『想像ラジオ』で「語りすぎた」作者が、聞き手として福島の人の話を聴いて。
いとうせいこうさんが東日本大震災後の福島を訪れ、その地で生きる人々に話を聴き、まとめた本。
いとうさんは話の聞き手であるが、本の中では一切存在を消している。例えば、どのような質問をしたのか、相槌をしたのかなど、あとがきを除
...続きを読むけばいとうさんの言葉は一切載っていない。
そのためだろうか、話し手の話はいとうさんに語られているはずなのに、読者にダイレクトに語りかけくるようである。話を読んでいるのに「聴いている」とは変な話だけれど、話し手が紡いでいく話は、インタビューとして読むよりも身に迫るように私に近づいてきた。
また、本書の特徴として、話し手の情報は事前に載せられていない。例えば、年齢や性別、職業など。語られていく話の中の情報から「ああ、この人は農家なんだ」とか「女性なんだ」と知っていくことになる。
そうするとなぜなのか、薄ぼんやりとした影のような姿をしていた語り手が、話を「聴いていく」につれて徐々に輪郭ができ、人間の形になっていくように感じた。そして見えるはずもない表情や佇まい、顔に刻まれた皺までも想像していた。これは不思議な体験だった。
あとがきに書いているが、いとうさんは精神科医で彼の主治医の星野概念さんに診療をしてもらっている中で、「傾聴」とは何かを体験的に学び、それが福島の人の話を聴くことにもつながったとある。(2人のやり取りは『ラブという薬』『自由というサプリ』という本にまとめられている)
私自身、2018年11月に青山ブックセンター本店で行われた『ラブという薬』のトークイベントに観客として参加していた。
その場でいとうさんが「今、福島に行って、寄り合いに参加して福島の人の話を聴いている。東日本大震災で福島にいた人。震災後も福島に住んでいる人。震災後、県外に避難したけれど、再び福島に戻ってきた人の話を。」ということをおっしゃていた。
その時にお話されていた活動が、こうして一冊の本としてまとまっていることに感動している。
『想像ラジオ』を書き、「語りすぎていた」といとうさんはおっしゃっている。そして、今はその分聞き手をしているのだと。
傾聴を重ねる外の存在であるいとうさんだから聞こえる話があると思う。そんな話をまとめた本をまた読みたい。
以下、備忘録として話し手の情報の記載。※未読の人は、前情報がない状態で読むことをオススメします。
WITH COWS
女性。福島の大熊で、牛の牧場を営む農家。福島の地で牛を育てる可能性を調査をしながら探す方。
THE MOTHERS
3人のお母さん。それぞれ子どもがいる。福島で震災を体験し、県外に避難し、再び福島に戻ってきた。
RADIO ACTIVITY
女性。富岡市民の避難先、郡山市の「ビックパレット」で富岡市民向けのコミュニティFMを開設し、ラジオパーソナリティも務めた方。
a flower
女性。宮城の気仙沼出身の介護福祉士。震災で父親を亡くした。そのときの話を『白い花弁』として「みちのく会談コンテスト」に投稿。最優秀賞を受賞。
A LIFE OF A LADY
老いた女性。福島の川内村出身。川内村で自動車会社の社長になり、その後『蕎麦の里づくり』に関わったり、村会議員になったりしている人。若いときから今に至るまでバリバリのビジネスウーマン。
a farmer
女性。福島の浪江町で有機農業を営む農家。
THE LAST PLACE
老いた女性。福島の浪江町出身。仮設を転々と移り住む。
a dancer
60代半ばの女性。日本舞踊を子どもたちに教える。震災後に日本舞踊のイベントを開催するために文化庁を巻き込もうと奔走したり、被災地支援の「おかやまバトン」を利用したり、それを真似た「ふくしまバトン」を子どもたちと行ったりした。