加藤典洋のレビュー一覧
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新書にして600頁越えのボリューム感に怯み、早く読みたいと思いながら、長らく積読状態に置かれていたもの。やっと読めました。しかしこれ、どうせ読むなら早く読んどくべきだな。新たな戦前なんて言われちゃうような今日に読んだからこそ、相当に響くところがあったのかもしらんけど。
まず、枢軸国側と連合国側の争いであった大戦が、終戦後にいつの間にか、民主対共産に置き換えられたとの指摘から始まる。その原因として、根底には原爆投下の責任回避的側面が垣間見え、結果的に、現在まで続くところのアメリカ従属体質が維持され続ける問題にまで論が及ぶ。必然的に憲法第九条に言及される訳だけど、どう改正を声高に叫びつつ、一方で対米従属方針を強めていくべく立ち回る論理矛盾が、いかに荒唐無稽か、すっと腑に落ちる。ではどうすべきか。フィリピンが、対米関係をこじらせることなく、米軍基地の撤廃に成功した例を引き、日本でも同様の可能性が探れると説く。本書上梓から十年が経過し、氏が鬼籍に入られてからも世界の変化は著しい。コロナ禍やウクライナ侵攻・ガザ侵攻で、本書でも一番の拠り所としている国連の、そのプレゼンスは低下している印象を拭い切れない。本書の論旨を、まんま現代に適用するのは、ますます困難になっているけど、それでも十分に通用し得るもの。それだけに、今の世に対する氏の論考がもはや聞けない喪失感が大きい。 -
Posted by ブクログ
(2016/10/15)
中高生に、とあるが、我々大人が読んでも十分学べる内容。
物事の考え方を、平易なことばでみごとに説明してくれている。
小田嶋さんの成功者村上龍への食いつきは面白い。「会社員」という仕事がないと。
村上龍は成功しているから会社員をはずしていると。
確かに、13歳のハローワークに上がっている仕事で食っていける人はごくわずか。
みな「会社員」として何とか生きている。
白井さんの「意味」には際限はない、というのはなるほど。
本能的欲求は限度があるが、誰も持っていないものを持つ、という欲求には切りがない。
そこにはまったら最後だな。
戦争中における「国」とは、国民でなく国体だ、と書く山崎氏。
・・まあこれは先日読んだ伊藤氏の本で、掟を破られて黙っているのはおかしい、で反論されそうだが。
中年日本にアベノミクス成長戦略は怪我をする、という想田氏。
勝手に中年になってしまったのだ。少子化を進めて。
学べます。 -
Posted by ブクログ
加藤典洋さんが、村上春樹さんに関して著された評論を集めたものです。いくつかの長編の分析、長編短編を通して読むことで見えてくるもの。そこから、村上春樹さんが、どのように小説家として進化してこられたかが、加藤さんの愛情とも見える心のこもった分析から見えてきます。キーワードといいますか、象徴ともいいますか、その言葉、単語が意味するもの。そこに注目し、他の作品との繋がりやその意味。そういったものから、何を書こうとされたのか。その成功と失敗。村上春樹さんの小説の読み方が変わる、そういう読み方を教えていただきました。もう一度、村上さんの小説を読み返したいと思わされました。
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対米従属と半独立の現実が未だに日本の現状であることの、歴史的背景と数多くの論考をベースに著者が明快な結論を導き出す過程をたどることができる好著だ.p63にある"戦争の死者たちを、間違った、国の戦争にしたがった人々と見て、自分の価値観とは異なる人々だからと、心の中で切り捨てる" という戦後しばらくの期間、スタンダードとされた革新派の人々と、"戦前の死者たちを称揚したい.否定したくない、という一心から、歴史的な現実のほうをねじまげて、日本は正しかったのだ" と考える人々があり、後者が次第に増えてきた現実を直視している.これらの発想は未だに根強く残っている.ポツダム宣言受諾と無条件降伏の関係の議論も良かったが、原子爆弾に関しての考察が秀逸だ.米政府内では、原爆投下以前にも科学者を中心に使用を止める提言があったこと、さらに投下後にもこのような技術を公開することを官僚がいたことなど、興味ある事実が披露されている.憲法9条の論考も素晴らしい.p551にある非核条項と基地撤廃条項を加えた9条改定案、さらにp369の配置図は非常に理解しやすい.
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Posted by ブクログ
ポストモダン思想やポストモダニズムもそうでしたが、本書の「戦後」というテーマも、自分が生きている「今」を含むテーマであるにもかかわらず(含むがゆえに、かもしれないけれど)理解しにくいと感じていました。先日読んだ宮台真司氏の『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』で、戦後の社会の移ろいについては大きな理解を得ました。しかし、社会学の立場からの論考であり、あまり政治的な話には(当然でしょうが)踏み込んでいません。
そこで、国際関係や政治的な動き、そしてそこに横たわる考え方(イデオロギー的なもの)はどうなのかを知りたくて、新書としてはいささか厚い本書を手にとりました。
未だ日本は米国の従属支配から脱却していない(つまり、日本は「独立した主権国家」になりえていない)、という立場から、著者(加藤典洋)は同じテーマを何度も繰り返し、少しずつ見る角度を変えながら、丁寧に説明してくれています。扱うテーマは難解であり、本の厚さに最初はやや躊躇いもありますが、氏の微に入り細にうがった説明は、理解を深めるにはとても良い。タイトルに「入門」とありますが、戦後の日本社会(特に日本から見た日米関係をはじめとする、わが国の国際的な立ち位置と国内イデオロギーの変化)を概観できます。昨今、まるで戦前の軍国主義に逆行しようとしているかのようなアベシンゾーのおかげで一寸先は闇状態の我々に天啓を与えてくれる書でもありましょう。
宮台氏のいう「対米ケツ舐め路線」が、いまだに日米同盟(つまり日米安保条約とそれに基づく日米地位協定)の軛から逃れられないことからくるルサンチマンの裏返しなのだと、本書を読むと思えてきます。ましてやちぎれんばかりに米国に尻尾を振り回すアベなどは、しょせん米国の従属国である「日本」の首長として、劣等感の塊であることが理解できます。こんな小者に、我らの大事な憲法改正を任せることなど、自殺行為に等しいでしょう。
では、憲法を改正するにはどうすればよいのか。とりわけ戦後の日本が抱える「米国」という軛から晴れて友好的に主権を取り戻し、一見「平和主義」に見える現憲法の第九条をどのように扱えばいいのか。そうしたことが、現在に至る戦後の流れの中での変遷、日本とそれを取り巻く社会情勢、日本独特の社会的・文化的風土といったものを踏まえて詳しく解説されます。
本書が唯一の正解ではないでしょう。しかし、劣化著しい政治家が叫ぶ、口先だけの「改憲」よりははるかに信憑性も説得力もあります。宮台氏の社会学的見地からの論考とも通ずる部分もあります。良かれ悪しかれ、憲法改正へと舵は切られるでしょう。改正の道筋が正しいかどうか。憲法改正という言葉が現実味を帯びている今、本書はその道筋を判断する上で、重要な補助線を与えてくれるに違いありません。