呉座勇一のレビュー一覧

  • 明智光秀と細川ガラシャ ──戦国を生きた父娘の虚像と実像

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    細川ガラシャの国内外での評価、美人とされるようになった変遷を文献をもとに丁寧に探っている一冊。歴史小説の引用もあり。章ごとに筆者が違うため重複箇所あり。まず「はじめに」「あとがき」を先に読むとこの本を出す経緯や目的がよくわかります。まあ親父の光秀の出自がわからないから玉もわからなくて脚色されていても仕方ないだろうなって感じがしました。

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    2021年03月16日
  • 教養としての歴史問題

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    歴史修正主義との対峙について、専門分野の異なった四名の著者の論述がまとめられている。植民地主義の精算についてや、歴史学会における課題など興味深かったが、課題解決の困難さが浮き彫りになる内容でもあった。

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    2021年01月28日
  • 南朝研究の最前線 ここまでわかった「建武政権」から後南朝まで

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    洋泉社版は読んでるので事実上の再読。以前に比べ自分の知識も増えてるからか、すらすらと読めた。前後の時代との連続性を意識すると理解が深まると思う。

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    2021年01月07日
  • 陰謀の日本中世史

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    本能寺の変をはじめとする日本中世史における数々の陰謀・謀略(があったのではないかとされる事件)について、最新の研究成果も踏まえた先行研究を抑えつつ、歴史学の手法に則って客観的・実証的に分析し、陰謀論の誤りをただしている。
    「足利尊氏は陰謀家か」「日野富子は悪女か」「本能寺の変に黒幕はいたか」といった陰謀論の検証を軸に、日本中世史(政治史)の様々な最新学説を瞥見でき、知的な面白さがあった。20年ばかり前になる高校時代の日本史の教科書の記述も、だいぶ古びてきているんだなということを感じた。
    本書は、陰謀論に引っかからないための耐性を身につけるのに有意義な本であるといえる。当時の人々も未来が完全に見通せたはずはなく、試行錯誤の中で歴史を歩んできたのであり、現在の結果を知った状態から逆算して歴史上の因果関係を考えることには、慎重にならなければならないと感じた。

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    2020年09月01日
  • 陰謀の日本中世史

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    陰謀論とは、「世の中(又は自分)がこんなにダメなのは、どこかで誰かが邪魔をしていて、それを取り除けばすべてうまくいく」という考え方だと内田樹の本から学んだ。最近のマスク不足にしても、需要超過(供給不足)が原因なのに、誰かが買い占めて高値で売っているのが理由だから転売禁止にすればいい、という考え方も一つの陰謀論だと思う。
    本書では、歴史の陰謀論について「誰かがあらかじめ仕組んだ筋書きどおりに歴史が進行した」という取りあえずの枠組みを提起し、保元の乱から関ヶ原の戦いまで、様々な大事件についての陰謀論について、それが世の中に受けていても、事実はそんな単純なものではないということが論証されている。その論証が正しいかを正確に判断する素養は持っていないが、陰謀論の方に証拠不足や論理の飛躍があることは理解できた。
    終章に書かれているが、歴史学の陰謀論でも、似非科学でも、専門家は黙殺して関わろうとせず、それがゆえに否定されてないから一般に信じられるという憂うべきことが多い。アカデミズムの人が時間と労力を割いて、こうした陰謀論の否定を解き明かしてくれたことに感謝したい。

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    2020年05月27日
  • 陰謀の日本中世史

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    日本史好きな私にとって
    第一章~第七章の内容も非常に興味深い内容でしたが,
    終章の『陰謀論はなぜ人気があるのか?』
    が一番勉強になりました。

    陰謀論の特徴を
    ①因果関係の単純明快すぎる説明
    ②論理の飛躍
    ③結果から逆行して結論を引き出す
    という3つに分類した上で、
    何故陰謀説が人々に受け入れられるのか
    という問題に対して納得のいく回答が得られ,
    満足しました。

    「フェイクニュース」「ポスト・トゥルース」
    といった言葉に代表されるように,
    誤った情報が蔓延る現代において,
    ここで記載された情報を
    自らのリテラシーとして吸収したいと思いました。

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    2020年04月26日
  • 陰謀の日本中世史

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    『応仁の乱』で有名な呉座勇一による一冊。

    保元・平治の乱から関ヶ原の戦いまで、主に武家が台頭して以降の中世史について。
    いわゆる陰謀論の大半を否定してるので面白みはない。

    ただ、以下の2点は陰謀論に与しやすい自分にとっても勉強になった。

    ・加害者(攻撃側)と被害者(防御側)の立場が実は逆である可能性
    ・最終的な勝者が全てを予想して状況をコントロールしてると考えるのが陰謀論の特徴

    つまり、陰謀論は結果から逆算してるから、後付けで何でも言えてしまう。
    陰謀論は単純明快だし、何よりロマンがあって面白いのですが、安易に信じないように気をつけねばと思った。

    P.S.疑似科学との類似性というのも目から鱗。
     いずれにしても、知識がないと騙されやすいので、気を付けないといけない。

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    2019年08月24日
  • 陰謀の日本中世史

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    陰謀論で溢れかえる巷のトンデモ歴史観を、歴史学の視点からバッサバッサと痛快に斬って捨てる歴史マニア向けの心得本です。
    以前より私も歴史のトンデモ話には眉をひそめていた一人ですが、何で歴史学からの批判が無いのかなあと思っていたら、やはりアホらしくてまともに取り合ってられないということでしたね。
    ですがたとえアホらしくても、学界と一般大衆をつなぐ共有観念としてこのような取り組みは必要だと思っていたのですが、氏のようにある程度名が通った学者が徹底的に斬って捨ててくれたことで、とても良かったと思いました。

    日本中世の話がメインテーマなのでいまひとつ一般の人にはわからないトンデモ歴史もあったと思いますが、この時代はNHK大河ドラマでよく取り上げられる戦国時代を除き、あまり知られていない部分なだけに割と言いたい放題の分野であったとも言えます。
    なので、トンデモ歴史自体が少なくて言った者勝ちのようなところがあるのですが、あと学界自身でも学説としてそういう傾向がよく見受けられるようで、『第六章 本能寺の変に黒幕はいたか』より前の時代ではむしろ研究史整理的な論述も結構あって、これはこれで割と楽しまさせてもらいました。

    氏が言う陰謀論には法則があって、いちいちもっともなことだと頷けることばかりなので、歴史オタクや小説とかからのニワカファンの方はよくよく注意した方が良いでしょう。
    ・最終的な勝者が全てを予測して状況をコントロールしていたと考える。
    ・結果から逆行して原因を引き出す。
    ・事件によって最大の利益を得た者が真犯人と考える。
    ・挙証責任を批判者側に転嫁する。
    ・因果関係の単純明快すぎる説明。
    ・論理の飛躍            などなど。

    私も山岡荘八原作の小説とかドラマとかを観ていて、たいがい全てを予測した動きをとっている人がいるので、苦笑してしまったことが結構あります。まあ小説だからいいですけどね。
    井沢元彦なんかはもっとひどくて(結構、氏とバトルしているようですが)、「学説」ぶって古い古い学説をこれでもかといたぶり、最新学説をさも自分が考えた説のように振る舞い、怨霊と最大受益者だけで歴史がまわっていて、細部の証明は批判者に求めるということで、歴史学者はアホらし過ぎて誰も相手にしていなかったのですが、こんな非生産的な相手にも世の中全体の情報リテラシーのレベルアップに向けてよく付き合っているなあと感心してしまいます。
    あと、氏がよくやり玉に挙げていたのは、立花京子とか明智憲三郎とかですが、自分も立花京子の『信長と十字架』を読みましたが、確かにあまりにもアホらし過ぎて沈黙が支配してしまうのですが、これを誰も批判できない会心の学説だと思ってしまうところが、トンデモ歴史を唱える人たち共通の快楽なんですね。
    ちなみに『信長と十字架』では信長の盛衰の背後でシナリオを描いていたのはバテレンだったという話ですが、当時私はそれならバルカン星人黒幕説を唱えようかなと思っていたのですが(笑)、氏もそれなら宇宙人黒幕説でもよいのでは?と書いてあったので、やはりこのあたりの感覚は共通だと思い少し嬉しくなりました。(笑)

    今後は氏の専門外になるとは思いますが、最後に触れていた近現代史における歴史修正主義者どもの与太話もバッサバッサと斬ってみて欲しいなあ。

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    2019年08月25日
  • 陰謀の日本中世史

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    ネタバレ

    日本史の様々な事件を、確実性の高い資料を丁寧に読み込んで陰謀論の可能性を排除する。何よりも陰謀論が何故受け入れられるのかを述べていた部分が面白い。

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    2019年08月22日
  • 陰謀の日本中世史

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    「応仁の乱」で有名になった呉座先生の本。この本は陰謀論の本が書きそうなことを、その陰謀論が根拠としているものの脆弱性(同時代の記録ではない、そうでないことの根拠となる史料のほうが多い、など)を順に指摘して丁寧に粉砕してくというもので、叩き潰し方の丁寧さが見どころかと。

    なるほど、物事を単純化した陰謀論を唱えるのは簡単でも、それを否定するのはこんなに骨が折れることなのか!という思いが残る本です。

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    2019年08月20日
  • 戦争の日本中世史―「下剋上」は本当にあったのか―

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    応仁の乱で一躍有名になった著者の前著。
    最後に「ハト派こそがリアリズムに徹するべきである。そのために歴史学が貢献できることは、まだまだあると思っている。」また、あとがきに「私は軍事学の専門家ではないし、ミリオタでもない。にもかかわらず中世の戦争を取り上げようと思ったのは、この分野の研究が一番遅れているからだ。」と記載のあるように、鎌倉中期から室町期を通じての戦争(合戦)に向かう武士の姿を丁寧に描き出しつつ、戦争の姿、平和の姿を見いだそうとしている。教科書では単に年表的に過ごされ、歴史小説では武勇伝的に描かれる武士の姿が、単にそれだけではない様子で丁寧に論じられるのが好ましい。また、時折顔を出す今風の表現や、会社組織になぞらえた比喩がこの著者の魅力。

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    2019年07月07日
  • 戦乱と民衆

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    戦史というと記録に残りがちな武将や貴族の物語であることが普通だが、ここでのテーマのように民衆をフィーチャーしたものは珍しい。昨今歴史ブームと言われて久しいが、ブームのおかげでこういう広がりが出てくるから目が離せない。

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    2019年06月18日
  • 陰謀の日本中世史

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    読むのはなかなか骨が折れますが,歴史に対する知的興味を大いに刺激されました。

    一番目からうろこだったのは,「応仁の乱」というのは,実はそういう争いだったのだということ。
    室町時代は,ぱっとした印象がこれまでなかったのですが,「観応の擾乱」といい,愛憎激しく,複雑でドラマティックな時代だと認識を新たにしました。

    著者のベストセラーである「応仁の乱」も手に取ってみようと思います。

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    2019年04月24日
  • 陰謀の日本中世史

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    平安時代末期の保元の乱から関ヶ原に至るまでの、
    有名な乱や事件をたどりながら、陰謀論や諸説の誤りを論破する。
    第一章 貴族の陰謀に武力が加わり中世が生まれた
    第二章 陰謀を軸に『平家物語』を読みなおす
    第三章 鎌倉幕府の歴史は陰謀の連続だった
    第四章 足利尊氏は陰謀家か
    第五章 日野富子は悪女か
    第六章 本能寺の変に黒幕はいたか
    第七章 徳川家康は石田三成を嵌めたのか
    終章  陰謀論はなぜ人気があるのか?
    参考文献有り。重要なことは太字で強調。
    世に様々な“陰謀論”が溢れていますが、それらの誤りを指摘し、
    論破するという内容です。これがなかなか痛快(^^♪
    が、それ以上に、そもそもの乱や事件の状況がわかりやすく、
    簡潔に説明されているところが良いです。
    人物の相関関係、時系列、地形と場所の他、史料の読み方も。
    “陰謀論”における、思い込みや検証の不足、反証の拒絶等、
    疑似科学との類似性の指摘も面白い・・・なるほどトンデモ本ね。

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    2019年04月20日
  • 戦争の日本中世史―「下剋上」は本当にあったのか―

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    鎌倉幕府末期から南北朝の争いを経て応仁の乱までの日本中世、戦乱は乱発し、武士たちにとって「死」は身近な時代だった。だから、その時代の日本人は今とは違って、喜び勇んで戦乱に身を投じていたと考えるかもしれない。

    しかし、どの時代だって、人間は死を恐れるし、平和に暮らしたいはず。そう考えて日本中世史をながめてみれば、違う世界、人間が見える。

    南北朝に分裂した天皇家と足利将軍が争い合う時代、武士たちは裏切りを繰り返し、複雑で混沌としていた。著者はこうした離合集散する武士たちのマインドについて、死を避け、富を得るために戦闘参加していたとシンプルに定義する。忠義、正義なんて言葉が登場する前の時代であればこその斬新な発想。

    武士同士の戦闘に大義や革命、階級闘争なんて大げさな意味を見つけようとせず、現代と同じ人間の行動だと割り切ってしまえば、臆病で、子孫を守りたいという今と同じ感情が浮かび上がる。歴史上の人物はドラマチックであってほしいという大河ドラマファンと歴史学者の考え方は異なるのだ。

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    2019年02月11日
  • 一揆の原理

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    一揆といって一般に連想される「百姓一揆」は一揆の典型例ではなく、むしろ亜種である。
    一揆とは中世における人々の連携・連帯・コラボレーションの総称であり(意訳)、現代にも通じるものがあるというのが著者の見解である。
    ざっくりまとめすぎて、我ながら大胆かなと思う。

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    2018年12月31日
  • 陰謀の日本中世史

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    陰謀に繋がる考え方の実例・パターンを知ることができて面白かった。
    状況証拠に基づいているから、どうとでも解釈できてしまう。

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    2018年12月04日
  • 戦争の日本中世史―「下剋上」は本当にあったのか―

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     「応仁の乱」よりずっと読みやすく分かりやすい。ぼくのような素人が応仁の乱の上っ面だけを知りたいのなら、本書最終章の「山名宗全と戦後レジーム」以降だけで充分。とは言え、そこに至る過程を知っておく方が遙かに理解は深まる。

    はじめに――「戦争の時代」としての日本中世
    第一章 蒙古襲来と鎌倉武士
    「戦争」を知らない鎌倉武士/蒙古襲来は避けられた戦争?/鎌倉幕府の“平和ボケ”/一騎打ちは本当にあったのか/鎌倉武士の装備/武士団の構成/日本軍の弱点/「モンゴル軍優勢」という虚構/「神風」は吹いたか/モンゴル軍撤退の真因/戦後日本の「平和主義」/遺言状を書いて出陣/幕府権力の変質/「戦時体制」と鎮西御家人/鎌倉後期は「戦争の時代」か
    第二章 「悪党」の時代
    楠木正成は悪党?/『峯相記』に描かれた虚像/訴訟用語としての「悪党」/宗教用語としての「悪党」/「悪党」論の限界/有徳人=ヒルズ族の登場/有徳人はなぜ僧侶なのか/坊主の姿をした武士たち/「一円化」というサバイバル/「都鄙名誉の悪党」寺田法念 「悪党」は強かった?/なぜ鎌倉幕府は滅びたのか
    第三章 南北朝内乱という新しい「戦争」
    後醍醐天皇と足利尊氏/“圧勝”が後醍醐天皇を過信させた/足利尊氏は躁鬱病か?/東奔西走する兄・尊氏/「政道」を任された弟・直義/幕府の内紛で“六〇年戦争”に/守護と大将/転戦する武士たち/略奪という軍事作戦/兵粮料所の設定/半済令とは何か/陣夫と野伏/「戦術革命」はあったか
    第四章 武士たちの南北朝サバイバル
    戦いたくない武士たち/続出する戦死者/死地に赴く気構え/戦死以外のリスク/武士たちの危機管理型相続/一族団結の必要性/それでも団結は難しい/思いがけず長期化した内乱/「天下三分」はいい迷惑/遠征の忌避と「一円化」の進行/「危機管理システム」としての一揆/戦時立法だった一揆契状
    第五章 指揮官たちの人心掌握術
    催促か勧誘か/戦うお公家さん/北畠顕家の地方分権論/北畠親房は“上から目線”か/親房の「失敗の本質」/今川了俊は悲劇の名将か/足を引っ張られた了俊/大将はつらいよ/約束手形をばらまく/大義名分を説く/大将同士の交渉/軍勢の「勧進」/旅する僧侶/「勧進」も軍功/大将たちの「大本営発表」
    第六章 武士たちの「戦後」
    遠征は諸刃の剣/足利義詮の挫折/畠山国清の勘違い/遠征はもうこりごり/大内氏・山名氏の「降参」/応安大法は“大規模戦闘終結宣言”/戦闘態勢の解除/足利義満の一族離間策/内乱の幕引き/弓矢よさらば
    終章 “戦後レジーム”の終わり
    妥協の産物としての「室町の平和」/足利義持と諸大名の“手打ち”/“ハト派”の重鎮、畠山満家/「戦後レジームからの脱却」を目指して/室町幕府の「終わりの始まり」/追いつめられた赤松満祐/将軍犬死/「幕府を、取り戻す」/空洞化する京都/山名宗全と“戦後レジーム”/足利義政の錯誤/足軽と土一揆/村の“集団的自衛権”/勝者なき戦争/墓穴を掘って下剋上/平和は「きれい」か[/private]

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    2018年11月04日
  • 戦争の日本中世史―「下剋上」は本当にあったのか―

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    元寇から応仁の乱までの日本の戦争や体制の変遷を記述。著者は、外的な要因としての蒙古襲来よりも、その後の南北朝時代の方が、全国の普通の武士たちを本格的な戦争に巻き込んでいったとみる。
    著者は、民衆が権力を打倒するために決起するという「階級闘争史観」を批判的に見ている。例えば、鎌倉幕府の滅亡は、北条氏の専制支配への不満が高まり体制打倒の機運が生じた背景があると説明されることが多いが、当時の人たちは当初鎌倉幕府の滅亡を想像もしていなかった。楠木正成のゲリラ戦で人々の不平不満が一挙に噴出していったという。

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    2018年10月21日
  • 戦争の日本中世史―「下剋上」は本当にあったのか―

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    荘園制が終わりの始まりを迎えた平安後期から戦国大名が統合的な統治を実現する16世紀にかけて、天皇家・公家の統治は空洞化し、権力と経済力を蓄えてきた武家により解体されていく。このプロセスがあったからこそ日本版絶対王政というべき豊臣政権・徳川政権が実現したのだし、その前に「戦争の中世」があったのは欧州も日本も同じ。本書はその戦争の中世の中後期、13世紀末の蒙古襲来から15世紀の応仁の乱前までを考察し、武士や民衆の下剋上が線形に美しく進んでいく、という唯物史観に警鐘を鳴らす本。ただ、線形ではないが、トータルで見れば下剋上が進むことで新秩序の実現に近づいていくことは間違いないだろう。

    室町幕府の失敗は守護大名に京都近隣の大領を与えたことである、と言われる。江戸幕府は関東近隣には親藩や小身の譜代を配し、参勤交代や様々な賦役を課して大名のパワーを削ぐように努めた。そういう「元和偃武レジーム」の中で大名間の私闘の禁止が定められる。これは、鎌倉幕府や室町幕府の当事者には思いもつかなかったことかもしれない。

    鎌倉将軍は関東の御家人に推戴された存在に過ぎず、各国の守護は任地内の動員権を持つに過ぎなかった。武力で木曽源氏と平家を圧倒して壇ノ浦まで遠征したとはいえ、日本中の武士が「鎌倉幕府になど従わない」と蜂起したならば、頼朝の平和はあんなに早くは実現しなかったに違いない。

    当時の武士は荘園の現地管理人ないしは在地領主に過ぎず、近隣との小競り合いから身を守るのが仕事だったが、南北朝期にオレに味方すれば敵方の領地を取らせて遣わす、という書状を乱発する迷惑な存在が出現し、戦闘が各地に広がる。その時の現地司令官が守護・大将であり、武士たちを脅したり宥めすかしたりして動員し、食糧を賄うために中央貴族の荘園を接収するのが仕事だった。司馬遼太郎さんは「尊氏は部下に気前よく領地を与えた」と分析したが、そういう意識はなく、最適な軍団配置を考えたに過ぎないのだと思う。

    やがて彼の孫が「義満の平和」を実現し、呉座さんはこの時の一連の政策を「戦後レジーム」と呼んでいる。義満も有力守護の力を削ごうと相続介入という手法を編み出すが、結局は武力行使にならざるを得ない。義満の孫の義教は将軍権力強化のために更に守護人事に介入するが、もともと脆弱な戦後レジームを更に脆弱にするに過ぎなかった。そして応仁の乱。短い平和に終止符を打ったこの戦いの原因は日野富子ではなく、南朝方から降る時に優遇され、京都近隣に大身を得ていた山名氏に求めるべきと呉座さんは言う。

    元和偃武は義満の平和に比べ長く続き、強固であったが、その重要政策の一つに儒教がある。忠孝という価値観が導入され、平和下での武士のあるべき姿が模索された。我々はそれをサムライだと思っているけど、中世の武士は江戸期のサムライではない。清廉なサムライが惰弱な貴族の世を変えた、という階級闘争史観では中世を語れない。近隣領主と小競り合いを繰り返し、貴族の荘園を横領し、守護大名になっても武力闘争を止めないような連中だったが、やがてそういう統治体制も限界に達し、新しい姿の武士が統治者になっていく。そういうことなのではないか。

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    2018年10月07日