鈴木敏夫のレビュー一覧
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身内でまとめた歴史なので、ネガティブな事が殆ど書かれてないのが残念。特に「ゲド戦記」の評価とか、作者が酷評した話とか。細田守、片渕須直、押井守とのエピソードとか。あと、「ナウシカ」映画化までの苦労話をもっと読みたかった。あちこちで書かれているけど、ここにまとめて欲しかった。誰が何と言おうと、鈴木敏夫無しには「世界のミヤザキ」は生まれなかったのだから(まともに作品を発表出来てたかも怪しい)。
丁寧な記録として、宮崎ファンとしては手元にあると便利(?)な本だし興味深く読めたが、興行成績と作品の質は関係ないので、興行成績の悪い作品もプライドを持って数字は載せて欲しかった。そんなモノwikiれば分かるだろ、と言う事でしょうか。「君たちはどうwikiるか」と言いたいのでしょうか。 -
Posted by ブクログ
仕事本としてもハッとすることが多いが、各作品のエピソードが素敵。
真剣だが遊びのある仕事。
・わかったような相槌を打つことは弱さ。相手と教養を共有する
・信頼はするが尊敬はしないという関係
・細部にこだわり研究し尽くす
・起きてしまったことはもうどうでも良くて、その場の対処を楽しむ
・課題に向き合うときは不安や気負いはじゃまになったりするので、野次馬精神で冷静に見ることが役立つ
・発表する作品が常に新鮮で意表を突くこと、宣伝はその魅力に絞ってアピールする
・結論にたどり着くまでには相当悩み、たどり着いたらそれでいいと割り切る。軌道修正が必要になったら潔く謝る
・ミーティングは楽しいものに。プロとアマが必要。若い人も連れてきてもらう。全員に意見を言わせる。テーマや方向性は示すが内容について自分の意見は用意しない。最後にまとめるところでみんなを説得する
・宣伝の仕方は作品ごとで異なり、自分がとらえた現代が当たっているか。宣伝しない宣伝もある
・プロデューサーとは、言葉をどう使いこなすかという仕事。映画をことばにして意義づける
・プロデューサーの仕事で重要なことのひとつは見取り図を書くこと。物事を大きく把握し、進行状況を確かめるために、図で表示する。地図を書くこと
・機能と人間というか、才能と誠実さのバランスは難しいが、その両方が絶対に必要。もっというと、まわりをホッとさせる人も必要
・コンテンツではなく作品としての映画をつくるための町工場のような会社
・好きな人と一緒に仕事をする。道楽としての仕事。 -
Posted by ブクログ
読書の量と幅の広さ、それに大著、中身の濃い本もひょいと手に取っているような気楽さで語られるあたり、楽しかったね。全集とか、なかなかぜんぶ読もうとか思わないよなぁ。こういう人の話を読んだり聞いたりすると、なんというかもっと本を読みたいなぁという気分になるね。俺、ぜんぜん読書量足りてないじゃん。
加藤周一について語られていたけど、少し前に読んだ佐藤優と松岡正剛の対談ではあまり感心しないなんてゆわれていたんだよね。俺自身、加藤周一はほとんど読んだことがないんだけど、父がけっこう読んでいたのを記憶している。鈴木氏も年齢みたらうちの父と三歳くらいしか違わないからさ。そういうの、世代というのもあるのかもしれない。改めて、加藤周一という人の本を読んでみようかな、なんて思ったね。自分の父が傾倒した人でもあるわけだし。 -
Posted by ブクログ
スタジオジブリ・プロデューサーが、
3人の禅僧と語る“半径3メートル”の禅問答。
本書のキーワードは、
「今ここを生きる」ということ。
・人は生きている以上、必ず何らかの影響を受ける。
完全なオリジナルという発想ではなく
オリジナリティは真似る事を
極めた先に後から付いてくるもの。
・今の社会は多様な価値観があり
情報や物は溢れている。
自分にとっての幸せとは何か?
足るを知ることとは、
必要か必要でないか判断しながら生きること。
あとがきで、たくさん有る依頼の中から
今回の企画は
ある疑問と興味があり
進めることになったと、
結局最後まで
明確な回答は得られなかったが
この上なく楽しい仕事であったと
締めくくっている。
楽しさをつかむ直観の感度が高く
時には熟考よりも
正確でスピード感のある判断が
そういった仕事を
引き寄せているように思いました。 -
Posted by ブクログ
映画がヒットするには「作品」「配給」「宣伝」すべてが大事。観たことがある映画で舞台裏が語られて、とても面白い
【感想】
面白かった!とても読みやすかった。読みやすすぎると思ったら、あとがきにこの本を書いたのは柳橋閑というライターさんだった。鈴木氏が書いているのはあとがきだけで、あとは柳橋さんがインタビューしながら書いたらしい。
ジブリ、映画の見え方が変わるから面白い。元々、作品作りがやりたかった鈴木氏だが、製作の立場上、プロデューサーを務めていくことになる。毎回手探りでその方法を生み出していく。面白いのは、作品自体のクオリティにはそう遜色が無いと思えるジブリ作品でも、やはり興業収入は大きく異なっていることだ。作品の面白さと、興業収入は完全に相関しない。影響をするのは配給・宣伝である。その配給・宣伝が「うまくいった」ときは伸びるし、「うまくいかなかった(やり方をしなかった)」ときは、そこまで伸びない。実際、鈴木氏がプロデューサーを務めて、本気で宣伝に取り組んだ「魔女の宅急便」で、観客動員数は一気に増えた。前作で80万人だったのが、264万人になった。
...。話は変わるが、ジブリのような映画製作スタジオが生まれ、隆盛していったのは、ちょうど令和くらいまでなのかもしれない。昔、映画は大衆娯楽の王様だった。それが、テレビが出てきて、ネットが出てきて、ゲームが出てきて、動画サイトが出てきて。趣味・娯楽の細分化が進んできた。大きな映画はマスマーケットに向かって作られるものだが、そのマーケット自体が収縮している。娯楽・エンターテインメントが個別化していく流れは、止められないだろうな。
【本書を読みながら気になった記述・コト】
◆映画がヒットするには「作品」「配給」「宣伝」すべてが大事であること
ヒットした映画は「作品」自体が注目されがちであるが、この本を読むとその裏には「配給」「宣伝」のたゆまぬ努力があると分かる。映画プロデューサーとして鈴木敏夫が有名・すごいと認知されているのは、配給力(配給会社宿とのつながり・交渉)、宣伝力があるからだと再認識した
◆昔の映画に求められていたのは「ラブ」で、今は「フィロソフィー」
そうだ。ジブリの映画が大人が観ても面白いのは、作品に哲学があるからだ。時代性をとらえて「こういうことが大事なんじゃないだろうか」「こういうこともあるんじゃないかな」という人間の性格を、豊かなアニメーションで描いていく。フィロソフィーがあるものが人の心を動かす。
→千と千尋の神隠しが、千尋とハクの恋物語ではなく、「千尋とカオナシの物語」と捉えたのは、鈴木氏が最初だった。
→千と千尋の神隠しが大ヒットしてから、心の問題をエンターテインメントとして描く映画が増えた。鈴木氏は、そのような映画ばかりが増えていくのはあまり健全だと考えていない
◆映画にフィロソフィーを持ち込んだ原典はゲド戦記?
>>ところが、いまや娯楽映画にすら哲学が求められる時代になって、ヒーローでさえ心に闇を持つようになりました。アメリカの文脈でいえば、『スター・ウォーズ』の中で描かれた"ダークサイド"という概念です。その元になっているのは、ル=グウィンが『ゲド戦記』の中で描いた”影”でしょう。そういう意味では、パンドラの箱を開けたのはル=グウィンだった。
◆ゲド戦記では、「親殺し」が作品・製作を貫く一つのテーマになっている
本を読むまで、当たり前のことに気づかなかった。確かにそうだ。これまで、ジブリでは宮崎駿と高畑勲しか監督を務めてこなかったところで、宮崎駿の息子である宮崎吾郎が監督を務めたのだ。製作上の立場としては、宮崎吾郎が駿より上である。吾郎監督は製作時に「親殺し」のストーリーを変えたいと思ったが、鈴木プロデューサーは止めたらしい。吾郎くんが監督をやるなら、「親殺し」は絶対に避けては通れないと。現実と作品の間でそんな二重構造になっていることに、今更だが本を読んで気づいた
◆ジブリ作品がヒットするのは時代を意識した作品作り・哲学を作品に込めているから
鈴木氏は作品を作る際にマーケティング的な考え方をでき、かつマーケティングによって作品を面白く磨くことができる人だ。千と千尋の神隠しの製作進行がす
◆また出た「糸井重里」。この時代の人が書く本には本当によく出てくる。マジですごい人なんだ。多くのジブリのポスターのコピーを手掛けた。「生きろ。」「カッコイイとは、こういうことさ。」「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」などなど
◆電通マンから見て、鈴木氏のポスタークリエイティブがすごいのは、タイトルに縛られないこと。魔女の宅急便という映画なのに、パン屋で受付をしている絵を採用する
→映画ポスターの構成要素は3つ。タイトル、コピー、そして絵。それらが重複しない方が、お客さんに伝えられる情報は多くなるはずだ、と考える
◆「かぐや姫の物語」がいまいちヒットしなかった理由
企画そのものが難しかった。今、「竹取物語」を映画にすることの意味、現代との適応性を詰め切れなかった。映画は企画が大事であり、「なぜ今この映画を作るのか」があやふやでは、宣伝しても効果は出ない。