福岡伸一のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
現在2023年4月末。先日、まもなく新型コロナが5類になることが正式決定されたとニュースで流れた。
この本に掲載されているインタビューや手記は2020年。コロナ禍がいよいよ始まり、おそらく世界中の誰もが、今まで非日常と思ってきたことを日常的なものとしなくてはならないという不安に覆われはじめてきた、そんな時期の発言だ。そのような意味では、更に数年後、コロナ禍を振り返るための格好の史料となりうると思った。
この本の中で多くの識者たちが言及していたと思うが、人間にとって一番厄介なのは、人間の心の中に生じる差別、偏見、批判なのだ。どのような状況下にあっても生じるこの心の動きに、私たちはどのように打ち勝っていけばいいのだろうか? -
Posted by ブクログ
最近推しの学者さん、伊藤亜紗さんと福岡伸一さんの組み合わせに、読まなきゃと刺激を受ける。
藤原辰史さんからは『ナウシカ考』につながる話題があって、あー、買って良かったなと、満足。
全体を統括しているのは、ロゴス(言葉・理性)とピュシス(自然)というキーワードだ。
そもそも、ウイルスも、人間のピュシスとしての生に深く関わる存在である。
だから、ウイルスを根絶させる、戦って人間が勝つという言葉に違和感を覚えるということだった。
そこで、ロゴスとしての社会は、人の生き方をコントロールするために手を伸ばす。
行動に制限をかけ、相互に監視を強め、それを善いこととして一方的に価値づけてしまう。
アフターコロナの世界では、そうした大きなシステムに対して疑いの目を持つことの必要性を説く。
けれど、私たちは、安全で清浄な社会に、随分と深く浸ってきたのではないだろうかと思う。
危険で汚いものは、悪と見なしていることと、同じ意味でもある。
そのことが、システムとサービスによって、さらに徹底され、維持されて欲しいと願っている。
これは結局、『ナウシカ』の墓所と変わらない。
私たちは、ナウシカと共に墓所を破壊出来るか?
三人の視点は、これかこれ!と整然と分けられるものではなく、ぐちゃぐちゃと入り混じった混沌に向けられている。
伊藤亜紗の「さわる」と「ふれる」の違いも、藤原辰史の「もれる」の生命との結びつきも、考えてみると、とても面白く魅力的だ。
科学への比重から哲学へ。
分析しても見えなかったものを、直観する。
先日読んだ『科学と哲学』ともピタリと符合して、良かった。 -
Posted by ブクログ
私は観たことはないが、「最後の講義」というNHKの番組があるそうだ。その番組の福岡伸一先生が担当した回を書籍化したのが本書。この講義で福岡先生が紹介されたのは、先生の他の著書でも紹介されている「動的平衡」という概念。
私たちの身体は膨大の数の細胞で出来ているが、細胞レベルで考えると、私たちの身体は、日々入れ替わっている。入れ替わりの早い臓器であれば数日、筋肉だと2週間くらい、血液の細胞は数か月で入れ替わっている。身体全体として考えても、1年前の私と今日の私は個々の細胞レベルでは、すなわち、物質レベルでは、全く別人と考えても良い。私たちは、古い細胞を壊し、それを新しい細胞と入れ替えながら生物としての形を保っているのである。
何故、生物はそのようなメカニズムを持っているのか。
エントロピー増大の法則という法則がある。およそ宇宙の中の秩序のあるものは秩序がない方向にしか動かないという法則である。要するに宇宙の中では、秩序は常に崩壊する方向に動くということ。細胞も、細胞の集まりである生物もこの法則から逃れられない。今ある細胞は、そして、無数の細胞から成立している私たちの身体は、すなわち生命は、放っておくとエントロピー増大の法則の影響を受け、無秩序の方向に、すなわち、崩壊・死の方向に向かうわけである。生物はそれに対抗するために、細胞の1個1個を頑丈に壊れにくく作るのではなく、むしろ、自ら壊して新しいものに入れ替えるという方法をとっている。
細胞という身体の部分が入れ替わって、何故、身体は機能を保持できるのか。例えば、脳細胞が、あるいは、脳神経細胞が入れ替わっているのに、私たちの記憶が保持されているのは何故か。福岡先生は、それを「相補性」という考え方で説明している。私たちの細胞は、身体中の細胞の関係性の中で成立しているという考え方だ。それはジグソーパズルのようなものである。ジグソーパズルのピースは、その上下左右との関係の中で初めて意味を持つというか、上下左右の関係性の中で形が決まっている。要するに、細胞は入れ替わる際に、他の細胞との関係でどのような細胞が出来るべきかが決まり、実際にそのような細胞が「相補性」の関係の中で出来るのだ。
というのが、私の理解した「動的平衡」の考え方。
自分自身がトータルで生き残るために、部分を日々入れ替えていき、動的に平衡を保っているというのが生物、ということだと理解した。
知的な興味を惹かれる考え方だ。 -
Posted by ブクログ
雪の研究に生涯をささげ、世界で初めて人工雪の生成に成功した中谷宇吉郎の随筆を、生物学者・福岡伸一がセレクトしたもの。編者の言葉として、「精密な知性とみずみずしい感性が織りなす珠玉のエッセイ」という表現があるが、まさにその通りだと思う。特に個人的に心を揺さぶられるのが、子供の頃のエピソードを綴った数々。なぜかキラキラと輝くようなまぶしさというか、ジンワリ湧き出るようななつかしさというか、不思議な温かさを感じるのは、やはり筆者の人間性のなせる技なのだろうか。時代の細やかな描写もさることながら、科学、気象、文化、コンピュータ、原子力に至るまで幅広いテーマが収められており、中でも原子の力が原爆という形で実用化されたことの意味を重くとらえた宇吉郎が、「原子力の開放が、人類の文化の滅亡をきたすか、地上に天国を築くか、(中略)それを決定するものは科学ではなく人間性である。」(昭和25年1月「未来の足音」より)と言っているのは、時代を考えると心に響く。しかも、この問題について、人類の半数を占め、子供を味方に持つ女性たちの任務は重いとさえ言っている。
人間だけにとって都合の良い便利さを求めてきた時代の曲がり角に立つ今、本来あるべき方向に向かって舵を切るには何が必要かを見つけるヒントを数多く与えてくれる随筆集といえる。