高山真由美のレビュー一覧
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ネタバレ勉強、スポーツ…どんな分野でも、成功は、家庭環境、経済力、学校や先生との相性、いろいろなことが複雑に絡んでいて、一概にどうすれば成功するとは言えないという、当たり前といえば当たり前のことを再認識した。
経済力がある子がいろいろな理由で成功する確率が高いという身もふたもない結果が出たりする一方、もちろんその環境に甘えて余計にダメになる子もいるわけで、結局、一番の要は個人の気質であり、人間形成期のその子の心を取り巻く環境なのかなと思った。
認知スキルが大切なのはもちろんだけれども、それを底上げし、発展させるのには非認知スキルが不可欠。
それは、子どもが大好きだけれども、到底うまくリードできているとはいえず、良いお手本になっているとはいえないわたしには、安心もできるし、同時に耳が痛い真実だった。
生徒の心を安定させるために、親の心のケアが有効だった部分、ある先生が生徒個人の気質を花開かせるためにした取り組みや苦しみの部分が特に心に残った。 -
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「ジョーがまずギターを取り出した。沢山の人々の--ジョーの、次いでマイケルの、そして今やランディとダレンの--運命を変えたギブソン・レスポール」
伝説のギターマン、ジョー・スウィート。彼のギターをシカゴから追いけかけてきたマイケル・ライトの遺体がバイユーで発見された。ついで白人女性の死体が同じバイユーの少し下流で。
東テキサス、シェルビー郡。人口178人の小さな田舎町。法律家になる道を妻や叔父に強く促されながらも、テキサス・レンジャーとして生きているダレン・マシューズを主人公に、人種間偏見と暴力が容認されるアメリカ南部の田舎町に起こる葛藤をいくつも重ねたように描いて、世の複雑さと人間と人間が向き合い、対立し、また憎み、愛する姿を、これでもかとばかりに描いてみせるその筆力に脱帽したくなるような一冊である。
自らの人種差別と性差別に無頓着なトランプだったら顔をしかめそうな黒人女性作家アッティカ・ロックの、デビュー後4作目にしてアメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長編賞・英国推理作家協会賞スティールダガー賞・アソニー賞長編賞と英米の文学賞三冠を達成した優秀作。
しかし日本人読者が好んで手に取るようなミステリー色は強くない。偏見によるヘイトクライムに包まれた町では、はっきりと右と左に陣営が分かれるからだ。この小説の舞台は小さな田舎町。道路が一本。道路沿いには二軒の店がある。片側は白人男性が集まる酒場で、もう一方は黒人女性ジェニーヴァの経営する食堂だ。白人の中には、ABTのメンバーもいる。KKKをさらにラディカルにしたような暴力的なほどの秘密結社アーリアン・ブラザーフッド・オブ・テキサス。この存在は本作で初めて知った。
黒人のテキサス・レンジャーであるダレンのトラックの運転台には血まみれのキツネの死体が投げ込まれるし、ジェニーヴァの店は銃撃の威嚇を受ける。小さな町で死体が二つ、さらに暴力、ここに迷い込んでプロ・デビューを予定していたのにヒューストンにまで到達できなかったギターマン・ジョーの伝説。
そして物語のかしこに鳴り渡るブルースの数々。本書のタイトルは、ジョン・リー・フッカーの曲『ブルーバード』から取ったもの。どろっと濃い南部の熱気の流れる町、別居中の妻と転職とに悩むダレンが目にするアメリカの真実がここに込められている。どの人物像も半端じゃなく描かれており、深い。シリーズ化されるとしたらその前段は十分に語られたと思う。期待したい。
ちなみにアッティカ・ロックには、2009年にデビュー作として邦訳もされている『黒き水のうねり』という作品もあり。ヒューストンのわけありの黒人弁護士が主人公だそうだ。ううむ、これも読まねばなるまいな。 -
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ネタバレミステリーだが、犯人捜し謎解きというよりは、女警部主人公のタフネスっぷりを存分に楽しむ小説。
かつて存在した児童保護施設に勤務していた元職員が殺害された、とほぼ同時期に火災で空き地となったその施設跡の地面から白骨死体が発見される。過去の殺人事件と現在の殺人事件の両方を並行して追う主人公キムたちウェストミッドランズ警察の面々…。
ってのが、大まかな筋。この事件に関連する人物たちのイヤらしいこと暗いこと。エエもんも出てくるのだけど8割くらいの関連人物がどこか食えない。そんな連中に対して主人公キムは、直球にケンカ上等で突きかかっていく。それは彼女自身が抱えるくらい過去があるからなんだけど、それを踏まえて彼女の活躍…というか暴走っぷりを痛快と感じてしまう、そこにこの小説のだいご味がある。
何かを背負っていて、ツラくて、人目のないところでは眠れなかったり。それでもキムは猛然と捜査をこなし、トライアンフの修復に励み、手の込んだ料理に挑んでコゲを量産する。
強くあろうとする人の生きざまは、勇気を与えてくれる。
この本は、勇気を与えてくれる。 -
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シカゴから来た男が運んできたのは、ギブソンのレスポールだった。
輸入盤で手に入れたミシシッピ・ジョン・ハートのレコードを擦り切れるまで聴いてフィンガー・ピッキングをコピーしていた頃を思い出した。『ブルーバード、ブルーバード』というタイトルは、ブルースの名曲から採られている。事実、文中にはライトニン・ホプキンスやジョン・リー・フッカーの名前がたびたび出てくるし、主要な舞台となる、ラークというテキサスの田舎町にある掘っ立て小屋みたいなカフェ<ジェニーヴァ・スイーツ・スイーツ>では、いつもブルースがかかっている。
面白いのは、ハイウェイ五九号線を挟んだ向かいには、プア・ホワイトが集まってくる<ジェフの酒場>があり、そこでは、カントリー・ミュージックがガンガンかかっているというところだ。つまり、道路をはさんで黒人が安心して足を運べる店とレイシストの巣になっている白人専用の酒場とがにらみ合っている構図だ。奇妙なのは、<ジェフの酒場>のオーナーであるウォリーが、毎日のようにジェニーヴァの店に顔を出すことだ。店を売れというのが名目だが、どうやらそれだけでもなさそうに見える。
テキサス・レンジャーのダレンは、家の管理を任せている老人が絡む殺人事件の裁判に巻き込まれ、レンジャーを停職中。レンジャーの仕事を快く思っていない妻のリサとも別居中である。そんなとき、友人でFBIヒューストン支局の捜査官グレッグから、ラークで起きた事件の捜査を内密に依頼される。道路沿いのカフェの裏に広がるアトヤック・バイユーで立て続けに黒人男と白人女の死体が見つかった。グレッグの話では人種がらみの事件らしい。ダレンは愛用のピック・アップ・トラックをシェルビー郡まで走らせる。
オバマ大統領が誕生した時には、これで人種差別も解消に向かうかと希望を持った人々もいたが、トランプ政権発足により、事態は逆戻り。地方では、白人至上主義者の活動が活発化し、人種間の軋轢は以前より悪化していた。言い忘れたが、ダレンをはじめ主たる登場人物は黒人である。テキサス・レンジャーに黒人はめずらしいが、ダレンの伯父がその道を切り拓いた。ロー・スクール出身のダレンはもともと弁護士を目指していたが、ある事件をきっかけにレンジャー入りを決めた。リサとの不和はそれが原因になっていた。
白人の勢力が強いテキサスだが、自分たちの力で商売をしたり、農園を経営したりして成功した黒人は、その地にとどまり続けた。一方で、才覚のない貧乏白人たちは、地道に働いて資産を得た黒人層を嫉み、執拗な嫌がらせをすることで、鬱憤を晴らしていた。それが、今では白人至上主義者がギャング団を組織するところまで来ており、ダレンは気を揉んでいた。黒人男と白人女の相次ぐ死には、黒人男が白人女とつきあうことを憎む者たちの仕業を匂わすものがあった。ただ、男の死体が先に発見されるのは異例で、それが気になった。
ブルースとカントリー、黒人と白人という図式的な対比の構図をとりながら、妻に拒否される夫と夫に拒否される妻、という相似的な構図が用意されている。黒人の被害者マイケルは、シカゴで弁護士をしていた。その死を知って駆けつけたランディは有名な写真家で、家を空けてばかりいることが原因で夫との関係が壊れていた。ダレンとランディは置かれた立場こそ違え、冷えた夫婦関係を作った元凶という似通った境遇にある。事件を追う中で共に行動することで二人の関係がどうなるのかというロマンスの観点も加味されている。
必ずしもフーダニットが主眼ではなく、謎を追うダレンの前に、もつれにもつれ、からまりあう黒人と白人をともに包む大きな憎悪を孕む人間関係の相関図が広がってくる。現在の事件は単独で解決されるものではなく、その裏に隠されていた過去の未解決の事件が浮かび上がってくる。互いに敵対視し、憎悪しあう間柄であっても、男女間には愛が芽生えることもある。周囲に歓迎されることのない愛ではあっても、愛し合えば子どももできる。
白人と黒人の間にある桎梏と、そんなものに左右されることのない愛の交歓とが亀裂を生み、やがては殺人に至る原因となる。人を殺すことが、単に憎悪からではなく愛ゆえに起きることがあるのは知っている。人の感情というものはそんなに単純なものではない。それが悲劇の連鎖を生むのだ。夫と息子の墓参りをするジェニーヴァの場面からはじまるのには訳があった。若いジェニーヴァと、ひとりのブルース・ギタリストとの恋が、幾人もの人々の人生を狂わせてしまう契機になっている。
ハイウェイ五九号線に沿って延びるバイユー・カントリーを舞台に、黒人と白人との愛と憎悪の相剋を、ブルースの名曲をバックに、鎮魂の曲を奏でる『ブルーバード、ブルーバード』。安っぽい正義感や、男の生き様などというありきたりな解釈を寄せ付けない異人種間の熾烈な愛憎劇を犯罪捜査にからませながら、人間という存在のどうしようもない哀しさと、それでもなお愛するに足る姿を、上滑りすることなく真摯に追い求めたミステリ、というより、アメリカで黒人として生きることの緊張感を鋭く見つめた、読ませる小説である。 -
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なかなか文庫にならないのでハードカバーで購入。
真実の報道などというものが、テレビや新聞の紙面に存在するというナイーヴな考えを持つ人は(2010年代も終盤の今となっては)かなり少ないと思うのだが、自分はそれでもかなり「信頼」はしているような気がする。
本書を読み通すと、その考えが甘いことに気がつかされる。報道とは「現実をそのまま描写したもの」ではないし、仮にそのように表現できたとしても、あくまで取材者の主観や知識、先入観、宗教観、世界観などなど、その他諸々に支配された「現実」を描写しているものにどれだけ現実を伝える力があるのか、疑問しかない。
メディア経由の現実とは、外国語のようにも感じる。どれだけ外国語に精通していても、その言葉の意味自体にはなかなか近づけない、ものにできているように感じても、あとから誤解混じりの理解だったことに気がつく、というような感じだろうか。
どのようにメディアからの情報に接するかを考えさせられる一冊。 -
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舞台は1800年代のインド。さっぱり知識がありません。
東インド会社 アヘン戦争 インドからアヘンを輸出
当時のアヘンは違法薬物ではなく高級嗜好品の位置づけだった。
くらいをざっと予習して読み始めました。
主人公はなにも知らされず、状況がよくわからないまま混沌のインドをさまようことになります。
相棒のはずのブレイクは状況を主人公に語らないし、現在どのような状況なのか、道中がどうなっていくのかさっぱりわからない描写になっています。
一人称視点なので読者はその混沌を主人公と共有しながらなんとか物語についていくことになります。
やがて真相が明らかになる終盤はベージを繰る手がとまらず一気読みします。
そして「え、あれは、あの人はどうだったっけ??」
ともう一度読み直すことになります。
わけがわからなった状況がそこでわかる構造になっていて、むしろ二度目の読書が本番かもしれません。
また、それが作者の意図ではないでしょうか。
つまりミステリの「カメラを止めるな」といえます。
二度読みすることで主人公エイヴリーとジェレマイア・ブレイクに愛着ができ、続編が読みたくなってしまいますが、現在のところその予定がなさそうのが辛いところです。
さらに調べるとスリーマン少佐、サグは実在であることがわかり驚きました。
ブレイクのサグの見解は70年代の学説が元になっているのですね。
また、インディ・ジョーンズ魔宮の伝説の悪役はサグだったのか〜という新たな発見もありました。
シャーロック・ホームズにもサグについて言及がありました。
いろいろ知らなかっことがつながって、そこも面白いところでした。 -
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なんとこれがデビュー作だそうな…! 非常に重厚な…物語でしたねぇ、読みごたえがありました!
ヽ(・ω・)/ズコー
ハヤカワミステリ…つまりはミステリ作品なんでしょうけれども、実際にあった事件とかも参考にしている? と解説には書かれてありましたが…その影響か知りませんけれども、単なる謎解きミステリとは違った重厚さがありましたねぇ…社畜死ね!!
ヽ(・ω・)/ズコー
というわけで、11歳の少年のキャラクターがひと際目立ったのでありました…。けれども、実際にこういう少年って居そうですけれどもねぇ…やたら弁の立つっていうか…大人顔負けの態度からして近くにもし居たら…嫌ですねぇ…。
さようなら…。
ヽ(・ω・)/ズコー -
Posted by ブクログ
通称セヴンの石田清美を主人公にしたノワール小説。家族を惨殺され、日本に替えることを胸に秘めながら、ロンドンに生きるセヴンが少しずつ暗黒の渦に巻き込まていく。
セヴンの目の前に現れた殺し屋マークが探偵役を務め、セヴンの家族を惨殺した犯人を突き止め、復讐を手伝うストーリーだと思ったのだが、そんな単純な物語ではなかった。
予想もしなかったセヴンの豹変と暴力描写。すっきりしない結末は続編へのプロローグなのか。
ジム・トンプスンの圧倒的なノワールとも違うし、ボストン・テランの重苦しい空気が漂う詩的なノワールとも違う。強いて言えば、深町秋生の桐咲マヤシリーズが近いだろうか。