いとうせいこうのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
もし、戦争が絶えず末法かと思わされる今の世界に諦念を抱いている人がいたら、読んで欲しい。
うわべだけではない誠実な文章から、人道を守ろうと諦めず活動する国境なき医師団の一人ひとりをリアルに感じ、その不屈の精神は、大げさでなく人類の希望だと感じた。
今この瞬間も非人道的な恐怖の中にいる人たちがいる。そんな酷い世界に対し、自分はどこかで諦めていたことにも気付かされ、反省させられた。
「良心というものが単純な善意だけで生まれ育たないのは確かで、それは何度も傷つけられ疑われて強くなる」というフレーズが響いた。
良心とは、善とは、悩みつつも出来ることをやり続ける姿に、普遍的な強いメッセージを感じた。
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Posted by ブクログ
ネタバレ能はよくわからないと思っていた。
NHK教育で放送しているのを見たことはあったと思うけれども、当時は「ゆっくりとした歌と舞」という程度にしか受け取れず、チャンネルを変えていた。まず最初に能に興味を持ったのは、オードリー若林さんが世阿弥の能楽論『風姿花伝』をウッチャンナンチャンの南原清隆さんに勧められて読んだという話を聞いたところからだったと思う。『風姿花伝』はパラパラとめくっただけで、積ん読になっている。次は、いとうせいこうさんが能を現代語に訳し、それをさらに英語に訳す連載が『新潮』でされていると知ったときだった。その書籍化がこの本である。
能を「読むもの」「文学」として楽しむ、とは考えたことがなかったのだが、この本で実際に読んでみると物語としてかなり好みだった。特にシテ自身が囚われている無念さや妄執を語る内容の『忠度』『善知鳥』『藤戸』『山姥』が記憶に残った。
原文、日本語訳を読み、英語訳については原文・日本語訳でお気に入りの箇所を探して部分的に読んだ。
『忠度』では、シテである忠度の和歌に対する深い愛情や、念願叶って自身の歌が千載集に掲載されたが、朝敵であるため「詠み人知らず」とされていることへの嘆きと執心について、なんだかたくさんすくい上げる感情がある。そして『行き暮れて 木の下陰を宿とせば 花や今宵の主ならまし』という句がとても美しい。物語の最後で部分的に引かれて、結句の部分が『花こそ主なりけれ』と変形しているのだが、桜の木の根元に忠度が眠っていることを受けて『花こそ主、それが私である』という現代語訳になっていて、泣いた。
『善知鳥』と『藤戸』のシテが、共通して「痩男の面」を着用することが、いとうせいこうさんの師匠である安田登さんから指摘されたという話が興味深い。どちらも亡くなったあとも苦しむ亡霊がシテであり、それを訴えながらワキの前から消えていく無念さがせつない。特に『善知鳥』 の最後は壮絶。『安き隙なき身の苦しみを、助けて賜べや御僧、助けて賜べや御僧と、言うかと思へば失せにけり。』
『山姥』は前半の沸々と湯が煮えていくような盛り上がりと、後シテになってからの全部がいい。山姥が語る禅の哲学も魅力的なのだが、山姥に一段と気持ちが乗っかるのは、鬼として社会の周縁に追いやられ表層的なイメージだけで語られることを恨む「自意識」と、本来の姿や行いを認めてもらい世に広めてほしいという「承認欲求」、このふたつの「妄執」を自ら認識し苦しんでいることに共鳴してしまうからなのでは……と考えている。「都に帰りて、世語(よがたり)にせさせ給へと、思ふはなほも妄執か(p213)」。読んでいて少し苦しくなる。
あと、『海人』のコメントにあった『鬼や天狗のような怪物、神体といった人間以外の異類を扱う五番目物は、「恐怖」というより「オー(awe)」、「畏敬」に軸を置く』(意訳)という解釈に心を惹かれた。「畏敬の念」という言葉には宗教性を感じているので、五番目物でなにか読みたいものを探してみようと思った。
巻末の鼎談・対談を先に読むと、より原文の情緒のような部分を感じ取ることができそうな気がする。柴田元幸さんを交えた鼎談は新潮に掲載されたものを読んでいたけど、後半のゴスペラーズ酒井さんといとうせいこうさんの対談もすごくよかった。意味が圧縮されている掛詞について、欧米のラップでは分けて重ねて韻を踏むが、掛詞はそれを一回で済ませる。一文の中で読み取る快楽を選択している、言葉が供え物になっている。掛詞の韻によって景色がフェイドイン・フェイドアウトしながら変化していく絵巻物のようなイメージ。地謡、シテ、ワキが入り交じり、それが誰の発言なのか明確にすることを必要とせず、互いが溶け合って大筋を運んでいく、安田登さんが「共話」と言う構造……など。
今は「古典芸能でないと摂取できない栄養分」について考えている。明確に「こういうことです」とは書いていないけど、古典が持つ土着的な文化や慣習の表現を、「時代の断絶を超えて、あるいは含めて楽しむ」ときに起こる感情の動きのようなところを言っているのかな。
能の舞台を見に行きたいと思いつつ、結局まだ行っていない。月イチで放送されるEテレの『古典芸能への招待』や毎週木曜日の『FM能楽堂』など、能に触れる機会はゼロではないのだが、やっぱりこの本に収録されている演目から入りたいと思っている。あと、漫画『シテの花』も能への興味の一因であることは残しておきたい。 -
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観葉植物を私もルーマー笑 している身としては
これは読みたい!と思って手に取った本。
いとうせいこうって、なんか隙がないし小綺麗でなーんか近寄りがたいなという
私の中のでの偏見があったけど、読み進めたら全くそんなことなかった。
むしろ「ああーわかる!うちと一緒!!」とか「数増えますよねぇ、うんうん」みたいに
謎にめちゃくちゃ親近感が湧いた。
我が家も真っ最中のマンションの大規模修繕工事の話とか
あと、ちょっとだけ野菜の栽培してみたり
季節によってあっちへこっちへ移動したり
今まで幾度となく沢山の植物を枯らしてきたり、それでも育て続けたり。
本当すごく手間だし何も育てない方がもちろん楽なのは分かっているけど
それでも私は育てていきたい。 -
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ここ数年のうちに、ベランダ園芸家=ベランダーから、室内園芸家=ルーマーになったいとうさんの、植物にまつわる成功と失敗と苦悩と失敗と苦悩と失敗と苦悩(とときどき原発問題や気候変動)のはなし。家のなか密林化計画に思いを馳せ、つる性植物を壁じゅうに這わせようと画策し、多肉植物の寄せ植えがうまくいかずに「ダメな人間だ」と己を卑下し、本物のようなうそグリ(フェイクグリーン)にバグを起こして奇行に走り、植物の名前に混乱し、胡蝶蘭を自分で自分に贈り、死んだと思って打ち捨てた植物が蘇生したことに自然の力強さを感じ、床に点々と落ちた黒い塊を見てあおむしの存在を確信して、人間にとっても植物にとっても生きていくことが過酷となりつつある地球の行く末を憂う。
とにかく全素人園芸家、とくに室内園芸家ルーマーにただちに読んでほしい一冊です。すべてのページに共感できると思うし、植物を増やしたくなると思います。わたしは増やしたくなってます。増やしてもいいんだなと思ってます。実際増やしました。ああ、頭上はまだまだ空いてるな、と思ってます。 -
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以前、文芸誌で本書か東北モノローグを読んだ記憶がある。
いま急に読みたくなったのは、震災があった日が近づいていたからか。
地震や津波、液状化、孤立地帯、SOSの文字、遺体安置所、当時の記憶は色濃く残っている。でも、今より知識の少なかった私は原発のことをあまり理解できていなかった。
放射性プルームが降ったこと、そのことを知らずに地域の方は生きるために外出していたこと、食物への影響など、本書を読んで衝撃を受けたことが何個もあった。あまりに無知だった。
永井玲衣さんの解説がまたとても良かった。
歴史的な出来事は教科書に載るけれど、それによって小さい出来事に纏められてしまうことがある。語り手がいるこの作品は、この忘れてはならない出来事を人間の温度を保って伝え続けてくれる。
単行本から文庫化するにあたり、掲載されなかった編があるらしい。その意味では単行本をお勧めするが、この解説は多くの人に読んでほしい。
次は東北モノローグを読もうと思う。 -
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楽しめました、ボリュームたっぷりデラックス版!
「三十三年後の約束」の件、JAF会報誌のみうらさんエッセイで知りました。行きたい!行こうと思ったのですが、既に仕事の予定が入っておりなくなく断念。
その当日、想像以上の盛り上がりで仕事を調整してでも行くべきだったと後悔しきり。
その残念さをこの本が埋めてくれました。
仏像には全く知識がないもののいとうさんの語り口とみうらさんのイラストで違和感なく受け入れられます。
そして、みうらさんの天然さが最高!それをうまく文章化できるいとうさんも!
上陸大師像、これは是非実物を見に行きたいと思っています~ -
Posted by ブクログ
前作の『国境なき医師団』に感銘を受けたので、こちらもすぐに購入しました。
こちらも「国境なき医師団(MSF)」で働いているスタッフ、その患者や派遣先の人々、そして取材スタッフの行動や思いが、そのパッションとともに丹念に描かれています。
特に印象に残った人物は、MSFに何度も調整して今は紛争地で活動している日本人のファーマシー・スタッフの方です。
一度や二度の挫折では折れず、ようやく夢をかなえてMSFに入った。そして、今の仕事に対し、自分が選んでここにいるという充実した思いしかないという。
こういう仕事を見つけ、実際に就くことができるのは幸せなのだろうと感じます。また、自分は今その仕事についているか、と自問するきっかけにもなりました。
また、読み物としても「わけのわからない巨大な悪意」「お父さん、なぜ爆撃されなきゃならないの?」「too motivatedより協調」「紛争国に暮らす者の、ごく普通の悲劇」など、読む人を引き付ける言葉に思わず魅かれてしまいます。
学生の頃にこの本に出合っていたら、もしかしたら私の今の人生も少し変わっていたかもしれない、そういう思わずにはいられない本でした。
日本では人道主義やそのための活動・団体(NPO)は一段下に見られてしまう、というのはその通りかと思います。ただ、私も行動したいと思いました。応募することを夢見つつ、今できることとしてお小遣いから些末な寄付をするのです。