「たとえば君」という書名は、河野裕子の歌からとられている。歌の全体は下記の通りだ。
たとえば君 ガサッと落ち葉すくふように私をさらって行つてはくれないか
河野裕子と永田和宏は夫婦であり、2人ともが歌人である。2人は、学生時代に知り合い、付き合い始めたのであうが、河野にはその時に既に恋人がおり、そ
...続きを読むの恋人と、新たに付き合うようになった永田の間で気持ちが揺らいでいた。そういった背景が、上記の歌にはある。
2人の出会いは1967年である。結婚は、1972年。以降、河野が乳がんの再発で亡くなる2010年まで添い遂げる。出会いから43年目のことである。
河野に乳がんが見つかり手術をしたのが2000年のことである。以降、8年間何もなく、河野も永田も緩解かと安心し始めた2008年に再発し、2010年に亡くなる。
再発が分かった後の歌が悲しい。
【河野の歌】
まぎれなく転移箇所は三つありいよいよ来ましたかと主治医に言へり
大泣きをしてゐるところへ帰りきてあなたは黙って背を撫でくるる
【永田の歌】
あなたにもわれにも時間は等分に残ってゐると疑はざりき
あつという間に過ぎた時間と人は言ふそれより短いこれからの時間
私自身も妻を乳がんで亡くしている。手術後の安定期を過ぎた後の再発という経緯もこのご夫婦と同じである。
そういう経験から、主に夫である永田の歌に感情移入しながら本書を読んでいたが、私の妻が河野のような気持ちで再発をこわがり、再発後の恐怖と闘っていたのかと思うと、あらためてたまらない気持ちになった。