呉座勇一のレビュー一覧
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日本史上屈指の大乱ということであるが、応仁の乱が始まる前もそこかしこで戦いは始終起きているし、乱が終わった後もいろいろなところで戦が絶えない。京の都が思いっきり戦場になったというところや、動員された軍勢の規模が違うのだろうが、この情勢であればいつ大きな戦争が起きてもまったく不思議がない
著者は応仁の乱が当事者の意図を超えて拡大した様子を第一次世界大戦になぞらえるが、『八月の砲声』を読んだときも、「列強がそれぞれ軍事力で相手を潰すことしか考えていない。これは戦争にもなるよな」と思ったので、両者が似ているという点に関しては同意見である
名前がたくさん出てくるし、集合離散も激しいし、一族の中でいがみあうので、誰と誰が敵で、誰と誰が味方なのか、頭の中を整理するのが大変。国みたいなものもぶつかり合いではなく、やくざの抗争のほうが近い -
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ネタバレ日本史の中で一度成功を収めたものの最後には失脚し敗者となった者達を、失敗の原因を考察しつつ教訓を得ようとする書籍。
山本五十六の失敗には納得できないことがかなりあった。現場主義として取り上げるのなら実際に部隊の司令官として戦った南雲忠一を取り上げるべきであると考える。山本は作戦方針を上手く伝えなかったとあるが、南雲が上手く山本の意思を読み取らなかったことが原因であるとも言えるし、軍令部と連合艦隊の関係は山本五十六が問題の原因ではなく、連合艦隊司令長官の立場をうまく利用して作戦を遂行した山本を称賛すべきだと考える。山本五十六の欠点を粗探しし、敗戦の責任を押し付けている様に見えた。本来なら南雲をこの枠に持ってくるべきであったのだろうが、ネームバリューに欠けるので山本五十六を持ってきたのだろうか?他の人物はよく考察されているだけに、残念である。よって星は3とする。 -
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何年も前に話題になった本で、ずっと読みたいとは思っていたのですが、ついつい後回しにしてしまい、このタイミングでようやく手に取りました。
応仁の乱については、小学校でも中学校でも高校でも習ったはずなのですが、戦いの中身についてはほとんど記憶に残っておらず…。
そんなわけで、新たに学ぶつもりで、読み進めました。
応仁の乱は、領地の争いや家督の争い、後継者問題、役職の争い、武士としての仁義、過去のしこりに由来する仇討ち、といったものが入り組んでの戦いであり、しかも、戦い開始時の東軍の総大将の細川勝元と西軍の総大将の山名宗全は、別にバチバチの関係にあるわけではなく、むしろ畠山氏の家督争いに巻き込まれた結果、いずれも総大将になるなど、応仁の乱は、覚悟を決めてのスタートではなく、やむにやまれぬ事情で始まったのですね。
まったくの素人の自分からすると、詳しすぎてついていけない部分も多かったのですが、それでも、応仁の乱の概略はつかめた気がします。
ちなみに、本書は、奈良の興福寺にまつわる二人の僧(経覚(きょうがく)と尋尊(じんそん))が残した記録が柱となって構成されているのですが、約500年前でありながら、京都での出来事を奈良にいながら把握していた二人の情報網は、驚き以外の何物でもありません。
本書を読んでいて思ったのですが、応仁の乱をもっとちゃんと理解するには、当時の価値観や道徳観や生活や制度をもっと知らないとだめですね。
今回は、それらがないまま読んでしまったので、浅い理解で終わった気がします。
そこはやむを得ないとは思いつつも、反省点。 -
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応仁の乱(1467-1477)は、日本史の画期と言われる。
画期というからには、日本史は「応仁の乱」前と、「応仁の乱」後に区分出来るということだ。
ということは、我々は「応仁の乱」後を生きている、と言える。
日本の文化、日本人の宗教観•意識、日本語は、この乱を境に大きく変貌した。
本書は、その画期を成す乱をコンパクトにまとめているが、その全容を掴むのは極めて難しい。
何故なら、保元•平治の乱のように、敵対勢力を明確に区分して、勝ち負けをはっきりさせることができないからだ。
最初は、敵味方、勝ち負けがはっきりしているように見える。
しかし、それがズルズルと全国レベルに広がり、10年以上もそんな状態が続くのだから、明確さを欠くこと夥しい。
我々が歴史で習うのは、将軍家、摂関家、各大名家の対立による、京都を戦場とした戦いだ。
「応仁の乱」は、細川勝元と山名宗全を両対象とする戦乱であると習ったはずだ。
だが、それは「応仁の乱」の発端に過ぎない。
守護大名から、寺院、地侍に至るまで、あらゆるレベル、あらゆる地域で、内紛、抗争が、燎原の火のように広がり、日本列島全体が混乱の坩堝に巻き込まれたのだ。
それが「応仁の乱」の捉えどころのない真の姿だったのだ。
誰もが直ぐに終わると思っていた京都の擾乱は、直ぐに地方に飛び火し、従来の体制を悉く破壊し尽くし、遂には、戦国時代の幕を切って落とす。
本書は、日本史の時代の変革を画する日本最大の内乱の動的メカニズムを詳細に描く。
しかし、それも簡単ではないことは言うまでもない。
読み通すには、忍耐が必要とされるが、読む価値はある。
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序文を読み流したため、本書が良くある歴史人物の
名言集から導く歴史テーマの解説と思い退屈気味に
時間をかけて(飽きて)読んだが、最終章を読んで
言葉(虚実併せて)から内面を問う武士の本質を紐
解く一書だと分かる
昨日知った藤木久志先生が説く「自立の村」に通じ
る自立救済が中世初期の武士の発想の根源だったが
やがて暴力の社会にも秩序が生まれ「喧嘩両成敗」
という「秩序」らしき慣習になり、戦国大名という
組織が利用して戦の世のルールとなる
やられたらやり返すが家臣たちの中で乱発すること
は組織崩壊になるので、理由の如何を問わず喧嘩を
したら双方死をもって償う、(自力救済)報復を我
慢して仰いだ者に勝訴という利益も与える(´・ω・`)
この感覚を知ったのは時代を理解するのに有難い
(清水克行先生の喧嘩両成敗の誕生読んだのにw) -
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P312 承久の乱の歴史的意義
朝廷や院政、荘園制といった政治、社会体制を否定しなかったものの、幕府の権益は拡大し、朝廷は固有の武力を失い戦力不保持を強要された。
それまでは朝廷が独自の軍事力を持っており、その軍事力をもって後鳥羽上皇は挙兵した。しかし挙兵してみると従軍する武士は少なく、在京御家人をはじめ幕府方に付く者が多かった。ここで後鳥羽上皇は三浦義村を寝返らせることを画策していたようだが失敗。御家人筆頭格でもあった三浦が幕府方に付いたことは、他の御家人にも影響を与えた。
天皇制の形式化、武家政権の誕生が北条家をたどることで見えてくる。あと三浦義村の存在の大きさを改めて知って驚いた。 -
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司馬遼太郎の描く小説は、山岡荘八とか他の歴史作家が描くものに比べたら、すごく客観的で思い入れがあまりなく、その分公平な視点で書かれていて面白いなあと思っていたのだが、それを史実として読んではいなかったように思う。しかしこの本を読んでみると、やはり一定程度、史実として読んでいたんだなところ気付かされた。
結局のところ同じ、家康や信長、秀吉や明智光秀などの評価はその時代時代の価値観によって左右されるとのことなのだけれど、ではつまり、生きる時代によってどう捉えるかは皆んなの自由なのだから、実像と虚像という視点は持たない方が良いんじゃないかなと思った。 -
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日本国内の歴史修正主義の問題点や歴史修正主義の議論への対応に対する検証はもちろん今でも意味の大きい議論だとは思う。また、2020年に本書が出版されたこと自体にも大きな意味はあったと思う。
ただ、出版後2年でいろんな出来事があったり、いろんなことが分かったりした今読んでも、タイミングが遅すぎた
他方で、旧宗主国と旧植民地との関係に視野を広げた議論や、その関係性の議論をベースとした日本と韓国、アジア諸国との関係の議論は、高校の世界史で習っている歴史が基礎となってきる議論のはずなのにあまり考えていなかったことに気づいた。自分にとっても視野がが広がったと思う
4勝以下は流し読み -
ネタバレ 購入済み
素直に「司馬史観批判」と。
2022年6月読了。
近著『頼朝と義時』が大変面白かったので、こちらも、と思い、購入。
さて本書、好き放題書いたりメディアで訳知り顔で喋ってる「在野の」歴史家さん達の振舞いが目に余るので、『本職の研究者』として、(歴史を)分かった風に勝手に語るな!って思いが沸き上がってきて書かれたのかなw?と云う様な印象を受けました。
自分はたまたま愛読紙で、東大史料編纂所教授である本郷和人先生の連載コラムをいつも読んでいるので、研究者ならではの「そんな事、どの一次史料にも書いてないんだってば!」と云う忠告(お怒りw?)の気持ちはよく分かります。
確かに、巷間言われている事で「ソレって本当の話?」と聞きたくなるエピソードは、本書に挙げられる人物では良く聞きますよね。それが「史実か?フィクションか?」とは、一々問い質されずに『既成事実』としてまかり通っている部分は確かに多いと思います。
そして、えてして在野の歴史家の方が仰る「自分なりの解釈」が、いつの間にか既成事実の様に語られていると「その論拠は?」とツッコミたくなる時も確かに有ります。
本書はそういう部分について「それは自分自身が思い付いたと思ってるかもしれないけど、何百年も前から、又はつい数十年前から言われてきた全然根拠の無い俗説なんですよ」と教えてくれ、そういう事例の影響力が非常に大きい要素の一つとして『司馬史観』をターゲットにしています。
著者は、その点を「ただ論難する」のではなく「虚か実かをハッキリさせた上で、各自(それを理解した上で)語ろうよ」と云うトーンで教えてくれます。
でもまぁ、個々に見ていくと「そりゃあ確かに今の所は(!)、一次史料は見付かってないけどさぁ、、」と、(在野の方を)庇いたくなってしまう気分に成るのは、自分だけでしょうかww?
先程上げた本郷先生も「今の所は(!)、それを示唆する一次史料は見付かっていませんが、今後そういった古文書が見付かる可能性も、全く無いとは言えないですね」と仰る事も意外と多いんですよ。
でもまぁ司馬さんが、徳富蘇峰をネタ本(的にw)読んでいたという話はこの本で初めて知りました。むしろそっちの方がショックと言うか、、、。
とにかく歴史を語る時に「その根拠は?」と云う視点を忘れてはいけないんだと言う事だけは、良く理解出来ました。 -
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ネタバレ<目次>
第1章 明智光秀~常識人だったのか?
第2章 斎藤道三~「美濃のマムシ」は本当か?
第3章 織田信長~革命時だったのか?
第4章 豊臣秀吉~人たらしだったのか?
第5章 石田三成~君側の奸臣だったのか?
第6章 真田信繁~名軍師だったのか?
第7章 徳川家康~狸親父だったのか?
<内容>
戦国期の有名武将の真実は?むろん今となってはわからないのだが、その実像に迫るべく、近世から現代までのさまざまな文献にあたって、その実態を解明していく本。なので、かなりの歴史好きでないと、ついていくのが大変かもしれない。「あとがき」に書くように、「俗流歴史本」の流布による、「間違った」を歴史観を是正したらしい。もうちょっと司馬遼を叩いてもよかったかもしれないが、それでは本が売れないか?