いとうせいこうのレビュー一覧
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購入済み
いとうせいこうによる「国境なき医師団」のルポルタージュ第2弾。比較的安全だった第1弾とは異なり、今回は素人が取材できる中ではおそらく最前線のガザを訪れる。そこは日々イスラエル軍の銃撃をうけた若者たちが運び込まれる野戦病院であり、リハビリテーションセンターであった。身体的にも精神的にも元には戻らない傷を負った人々は、それでも笑顔で取材に応えることで、そしていとう氏はそれを飾らない真摯な言葉で伝えることで、この世界の不当と人間の力を訴える。どんな政治的背景があろうとも、武器を持たない人々を一方的に傷つける「正義」は存在しないのだ。
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夢七日
小説や音楽など、いとうせいこう氏の活動を追いかけているけれど、ここまで私小説的にご自身のプライベートな部分を曝け出している作品は非常に珍しいと思った。
夢の話として、執筆当時の社会情勢やおそらく著者が実際に体験したであろうことが何層にも重なってたくさん描かれている。
特に不妊治療のお話は、著者のお子さんの誕生のニュースが読んでいる時期と重なったので、すごくリアルに感じた。奥様へのラブレターのようにも思えました。
夜を昼の國
歌舞伎や人形浄瑠璃のお話として有名なお染久松の心中話をSNS全盛期の現代に置き換えて描くという大胆な発想の物語。
こんな表現の仕方があったのかー!
関西弁の文体で -
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ずっと馬鹿にしながら、しかし何となくリスペクトしていた、仏像を見る二人。単行本が出たのが93年だから、27年前の記述を読む。興福寺、法隆寺、立石寺などなど。
小学生の時に仏像をスクラップブックにしていたみうらじゅんの天才。
「私はみうらさんの正直さに嫉妬していた。彼はいつでも現在に生きていて、瞬間瞬間に集中することが出来る。観念に逃げ込むことなく、事実を感じとることが出来る」
というようないとうせいこうの言葉による描写とみうらじゅんのイラストで二人の仏像を見る旅を知る。面白かった。ただ寺に行って何となく仏像を見たような気になっていたけれど、それだと単に行っただけであって、何も感じた事には -
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「仏像は ピースな人の 味方でしょ」
「釈迦も仏像見たかったろうね。見たら驚いたと思うよ。これ、俺かよ?って」
いとうせいこう と みうらじゅん の仏友(ブツユウ)による仏浴(仏を浴びる)の旅の記録。
小学校の時から仏像ノートを作っていたくらいに仏像好きの みうらじゅん が絵を描き、いとううせいこう が文章を書いて仏像から色々考えを巡らせている。
二人の仏像を見ての思考は自由自在。
物を見て何かを考える、違う方から見てみる、当時の人の気持ちになって考えてみる。
そのため仏像そのものの作りから、寺と観光の歴史、仏像の大きさによる感じ方の違い、仏像を伝来か由来かで分けてみたり、仏像に本気で恋 -
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ネタバレ2017年刊。生誕150年企画。積読本でした。
『こころ』は他の本でもいろいろ読んだので、あまり目新しさはかんじなかったです。
『三四郎』は面白かった!
『草枕』タイプの小説で絵画を理想とした、物語ではなくシーンが推移していく小説だというのは知りませんでした。
『草枕』は何度も書店で買おうかと迷って「でも、これ漢字が多すぎて、絶対眠くなりそう(恥)」と躊躇していましたが、漱石が本気を出した小説「これが小説というものだぜというはっきりした信念を見せている」というくだりを読んで、ちょっとがんばって読んでみようかと思いなおしました。まあ読めるかどうかまずは買って手元に置いてみようかな。と思いまし -
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能も狂言も人形浄瑠璃も見たことないので、
実際にどのような”動き”をするのかは全く想像するしかないのですが。
後書きでは「舞台での人形は本当に死ぬ。首が飛ぶ、崖から落ちればそのまま動かなくなる」とありそれを想像しながら読むと心に迫ります。
【「能・狂言」新訳:岡田利規】
能「松風」
磯に立つ一本の松の木。
行平中納言の一時の寵愛を受けた二人の女の情念。
能「卒塔婆小町」
若き日は美しかった。
その昔戯れに扱った男の怨念が憑り付いて、
いまでは卑しく年を取った。
能「邯鄲」
”邯鄲の夢”の能舞台化。
狂言「金津(かなづ)」
「はい、こうして登場したのが誰かと言いますと、金津と -
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いとうせいこうと奥泉光が、漱石の小説について、ライブで語り合う。
10年以上前から、この2人で、文芸漫談という形式で色々な文学作品を、鋭く、面白おかしく語っているとのこと。
今まで全く知らなかった。もっと早く知っていれば、もっと人生楽しくなったのに。
とにかく2人の文学作品への造詣の深さ、感覚の鋭さに感嘆。それでいて、アプローチの仕方がエンターテイメントで、笑える部分も多い。
作品をボケとして扱い、突っ込み(ここが文芸批評)を入れる形式で、愛をもって笑いに昇華しつつ作品に切り込んでいく。
あまり、漱石を偉人として扱わず、等身大の人間として、扱っているところも素晴らしい。
紹介されている -