時代は沢山の人に沢山の影響を与えてもらい今がある。学生時代の学びは学問だけでなく多くの方々との出会いも素敵な教材だったんだと感じた。
ぼっちでいる事、SNSで全てを賄える、そんな生活もスマートかもしれないが、私は出会いと刺激の繰り返しが人間を成長させるエッセンスに思えた。
Posted by ブクログ
大学の課題としてあまり前向きな気持ちで読みはじめたわけではない一冊だったが、自分がこれまでに得てきた見識を綺麗に言語化されたような、非常に明快で学ぶ意義の本質を絞り出した本だった。
各章どれもが腑に落ちる内容であり、大学入学前にぴったりな一冊だった。
しかしあえてこの本の趣旨に沿って自分なりに疑問点を挙げるとするならば、本文II部4編の自分「らしさ」の捉え方に違和感を感じた。
自分「らしさ」とは、必ずしもそれが自分たらしめるための呪縛ではない。その人の経験の中で気付いた新たな自分の側面を、忘れず取っておくための袋のようなイメージを私は持った。
思考のきっかけ
■感想:師からのおすすめ本。簡単な言葉で分かりやすく書かれているが、内容は考えさせられることばかり。娘に一冊贈りたい。教育、価値観、自己同一性。
■学び:現実の場で応用できない知識は、知識としての価値がない。しかし、知識というものは、それが役立つことだけを前提として学ぶものではない。大学からは、問いがあっても答えがない。孤独になる時間を確保すること。ここだけがすべてではない。待つという時間。他者に出会う。
■行動:孤独時間。『時間と自己』を読んでみる。
Posted by ブクログ
海外の最先端の研究をしている人たちのところに飛び込む。とても手が届かないと思い込んでいたが、実際には日本でやっているのと同じことをやっているんだと思えること、自分が世界と地続きになると気づくこと。その実感と自信は、その後の研究を推進する大きな力になる。なんだ自分でもやれるじゃないかという実感。
失敗を多く経験してきた人間こそ、いざというときに肝も据わり、冷静な判断を行うことができる。
みんなが使う言葉でしか自分を表現できない若者に、いったい独創性とか個性とかを期待できるものなのか。一企業を主体的に担うに足る人材とは、そんなものではないはず。やっぱり特殊性、自分はこうしたほうがいいんじゃないかというのを大切に。
安易なそして消極的な自己規定、自己評価から自由であり続けること。自分を評価しないであえて自分を宙吊り状態の不安の中に置き続ける。自分の可能性は自分ですらまだ知らないものといつもいつも思っている。
友達がたくさんいるということは、友達が全然いないことである。アリストテレス。
1人で自分と向き合う。自分という存在に正面から向き合う。1人でいるときにできること。
つらいとき。世界は広い、別の世界を知ることが一つ。それから時間的な別の場もあることを知ること。あと3ヶ月だけ我慢をすればこの場所から抜け出せるということ。その時間が人生全体を考えたら短いこと。
ある特定の相手の前に立つと自分がもっとも輝いていると感じる。それは相手を愛しているということなのか。その相手のために輝いていたいと思うこと。
自分より相手を大切にさえ思えること、こんなにも相手を深く思うことができるのだと喜びを感じること、それはそれまでになかった新しい体験。愛は自分のためにもなっている?
伴侶。
かわいいとかそういうのもいいけど、いろいろ基準がある。愛情の第一歩は、一緒にいるのが楽しい、一緒にいることそのものが大切な時間として意識できる、そんな単純な感情であろう。それはそのままでもいいのだが、もう一つ、一緒にいることによって、自分の良い面がどんどん出てくると感じられる相手こそが、ほんとうの意味での伴侶となるべき存在では。一緒にいると相手のいい面に気づく、そのいい面に気づく自分が嬉しく感じられる。その人と話しているとどんどん自分が開いていく気がする。お互いにそんな存在として相手を感じられるような関係こそがたぶん伴侶として相応しい存在なのだろう。
心から愛することのできる人を得ることは、すなわち自分のもっともいい部分を発見すること。
この人と一緒にいると自分が自然で、自分を好きでいられると思える人。出てこいという感じ。
Posted by ブクログ
エッセイっぽさがあって、読みやすい。
“考える”ということ。
“問いに向き合う”ということ。
「教養とはなんぞや?」にも通じる話。
昨今、“ファスト教養”などという言葉もあるが、それは“高校教育”止まりであるといえよう。
大学のもつ役割について、あらためて考えさせられた。
高校生や教育者は、読んで損はない。いや、積極的に読むべき。
なんとなく古本屋さんで買ってみたのだが、思った以上に面白い本だった。
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高校までの知識詰め込みの勉強であった。大学生以降は答えのない問題や困難に出会う。自分の持っている能力を総動員して、対応していく力が必要である。
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高校生に大学へ入る前の心構えとして読んで欲しい内容であり、私も当時読めていたらなと思った。(まぁ当時はそんな余裕なかったが)
高校までは正解が記された教科書通りのことを取り組んでいればよかったが、大学からは自発的に教科書外のことをも学ぶべきである。
著者はいくらか講義を受け持っているが、一応は指定として教科書を用意させるものの、講義にはほぼ教科書は使用しないらしい。なぜなら、教科書の内容は教科書を読めばいいのであって、それを講義で改めてするのは時間の無駄であり、それならば教科書には書かれていないことをすべきだというごもっともな意見である。
教科書には正しいとされた内容のみ掲載されており、未発見・未解決のものはまだ掲載されていない。
この未発見のものこそ面白いのだ、と例をあげて説明しており、確かに面白く、私もこうゆう先生に出会えていたらなと思った。
著者の挫折エピソードも交えながら、子供2人いながらにして退職し研究者を志すという行動力。
面白い方をとるか、安全な方をとるか。
当然個々の生活/家庭事情もあるので一概に言えないが、“人生一度きり“ということを思うと。
評価なんて知ったことか、やりたい奴にはやらせておけ、くらいの気概を持って、自分を敢えて位置づけないのと。p164
自分をとことん吐き出して、いったんからっぽになった上でなければ、人の言葉が浸透する余地がない。p208
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この本は、大学に入る前に出逢いたかった。
大学における知の探求とは、高校までの教育とは異なり、自由であり、教授と言えど、関係はフラット、同じ知の探求者、単なる先達に過ぎないのだ。義務教育での正解のある勉強ではなく、この世のものは、何も正解は無いという中で、知りたいことを数珠つなぎで探求していくことが、本当の知力につながってゆく。
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教育の呪縛
・必ず答えがある
・答えは誰が導いても一つである
・城跡を叩き込む
↓実社会
・答えはないかも
・二つ答えがあるかも
・定石なアプローチだけでは捌けない
高校まで→学習
大学や社会→学問
読書の効果→無知だった自分自身を認知
知の開拓の感動、自己の相対化
科学的な実験
→"対照"との"差"を見出すこと
コラーゲンの経口摂取は無意味。体内でアミノ酸、ペプチドに分解されその後ようやくコラーゲンが生成されるから。肉を食べてた方が良い。
"必要な知識というものは、現場で必要になったときに、調べて仕入れるのがもっとも身につくもので、ただ漫然と机に向かって講義を聞いているだけでは、実践の場におけるほんとうに必要な知識は自分のものにならない"
「教えられる」から「自ら問い、自ら行う」
入学したての学生を3ヶ月間海外の研究室に放り込む→空気感の体感、自分が学問する言葉が最先端と地続きなんだという肌感
"世界は、望みさえすれば、すぐそこにある。そこに出ていくのをしり込みするか、やってみようと一歩を踏み出せるか、その決断だけである"
"安全な方をとるか、面白い方をとるか"
ウンチの固形部分は食べ物の食べかす、小腸などの粘膜細胞の死骸、そして腸内のバクテリアの死骸が3分の1ずつをしめる
時間と自己
相談事は大体「聞いてもらうだけでいい」
Posted by ブクログ
質問の大切さ。どんな先生も同じことを3回掘り下げて聞けば答えられなくなる。質問することを躊躇するようになったら成長のストップのサインなんだろう…
大学の理学の先生だから当然だけど、実学的・社会的というよりは、アカデミアのこと、内省的なことのウェイトが多く若干の古くさい印象も。とはいえ、その価値観自体を押し付けることはなく。あくまで著者の考えや人生を通して感じてきたことが書きとめられた書籍と理解。知に対する謙虚さみたいなところは忘れずに生きていきたいと思えた。
Posted by ブクログ
現実世界で問題が起きたときに、その局面に対処するために、自分の知識、情報の総体をいかに活用することができるか。それが「知の体力」。
学校で学んだことは無駄にはならないと思うけれども、「答えは必ずある」という呪縛を解くことが、「知の体力」への第一歩。それ故、大学の果たすべき役割についても言及している。
さらに生き方についても語る。特に印象的だったのは、①選択の機会が訪れた時に、おもしろい方を選べるか ②自分で自分を評価しない ③「二足のわらじ」という生き方、自分の居場所を複数持つ ④言葉は究極のデジタル。
著者後書きに記しているように、これからの生き方について考える、ある種のヒントになると思います。
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数学者 岡潔に触れたところが印象に残った。岡潔の授業を受けた朝永振一郎が、”みずからの情熱を研究にささげている、その情熱が学生にも伝わってくる”と述べているとの事。そしてこういうことが微分方程式の解法を教えるといったことよりはるかに重要だ、というところ、共感した。教師の情熱といったことは言葉以外で生徒に伝わり、それが生徒を動かすのだと思う。言葉で伝える内容、言外で伝わる内容があるとし後者が非常に重要だというのは、教育現場に限らずビジネスの世界でもよく感じる事である。
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妬みと羨み、「愛する」こと、もっと早く読んでおけばよかったと思いました。
文学にも生物学にも通ずる著者だからこその視点、言葉の使い方にもっと意識を向けようと思います。
Posted by ブクログ
•社会で生きていくうえでは正解がない事
•言葉はあくまでデジタルでしか無く、相手のして欲しい事は言葉だけでは無くもっと本質を見る
•愛すべきは、相手の欠点を感じない人、相手といると自分が輝いていると感じる人
••••
挙げきれないくらい刺さるテーマが沢山!
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知の体力とは何か?
想定外の問題について、自分なりに処理する体力。それには先人がどのようにその知を培ってきたのかを知る必要がある。なぜか?視点の多様性をまなぶこととなり、想定外の出来事に対処できるようになるから。
なぜ学ぶのか?
知らなかったことを知ることで、これまでの自分がいかに知らない存在であるのかを客観視できる。また、未知なる知への好奇心や尊敬も、学ぶからこそ生まれ、モチベートされる
世界は望みさえすれば、すぐそこにある。
If you wish for the world, it’s just right there.
Posted by ブクログ
受験が終わって大学に入る若い人が読むと特にいい本だと思う。
社会に出ると正解の無い問題に対して落とし所を考え、何とか理解してもらうために説明すると言うことが多々ある。想定外のことでも自分で考えて対応案を判断しないといけない。大学という場所は単に技術やスキルを学ぶだけでなく、正解の無い問題や想定外の内容にどう取り組むかという自分で考えることができる知の体力を鍛える場所だと思う。
最後の伴侶となるべき存在の話は共感した。一緒にいると自分の良い面がどんどん出てくると感じられるということは長く付き合う上で大事なことだと感じた。
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細胞生物学者と歌人を生業とする著者の、理性と感性に満ちた言葉の贈り物だった。
人間は1ミクロンほどの細胞60兆個からなる。長さにして60万キロメートル。地球15周。0-1ミリの受精卵が20年足らずで地球15周もできるだけの長さに成長する。知ることの驚きと感動は、自分という存在を見る目に変更を迫る。このまま何も知らずに人生を漫然と送っていてはダメだ。こんな喜びに出会えないなんて損だと、人を学問へ向かわせる。
学んでから始まるより、始めつつ学ぶ。その都度必要になった知識を仕入れていくことが最も大切な知識への接近
の仕方。
なんだ自分でもやれるじゃないか。世界と自分は地続きだと知ること。安全な方を選び続けていく人生はどんどん人生を小さなものにしていく。面白い方を選べば大抵上手くいく。
第三者の評価はその人が勝手にやっていること自分には関係ないと解き放しておく。自分を位置づけない。敢えて宙づり状態の不安のなかに位置づける。その未決定状態こそ、なにかのきっかけがあった時に推進力となる。
もっと自分の可能性を信じて広げていけ。他人の視線や評価で自分の可能性を小さく限定してはダメ。失敗を恐れて安全な方へ行ってはダメ。
ここだけが世界ではない。逃げ場を作る。すぐ横には別の世界があって、別の涼しい風が吹いている。
自分が最も輝いていると感じるなら、それはすなわち相手を愛しているということなのだろう。輝いている自分に出会うには、鎧わなくてもいい、生身の自分がさらけ出せると、自分の可能性がどんどん開けていく。そんな相手が伴侶となるべき存在。心から愛する人を得ることは、自分の最もいい部分を発見すること。だから愛する人を失ったときに痛みとして堪えるのは、その相手の前で輝いていた自分を失ったから。
Posted by ブクログ
2018年の本。高校までの勉強が答えのあるものだった、というのは現在の学習指導要領では必ずしも当てはまらない。ただ、受験勉強に関しては相変わらずなので、そのあたりを考慮して読むことになる。
「真理に対する抑えがたい欲求」を誰もが持っていると思ってしまうのは著者が大学の先生でいらっしゃるからだろう。子どもたちと接すると、知的好奇心には大きな個人差があることを感じる。研究者を目指す人にはとても良い内容だが、全員に当てはまるわけではないので注意。