しきみのレビュー一覧
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舞台の台本のような本だった。
少し見慣れない単語が出てくるので、辞書を引き引き読んだ。結構面白い。
夜叉ケ池という池の麓から帰ってこない晃を訪ねて学円が村にくる。晃は百合という女性と暮らしていて、村で鐘をつく仕事をしているのだと言う。代々、鐘を1日に三度鳴らさねば、村が山津波で滅ぶのだと言う。
村人たちは信じていないものも多いが、先代の爺さんはやり遂げる。この鐘本当に効果があり、魑魅魍魎の世界が描かれたときも「鐘が鳴っているから」と村を滅ぼせない。
ただここの村人は最悪で、旱が来たら「村1番の美女を裸にして牛の背に乗せて夜叉ケ池まで運び、そこで男たちが宴会をする」という行事をやる。もちろん美女本人の有無も言わさず、旦那が留守の隙に攫ってきていて狼藉もいいところ。1日だけだよと村人は言うけど、明らかにただ裸にされて牛の背に乗っているだけではないだろう。酒の入った男に襲われるのも混みで考えると、神仏への雨の祈願、と言うより、旱で村人の溜まったストレスの発散、の意味合いが強いように思う。福井の山あいの村で、都会との往来が少ない立地だと、女性に逃げ場がなくて最悪の習慣だと言える。現に、以前の美女に選ばれた白雪は、その後居た堪れなくて死んでしまっているし。
晃も百合も死んでしまい、ま、こんな村滅んじまえばいいな!と鐘はつかれず村は滅ぶ中、夜叉となった晃、百合、白雪の笑顔が見れるラストは圧巻!
ただ京大の先生で本願寺派の坊主の山沢学円も死ぬように思うが、そこは良かったのか?3歳の子供がいるんだよ?
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Posted by ブクログ
勘違いしていました。桜の樹の下に屍体を埋める話かと思っていました。まさか、ほとんど今昔物語とは。
山賊と妖しげな姫との話。どちらも人でなし。その彼らが、満開の桜の下だと、更に「気違い」になるという話でした。
初出は「いづこへ」真光社1947(昭和22)年5月15日発行だという。だとすれば、此処に出て来る数多の殺戮、首遊びの大元は、その数年前の戦争だと思います。
ペチャペチャとくっつき二人の顔の形がくずれるたびに女は大喜びで、けたたましく笑いさざめきました。
「ほれ、ポッペタを食べてやりなさい。ああおいしい。ああおいしい。姫君の喉もたべてやりましょう。ハイ、目の玉もかじりましょう。すすってやりましょうね。ハイ、ペロペロ、あら、おいしいね。もう、たまらないのよ、ねえ、ほら、ウンとかじりついてやれ」
これを絵に描いてくれるかと一瞬期待したのですが、出版コードに引っかかったのかしら。意気地のない‥‥。
ほんの数年前まで南方の国で腐った死体の側を歩き、西方の国で村一つ分を殺戮し尽くした人が、うじゃうじゃいた東京で、書かれたお話です。
桜の森の満開の下で正体を現した鬼婆は、本当に鬼だったのか?きしみさんの解釈は、「元に戻れば」また、鬼の角を持った美しい姫君、でした。坂口安吾の描写に角はありません。果たしてどちら?私は後者です。鬼の正体は、人間だったのです。
桜の下で、2人は「ひとりの男と女」に戻ったのです。つまりは、そもそもの世界が正気でなかったのです。そんな時桜の下に行けば、この世のものとは思えない「美」に触れます。2人とも「気が狂い」人間になったのでした。
坂口安吾初読み。
乙女の本棚シリーズ初読み。
未読のもののみ、偶には読みたいと思う。所謂、古典読みの手段の一つとして。
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3作目になるのかな?
はやみねかおる先生のルームシリーズ!
読みやすいし、面白いし、テーマも新しくて、このシリーズ結構すきです(/ω\*)
今回は人生をリセットする、リセットルームなるものがテーマで、リセットしたいと思っている人達を集めてテスト(実技?)をし、合格者1名にだけ、そのリセットルームに入ることができるよーテスト頑張ってー的な話。
その中でイレギュラーが発生して、推理して……ってなっていく感じ。
児童書ならではの、説明多し的な文もあるけど、それはそれとして、テーマがテーマだけに、それぞれが自分の悩み?と向き合っていかなきゃいけないっていう、前を向いていける話になっているの、素敵だなって。
うちみたいなのでも、あれ、こうゆうことじゃ?って分かる部分もあったけど、あ、あの雑談?の時の話がここで繋がるのか、何かあるとは思ってたのに忘れてた……的なアハ体験?もできて、とても楽しめましたんฅ(*´꒳`*ฅ)ꪆ -
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乙女の本棚シリーズの一冊。
複雑な気持ちになる。話自体はもう何度目かわからないくらい読んでいる。やはり傑作だ。で、今回は初めてイラストつきで読んだ。そこで思ったことは、乙女の本棚シリーズに入っていることで、イラストつきの「押絵と旅する男」に出会うことの意味である。イラストで固定されたイメージで読むことになってしまい、イラストなしで初めて読む経験が奪われてしまうことになる。それは不幸なような気がするのだ。しかし、一方で、乙女の本棚シリーズに入っていなかったら、この作品とは出会わなかったことも考えられる。それもまた不幸なことだ。これは、イラストなしで読むことができた優越感から出た感想なのかな。乙女の本棚シリーズの功罪といえばいいか。もう少し考えてみたい問題だ。 -
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萩原朔太郎の『猫町』と素敵なイラストがコラボする、乙女の本棚シリーズ第1段2冊中の1巻です。
極度の方向音痴である主人公は、ある時自分のよく知る町で違和感を禁じ得ない場所へ迷い込みます。
そこは全てのものが反転した似て非なる世界で、徐々にこの不可思議な世界へ行き戻る方法を習得していくのです。
北越の温泉地を訪れた際、普段とは違う世界へ迷い込んでしまった主人公。
そこは山とは思えない上品な街並みの都会で、行き交う人々にも気品が溢れています。
しかし、いざ元の世界へ戻ろうとしたところ…。
猫、猫、猫、猫、猫、猫、猫。
不可思議で美しい純文学を不可思議で美しいイラストが彩り、世界観を更に色濃く描く良書です。 -
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ふとある芸人さんの本の内容を思い出した。
まったく本を読まない芸人さんの読書経験を綴った本であったが、「どうして単に文字が並んでいるを読むだけでシーンが頭の中に浮かぶのか、この仕組みは一体なんなのだ」…というようなことだったが、それもまた文字の精霊の力、ともすれば文章の精霊の力というものなのだろうか。
たしかに、なんでもない文字という記号の列だけで、見たこともない文明の街並みや老学者の様子が頭に浮かぶ。
それを元に、しきみ氏がこうしてイラストを添えている。
読書をする人間にとって、当たり前すぎることを、否、人間として生きるうえでも当たり前すぎることを、揺さぶられる短編だった。
…それも、文字を通しての体験というのがまた。
それを、誰かに伝える感想が、こうして文字打たれる形になるのもまた。 -
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はい、42おネェ
坂口安吾が「恋愛」について考えた随筆になります
内容は「恋」と「愛」の違いから始まって…
ん?
ちょっと待って
わい、随筆って書いたけど、ものによってはこの『恋愛論』はエッセイと紹介されてたりするんよね
なんとなく違うもののような気もするし、でもそもそも「Essay」の日本語訳が「随筆」じゃなかったっけ?ってことは同じもの?
「恋」と「愛」の違いの前に「エッセイ」と「随筆」の違いが気になってきたー!
わいのイメージとしては、「エッセイ」はちょっとポップで、日常の出来事をユーモアを交えて語るみたいな感じ
一方、「随筆」はもっと重厚で、深い考察と共に、普段思ってることを語る感じ
ということで、検索してみました!
「随筆とは、本当にあった出来事を書いたもの、日々の暮らしに役立つ実用の文学、エッセイとは、心のありようを描いたもの、人の豊かな心、感動に触れられる真実の文学。(コピペ)」
むぅ
よく分からん(分からんのかい!)
で、結局『恋愛論』はどっちなんだい?
うーん、よく分からん
いっそ、あいだ取って高橋一生(たかはしいっせい)ということで!
いや、何と何のあいだやねん!( ゚д゚ )クワッ!!