呉座勇一のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
序文を読み流したため、本書が良くある歴史人物の
名言集から導く歴史テーマの解説と思い退屈気味に
時間をかけて(飽きて)読んだが、最終章を読んで
言葉(虚実併せて)から内面を問う武士の本質を紐
解く一書だと分かる
昨日知った藤木久志先生が説く「自立の村」に通じ
る自立救済が中世初期の武士の発想の根源だったが
やがて暴力の社会にも秩序が生まれ「喧嘩両成敗」
という「秩序」らしき慣習になり、戦国大名という
組織が利用して戦の世のルールとなる
やられたらやり返すが家臣たちの中で乱発すること
は組織崩壊になるので、理由の如何を問わず喧嘩を
したら双方死をもって償う、(自力救済)報復を我
慢して仰いだ者に -
Posted by ブクログ
P312 承久の乱の歴史的意義
朝廷や院政、荘園制といった政治、社会体制を否定しなかったものの、幕府の権益は拡大し、朝廷は固有の武力を失い戦力不保持を強要された。
それまでは朝廷が独自の軍事力を持っており、その軍事力をもって後鳥羽上皇は挙兵した。しかし挙兵してみると従軍する武士は少なく、在京御家人をはじめ幕府方に付く者が多かった。ここで後鳥羽上皇は三浦義村を寝返らせることを画策していたようだが失敗。御家人筆頭格でもあった三浦が幕府方に付いたことは、他の御家人にも影響を与えた。
天皇制の形式化、武家政権の誕生が北条家をたどることで見えてくる。あと三浦義村の存在の大きさを改めて知って驚いた。 -
Posted by ブクログ
司馬遼太郎の描く小説は、山岡荘八とか他の歴史作家が描くものに比べたら、すごく客観的で思い入れがあまりなく、その分公平な視点で書かれていて面白いなあと思っていたのだが、それを史実として読んではいなかったように思う。しかしこの本を読んでみると、やはり一定程度、史実として読んでいたんだなところ気付かされた。
結局のところ同じ、家康や信長、秀吉や明智光秀などの評価はその時代時代の価値観によって左右されるとのことなのだけれど、ではつまり、生きる時代によってどう捉えるかは皆んなの自由なのだから、実像と虚像という視点は持たない方が良いんじゃないかなと思った。 -
Posted by ブクログ
日本国内の歴史修正主義の問題点や歴史修正主義の議論への対応に対する検証はもちろん今でも意味の大きい議論だとは思う。また、2020年に本書が出版されたこと自体にも大きな意味はあったと思う。
ただ、出版後2年でいろんな出来事があったり、いろんなことが分かったりした今読んでも、タイミングが遅すぎた
他方で、旧宗主国と旧植民地との関係に視野を広げた議論や、その関係性の議論をベースとした日本と韓国、アジア諸国との関係の議論は、高校の世界史で習っている歴史が基礎となってきる議論のはずなのにあまり考えていなかったことに気づいた。自分にとっても視野がが広がったと思う
4勝以下は流し読み -
-
ネタバレ 購入済み
素直に「司馬史観批判」と。
2022年6月読了。
近著『頼朝と義時』が大変面白かったので、こちらも、と思い、購入。
さて本書、好き放題書いたりメディアで訳知り顔で喋ってる「在野の」歴史家さん達の振舞いが目に余るので、『本職の研究者』として、(歴史を)分かった風に勝手に語るな!って思いが沸き上がってきて書かれたのかなw?と云う様な印象を受けました。
自分はたまたま愛読紙で、東大史料編纂所教授である本郷和人先生の連載コラムをいつも読んでいるので、研究者ならではの「そんな事、どの一次史料にも書いてないんだってば!」と云う忠告(お怒りw?)の気持ちはよく分かります。
確かに、巷間言われている事で「ソレって -
Posted by ブクログ
ネタバレ<目次>
第1章 明智光秀~常識人だったのか?
第2章 斎藤道三~「美濃のマムシ」は本当か?
第3章 織田信長~革命時だったのか?
第4章 豊臣秀吉~人たらしだったのか?
第5章 石田三成~君側の奸臣だったのか?
第6章 真田信繁~名軍師だったのか?
第7章 徳川家康~狸親父だったのか?
<内容>
戦国期の有名武将の真実は?むろん今となってはわからないのだが、その実像に迫るべく、近世から現代までのさまざまな文献にあたって、その実態を解明していく本。なので、かなりの歴史好きでないと、ついていくのが大変かもしれない。「あとがき」に書くように、「俗流歴史本」の流布による、「間違った」 -
Posted by ブクログ
源平の時代や、鎌倉・室町時代は個人的には馴染みがなくてついていけなかった。
本能寺の変の各種陰謀論や、秀吉亡き後の徳川家康や西方の動向に関しては面白かった。
明智光秀の話に必ず出てくる、家康饗応時の失態で信長が激怒した話や、光秀が母親を人質に差し出して結局はりつけにされてしまった話は、江戸時代の創作だそうだ。それに基づく本能寺の変の怨恨説を否定している。
関ヶ原関連で必ず出てくる小山評定で、福島正則が東軍への参戦を表明し、秀吉恩顧の武将がそれに倣った、というのも創作としている。家康が西方の蜂起をさそうために会津征伐を行おうとした、というのも否定している。
トンデモ陰謀論がはびこっているの -
Posted by ブクログ
ネタバレ応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書) 新書 – 2016/10/19
馴染みの無い登場人物が多すぎる為に途中で挫折する可能性高し
2017年6月24日記述
呉座勇一氏による著作。2016年10月25日初版。
1980年(昭和55年)東京都生まれ。
1999年3月 海城高等学校
2003年3月 東京大学文学部国史学科卒業
2008年3月 東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学
2011年6月 「日本中世の地域社会における集団統合原理の研究 領主の一揆を中心として」で博士(文学)
2012年4月 東京大学大学院 人文社会系研究科 研究員
2014年4月 東京大学大学院 -
Posted by ブクログ
ネタバレ難しかった。
この本は戦乱の中心地の京都ではなく大和国の興福寺の別当の二人、経国、尋尊から見た応仁の乱を記録したものを中心に書かれている。興福寺は守護が置かれず、実質的に興福寺が大和を治めていた。戦乱についてもだが、世間の噂や興福寺の所有する荘園の年貢の徴収など、いろいろと書きつけていたようだ。
人の世むなし(1467)応仁の乱、くらいの知識しかなかった私なので、難しく思えたのかもしれない。
家督相続争いが重なり、そこに所領問題が関係して、戦乱が起こっていったが、犠牲が出ると、それを埋め合わす何かを得ないと戦を止められない、という気持ちがどんどん戦を長引かせてしまった。仲間を引き入れると、