津村記久子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ## 感想
私は今の仕事を14年続けていて、この本の主人公と同じ年齢と経歴だ。
そんな主人公が仕事で燃え尽き、様々な仕事を転々とし、不思議な体験をしつつも、「仕事」対して色々考えていく話。
「こんな仕事あるの?」というニッチな仕事と、ちょっと不思議な体験。
そして最後の結末に至るまでに、ちょっとずつ過去の仕事のことが出てくる感じ。
淡々とした主人公で、仕事や同僚に対して冷ややかな目を向けたり、変なところで仕事に熱意を傾けたりしていて、面白い。
同じ仕事を長く続けてきて、結局どの仕事でも合う合わないはあるし、人によって感じ方は様々だということを実感してきた。
なんなら今でもそう。
私は新しい仕事をするのが好きだし、自分のやりたいことをどうにか叶えたいと、なんとかそんな部署に身を置いて仕事をしている。
やりがいはあるが、無力感や苛立ちを覚えることもあり、最後の仕事で主人公と会話をする菅井という人物の言う、「喜びが大きい分、無力感や疲労感も大きい」というのは納得できる。
この本の主人公は「透明な仕事」と言っていた。
言われたことだけやるというような、考えず、人と交わらず、責任は小さく、いてもいなくてもいいような感じのことを言うんだろうと思ったが、そういうことに身を置いて現実逃避したい、というのは分かる気がする。
普段そうではないからこそそう思うのかもしれない。
結局、どんな仕事でも良い面も悪い面もあって、合うか合わないかは人次第だ。
だから最後に主人公が思うように、「ただ祈り、全力を尽くす」ことが、仕事で実りある時間を過ごすヒントなのかもしれない。
置かれた場所で咲く努力が必要だが、咲かないと分かったら、そそくさと場所を変えることも同じくらい大切だ。
## メモ
### 履き古した靴の裏のような表情
> そんなつらい思いを抱えた夜にも、もちろん朝は来て、前職の末期の出社時と同じように、履き古した靴の裏のような表情で、私は実家の前の道路を渡り、監視の仕事に戻った。家と職場が離れすぎているのはもちろん良くないことだが、近すぎるのも良くないと思う。寝起きのどんよりした感じが、まったく抜けきらないまま出社することになってしまう。今の仕事は、朝の十時に出勤と始業が少し遅いのだが、帰るのが夜の十一時を過ぎていたら、その遅さには何の価値もなくなる。(p26)
>
### 透明に近い仕事
> 電線の上で鳴いているすずめを数える仕事とか、交差点を何台赤い車が横切ったかを調べるとか。それを言い足してしまうとあまりにふざけている感じがしたので、私は口をつぐんだが、半は本気だった。もはや、仕事と見做されるかどうかはあいまいなような、透明に近い仕事が良い。突然、何かを持て余した上品な老婦人が現れて、お疲れなのね、頼りにしてるわね、なんて言われない仕事。それでやっぱり、一人でできる仕事。いや、そこから出なければいけないことは重々わかっているのだが、とにかく、今のところは。(p191)
>
### 弱さに居座る
> 私が助けて欲しい時はな、誰かの中に弱さを作り出してそこに居座ろうっていう人間じゃなくて、「申し訳ないけど助けて欲しい」ってはなっから言頼している人か専門家に言うよ坊や。(p217)
>
### 話を聞くと受け取る
> 「話を聞く」と「話を受け取る」の間には、かくも大きな溝が横たわっている(p222)
>
### さびしくない人はいない
> いや、さびしくない人はいないんだ、それをそういうものだと思えるかどうかだ、と。みんながみんなさびしいとして、そのさびしさを誰とのどの深さの関わりで埋めるか、もしくは埋めないのかは、本人の自由なのだ。(p239)
>
### どんな仕事でも
> またそれを受け入れる日が来たのだろう。どんな穴が待ちかまえているかはあずかり知れないけれども、だいたい何をしていたって、何が起こるかなんてわからないってことについては、短い期間に五つも仕事を転々としてよくわかった。ただ祈り、全力を尽くすだけだ。どうかうまくいきますように。(p347)
> -
Posted by ブクログ
次は何を読もうかと、積読本たちをあれでもないこれでもないと10数ページ読んでは辞めてを繰り返して、壮大な長編小説も重い話も読む元気がないな、なんか気楽なのがいいな、と手に取った。
1話読んで、これだわ、ってなった。
全く劇的な事は起こらなくて、明るいわけでもないただ日常の生活を切り取ったようなゆるい空気感で、それでいてユーモアで心をほぐしてくれるような話たち。温かい梅昆布茶でも飲んでいるような感じで癒される。
8話あってそれぞれ20~50ページ弱なので読みやすい。
どれも良いけど特に好きだったのは以下3話
・レコーダー定置網漁
仕事で、SNSだとか膨大な量の情報に触れて疲れきってしまった女性が、2週間のリフレッシュ休暇中に、たまたま録画されたテレビ番組たちを見ながら、本当に少しずつ、回復していく様子を描いた話。
クイズ番組の「六歳の男性」って言い方でなんかふふっとして、靴下の毛玉取りのゆるさが良い。
週刊ムーンTV自分も見たい。
あとフライパン焼き鳥食べたい。
・粗食インスタグラム
読んでると落ち着く。
主人公がsad desk lunchを見て落ち着いているのと同じような感覚で、この話を読んでると落ち着く。
・イン・ザ・シティ
関係性がすごく良い。
サッパリしてて、でもちゃんと心があって。
青春。キヨもアサも加藤も、みんな幸せに生きていけますように。
この話たちは、活力みたいなものがないときでも寄り添ってくれる感じがする。元気づけてくれるじゃなくて、寄り添ってくれる。
ちょっとだけ前向きになれるみたいな、安心できるような本だった。
好き。
いつかまた読むかも。 -
Posted by ブクログ
津村記久子さんが対談しているということで手に取ったけど、小説と対談ではまた違うのか、意外と深澤真紀さんの言葉でバシッと決まって響く言葉が多かった。編集者のコピーライター的能力?
津村さんの仕事の様子が読めたのも面白かった。
ただ2人とも全然ダメではない、と本を読んだ限りでは思った。求めるところが高くて、自分たちをダメだと思ってるのか?自分を自分でダメだと思える時点で、ダメじゃないということかも。
以下、心に残った箇所。
・(深澤)男性が仕事で長持ちするのは「いつまでも少年でいることを許されているから」
・(深澤)サブカル男グループって、「中二病」とか「DT(童貞)」とか言って、「男は幼稚である」「でもそこがいい」「女は現実的でつまらない」というメッセージを発信し続けている。でも「中二病」も「DT」も女子もかかる病気でもあるんですよね。
・(深澤)「賢く見られる」っていうことのいちばん手っ取り早い方法がなんかに文句言うことなんですよ。
・(津村)子供を産む年齢と仕事を覚えてく年齢をがっつりぶつけて、少子化少子化って何言ってんだろうってたまに思います。なんだかんだで、旦那さんは終身雇用で年々給料が上がっていって、奥さんが専業主婦っていう時代の労働観が抜けきれてない。
・(津村)でも会社って若い子ばっかり欲しがるじゃないですか。物覚えるのが早いとか、給料が低いからとか、そういう固定観念みたいなんがずっとあって。で、新卒がいいっていうのに、育てるための手間隙はかけたがらない。
そういうんではなくて、たとえば女の人なら、三十歳くらいまでは、仕事自体もできるけれども、出産や子育ての期間でもあるから、仕事に関してはあまり大きすぎるプレッシャーはかけずに、ある程度の習熟でOKとしておいて、子供から手が離れて戻ってきたら、よりちゃんとした大きな仕事を果たしてもらおうとかっていうふうに考えられんのかなと思います。
〜でも現実は、いろんなプレッシャーを同時にかけますよね。あれもこれもって。時期をずらして一つ一つこなしてもらおうっていうんじゃなく、全部をある時期に要求して、その時期が終わったら、「開館時間は終わりました」みたいな感じで門を閉ざす。
-
Posted by ブクログ
こども向けに書かれた作文の書き方の本です
実績のある小説家のかたが書かれてます
舐められるのではないかというくらい謙虚な姿勢で述べられています
作家にしては自慢話が一切なく、作文行為のハードルを下げる、スモールステップな案内で書かれています
自身の生活に関わる、本当に取り留めもないことについて書くだけで充分とあり、例文を紹介され、本当に何でもいいんだと思わせるような気分になりました
白眉は「見栄を張らずに、ほんとうのことを書く」というアドバイスでした
ありのままの自分を出す、というと開きなおっているようで受け入れたくないと批判されそうですが、自分が思ったほんとうのことを述べるだけで作文は良くなると著者は述べていました
たしかに見栄を張るより、素の話のほうがおもしろいこともあるなと思いました
そして、いくらでも自分を飾り立てれる作文で、ほんとうの自分を書く行為は逆に難しいことが伝わってきました
著者の書く文章は特異なレトリックがある訳でもないと思いますが、自身がほんとうに思っていることと文章の距離がかなり近い印象を受けました
だから面白いのかなとも思いました -
Posted by ブクログ
脱獄犯がやってこないか住宅地の住人が交代で見張りをする話というと、津村さんの作品の中では比較的派手な設定ではないかと思われるけど、内容はあくまでも十軒の家+αの事情を丹念に描いたもので、期待通り。さすがの職人芸。
それぞれの家の事情は結構ヘビーで、前半は読んでいて気が滅入るほどだった。ラスト、それぞれの生活に差し込む光はほんのわずかなのだけど、登場人物たちが抱くささやかな希望のいじらしさに、全然御涙頂戴ではないどちらかと言えばドライな筆致にも関わらず、泣きそうになる。
津村作品を読むと、好きでも嫌いでもない関係だからこそ、煮詰まった家族関係の差し水となれる時がある、と思う。ご近所付き合いなんて面倒と感じたりもするけれど、無駄から生まれる楽しみも、案外人生には多いのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
津村記久子さんの小説は読んだことがなかったが、本書の文体のとにかく飾らない、フラットな感じが好き。おやつのうまい棒やプライベートブランドの話、みたいな超卑近な話をさらりとしたりとか、こうすべきである、という偉ぶった感じが全くない感じとか。文体について、ある人のものを真似ている、と本文中にあったが、誰のものなのか、気になるなあ。
「作文」に対してのスタンスも、ものすごくあっさり淡々としている。芥川賞作家が「書きたいとも思わない」とさらりと言ってのける、意外な感じ。純文学の作家は、何かを書くこと、物語を書くことへのオブセッションのようなものがあるのではと勝手に思っていたけれど、そうでもないのか。まあそれはそうか。
文章を書くことが内省とセルフマネジメント、自立につながるという考え方は良いなと思った。ジャーナリング的なオフロードではなく、自分自身を客観視するきっかけとしての文章。辛いことも、文章にする、自分の外側に出してみることで「まぬけ」化できてちょっと楽になる、という考え方。想定読者である若い人たちにも伝わると良いなと思った。
メモの取り方も、比較的スタンダードなものだと思うけれど、活躍している作家さんのやり方を知ることができるのは興味深かった。