呉座勇一のレビュー一覧
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織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、石田三成、斎藤道三、真田幸村。
革新的な考えの織田信長は、戦前は、皇室や権威を敬う人物
人たらしの秀吉は、戦前までは、朝鮮出兵により日本の国威発動に寄与した人物
石田三成は、今でこそ忠義の人などと、言われるが江戸時代は、家康に逆らい、天下を簒奪しようとした奸臣
などと時代によって、それぞれの人物像が変わっていく。
等身大の人物像に迫ることも大切だと思いますが、織田信長が天下統一に最も近い人物。石田三成が徳川家康と戦い敗れ去った歴史という事実が、今の歴史に繋がっている。
そこに至るまでは、様々な人物像があっていいと思うし、自分が理想とする行き方は大切だと思う。
道三は油売りではなかったという事実が出てきても、道三という人物の評価が大きく変わることはないと思うし、美濃の英雄には変わりないのではないでしょうか。
戦争に繋がった歴史はあるけど、過去の過ちがあるのなら、それも人物像の中に組み込んで、より理想とする人物像を作り上げていけばよいのではとも思いました。 -
Posted by ブクログ
著名な戦国武将の実像は、どのように変遷していったかを探る。
第一章 明智光秀ー常識人だったのか?
第二章 斎藤道三ー「美濃のマムシ」は本当か?
第三章 織田信長ー革命児だったのか?
第四章 豊臣秀吉ー人たらしだったのか?
第五章 石田三成ー君側の奸だったのか?
第六章 真田信繫ー名軍師だったのか?
第七章 徳川家康ー狸親父だったのか?
終章 大衆的歴史観の変遷
主要参考文献有り。
例えば、明智光秀。同時代人の史料では、野心。
江戸時代は、俗書の創作や儒学者による、怨恨説や常識人。
明治時代からは、野望説や突発的犯行説。
昭和時代の戦後には、司馬遼太郎の作品と大河ドラマ化で
温厚な常識人と、その姿は変遷を繰り返した。
その時代の思想、儒学や朱子学、天道思想、
明治維新等の時勢と戦時下の軍国主義、日本社会の価値観の変化、
そして、大衆文化で様々な創作がもてはやされたことでの
庶民への影響によって人物像は左右されてきた。
特に、江戸時代は徳川史観中心だったのが、明治維新で脱却し、
多くの人物たちの評価が一変している。
また、明治時代の徳富蘇峰『近世日本国民史』、歴史学者の著作、
司馬遼太郎を中心にした時代小説の創作が、如何に、
その人物像に影響を与えたかを克明に探り解き明かしてもいる。
だが、実像が分かる史料自体が皆無、又は乏しいのが、実情。
但し、これからだって斎藤道三のように新しい史料が
発見されることも、無きにあらず。期待してしまう。
反面、創作者としては、魅力的な題材の人物だということ。
だから読む側としては、あくまでも創作。私としては、
想像して創作した人物の物語として愉しんでいますけどね。 -
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数年前に話題になった中公新書の応仁の乱。これをきっかけに中公新書は歴史実証的な著作が増えていく。
本書については、個人的な知識の問題で登場人物がビビッドにイメージできずにやや字面を追っていたところがある。とはいえ、メインのストーリである管領家をめぐる対立がきっかけとなって天下の大乱に至り、和平交渉もステークホルダーの多さから落とし所をつくることができずにまとめることができなかったこと。すなわち、幕府の力が低下し大名をまとめられなくなっていたこと、加えて将軍義政が日和見的でどっちつかずになっていたため、各勢力がお互いの利益を主張しあった結果、いくさにもなり和平もできなかったという点は理解できたんだろう。結局、幕府の力が落ちていてもはやまとめる力を持ち得なかったということなんだと思う。室町幕府のこのどうしようもない弱さはある意味興味深い。鎌倉・江戸と比べて何がいけなかったのか・・・。
加えて、応仁の乱によって京都が荒廃したこと、守護大名が地元で直接統治しないと統治が難しくなったことなどを背景として、京都の文化が各地に広まったということは興味深かった。越前や周防などの小京都と呼ばれる文化を花開かせたことを、多大な被害をもたらした応仁の乱の副産物として見ることもできるわけで、ありきたりだけれど歴史は一筋縄ではいかないなとも思う。
それにしても、現代の基準で見てはいけないことは当然ながら、いくさばかりで庶民はどうやって暮らしていたんだろうという点、そして代替わり時には徳政令を出すのが当たり前とされていて商売人はどうやって対策していたのかという点は素朴に疑問に思う。現代において徳政令なんて出したら金融が成り立たなくわけで、デットファイナンスはなくなってエクイティファイナンスだけになったりするのではと思ったりするけれど、それでも金融業は続いたんだろうし。 -
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今年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の時代考証を担当するはずであった呉座氏による同書は、鎌倉幕府の成立史を頼朝と義時という二人の人物を中心に叙述されている。しかし、伝記的な記述ではなく、彼らが朝廷、貴族社会といかに対峙し、武家政治を切り開いていったという点が重視されている(p.7)。また公武対立が運命的であったとみなす公武対立史観には立っていない。ここに本書の特徴がある。
著者が有名になったきっかけであるベストセラーの『応仁の乱』(中公新書)と基本的には同じスタンスでの叙述かとは思うが、応仁の乱よりも登場人物たちの入り組み方は複雑ではなく、その点、『応仁の乱』よりもわかりやすいかもしれない。
第1章から第5章までは頼朝中心、第6章から第8章までが時政・義時中心だが、大方の読者にとって読みやすくわかりやすいのは第5章までで、第6章以降はなかなか頭に入りづらい。頼朝死後の主人公=義時ではないので、義時の立ち位置や役割が見えにくいのである。
しかし、鎌倉幕府の成立、ひいては武家政権の誕生に関しての諸学説も丁寧に紹介されており、呉座氏の整理が適切かどうかは別としても、興味深いものがあった。