マイクル・コナリーのレビュー一覧
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シリーズ20作品目は二本仕立てのストーリー。65歳になったハリー・ボッシュは、予備刑事としてサンフェルナンド市警に勤務している。
第一の事件はタイトル通り、ボッシュが汚名を着せられそうになる過去の事件。事件の解決人として真相を探り出そうとするボッシュと、やくざな弁護士丸出しのミッキー・ハラーの絶妙なコンビネーションが見どころ。物語の中盤を占める第二の事件は、現在進行形の二重殺人。ここでは高齢のボッシュだからこその重要な役割が事件の鍵を握る。老いを感じて困惑するハリーにとってはなんとも皮肉な展開だが、人との出会いに使命感を再認識し、次のステージに繋がっていく人間ドラマが秀逸。
謎解き目線で見ると、二本仕立ての事件はどちらも小粒でやや肩透かし。ひとつの大きな事件を掘り下げるのとは違って、別々の事件が並走する展開はある意味面白いが、個々の事件の厚みがイマイチなので物足りなさは残る。今作品は事件よりも、ハリー・ボッシュを巡る人間関係だったり、人との繋がりがメインなのかなーと思う。孤独さからますます事件を欲するハリーの姿がポジティブに描かれてるのが嬉しい。やはりこうでなくっちゃね。
余談だが、作中でハラーがホッパーの『夜更かしする人々(ナイトホークス)』がハリーを連想させると言うシーンがあるが、個人的に好きな絵で、私も絵の中の男性にハリー・ボッシュを重ねて見ていたので、妙に嬉しくなってしまった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ主人公のレネイ・バラードは、ハワイ出身の三十代半ば(?)のロス市警女性刑事、独身、サーフィンとかパドル(よくわからない)が趣味。
2年に及ぶ深夜勤務(レイトショー)に倦みながら事件解決に向けた意欲と使命感を持っている。
しかし事件の本格的捜査は、昼勤の刑事に引き継ぐので、やりがいを覚えずにいた。
元々はジャーナリストだったが、ロス市警に入って殺人事件担当刑事として活躍していた。
詳細は不明だが、当時の上司のオリバス警部補のセクハラ行為を告発したところ左遷されて深夜勤務になった。
当時の相棒であるケン・チャステインの裏切りもわだかまっていた。
そんな深夜勤務の中で3つの事件が起こる。
この複数の事件が起きて、それに並行して取り掛かるのもボッシュシリーズと共通している。
上巻は、その事件が色々起こって登場人物や主人公の背景を把握するのに手間がかかる。
事件は3件:
①財布が盗まれ、クレジットカードが不正使用されたというひとり暮らしの老婦人の対応。
②ゲイの街娼が暴行され意識不明の状態で見つかる。
③クラブでの発砲事件で5名死亡。
三つめは大事件で、手伝いに駆り出されるが下働き的な感じで、現場を仕切っているのが因縁のオリバス警部補。
情報渡したら、さっさと出てけ的な対応をされる。
それぞれの事件で独自に情報を集めて行動するバラード。
①はカード会社からの情報により犯人逮捕
②も粘り強い捜査で犯人と思わしい人物に辿り着くが拉致されてしまう。
その脱出時の闘いを過剰防衛的に捉えられて失職の危機に立たされるが、機転と行動力と深謀で切り抜ける。
この辺りの痛快さは素晴らしい。
③の事件は元相棒のチャステインも殺害されるという展開になる。
思いもかけない犯人に辿り着き、それを騙して制圧する処の腹黒さも痛快。
その功績を買われて復帰しないか、との誘いに対する答えも痛快すぎる。
全体的には楽しめた読書だが、女性の読者にとっては違和感がある人物設定なような気がする。
何処がというのを書くのは難しいが、この辺は感覚としか言いようがない。
あと物語が、少し拡散しているような気もする。
①事件の犯人が所持していた盗んだ銃が、過去に大きな事件を起こしていて、その盗難先での捜査(結局失策でATFに引き継ぐ)
②犯人がどうやってバラードの正体を突き止めて拉致したのか?は結局謎。
③犯人の不用意さや、何となくバタバタ決めた感じ。
こうした枝葉を整理して上下ではなく一冊にまとめられたら、もっと締まるんじゃないかなあ。
まあでも、新たなシリーズとして次も楽しみにしている。 -
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エドワード・ホッパーの絵画から生まれた十七の短編。
それぞれ全て異なる作家の手によって物語が編み出されており、短編好きも、絵画好きも、うまく取り込まれてしまう。
正直なところ、絵画を眺めているだけでも楽しい。
絵画は、18枚修められている。一枚は、読者が自分で話を作ってみてね、という序文の心憎さよ。
翻訳物なので、独特のクセがある。
決して変な日本語ではないし、つまらないわけでもない。
翻訳者も12人(贅沢!)いるので、この翻訳者だと合わない、といったことがあるわけでもないのだが、やはり「ニュアンス」「空気」という見えないものを取り入れることは、難しいのだろうか。
「キャロラインの話」はある老婦人の物語だ。
視点が変わっていくところ、また、老婦人の秘密がポイントだ。
老婦人の心の中にあったしこりは解消されただろうか。また新たなしこりを生んだだろうか。
願わくば、ハッピーエンドに、と思うが。
家族の問題は近しいだけに問題も起こりやすいことも、必ずしも皆が幸せにはならないだろうという、ざらついた余韻の残る物語であった。
「映写技師ヒーロー」
映写室にいる、少し引っ込み思案な男性の物語。
いかにもアメリカらしい展開だ。
小さな映画館にみかじめ料を求めてやってきた男たちから映画館と、経営者と、受付嬢を守るため、映写技師は立ち上がる。
でも、その「誰かのため」は表に出ることなく、消える。
そしてまた日常に戻る。
アメリカらしい解決方法だが、アメリカンヒーローらしからぬヒーロー。
いや、スーパーマンも普段は冴えない、んじゃなかったっけ。
だとすれば古典的なヒーローがここにいる、のかもしれない。 -
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ネタバレ女性連続レイプ事件と、巨額遺産相続人の調査。
2つのストーリーをボッシュが前者は警官、後者は探偵として追う。
ただ、この2つのストーリーは交わらない。
推理小説にありがちな交差して、複雑な展開となって、
一挙に2つとも解決する、という展開にはならない。
マディとの関係、ベトナム戦争での記憶、元警官としての矜持。
様々なことが2つのストーリーのあいだに微妙に交差し、過ぎていく。
ボッシュの日常を描いた作品と言えるだろう。
シリーズも30作目。
ファンとしてはこのような作品もあっていい。
等身大のボッシュが日々どのように考え、悩み、事件に立ち向かっていくのか。
一つ確実に言えるのは、ボッシュは筋金入りのワーカホリックということだろう。
事件に携わっていることが自身の人生への大きな励みになっているように思えてならない。
最後に、ボッシュは刑事復帰への足がかりを掴んで終了する。
やはり筆者もボッシュを探偵ではなく、刑事として描きたい気持ちの方がが強そうだ。 -
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「短編画廊 絵から生まれた17の物語 (ハーパーコリンズ・フィクション)」
新ジャンルに遭遇。
エドワード・ホッパー(1882-1967)。 作家ローレンス・ブロックは、ホッパーの作品は「絵の中に物語があること、その物語は語られるのを待っていること」を強く示唆していると語り、ホッパーの絵から物語を紡ぐこの短編集を考えついた。
しかし、良く思いついたなぁ。それが率直な感想。ブロックの呼びかけに集まった面々の中にスティーヴン・キングが居るからと言う理由だけで読んだ私は、美術に全く詳しくない為、ホッパーが如何に偉大な画家だったなのか全く分からない。
各短編を読んでみて、よくここまで膨らませてストーリーを書けるなぁと思った。作家は0から話を考えることもあるから、ホッパーの絵が題材になる今回は多少は楽なのかも知れない。しかし、題材にするからには、ホッパーの絵の意図を汲み取ること、汲み取るまでにはいかなくとも、絵を見て感じなければ、きっと小説を書くことは出来ないし、きっと当て書きよりも難易度が高そうだ。更に、もしかしたら小説を読んだ熱狂的なホッパーファンが、やんや言ってくるかもしれないのだ。なんと面倒なことだろうか。
とは言え、「ガーリー・ショウ」を読むときっと熱狂的なホッパーファンも納得してくれるのではないか。序盤からすると暗めなストーリーと思いきや、最後のオチ。去り際には女性のキレを感じる。おぉ、ポーリーンよ!と思っちゃう。
「キャロラインの話」は、きっと良い話なんだろう、いや、違うのか?と思わせる。あれ?さくっとバレて意外な方向にいくと思いきや、もしかしたら違うかも?と思ってしまった。間違いなく良い終わりに行くはずなのになんでだろう。インパクト弱めだが、気になる短編。
「アダムズ牧師とクジラ」はユーモラスな締め。「音楽室」はキングらしいダークなストーリー。音楽は野蛮な野獣を抑えるって言う台詞がまあ何ともで、最後はローレンス・ブロックによる 「オートマットの秋」 。
どれもホッパーの絵からインスピレーションを受けて描かれていたとは思えない。ホッパーを知る人ならば、きっと楽しめるのだろう。知らない人でも、純粋な短編として楽しめる。