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日本ばかりが、いまだ「戦後」を終わらせられないのはなぜか。この国をなお呪縛する「対米従属」や「ねじれ」の問題は、どこに起源があり、どうすれば解消できるのか――。世界大戦の意味を喝破し、原子爆弾と無条件降伏の関係を明らかにすることで、敗戦国日本がかかえた矛盾の本質が浮き彫りになる。憲法九条の平和原則をさらに強化することにより、戦後問題を一挙に突破する行程を示す決定的論考。どこまでも広く深く考え抜き、平明に語った本書は、これまでの思想の枠組みを破壊する、ことばの爆弾だ!
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Posted by ブクログ
新書にして600頁越えのボリューム感に怯み、早く読みたいと思いながら、長らく積読状態に置かれていたもの。やっと読めました。しかしこれ、どうせ読むなら早く読んどくべきだな。新たな戦前なんて言われちゃうような今日に読んだからこそ、相当に響くところがあったのかもしらんけど。 まず、枢軸国側と連合国側の争い...続きを読むであった大戦が、終戦後にいつの間にか、民主対共産に置き換えられたとの指摘から始まる。その原因として、根底には原爆投下の責任回避的側面が垣間見え、結果的に、現在まで続くところのアメリカ従属体質が維持され続ける問題にまで論が及ぶ。必然的に憲法第九条に言及される訳だけど、どう改正を声高に叫びつつ、一方で対米従属方針を強めていくべく立ち回る論理矛盾が、いかに荒唐無稽か、すっと腑に落ちる。ではどうすべきか。フィリピンが、対米関係をこじらせることなく、米軍基地の撤廃に成功した例を引き、日本でも同様の可能性が探れると説く。本書上梓から十年が経過し、氏が鬼籍に入られてからも世界の変化は著しい。コロナ禍やウクライナ侵攻・ガザ侵攻で、本書でも一番の拠り所としている国連の、そのプレゼンスは低下している印象を拭い切れない。本書の論旨を、まんま現代に適用するのは、ますます困難になっているけど、それでも十分に通用し得るもの。それだけに、今の世に対する氏の論考がもはや聞けない喪失感が大きい。
対米従属と半独立の現実が未だに日本の現状であることの、歴史的背景と数多くの論考をベースに著者が明快な結論を導き出す過程をたどることができる好著だ.p63にある"戦争の死者たちを、間違った、国の戦争にしたがった人々と見て、自分の価値観とは異なる人々だからと、心の中で切り捨てる" と...続きを読むいう戦後しばらくの期間、スタンダードとされた革新派の人々と、"戦前の死者たちを称揚したい.否定したくない、という一心から、歴史的な現実のほうをねじまげて、日本は正しかったのだ" と考える人々があり、後者が次第に増えてきた現実を直視している.これらの発想は未だに根強く残っている.ポツダム宣言受諾と無条件降伏の関係の議論も良かったが、原子爆弾に関しての考察が秀逸だ.米政府内では、原爆投下以前にも科学者を中心に使用を止める提言があったこと、さらに投下後にもこのような技術を公開することを官僚がいたことなど、興味ある事実が披露されている.憲法9条の論考も素晴らしい.p551にある非核条項と基地撤廃条項を加えた9条改定案、さらにp369の配置図は非常に理解しやすい.
ポストモダン思想やポストモダニズムもそうでしたが、本書の「戦後」というテーマも、自分が生きている「今」を含むテーマであるにもかかわらず(含むがゆえに、かもしれないけれど)理解しにくいと感じていました。先日読んだ宮台真司氏の『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』で、戦後の社会の移ろいについては大きな...続きを読む理解を得ました。しかし、社会学の立場からの論考であり、あまり政治的な話には(当然でしょうが)踏み込んでいません。 そこで、国際関係や政治的な動き、そしてそこに横たわる考え方(イデオロギー的なもの)はどうなのかを知りたくて、新書としてはいささか厚い本書を手にとりました。 未だ日本は米国の従属支配から脱却していない(つまり、日本は「独立した主権国家」になりえていない)、という立場から、著者(加藤典洋)は同じテーマを何度も繰り返し、少しずつ見る角度を変えながら、丁寧に説明してくれています。扱うテーマは難解であり、本の厚さに最初はやや躊躇いもありますが、氏の微に入り細にうがった説明は、理解を深めるにはとても良い。タイトルに「入門」とありますが、戦後の日本社会(特に日本から見た日米関係をはじめとする、わが国の国際的な立ち位置と国内イデオロギーの変化)を概観できます。昨今、まるで戦前の軍国主義に逆行しようとしているかのようなアベシンゾーのおかげで一寸先は闇状態の我々に天啓を与えてくれる書でもありましょう。 宮台氏のいう「対米ケツ舐め路線」が、いまだに日米同盟(つまり日米安保条約とそれに基づく日米地位協定)の軛から逃れられないことからくるルサンチマンの裏返しなのだと、本書を読むと思えてきます。ましてやちぎれんばかりに米国に尻尾を振り回すアベなどは、しょせん米国の従属国である「日本」の首長として、劣等感の塊であることが理解できます。こんな小者に、我らの大事な憲法改正を任せることなど、自殺行為に等しいでしょう。 では、憲法を改正するにはどうすればよいのか。とりわけ戦後の日本が抱える「米国」という軛から晴れて友好的に主権を取り戻し、一見「平和主義」に見える現憲法の第九条をどのように扱えばいいのか。そうしたことが、現在に至る戦後の流れの中での変遷、日本とそれを取り巻く社会情勢、日本独特の社会的・文化的風土といったものを踏まえて詳しく解説されます。 本書が唯一の正解ではないでしょう。しかし、劣化著しい政治家が叫ぶ、口先だけの「改憲」よりははるかに信憑性も説得力もあります。宮台氏の社会学的見地からの論考とも通ずる部分もあります。良かれ悪しかれ、憲法改正へと舵は切られるでしょう。改正の道筋が正しいかどうか。憲法改正という言葉が現実味を帯びている今、本書はその道筋を判断する上で、重要な補助線を与えてくれるに違いありません。
第二次世界大戦をイデオロギーの戦争とし、原爆投下を正当化したアメリカの思惑は、現在のパワーバランスを作り出す一助となっている。
はじめに-戦後が剥げかかってきた 第1部 対米従属とねじれ 第2部 世界戦争とは何か 第3部 原子爆弾と戦後の起源 第4部 戦後日本の構造 第5部 ではどうすればよいのか おわりに-新しい戦後へ 新書でタイトルに「入門」とあるのに大変厚みのある本で、これを読んだだけで戦後が分かる!という類の本では...続きを読むないが 戦後政治を時系列で理解するための「索引」として手元に置いておきたい。
日米関係、憲法9条、核問題、基地問題についての解決方法を提示してくれている。しかしこの解決方法は理念のようなもので、ここに至るまでのプロセスはどうしたら良いのだろうかと思った。
600頁を超える大部な新書。 扱うテーマは濃いが、語り口は平易で、大変読みやすい。 世界戦争の持つ意味(本来の、「もたざる国、ならず者国家v.s.国際秩序の擁護者」の構図から、「全体主義、ファシズムv.s.自由民主主義」という物語の「再成形」)、原爆が持った大きな歴史的意味や、米国による原爆投下を...続きを読む批判できない日本の問題(原爆慰霊碑に見られるような「絶対的(理念的)平和主義」が現実に即していないこと)、吉田ドクトリンを基軸とした戦後日本の歩み(親米・軽武装・経済中心主義による、対米従属の意識の緩和策)、未だくすぶり続ける駐留米軍基地や核兵器の問題など、第一次世界大戦以降から現代に至るまで、緻密な歴史分析と問題提起を行う。 そして、これらの歴史から生じた「ねじれ」(著者は折に触れてこの言葉を使っているが、かなり多義的に用いられている感がある)、日本の対米従属や核廃絶といった問題を解決するための、日本の唯一のあり得べき道として著者が提案するのが、国際主義に立脚した国連中心主義と、憲法9条の強化(改憲により、国連中心主義や非核三原則、外国軍基地撤廃等を宣言する)である。 近時の報道やネットコミュニティ、あるいは街頭において散見されるヘイトスピーチや「東アジア外交の重視⇒左翼、売国」といったレッテル張りがいかに空虚で、それによるマイナス作用を見ていないものか、あるいは、これまで日本でよく語られてきた「戦争は悪、自衛隊は悪、核兵器は悪、平和を守れ」といった(そのように主張するだけの)理想主義的言説が、いかに現実と遊離し、日本の抱える諸問題を解決に導いてこなかったかが、よくわかるはずである。 著者の結論に乗るにせよ反るにせよ、今後の日本のより良い、現実的に可能な未来を考えるに当たって、必読の書。
所謂“戦後”なるものは、どのように形成され、進展して来たのであろうか?色々と考えるべきポイントや材料は在る…本書は、確かに分厚い新書だが「視るだけで疲れる…」ような代物ではなく、「普通に読み易い本」で取っ付き易い…価値在る一冊だと思う…
「著者の集大成」などと思いたくないけど、「戦後」と「今に対する危機感」が強く伝わってくる。読み応え十分。
詩人・文芸評論家であるヨシモト先生(吉本隆明氏)の政治経済の話は参考にならなかった。いくら詩人的直観が鋭くても、社会科学(政治学、経済学)の専門家ではないから、現実の社会についてのきちんとした議論はできないようだ。著者の加藤典洋氏は、そういうヨシモト先生の系統に属する文芸評論家であり、それが原因で、...続きを読む長い間加藤氏に関心を持たなかった。そうは言いながらも、加藤氏の評判をよく耳にするので、ついに本書を手にした次第。 本書の帯に、<日本だけが、いまも「戦後」を終らせられない――わたしたちよ、これでいいのか?>と書いてある。このコピーに対する反応は人さまざまであろう。「戦後」とは、「アメリカの属国・植民地としての日本」を指している。多くの人たちは、(A)「バカなことを言うな。日本は独立国だ」と思うだろう。その他の人たちは、(B)「その通り。何とか戦後を終らせよう」あるいは(C)「その通り。だが、相手が凄すぎるから、どうにもならない」と思うかもしれない。 そこで、先ず、切実な話である「第五部 ではどうすればよいのか――私の九条強化案」のページを開いた。まだ知らないことがたくさん書いてある。特に「Ⅲ 対米独立と基地撤廃条項」の「3 フィリピン・モデルとその教訓」におけるフィリピン政府の対米交渉はすばらしい。加藤氏は次のように述べる。 <興味深いのは、このとき、米国の交渉団団長として乗り込んできて、こうした恫喝を繰り返したのが、当時元国務次官補の立場にあった、日本ではジャパン・ハンドラー(日本操作者)の代表格としておなじみのリチャード・アーミテージだったことです。(略)苛酷な民族的経験とベニグノ・アキノの「殉死」をくぐったフィリピンの政治家たちの何人かには、そのおためごかしの脅迫は、――日本、パキスタンでのようには――通用しませんでした。 当時、交渉の代表の一人だったフィリピンの政治家は、「マングラプス(外相)は、驚くほどの冷静さでアーミテージの怒りに対応し、冷静に反論し、フィリピンの立場を守った」。アーミテージはしまいには冷静になった。このとき以降、私は、自分の立場を押し通すことに慣れすぎた人物とわれわれは交渉しているのだ、と思い知らされた」と穏やかに回想しています。> <これに基づき、フィリピン政府は、47年に結ばれた米軍基地貸与協定の1年後の終了を米国に通告、その結果、翌92年11月、米軍は最大の基地であるスビック海軍基地から完全撤退し、姿を消します。こうしてフィリピンは、いわば「およそ500年にわた」る「入れ替わり立ち替わり」の「外国勢力」の占領から完全な「独立」を達成するのである。> 加藤氏が「ジャパン・ハンドラーズ」という用語を遣っていることに少々驚いた。私の認識では、よくトンデモ本に現れる類の用語だったが、最近は市民権を得たようである。「ジャパン・ハンドラーズ」について、あるネット記事は次のように説明している。 <日本の政治や外交に影響を与えるアメリカの政策立案者や戦略家を指す言葉。特に、アメリカのシンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」に所属する人物が、日本の政策決定に強い影響を持つとされている。 代表的なジャパンハンドラーには、リチャード・アーミテージ(元米国務副長官)やジョセフ・ナイ(ハーバード大学教授)などが挙げられる。彼らは「アーミテージ・ナイレポート」と呼ばれる報告書を定期的に発表し、日本の安全保障政策などに影響を与えてきた。 ジャパンハンドラーズと関係があるとされる日本の政治家には、清和会(自由民主党の派閥)に属する人物が多いと指摘されている。例えば、福田赳夫、安倍晋太郎、森喜朗、小泉純一郎、町村信孝、中川秀直、安倍晋三などが挙げられている。 また、小泉進次郎氏についても、アメリカのシンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」で研究員を務めた経歴があり、ジャパンハンドラーズとの関係が深いとする見方がある。> 上記の説明にはないが、マイケル・グリーン(政治学者。専門は東アジアの政治外交、特に日本の安全保障政策)もジャパンハンドラーズのコア・メンバーである。グリーン氏が小泉進次郎氏を指導していると言われている。 それはさて措き、日本は、アーミテージが恫喝するよりも早く彼の要求を受け入れてしまう。だから、フィリピンにおけるような有能な政治家たちと交渉するスリルを、アーミテージは、日本で味わうことが出来なかったのである。 次に、手っ取り早く「あとがき」を見ると、加藤氏は次のように述べる(概要)。 <今回の本を書くにあたって、私がもっとも励まされ、教えられたのは、イギリス人のロナルド・ドーラと、元編集者の矢部宏冶という二人の「部外者」による憲法九条論だった。二人の共通点は、憲法九条の精神を今に生かそうとしたら、それは「護憲」ではなく、「改憲」となる、と見切ったことだ。 彼らから一番教えられたのは、憲法九条の精神の実行に向けた「改憲」論を支える、生き生きとした世界観だ。ドーラは、なぜ日本は世界のことを考えないのか、と言う。憲法九条は、「日本は世界と共にある。世界と共に生きていく以外に自分を全うできない道を選んだのだ」という宣言ではないか、と言う。 また矢部は、沖縄に赴くことで、今何が必要なのか、と言うことを日本に関してつかんでいる。彼の基地撤廃条項の九条への書き込みというアイディアはフィリピンに学ぶ独立の仕方である。それを彼は沖縄で見つけたと私は思う。沖縄と連帯しようとすれば世界につながる。護憲では済まない、という彼の声が聞こえる。 池澤夏樹は、”矢部の本の真価は改憲の提案にある”と評し、”今は直進の「護憲」ではなく「左折の改憲」が必要かもしれない”、”自分の答えは「もう護憲では足りない。左折の改憲を」”と書いた。> 「対米独立と基地撤廃」も、「憲法改正」も、ほんとうの交渉相手は「日本政府」ではなくて「宗主国アメリカ」と言われている。日本政府は、「日米安保条約は国民の命を守るために必要だから、アメリカに日本の領空と基地を自由に使ってもらう」と釈明してきた。ところが、近年は、「国民の命」「日本国憲法」よりも安保条約が上位と揶揄される事態になっているらしい。「基地撤廃」よりも簡単にできそうな「地位協定改正」ですら、ドイツや韓国では何回も実施しているのに、日本政府は一回もやったことがないという。それは無理もないと思う。あの親米の国家主義者である安倍元首相でさえ、独立国家の日本らしく振る舞っていたら、あのような結末を迎えてしまったから(【付録】を照願う。自称「狂人」の副島隆彦氏の言説の真偽はわからないが、もし本当とすれば、日本のマスメディアの報道は軽くフッ飛んでしまいそう)。まして、リベラル左翼がそういうことを健気にもやろうとすればどうなるかは、推して知るべし。本書のようなリベラル左派の議論は、「コップの中の嵐」も同然に思える。やはり、「相手が凄すぎて、どうにもならない」。結局、日本は、保守右翼もリベラル左翼も、仲よく枕を並べて討ち死にする、ということであろうか? なお、加藤氏は 2019年に亡くなった。ご冥福を祈ります。 お終い ****************** 【付録】 「狂人」副島隆彦氏の発言 孫崎享、副島隆彦の対談『世界が破壊される前に日本に何ができるか』(徳間書店、2023)より <pp41ー44 副島:(略)私には、アメリカのリバータリアンという政治思想集団から情報が入ります。私は、安倍晋三の死亡を、「安倍処分」と呼んでいます。 どうやら、安倍を処分しようと決断したのは、キッシンジャーたちのようです。キッシンジャーの横に、CFR(外交問題評議会)の会長を長く務めたリチャード・ハース(1951年ー、71歳)がいます。この2人で決めたようです。 最近入った情報では、これにメーガン・オサリヴァン(1969年ー、53歳)が加わっている、と分かりました。彼女は、ハーヴァード大学ケネディ行政学大学院教授で、CFRの幹部で、米欧日三極委員会(トライラテラル・コミッション)の北米議長です。ボヘミアン・グローブの幹部でもあります。 彼女は、ハーヴァード大学教授から上院議員にもなった、ダニエル・パトリック・モイニハン(1927ー2003年)の愛弟子です。モイニハンは学者政治家で、高い見識で尊敬されていた。 ネオコン思想の創始者の一人にジーン・カークパトリック女史(1926ー2006年)がいた。彼女はレーガン政権の国連大使をした。皆にカミソリのような頭脳で恐れられた女性です。オサリヴァン ハーヴァード大学教授は、まさしくジーン・カークパトリックの後継ぎです。 ということは、ものすごい政策実行(プラクティス)能力のある立場です。このメーガン・オサリヴァンが根回しをして、アメリカの支配階級の頂点の組織を回って、安倍処分の同意を取り付けた。 今、孫崎先生が言われたアピースメント・ポリシー(世界を融和する戦略)に、日本の安倍派は危害を加えていると。だから、もうこれ以上、安倍晋三の暴走を許さないという決断をした。安倍晋三たちは、秘密裏に、核兵器作りで実際に動いていた。それが、安倍の命取りになったと私は思います。 日本が核(ニュークレア)を持つことは、NPT(核不拡散条約)体制への反逆となる。アメリカにとっては、国防上の基準に抵触するレッドラインを超える。日本が核を持つことは、北朝鮮の核と全く同じことだ。現行の世界秩序(ワールドオーダー)違反である。だから安倍は”処分”された。 ところが、このことが、日本の右翼言論人たちには理解できない。「日米同盟」で、日本はアメリカと対等だと思い込んでいる。だから、当然、日本が核を持っていい、と信じ込む。だから、バカな行動をする。日本に核を持たせない、というのは、アメリカの強い意志です。 さらには、日本の右翼の心理の根底には、「日本は、アメリカに対する復讐として核を撃つ権利があるんだ」と思っている。これが、どんなに”大間違い”で愚かであるかの自覚がない。ゼレンスキーと同じ頭ですね。だから安倍は殺されたんです。 孫埼:なるほど、そうですか。(略)> <pp66ー67 副島:安倍が死んだ(7月8日)あと、すぐに岸田がテレビで国民の前に出てきて、鼻水を垂らしながら、お悔やみの言葉を言いました。 本当は死ぬほど嬉しかったくせに。なぜなら、岸田は、ずっと安倍にいじめられ続けて、我慢に我慢で生きてきた政治家だ。人とケンカが出来ない、お坊ちゃま育ちです。 7月14日の安倍の葬儀には、トニー・ブリンケン米国務長官が来ました。本当は、お金を取りに来たのです。同じく、財務長官であるジャネット・イエレンまで来ました。この2人は、別に安倍家にお悔やみを言いに来たのではない。日本が、ウクライナ戦争で払うべき”分担金”を取りに来た。 ウクライナ戦争で、アメリカが使ったお金の半分は、日本が出したでしよう。アメリカは、ウクライナにタダで提供した「M‐777」155ミリ榴弾砲、高機動ロケット砲システム「HIMARS」や、対戦車ミサイル「ジャベリン」などの兵器のお金を、ロッキード・マーチンやダグラス・グラマン、レイせオン、ボーイングなどの軍事会社に払わなくてはいけない。それは全部で12兆円(800億ドル)ぐらいです。 「約束どおり、安倍をちゃんと処分してやったからな」とブリンケンは岸田に言ったでしよう。おそらくそのうちの300億ドル(4兆円)を日本が払ったでしよう。岸田がイヤそうな顔をしたのが、テレビに映りました。 しかし、これは世界政治の裏に隠れているお金ですから、絶対に表には出ないお金です。紙きれである米国債を担保として、日本側が受け取って裏帳簿の帳尻だけを合わせます。その度に、日本の円をドルに換えて持ち出している。 そのときの対アメリカお金出し係は、日本財務省の、事務次官に次ぐNo.2の財務官がやります。黒田東彦日銀総裁もかつて財務官をやっていました。 これまでにアメリカに裏金で渡した日本のお金の残高は、おそらく1800兆円(15兆ドル)ぐらいになっていると思います。 私は、このことを平気で自分の本に書いてきました。誰も本気にされません。このことは、話してはいけないことになっています。日本の財務官のトップ10人ぐらいしか知らないでしよう。政権政治家たちにも教えない。> ******************
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