橋本治のレビュー一覧
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ネタバレ妻子ある男が、ある日突然別の女のところに行って帰ってこなくなる。ほぼ同型のストーリーが、関係者ごとに主人公を変えて、輪を描くように綴られていく短編小説。どこかで現実にありそうな話で、どの人生の断片も壮絶で生々しかった。
すべての物語の背後では、世の中がバブルの熱で浮かされたようになり、しかる後崩壊を迎えて冷ややかに沈んでいく時代が静かな旋律のように流れていて、読後に全体を思い返せば、その旋律は、諸悪の根源となった男の満たされぬ空虚感とも、その男に振り回された登場人物たちの人生とも微妙に重なるように感じられた。
「男の身勝手いいかげんにしろ」という胸のムカつきを随分長いこと引きずれるほどの小説はそうない。装丁買いによって、普段踏み入れない世界に迷い込んだ貴重な読書体験となった。 -
Posted by ブクログ
非常に読みやすくて、文体が柔らかく丁寧で、
かゆいところに手が届くような内容の本でした。
「ちゃんと話すための敬語の本」というタイトルですが、
本文中に書かれているとおり、
「正しい敬語の使い方を教える本」ではなくて、
「みなさんでそれぞれ、正しい敬語の使い方を考えてください」という本です。
そうやって、敬語の使い方を考えるための、
言葉というものや尊敬の気持ちや、敬語がうまれた背景としての
身分というものについての説明をしてくれています。
つまりは、「敬語を実践するための準備を整えてくれる本」なのでした。
面白い本だなぁと読んでいたら、最後の方に、読者の対象を10代の初めにした、
なんて書かれていました。そのくらいがちょうどいいのよね…。
そうなんですよねぇ、小学校の高学年にでもなれば、
それまではなんともなかった場面が、敬語を使う場面に変化したりする。
敬語使用の荒波に放り出されてしまうにしては、敬語というものの知識や背景、
そしてそれを要求してくる社会というものに対する知見が足りない。
きっと、著者の橋本治さんは、「それじゃ、フェアじゃないじゃないか」と
考えられて、この本を書いてくれたのかもしれないですね。
この本が説く、敬語のあり方のカギは、他人との距離にありました。
距離によって、言葉の使い方は変えるものなんだっていう姿勢で
説明されています。
ただ、やはり、世の中はこの本のとおりの、
「距離感だけで言葉を使い分ける社会」ではありません。
本文中にも書かれてはいますが、社会による人のランク付けというものを、
今でも信じて疑わない人たちは山ほどいるでしょう。
そして、そういう社会通念みたいなものって、
すごく堅い壁のようなものだったりしますね。
個人の力では打ち破れなかったりする。
そこを、こういう本が、読む人の共感を呼び、静かに波紋を広げて、
その波の力によって壁を共振させて崩していくことになることもあるでしょう。
僕はそういうのを見てみたい人です。
敬語の技術に関しては、他の本で勉強するのが良いです。
尊敬の敬語、謙譲の敬語、丁寧の敬語、それぞれの種類については
この本では勉強できません。
ただ、かえすがえす書きますが、敬語を使う一人の人としての、
足元を固めてくれる本ではあります。
スタートラインに立たせてくれる本です。
よーいどんで走り出す時に、適切なスタートの姿勢を教えてくれる本です。
そういう意味で、とても価値のある本だと思いました。
全127Pと、ちょっと薄めの本ではありますが、内容が薄いことはありません。
著者が対象とした小学校高学年の人はいざ知らず、
中学生でも大学生でも、大人でもおじいちゃんでも、いつ読み始めても遅くはないです。
敬語というものはなんなんだろうと一度でも感じたことのある人、
他人との言葉の使い方に息苦しさを一度でも感じたことのある人は、
手に取ってみるといいでしょう。 -
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日本最古の書物として公式に認められているのがこの古事記です。
これは全部で3部に分かれており、上巻には<神の物語>が、中巻には<神と人の物語>が、そして下巻には<人の物語>が書かれています。天地開闢に始まるこの書物には推古天皇までの歴史的物語が記録されています。
この本は上巻のみで、黄泉の国や八俣の大蛇、因幡の白兎などはどれも小さい頃に絵本などで読んだことのある話でした。確かに考えてみればそれらは古えの日本の神様の話だったけれど、難しいと思って読もうとしなかった古事記がそんなに身近にあったものだったなんて。
新しい発見としては、八俣の大蛇と因幡の白兎の話などの主人公(オオクニヌシノミコト)が同じで繋がりのある物語だったことや、ギリシア神話や中国の神話に相似している点が多くあったことなどです。
それにしても神様の名前が長すぎです。例えば農耕の神様、天津日子波限武鵜葺草葺不合命(アマツヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコト)とか、そんな神様がいっぱいです。何度読んでも名前覚えられそうにないです。そういえば、この編訳をされた橋本治さんは枕草子を現代の女子高生の口語体で編訳して話題を呼んだ方ですよね。いつかそちらも読んでみたいです。 -
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ネタバレ[ 内容 ]
もはや読書と出版の復権はありえないのか。
「思想性ゼロの国」日本でいま起きている日本人の魂のドラマを描き、「本を読む」人間をここに取り戻すための方法を深く考察した、硬骨の力作。
[ 目次 ]
第1章 この不況はどのような不況なのか?(解決は困難だが、解明はそう困難ではない大不況;この大不況はどのように収束されるのか?)
第2章 人類の折り返し点(黒船にやって来られた国の考え方;経済は永遠に発展しうるのか?;歴史はもう停止しているかもしれない;日本と世界の不思議な関係)
終章 「本を読む」ということ(役に立たない「本書のまとめ」;「本を読む」ということ)
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
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行き詰った「現在」を考えるためには、過去の出来事を見直す必要がある。また、何かを読むという行為は、どうしたって「ではこれからどうすればいいよいか」という思考を揚棄することになる。したがって、本を読まなければならないのである。僕自身も、もうどうしようもなくどうしようもなくて、読まずにはいられないのだ。人が恋に落ちるように。あるいはニトリ君が女装をするように。高月君が男装をするように・・・・・。読むことは、とりもなおさず、そこに書かれていない何かを読むということである。俗にいう行間をよむことが必要とされている。何を考えるべきかを考えなければとてもじゃないが解決できないほどの問題が山積してるからである。
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「生きる歓び」橋本治
”ほのかな感動”短編集。竹色。
普通の人たちの、日常生活を切り取ってきた、何とはない物語が収められています。自分と自分を取り巻く環境に、なんだかちょっと立ち止まって考えてしまった人々の物語。
いろんな人がいて、いろんな考えをもって、いろんな人生を生きている。そんなことが読んでいるとしみじみと染み渡ってくる作品でした。
パッと見たかんじ、宗教系の雰囲気を感じてしまうようなタイトルですが、決してそんなことはないのでご安心を。
際立ってドラマティックなストーリーがあるというわけでは決してないのに、フィクションとしてゆったりと読ませられる作品。
巧い・・・っ!の一言です。
星5つのおすすめ度は決してつけませんが、こういう作品に出会えるのが散発読書の楽しみなんだよな、と思います。
ps. レビューを載せようと思ったら、同名の書籍がたくさんあっておどろきました笑 (3) -
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
人はなぜ、「美しい」ということがわかるのだろうか?
自然を見て、人の立ち居振舞いを見て、それをなぜ「美しい」と感じるのだろうか?
脳科学、発達心理学、美術史学など各種の学問的アプローチはさまざまに試みられるであろう。
だが、もっと単純に、人として生きる生活レベルから「審美学」に斬り込むことはできないだろうか?
源氏物語はじめ多くの日本の古典文学に、また日本美術に造詣の深い、活字の鉄人による「美」をめぐる人生論。
[ 目次 ]
第1章 「美しい」が分かる人、分からない人(「美しい」が分からない人;「美しい=合理的」という発見 ほか)
第2章 なにが「美しい」か(なぜ私の話は分かりにくいか;「カッコいい」の意味するところ ほか)
第3章 背景としての物語(嵐の雲を「美しい」と思った時;台風を「美しい」と思ってしまう人間の立つポジション ほか)
第4章 それを実感させる力(不思議な体験;だったら人生はつまらないじゃないか ほか)
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
たいていの人に「苦手な彼女」がいるという。
いったいそれはどういうことなのだろうか?
七〇年代の高度成長期にウーマンリブ運動が起き、時を同じくして消費者運動が登場した。
八五年には男女雇用機会均等法が成立し、その年、内需拡大のために個人消費が推進された。
その後の好景気とバブルの崩壊、平成不況…。
この四十年の間に、日本の男女関係がたどってきた変遷を、ときに女帝の時代にまで溯って深く考察する。
[ 目次 ]
第1章 そうして「女」は厄介になった(「女性差別」というもののややこしさについて 「女の問題」はたやすく四分五裂する どうして女は変われたのか)
第2章 性的ではない「女性論」(女と「消費者」 主婦の没落 女と労働運動)
第3章 「自分がない男」と「自分しかない女」(「自立した女」に関するかなりへんてこりんな考察 「自分がある」というのは、たいしたことなのか? 「男社会」の発見)
終章 豊かな社会が傾いて―(「結婚」が成立しにくい現状について 「家」という単位について もうそんな考え方はやめた方がいい)
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
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☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
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☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
敬語の機能について、十代の読者を想定して書かれた本。敬語には人と人の間にある「距離」を意識させる機能があり、どのような場面でどのようにに敬語を使えば適切なのかということについて考えさせる本。敬語の使い方に関するハウツー本ではない。
敬語とは敬意を表すためのことばである、という単純な考え方ではなく、敬語とは話し相手との距離を意識するために使う日本語の豊かな表現の1つであるという考え方を紹介している。ポライトネスの考え方に通じると思った。日本に「えらい人」と「えらくない人」の階級差が出てきた結果、「えらい人」たちの間で特別で複雑な表現が使われ始めたということや、関西方言の「自分」=相手という二人称表現の考察など、興味深い。別に十代の読者ではなくても十分に考えさせられる面白い本だと思った。(10/08/27)