堀江貴文のレビュー一覧
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「未来なんてどうせ分からないし、予想しても当たらないことが多い。だから、自分の夢中になれることを見つけて、とにかく没頭して生きよう。」ホリエモンらしい意見が述べられていました。
確かに未来予測を聞いても凡人には理解し難い。どの仕事が残りやすいかなどは考えても仕方ないように思えました。
これからは以下のように人生を歩むことが最適かもです。
・仕事になりそうな趣味を3つほど見つけて、日々アウトプット。
・思考停止せず、意思決定する癖をつける。「今日の晩御飯はこれを食べよう!」みたいな軽いことからで問題なし。
・機械や人と差別化を図るために、ブルーオーシャン戦略を取る。
・大衆に呑まれて何となくみんなと同じ生活をして過ごすのもあり。 -
Posted by ブクログ
冬休みや春休みなどの時期の時間の使い方が下手すぎると感じていたため、この本を読みました。
時間はお金よりも大事で、「time is life」としています。時間の大切さはを多角的に書いていています。他人との時間を考えないと、蝕まれていくだけ。
シンプルに考える。
自信は、自分の確固たる信用。
など時間のこと以外にも役立つ考え方が多くありました。
個人的に印象的だったのが、スマホを使うということです。「スマホ脳」などスマホ依存が良くないという本を読んでいて、スマホを触り続けることが良くないという考え方が定着していました。しかし、ホリエモンさんはスマホで仕事しているそうです。空間に縛られることなく活用出来るため、スマホをスキマ時間に使い、自分にとって大事なことをしたい。 -
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ご自身のインスリン抵抗性について知りたくなったら、受診の際にインスリン抵抗性指数(HOMA-R)を聞いてみてください。
糖質の前にオリーブオイルを摂取することで、胃の動きをゆるやかにして急激な血糖値上昇を防ぐ作用とともに、小腸でインクレチンを増やすため、空腹感を抑える作用も期待できるそうだ。
糖質5分あとまわしダイエット。これは、野菜に加えて、魚、肉などタンパク質や脂質を含むおかずを食べ始めて5分以上経ってから、糖質のご飯を食べるというものだ。
運動は明らかにプラスになるのです。とはいえ、もちろん毎日、少なくとも1日おきに行うほうが望ましいです。1日おき以上あけると、インスリン感受性の改善効果が薄れてしまうからです。
筋トレには注意が必要だ。筋肉は疲労からの回復時間が必要なので、間隔をあけなければならない。2〜3日に1回程度が良いという。
運動は食後。血管内に糖がたくさんあってインスリンもよく出ている食後に、ウォーキングなどの有酸素運動をすれば、血糖値が下がります。時間の目安は、食後30〜1時間後。
食前に無酸素運動を行なって筋肉量を増やし、食後の有酸素運動で血糖値を下げる。これがベストです。
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我が闘争
著:堀江 貴文
紙版
幻冬舎文庫
寝食を忘れ、何かに没頭する
妻子を忘れるために一年間も茫然自失するほど、仕事にのめりこむ
まわりのこともわからないほど、一つの目標に突き進む
やるじゃないか、うらやましいぞ
自らの人生を、「我が闘争」とよべるなんて、なんて幸せなことなのかと思ってしまいました。
気になったのは、以下です。
・どんな人にも時間だけは平等に与えられている
・時間あたりの作業効率と判断のスピードを極限まで上げていかなければ、僕のやりたいことは到底実現できなかった。
・さしたる意図もなく積み重ねてきた人生の断片に、1つの共通点があると気が付いた。
それは僕がいつも闘っていたということだ
僕は目の前のままならないこと、納得いかないこと、許せないことと闘い続けてきたのだ
死を恐れるのは、死について考えるからだ
考えなければ、恐れるもなにもない
僕は違和感やつまらなさを隠さなかったし、空気を読んでみんなに合わせることもできなかった
いつしか通知表の素行欄には、協調性がない、と書かれるようになった
僕はちょっとした問題児として扱われるようになった
僕はそもそもパソコンが、プログラムが得意だったのだ
一人で起業しようとは思っていなかった
僕はまず書店に行って、簡単そうな、会社の作り方、という本を何冊か買って、読み始めた
本の中に、あいている部分を埋めれば、すぐに事業計画書が出来上がる、という一章があって、そのフォーマットをぱくらせてもらった
そうして出来上がった事業計画書は今見返すと恥ずかしくなるほど稚拙なものだ
しかし、これを書いていく過程で、今まで頭の中で転がし続けるように考えて来たことが、次々とクリアになっていくようだった
会社の作り方、的な本には、税理士は頼んだ方がいいと書かれていた
97年7月、創業からわずか1年1カ月で有限会社オン・ザ・エッヂは株式会社に改組する
儲かってくると利益を減らすために(つまり税金を減らすために)経費を使おうとする会社は珍しくないが、、オン・ザ・エッヂは違った
僕は経費を使うことを無駄遣いすることのように思っていた
また、僕自身、あまりに忙しくて飲みに行って経費を使うなんて暇がどこにもなかったというのもある
でも自分でプログラムを作っているので、仕事が完璧という自負はあった
そしてその仕事のクオリティーが、次の新しい仕事に繫がっているという実感の中、僕はいくらでも働けるような気がなっていた
安定経営のためにはある程度の内部留保を確保せねばならない
会社に限らず、なんでもそうなのだろうが、急に大きくなるということは、どこかしらに痛みや軋轢を生むものだ
どうして会社を大きくしなくちゃいけないの?
恋人で会った頃の有馬さんから、何度もそう問いかけられた
これから会社を起こそうという人に、何かアドバイズをと乞われたら、真っ先にこう言いたい
絶対に恋人と一緒に会社を作ってはいけない
妻は家や家族を第一に考える保守的な人で、そこは僕にはまったくない感覚だった
僕は仕事を優先するのが当たり前だと思っていた
離婚して1年ほどは荒んだ生活を送った
ITバブルを経たとは言っても、Web周りのプログミングができる人材はまったくと言っていいほど育っていなかった
スキルをもったプログラマーを1から育てるには時間もお金もかかるし、なにより生まれたての小さなIT企業に入社してくれる人材は少ない
そんな中で1つのアイデアが生まれる、ワーキングホリデー制度を活用して人材を集めるというものだ。
日本へのワーホリである、ワーホリなら労働ビザがなくても長期間日本で働ける
それなら、いっそシンプルな方が分かりやすいし、覚えやすくていいだろうと、03年4月に、エッジ株式会社、に社名変更したのだ。
だが、翌年の2月になって、再び社名変更、ライブドア、へとの変わった
■近鉄買収工作
そもそも、年間30億から40億もの赤字を出している近鉄バッファローズ
それは身の丈に合った経営をしていないということで、ライブドアが運営すれば2年で黒字になる計画だった
それなのになぜ拒絶されるのか
結局は年寄りのオーナーたちの、若い奴は雑巾がけから始めろ、といういじわるなのである
■フジテレビ買収工作
2月23日、ニッポン放送取締役会はフジテレビを引き受け手とする、4720万株分の新株予約権の発行を決議した
結果フジテレビはニッポン放送株の66%を持つ筆頭株主になるというありえない計画だ
そもそもこの買収案件に関わっているニッポン放送、フジテレビの人たちは、みなネットのことをよく知らないおじさんたちなのだ
僕としては、彼らの提案を受け入れて、撤退するしか選択肢はなかった
最終的には熊谷氏が中心となってフジテレビとの和解案を詰めていき、和解会見は4月18日にお台場のホテルで行われた
■選挙出馬
僕が出馬することになったのは広島6区である
選挙っておもしろいのだ
お祭りのみこしにたとえるのが分かりやすい
みこしに乗る者、みこしを担ぐ者、みこしを見ている者の3者のうち、もちろん1番面白いのはみこしに乗る者だ
亀井氏11万票に対し、僕が獲得したのは8万4千票、敗れた
■ライブドア事件
NHKで地検がライブドアに家宅捜索に入ったっていっています。なんじゃそりゃ?しかもなんでNHK?
マネーライフの株価を株式100分割して不正に吊り上げて、などと書いてあるではないか
野口氏の自殺、ホリエモンの側近自殺
まだ野口氏の死が僕を関与していたと思い込んでいる人がいるようだ
なんとも恐ろしい
人の誤解を解くのは本当に困難なこと、一方で誤解を植え付けるのはいとも簡単だ
当然のごとく、市場は反応し、ライブドア株は大暴落する
東証はシステムがあまりに脆弱ですぐにストップ
良くもこんなお粗末なシステムで世界有数の証券取引shおを運用していたものだ
ここでマネックス証券が、ライブドアの株式n信用担保価値をゼロにするという暴挙にでる
それだけではなく、ライブドア関連銘柄の信用担保能力までゼロにしたのである
まだ家宅捜索が入っただけなのに
僕らを徹底的につぶそうという意思の表れだと受け取らざるをえなかった
僕は経営責任を取って、社長を辞任することになった
訳の分からないことの目白押しだった94日間に及ぶ拘留期間は、やっぱり訳の分からないまま幕を閉じることになった
検察からは不問とされていた人材派遣会社トラインの買収案件について弁護士が詳しく調べてみたところ、そこから宮内氏、中村氏らの横領が発覚した
このような経済犯罪に関する裁判、特に特捜部案件については、検察自身が新しい判例・法律を確立するつもりで裁判に臨むのだ
07年3月16日、東京地裁で懲役2年6カ月の実刑判決が下された
まさかの実刑判決、もちろん即日控訴する
08年7月25日、東京高裁が控訴を棄却、最高裁へ上告
11月4月26日、最高裁は上告を棄却、懲役2年6カ月の実刑判決が確定した
目次
はじめに
第1章 田舎の優等生
第2章 パソコンと思春期
第3章 ダメ人間
第4章 起業前夜
第5章 新米社長
第6章 上場
第7章 M&Aという選択
第8章 プロ野球界参入
第9章 ニッポン放送買収
第10章 衆議院選立候補
第11章 ライブドア事件
おわりに
ISBN:9784344425538
出版社:幻冬舎
判型:文庫
ページ数:400ページ
定価:690円(本体)
発売日:2016年12月10日初版発行 -
Posted by ブクログ
パフォーマンスを最大化するための習慣術
・自分にとって正しいアクションとは、自分が夢中になれるもの。
→自分が何をしたいのかをまず問うこと。
・やり抜くための最大の資源は他者の力。人の繋がりを抜きに自己実現は不可能。人を巻き込む習慣。
(門前払いやのちの関係が悪くなったりもする。全員から好かれるような人は信用ならない。自分に正直に生きるかぎりそりの合わない人は必ずいる)
→臆せず人を巻き込むことを習慣にしたい
・人に頼るというショートカット
誰かに頼ることを恥ずかしいと思う、つまらないプライド、痩せ我慢の方が滑稽。単なる自意識過剰。
壁にぶつかって、そこで一踏ん張りしてダメだったらとっとと自分を見切る。そして人を頼る。助けてとすがりつく。
→人に頼るということの耐性をつけたい -
Posted by ブクログ
今まで持っていなかったものを努力して持った時、その瞬間は満たされる。
しかし勘違いしてはいけない。
そらは獲得の喜びであって、所有の喜びではない。
所有する喜びと、獲得する喜びを、混同してはいけない。
獲得は、ある意味で報酬になる。
しかし所有は報酬ではない。
所有はリスクだ。
失うことへの不安、管理の手間、執着心と、いくつものネガティブな要素を運んでくる。
喜びはモノを所有しなくても満たせる。
逆に、うまく手放していけば、本当に欲しいものへと手を伸ばすことができる。
金で満たされるものに時間と出費を投じるのは、無意味である
気配りを捨てろと言ったが、本当に捨てるべきは恐れだ
人間関係が気まずくなる恐れ
自分の立場が悪くなる恐れ
いじめられる恐れ
ほとんどの人の行動を制限しているのは、こんな恐怖だと思う
面と向かって本音をぶつけるのは勇気がいるかもしれないし、結果を考えて、怖くなるのは当然だろう
でもずーっとおそれているたまけで、あなたの苦しみや悩みは消えるのだろうか?
結果を恐れて何も行動せず、ただ苦しみが重なっていくだけの生活をこの先、何年も何十年も変わらずに過ごしていく、その覚悟はあるのだろうか?
恐れを捨てるには、本音で生きるしかないよだ
僕はこれまでたくさんの著名人と対談してきた。
なかには話題が合わなかった人もいる。意見が完全に対立した人もいる。だからといって、相手を嫌いになることはないし、リスペクトが下がったりもしなかった。
人間関係において、お互いの価値観が異なっていることがわかるよは、思考の質を高める上で、非常に大事なのだ
閉鎖された環境で仕事していると勘違いしやすくなってしまうが、価値観や意見が同じであることは異常なのだ。
価値観や意見がバラバラであることが普通。
それは社会全体の正しい姿でもある。
一緒にいて楽しくない人たちに好かれようと努力すると、自分を見失ってしまう。
人生において、自分を捨ててはいけない。絶対にいけない。
誰かがあなたについてどう思おうが、それはなんの問題でもない。相手側の問題だ。
他人が誰を嫌おうと、何を考えようと、あなたの人生には関わりがないのだ。
そこに気づいたら、好かれたくもない人のことなど捨てよう。
相手が自分をどう思っているか、どうしたら意見が合うのかと、悶々と考えることに人生を奪われるなんて、あまりにももったいない。
人とはぶつかり合う勇気をもつべきだ。
本音を述べるのは大事だが、客観的な視点は捨ててはいけない。自分の今の意見は客観的にみておかしくはないだろうか?ただ独善的でダメなところから逃げようとしているだけじゃないのか?冷静な検証が必要だ。
言いたいことばかりいって、中身が空っぽだと周囲に思われてしまったら。なかなか味方はできない。
僕からみて、特に多いと感じるのは、全てを他人のせいにするタイプだ。
身の回りの都合の悪いことを他人のせいにして、自分のポジションを高く見せたり、正当化を図ろうとする。
他人のせいにすること。それは自信のなさのあらわれだ。自覚できないのには、困ったものだ。
捨てることに寂しさはついてまわる。
寂しさを避けるために捨てる決断をやめて現状維持を選ぶ人もいるだろう。
それは絶対に間違っている。
ノスタルジーな情緒に流されてはダメだ。
捨てると決めたら捨てられる側の寂しさなんか無視してもいい。
冷たいのではなく、成長を遂げていく上では当然の話だ。
捨てることに踏ん切りをつけられず、現状にとらわれたまま、新しい世界へ飛び出していくことはできない。
まとわりつあたものを切り捨て、堂々と見送られる側の人生をいこう。
実体験から言うわけではないが、もし起業を望んでいるとしたら、別れたくない友達とは、一緒に会社はやらない方がいいんじゃないのと伝えておこう。仲良しこよしの家族チームでいたいと願っていても、メンバーが各々年齢を重ねて経験と知識をつけていくうち、最初の仲間でかな関係は必ず変化する。必ずだ。
そしてお金の関係が加わる。一万、2万ならいいけれども、100万、1000万の単位になってくると、人の本質的な価値観が現れる。投資会議では激しい口論になることもありえる。
ぶつかり合っても気にしない、ビジネスライクな関係ならともかく、親友とか幼なじみのような相手だったら、何倍も気まずくなるだろう。
やがて相手は会社からさる。すごく複雑な思い出を残して。ときには禍根となることもあるだろうを
もちろんそのリスクを背負ってでも起業する選択はある。ただ、どんなに仲良しの相手でも、ビジネスにおいてはいつか切り捨てる対象になりえるのだ。
僕は経営者時代、社員に対して会社に忠誠心や結束力を求めることはなかった。また同僚と友だちになる必要もないと思っていた。
大事なのは会社が働き手それぞれにとって、好きな仕事ができる場として機能しているかどうか。不満がないなら仕事を続けるし、そうでなくなったら辞める。シンプルでいいのだ。
僕はビジネスにおいて、共通の目的意識を持った同志のような存在はいなかった。やりたいことを進めていくのに、利害関係と気持ちの方向性が合致していれば、とりあえず一緒にビジネスする関係は築ける。
同志のような存在は、これからもいないだろう。つくろうとも思ってない。
手がけている事業や今後やりたいことについて、人に話すことはあっても、組織として共有しようという発想がないからだ。
ステージごとに人間関係はリセットする。
しがみついているのは、むしろあなたの方かもしれない。
僕はビジネスを始めて、見える世界のステージがハイスピードて変わっていった。変わるごとに、出会った友だちや仕事仲間とは話が合わなくなり、捨ててきた。
思い切りがいいのではない。
どこか自分に課していた部分もあっただろう。
次のステージでうまくいかなかった時に、以前のような交友関係に戻れるという保険をかかたくなかった。
仕事で成功していくにつれて、人間関係のリセットを繰り返し、新しい刺激的な友だちを作っていく。それが僕のスタイルだ。
人間関係をリセットすることは、痛みを伴うこともある。
オン座エッジの創業メンバーが去った時は、気持ちの上では完全に整理できていたけれど、心の奥では多少の痛みを感じたものだわ、
捨てる痛みはゼロにはできない。
しかし痛みを感じないくらい忙しく、やりたいことに熱中していればいい。
痛みがあるというのは、ヒマな証拠なのだ。
友だちをリセット。わたしにはできないと言う人もいるかもしれないが、そんなことはない。
むしろ、いま大事にしている友だちや仕事仲間に、何かが縛られていないか?見つめなおしてみるといいと思う。
もしくは捨てられたくないと、必死にしがみついているのは、あなたの方なのかもしれない。
愛着とか縁起とか、どうでもよかった。
欲しいものがはっきりしていれば、捨てるべきものもはっきりするのだ。
ビジネスはひとりではできない。
しかし、つながりを価値化しすぎて、捨てることを恐れていたらいけない。
いらなくなったり、気持ちが離れた相手は、切り捨てよう。
会えて捨てると告げる必要はないけれど、来るもの拒まず、去るもの追わずの精神で接するのが最良だ。
アウェイで必死に努力すれば必ず、新しい獲得がある。
ビジネスのアイデアも生まれる。
多くの人は、安定した、傷つかない場所に居続けようと願うものだが、そんな場所はどこにもない。
安全なところでも必ず、やがては時流や人の出入りが関わり、さまざまなリスクが生じるだろう。
これから生きてくのに大切なのは、アウェイに揉まれて得た経験値だ。
逆に言うと、アウェイのなかにこそ、長い安定を過ごせるヒントがある。
失敗を承知で大胆に飛び込むシロウト革命にこそ、自分の殻を破る機会が存在するのだ。殻を破らなければ、自信なんてつくわけない。
自己評価なんて捨てて、厚かましく、アウェイにとびこまう!
そして僕の経験した人生最大のアウェイといえば、結婚だったといえる。妻、家、子どもと、男にとって最も束縛の強いモノを持ってた時代があるのだ。
捨ててはいけないものがもしあるもすれば、それは自分自身だ。
僕が僕自身に嘘をつき、肌感覚で嫌だ!ということを許してしまったら、激しく後悔するとわかっていた。
自分自身とは、己の存在意義のようなもの。生きている意味を支えるわ心の根幹だ。
もうおしまいだ、なんていう状況は存在しない。
あるよは、もうおしまいと決めつける、自分の諦めだ。
どんな場面だろうと、対処する方法は残っている。
自ら学ぶのでも、誰かを使うのでもいい。
やれることをやって、いまより良い状況をつくり出すのは、自分の取り組み方次第だ。
そんな当たり前すぎることを、僕は長野刑務所のなかでも実践していた。
人は必ず嘘をつくから、それを前提に付き合う。100%の信用が担保された人間など存在しない。
肝心なのは改善と再発防止だ。
切り替えて最適解を考えるようにしよう。
大事なのははい次!の精神だ。
ずーっと怖がり続けて対策を練らず、事態を放置しているのは最悪だ。
前にも述べたように、僕には仲間とか身内とか言う考えがない。
極端に言うと数年来の付き合いの知り合いも、初対面の人も、ごくフラットに考えている。この人はもういいやという気持ちになったら、そこで関係は捨てるのだ。たとえ長年の信用があったとしても、いらなくなったら、もういらない。
信用という言葉の持つ温かさ、癒され感に、とらわれてはいけない。大事なのは、いまと、これからだ。
信用する友人はいてもいい。けれど、自分の成長が阻まれたり、一緒にいる面白みが減って行っても、付き合う理由はあるだろうか?
信用が関係をつなぎとめる絶対条件であってはならないと思う。それこそ不自由な縛りではないか。
信用を絶対化するのではなく、いまとこれからに思考を向け、いらなくなった関係は捨てていこう。
逆に捨てられる側になったとしても、それはそれで仕方ない。決して恨んだりしないことだ、
そもそも信頼関係とは何なのだろう?
相手を信じて頼ったとして、相手は結局人間だ。強いところもあれば弱いところもある。ときには保身で嘘をつくこともある。
信用していたはずの相手でも、裏切る時は裏切る。
それは善悪の問題ではなく、人間だから、当然なのだ。
ショックが大きい時は落ち込んでもいいけれどわいつかは立ち上がらねばならない。はい次!の気持ちでやり直しをしなくてはいけないのだ。
状況を受け入れて、できることを積み重ね、次へ繋げていくこと。罰ゲームの中でも、きっとできる。
罰ゲームは必ず終わる。それは揺るぎない事実だ。
終わる時を信じて、自分で楽しみを創作しよう。
幸せのしきい値の固定を捨てよう。
厳しい環境でも幸せを見出す。それが人の知恵の発揮のしどころではないな。落ち込み沈んでいるだけの選択は、知恵と想像力の放棄だ。
個人での所有をほとんど認められない刑務所暮らしをしてみて、不自由ではあったけれど、不便を感じたことはなかった。
ただその一方で、もしかしたら共有力の強さは人よりも強いのかもしれない。
楽しみを見つけたり作り出すのがうまいといってくれる人がいる。これはたしかに自分でも上手い方だと思う。
そして、こうした楽しみを独占するのはいやなのだ。
別に心と心がつながった、親友が欲しいわけではない。というか、そんな存在はいらない。信用は絶対ではないし、結局その相手への依存が生じてしまって、面倒な問題が起きやすくなる。
とりわけ、僕の場合は毎日の過ごし方が多動的で、全部について来れるタフな人なんているわけがない。少し仲良くなっても、以心伝心を築くところまで、たどり着けるわけがない。
気持ちの完全な合致は無理。だけどポイントごとに、つながることはできる。
このビジネスをやるにはこの人、ゴルフはこの人、カラオケはこの人、、、とうまく付き合いを分散して、楽しみの共有の幅を広げていく。少なくともぼくにはそれがあっている。
ひとりの人とか、ひとつの関係にこだわる必要なんてない。
時代は急速にシェアリングに傾いているのだ。
シェアリングエコノミーは、使われてないものを、みんなで順番に使い回し、経済活動を進めていこうという設計思想がもとになっている。
文明は独占ではなく共有へ移行しようとしているのだ。
体験の楽しみを最大化していくためには、昔はある程度のお金が必要だった。
けれど、その出費を誰かと分担し会えば、同じぐらいの楽しみを安価で、手軽に得られる時代になってきた。
お金はいらない。大事なのは体験を取りに行く行動力だ。
僕たちは所有よりも共有を選ぶ方がいいというより、選ばざるをえなくなっていくと思う。
何かを持っていても意味がない。
何をしていたか?が経済評価に置き換えられていく。
現代は所有よりもアクセスが大切な社会だ。
旧世代の大人たちが享受してきた自由の大部分は、物を持つ権利によって実現されてきた。どれだけ稼ぎ、何を作り上げたか、何を持っているかがアイデンティティの根幹だった。
だがミレニアム世代移行、デジタルネイティブな世代は違う。自己と所有の強いつながりは壊れつつある。
ものなんか捨てて、体験に飛び出そう。
シェアの広がった世界で楽しく生き残る、最適な方法だ。
マインドシェア
恋人は20%ぐらいのシェア。
先日、とある20代の女の子が、彼氏は20%くらいでいい、と言っていた。人生におけるシェアは、彼氏の分は2割でちょうどいいと考えているそうだ。
マインドシェアの発想は、僕も非常によくわかる。
結局のところ、ひとつのものにマインドシェアの多くを、奪われたくはないのだ。
できるだけ効率的に気持ち良く、楽しみを生み出すように、マインドシェアを分散したい。
そのためにシェアリングエコノミーは最適なツールとなり得るし、物を捨てることは、大いに役立つ。
マインドシェアがひとつのものに占められていると、必ず不自由をうむのだ。
お金、結婚、人間関係、過去の思い出、、、それらのものは、執着というブレーキになって、ポジティブな行動を妨げるだろう。
シェアリングの考え方は、昨今の人々に蔓延している。ゼロリスク症候群の軽減にも役立つと思う。
例えば原発再稼働や子宮頚がんワクチンの反対意見。ゼロリスクが絶対!と言う声は思いの外大きい。
人生においても、リスクがゼロにならないと挑戦できない。と言って、何にも行動しない人は、まだ多い。
はっきり言うが、この世界、リスクがゼロのものなんてあるわけがない。
それこそがゼロ。
ゼロリスクを証明しろというのは、理論上では完全に破綻していて悪魔の証明に他ならない。
ただ、リスクはゼロにはできないが、分散と共有によって軽減することは可能だ。
こだわりを捨てて、リスクを他人と分け合う図々しさを持っていいのだ。
必ず誰かがあなたを助けてくれる。
行動した人には、必ず手を差し伸べてくれるのだ。
裁判の後に、本当に多くのものを失ったが、そのかわり多くの新しい価値観に囲まれて、今楽しく暮らしている僕がいうのだから、間違いない。
捨てるべきものについて、主に語ってきた。ここからは逆に、捨ててはいけなああものをいくつか論じていこう。
まず、繰り返し述べた時間だ。
ぼんやりしているだけで過ぎ去り、死へのゴールが、着実に近づいていく。
無為に時間を過ごすことは、最も愚かしいポイ捨て作業だわ、
時間は取り戻せない。
誰かに特別に多く振り分けられてもいない。
公平で容赦なく全ての人に与えられた有限の資源だ。
時間とはすなわち命である。
どのように時間を使うか?という意識に、全神経を傾けて欲しい。迷ったら時間の早い方を選ぶ。これが鉄則だ。
もうひとつ、僕が決して捨てられないものは好奇心だ。少しでも前に進みたい、現状を変えたい、やりたいことを始めたい、と本気で思うこと。そうすれば必ず好奇心は立ち上がり、大胆な行動力へとつながっていくはずだ。好奇心がなくて困っているという人がいたら、何をやりたいのか、自分にとって本当に大切な目的が整えられていないのだ。
宇宙開発は未来に夢を持つ仕事だ。知恵や経験をシェアして、多くの人と力を合わせて成功へ導けば良いと思う。
僕は僕自身のコピーをたくさん欲しいと本気で思ってる。誰かが堀江貴文的なものを進化させて僕の想像をかなえ、さらに凌駕する未来を想像してくれれば、ちょっと嬉しい。
ものは結局個体の入れ物だ。
拡散も継承もできない。
そして、ものはいつかかならず尽きる。やりたいことをいつまでも残し、耐用度を上げて継承していくには、ミームがあればいい。
ものが捨てられないのは、欲しいモノが明確ではないからだ。
大して欲しくないものに囲まれていることで、欲しいものをわかっていない自分の不充足感から逃げている。モノをたくさん持ち、偽物の安心を得ている。
僕は、人間関係は、意外とかさばらないと思っている。
人間関係に質量があるわけではない。なんとなく維持するだけならばスペースは取られない。もちろん、時間泥棒のような真似をしてくる鬱陶しいつながりはさっさと切って仕舞えばいいと思うが、一昔前と違って格段にケアは楽になった。
本当に面倒ならブロックすればいいだけだし、いちいち切るのもめんどくさいなら、つながり程度はいくはでも持っていていい。
こいつは自分のものだ!という所有。
こいつがなければ自分は生きていけない!あるいは自分がいなければこいつは生きていけないという依存。
そしてこいつが自分のもとから離れるのが許せない!という執着。
99%の確率で勘違いしているだけの、こんな人間関係における3つの思い込みさえ捨てられれば、気楽にゆるーくつながっておいて、それがきっかけで、不意の縁が得られることもある、ら
ある意味、僕が宇宙開発で捨てたのは、技術者としての個人的なこだわりだ。
他にも事業を進めていくために、捨てたことはたくさんある。
でも最後に、絶対に捨ててはいけないモノが残った。
言葉にするのは難しいけど、打ち上げ実験を成功させた今、あのときのなすびさんチョッキを取り戻せたような気持ちになっている。
僕は決して、特別な能力の人間でもないし、モノにとらわれなかった賢者でもない。
ただ、やりたいことに没頭する年月を重ねるうち、たまたまナスビさんチョッキを取り戻す幸運を得られただけだと思っている。 -
Posted by ブクログ
①夢や可能性を掲げて、ハッタリをかまして、努力して帳尻を合わせる。
製品・サービスの機能による差別化が難しい昨今、共感を得て応援してもらうことで生き残ることができる。
ハッタリを着地させるための努力や紆余曲折を臆することなく晒すことでファンがつく。
②周りの目を気にしていては、魅力的なハッタリなど出てこない。
批判されても、叩かれても、出来ると言い切る覚悟とひたすら努力をし続ける根気強さが必要。
①はハッタリをかますことでのメリット、②はハッタリをかますために必要なマインドについて、本書に記載があったこと。
どちらも正論でその通りだと思う。
しかし、特に②の周りの目や批判を気にしないメンタリティが持ち合わせていない。
根拠のない自信がないということなんだろうけど、覚悟を決めて、腹を括って何かに取り組んでみるといいのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
ホリエモンさんの事業について具体例がわかる一冊。今まで色々ホリエモンさんの本は読んできましたが、「小麦の奴隷」の成功エピソードはまだ読んでいなかったので、新鮮な気持ちでわたしは読めました。ビジネスの本では「事業計画」が重要と書いてありますが、ホリエモンさんが大切にしているのは「世界観」。要は他の人より稼ぐには視点や考え方が少し違う。そんなことを感じました。
●パン屋の改革
パン屋といえば、朝早くから厨房には電気がついていて「仕込み」をやっているイメージがあります。ジャ●おじさんだってしょっちゅうパン生地こねてますもんね。それをしないパン屋を作れるとは!そうすることで得られるメリットの多さ!!それに着目したホリエモンさんの経験エピソード!とにかく驚かされました。
●レッドオーシャンが視点を変えるとブルーオーシャンになる
レッドオーシャンとは競争相手が市場に非常に多いため状態をさす言葉です。飲食店はまちなかを見渡すとたくさんあるのでレッドオーシャンに見えます。しかし、ホリエモンさんの視点では飲食店もブルーオーシャン(レッドオーシャンの対義語)にできる。それではじめたのが「WAGYUMAFIA」などの飲食店事業。また、世の中にはホリエモンさん以外にも、色々な方法で個性を輝かせている飲食店があり(やり方に好みはありますが)この粘り強さみたいなものは会社員にはなく、考えさせられました。
●「おわりに」が少し毛色が違う。
ビジネスの話をしてきて、自殺防止?と驚きました。それだけ身近な問題として捉えているのかな?事業で有名になることは誹謗中傷と隣り合わせなのかもしれない。と書いてありませんが想像させられました。「生き残ったものが勝ち」というマインドからかもしれません。軽いうつが一番自殺に近く、周りの人しか気がついてあげられないこともあるそう。表情がなくなる、眠れないなどの症状に注意です。