小川哲のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレあまりこれまで短編集を読んだことがなくて、なんというか、書ける分量が短い分、身近な内容が多く掲載されていた。
『地図と拳』は満州を主な舞台にロシアや日本も視野に入れながら、大きなスケールで物語が進んだけど、『君が手にするはず〜』はほとんどが主人公の身の回りの出来事を扱っていて、その意味で日常的だった。
個人的には長編の方が好きで、その一方で短編の方が集中して読まないと面白さを掬いきれない感覚を抱いた。日常を扱うなら尚更で、すらすらと読んでそのまま終わってしまう場合もあるのが短編だと思っていて、ただそれだと小説を十分に楽しんだことにはならないと思う。
ここまで『君が手にするはず〜』の感想は述べてないけど、この小説はわりと文章にメリハリを持たせているから、注目ポイントとそこでの主人公の視点や考えがしっかりと記述されていて、それまでの流れを経た上でそこの部分をじっくりと味わえばいいことがわかる。扱う場面自体は日常的だけど、主題がわかりやすいためそこから得られる旨みも感じやすいと思った。
そのうえで、それを楽しいと思うか思わないかは読者次第で、各個人の独自性が左右する。
・追加
「革命前夜」読んだけど、個人的には一番面白かった。ちょっとディストピア的な物語で、その意味で村田沙耶香さんを連想させた内容だった。
須磨先生から急にあんな電報が届いたら、流石に怖いだろうなと。まず、何で自分のことを覚えているのかと思ってしまう。クラスで存在感がなかったのだから、普通は覚えてないだろう。なのに覚えていたということは、須磨先生は自分に懐く大多数の児童よりも、そうでない少数の児童の方に意識を向けていたことになり、その捩れに恐怖感を抱く。
次に、なぜ1年の付き合いしかないのに、お祝いのメッセージをわざわざ送ろうと思ったのかと考えてしまう。まして、小学校の頃の教師-児童関係なのだから、よっぽど関係性が深くない限り(それこそ、作中の唐沢みたいな)、連絡を取るなんてことにはならないでしょう。なのに、連絡を送ってきたこと、そこに潜在する打算的な意図を読み取ってしまい、恐怖を覚える。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ面白かった点
•抽象化と個別化の往復
抽象化と個別化を行き来することで、知らない世界についても書くことができる。見えた世界を抽象化し、別の世界に置き換えて個別化する。
•情報の順番
文章で何かを表現するときは、順番をどうするか決める必要がある。そして、順番を決めること以上に重要な要素はない。情報の順番が、小説という空間の立ち上がり方を規定する。
読者の客観的な視点に寄り添った順番で描かれていると、わかりやすく読みやすい。しかし、読みやすいことと価値があることは同義ではない。むしろ、視点人物である「私」がどのように世界を認知したかという点がないがしろにされる。
エンタメ作品には、視点人物と読者の情報量の差を最小化する戦略が多い。つまりエンタメでは読みやすさが必要条件であり、こういったタイプの文章が求められている。
•読者との契約と「内輪」
小説は、作者と読者の間に関係値がない状態から始まる。あらかじめ契約が結ばれていないため、作品の中で契約を結ぶ必要がある。
文脈は文章から読み取られ、書かれた内容以上の情報を読者に与える。小説とは、いわば文脈をコントロールする技術でもある。顔の見えない読者を想定する想像力が必要で、小説家には特殊なコミュニケーション能力が求められている。
小説は内輪であればあるほど面白いとも言える。「この話の面白さは私にしか理解できない」という思いを強く与えることに成功すれば、読者は深く感動してくれる。どれだけ読者に「私に向けられた話だ」と思ってもらえるか。そこに文章技術の秘密が宿っているとも言えるだろう。小説の中で読者と内輪を形成し、伝えたい情報をより簡潔に、より深く知ってもらうために言葉を費やすのだ。
•伏線の定義
伏線は一般に、①その後の展開を暗示する描写、②意外な展開に対する違和感を減らすための描写、と定義できる。
しかし、小説の骨格そのものが「展開を暗示すること」と「暗示されていない意外な展開への違和感を減らすこと」の2つによって成立している。つまり、伏線という概念をわざわざ立てることにはあまり意味がない。
•答えではなく問いから書く
主張や設定から小説を書こうという発想は行き詰まる。主張や設定は後から考えるべきで、最初に考えるべきなのは、書いてみたいことや考えてみたいことだ。自分が小説という手段を通じて何を書き、何を考えてみたいのかを考える。言い換えれば、大事なのは答えではなく問いだ。
問い自体は陳腐で構わないし、その時点で自信がなくてもいい。小説の面白さは執筆の過程で必ず生まれてくる。創作をする上で気をつけなければならないのは、過程で生まれたディテールに宿る面白さの種を逃さないことだ。
•アイデアに必要な力
小説のアイデアに必要なのは、いわゆる発想力などではなく、偶然目の前に転がってきたアイデアをしっかりと積み上げる能力ではないか。
•他者の物差しと分析
小説に限らず、あらゆる創作物に共通する性質について。商業的に成功するのはおそらく2パターンしかない。①もともと読者(他者)の物差しを内面化している人、②なるべく読者(他者)の物差しに合うように自分の物差しを調整した人、のどちらかだ。
自分の物差しを調整するために必要なのは分析である。分析に意味がないわけではないが、分析は非常に難しく、マーケティングのように分析すればいいというものでもない。さまざまな仮説を立てつつ、最終的にまだ誰も立てたことのない問いを検証する地点まで到達しなければ、意味のある分析にはならない。
では分析の質を上げるにはどうすればいいか。実は、作品を発表することが一番の近道なのではないかとも思う。
•価値観を加えない
どの観点にも、自分の価値観を加えないことが大切である。
•第11章「小説の見つけ方」
実際に小説を書いているときの思考過程が書かれていて面白かった。小説は、作者が何を表現したかではなく、読者が何を受け取ったかによって価値が決まる。
•あとがきの後の短編
あとがきの後に収録されている小説は、まさに小説家の悩みについて、まるでノンフィクションのように書かれた短編だった。最後に読むと、より面白かった。
全体を通して
小説について書いてはいるものの、基本的にはコミュニケーションや情報の提示の仕方というところに帰結しており、その点でも勉強になる内容だった。
特に、言ってしまえば「結論ファーストで伝える」といった内容や、「相手にどう受け止められるかが全て」というような受け手目線の考え方は、あらゆる現場で共通するものだし、分野を横断して大事な考え方だと思う。
つまり「自分本位であってはいけない」ということ。小説家が語る創作論でよく出てくる、一番コテコテの内容が結局書いてあったようにも思う。ただ、その「自分本位になってはいけない」という短い言葉を細かく分析し、どのように考えていくべきか、実際はどうなのかという方法論まで書いているのが面白かった。
自分で買った本ではなかったので、未知との遭遇のような形で楽しめた。自分ではこういった本は買わないだろうから。 -
Posted by ブクログ
クイズ番組の決勝の最終問題で0秒押しをして、番組を破壊した真相を突き止めようとする話。
決勝戦を準えながら、過去を回想し、ゆっくりと真相に近づいていく感じはドキドキ感があってとても面白かった。
クイズノックの取材と本を題材にしていることもあり、クイズに対する想いに説得力もあり、主人公の熱意も、対する本庄の熱意もまさに競技そのものだった。
オチは現代ちっくなものではあったものの、確かにそれ以上のものは描けないかと納得のいくものではあった。それを受けて主人公のクイズに対する想いの変化も、一つ見どころだった。
何でもかんでもクイズにしてしまう職業病みたいなクイズマニア。まさにオタク小説といったところであるが、クイズの奥深さも知ることができてさすが直木賞作家だなと思った。 -
Posted by ブクログ
作者自身の名前と職業を作中に持ち込み、ノンフィクションと思わせる仕掛けも面白い、“承認欲求のなれの果て”連作短編集。本物と偽物、現実と虚構のバランスが絶妙でした。
「プロローグ」
まず「プロローグ」では、作家の道へ入るきっかけともいえる、就職活動中のエピソードが描かれます。
朝井リョウの『何者』当時就職活動をする若者たちを思い出しました。
ただ、こちらはもう少し哲学的というか。
目の前の出来事をそのまま受け取らず「考える若者」たち
「三月十日」
初出は2019年、『小説新潮』。
東日本大震災から8年目に書かれた、震災前日の記憶の物語です。
震災について、かなりぎりぎりのところを攻めている文章で、その前の日の「日常」だったはずの記憶との齟齬を追求していく。
3月11日の記憶は、誰もが鮮明に覚えている。
けれど、その前日は、なぜかほとんど覚えていない。
重要ではなさそうに思える前日の記憶が、彼にとっては決して「なんでもない日常」ではなかった。
そこを掘り起こしていく過程がとても面白かったです。
「小説家の鏡」
小説家が、嘘に対して誠実に向き合う、という心理を得た物語。
オーラリーディングの占い師の虚像を暴いていくという、これもまた、かなりぎりぎりを攻めた話です。
でも最後に、その占い師を小説家と同類のように収めてしまうところが、また良い。
嘘をつくことと、小説を書くこと。
「君が手にするはずだった黄金について」
高校時代の同級生だった友人が、投資詐欺事件の当事者となっていく。
この友人のブログのタイトルが「ギリギリ先生」。
小川さん自身も、この短編集で「ギリギリ」を狙っていることを、どこか肯定しているようで面白かった。
自分の才能を創作するために黄金律を目指しながら、いつの間にか銀色律を侵食してしまった友人。
崩壊していく友人の虚構の中に、小説家である自分との同類性を見つめているようにも思えた。
「偽物」
正真正銘の偽物は、侮れない。
「受賞エッセイ」
これは、山本周五郎賞受賞のエッセイなんでしょうか。
最終選考に残った日の、金融機関とのもう一つの思い出を楽しく読みました。
そして、私も最近あった銀行でのトラブルを披露いたします。
日本で大きな銀行の一つから、電話がかかってきました。
家人宛ての電話で、この時代に珍しく振込相違が起きて、うちの口座に入る予定のない振込みが入ってしまった。
返金に同意してほしい。ついては、組み戻し伝票を郵送するので、記入して返送してほしい。
了解して、郵便物を待ちました。
届いた伝票には、届出印の押印が必要でした。
10年近く押印した記憶がなく、印鑑に自信がなかったので、近くの支店に向かい、そちらからの郵便物を見せて、印鑑の確認をしたいと申し出ました。
すると、
「ご本人様確認ができないと、印鑑確認はできません」それは 夫の口座。
そやな、それはそやな。
だけど私は、返金しなくても別に構わんぜよ。
わざわざ早く返してあげようと思って、店まで来たんよ。
その気持ちは、どこへ持っていけばいいんや?
知ったこっちゃないと思って、適当に押印して郵送することにしました。
そして、近くの信用金庫に口座開設しました。
「革命前夜」
何を、どうする革命の前夜なのよ?
このタイトルのセンス。
これは、作者が直木賞作家・小川哲となるずっと前、小学生だった頃の本当の思い出なのだと思いたい。
-
Posted by ブクログ
面白い小説とは何かを追究する姿勢から
小説への深い愛情と、読者に面白いものを届けたいという強い思いが伝わってきました
時折ちらっと顔を覗かせる
葛藤や苦悩など人間臭い部分にほっとしつつ
小説の読み手としてこれまでとは違った視点から小説を読む楽しさを知って
世界が広がったような読書体験でした
純文学とエンタメ小説
それぞれの読み手が何を求めているのかという考察が興味深かった
自分の内面を満たしたいのか
知的好奇心を満たしたいのか
そのとき自分が何を求めているかによって
読みたい本が変わっていることに気づきました
近い将来、AIが書いた小説が台頭してきても
「人間が書いた唯一無二の小説が最高!」
と言えるような
成熟した読み手でありたいとも思いました
最後に掲載された
小説「エデンの東」
「一緒に面白い小説を作っていこうよ!」
と著者から私たち読者に向かって
呼びかけられているような気がしました