小川哲のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
何かの書評をみて、何気に買ってみた本。ジャンルはSF?小説?とにかく引き込まれました。話の内容は、想像と全く違う笑 ポルトガルについて全くの無知!なので、頭が追いついていかない、、、でも途中から、どんどん進む速さが速くなります。
カンボジア
ポルポト
革命
聞いたことあるけど、全く知らない世界の話
でも、それは確かに存在した事実が含まれていて
事実の上の物語だからこそ、現実に
重ねることができたと思う。
人生で、カードを最後まで引き続けるのは
怖いことだし後悔することもあると思うけど
引かないとそれもわからない
人生のルールは、つくられてるけれど
つくってもいける
自分の物語は、あるようで -
Posted by ブクログ
ユートロニカのこちら側
近未来、監視社会ディストピア。
複数の視点からの物語で構成されている。
各々の事情でアガスティアリゾートという居住特区に関わり、サーヴァントと呼ばれる個人情報を収集し情報を基にアルゴリズムされたAIと自己意識の葛藤を描く群像劇S F ストーリー。
人々は個人情報を提供することで労働から解放され、日々の選択もサーヴァントに依存する生活で、日々の様々な選択からも解放される。
果たして自らで考えることを図らずも放棄した人々は、自由といえるのろうか。そこに意識としての自己は存在するのかを考えさせてくれる。自由とは何か。不自由があるからこその自由。自由の定義。意識と無意識。やがて -
Posted by ブクログ
小川哲さんの作品を書かれた順に読み始め、ユートロニカに次いで2作目。この方の作品は科学、政治、宗教とか哲学、犯罪が織り交ぜられていて、深い。
田舎の村では昔からの流れ(風習)で運営されているが、掟のようなものは存在する。何か問題が起きると呪術とか祈祷のようなものが判断に大きな影響を与え、村長の判断が全てだったりする。
これが国の単位になるともう少しルールができてくるが、ルールが不完全だったり、ルールはあっても正しく運用できていなかったりする。他国との外交とかが絡むとさらに複雑化する。
ルールに従ってどう勝つか、どう楽しむかを考えるのがゲームだが、国の運営はゲームほど明確なルールが決まって -
Posted by ブクログ
プライバシーと引き換えに労働から解放されるという世界があったとき、人はどう行動するのか?全ての行動を見張られている環境で、ヒトは人間らしく生きていけるのか?見張られているから犯罪も予防できる。起きない。全ての情報を持ち、膨大な情報から論理的に、客観的に正しい判断ができるサーバントに頼り切り、自分の頭で考えなくなる人間。本来人間の召使いであったはずの彼らに取り締まられ、奴隷化して行く。そんな世界を理想と考える人間と、間違っていると考える人間との対立。全てを見張られるという不自由を受け入れることで自由が得られるという矛盾。そんな状況で「自由って何なんだ」と悩んだときに、何千年も信仰され、人間の考え
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Posted by ブクログ
シハヌークからロンノル、そして革命により誕生したポルポト政権。
移りゆくカンボジアの情勢を史実とフィクションを混えて描かれた作品。
これスゴい、、
まだ上巻だけど、めちゃくちゃ読み応えあって引き込まれた。
ポルポト政権って言葉は聞いた事あったけど、無知で詳しい事は全く知らなかった。
歴史に残る独裁政治家。
だけどこれって1970年代の話で、そんなに昔ではないという事が衝撃だった。
凄惨で痛ましい描写にゾッとしながらも、混じえられた個性的なキャラの魅力にクスっと和まされたり、嫌になる事なく夢中で読み終えた。
上巻の話の軸になってたソリヤとムイタック。
2人のこの先が気になる。
下巻が楽しみ -
Posted by ブクログ
小説家という、自分とは異なる仕事を生業にされている方の思考を垣間見たくて手に取った。
流れるような文章で非常に読みやすく、小説家が普段どのような事を考えながら言葉を紡いでいるのか、例文を多分に交えながら解説されており、なるほどこうも考えられていたのか、と唸る内容であった。
それと同時に、筆者のいう小説思考は、ビジネスマンとしても通づる思考だと感じた。
(この世の多くの原理は抽象化していくと似た構造に突き当たる、ということかもしれない。)
・語り手と聞き手の関係性によって適切な情報量は変わる
・小説に必要なのは価値のある「問い」
・自分の価値観を捨てると世界がどう見えるか
・何を書くべきか -
Posted by ブクログ
私は心の何処かで小説家とは自分のかきたいものを書いていて、それが勝手に読者に届いているという一方通行のコミュニケーションだと思っていた気がする。
それはどこか芸術が自分の理解する範疇を超えているという偏見から来るものだったのかもしれない。
しかし作者が書きたいものと読み手が魅力的だと思うものに大きな乖離があるものは良い小説とは言えないという文章を読んで自分の認識は間違っていたのかもしれないなと思った。
相互のコミュニケーションが発生するということを前提にしないとせっかくのアウトプットも価値を見いだせなくなってしまう。
だからといって読者に寄り添いすぎても陳腐な小説になりかねないし何事も他