あらすじ
「過去、未来じゃなく、もっと今のことを考えなきゃ」──スタジオジブリプロデューサー鈴木敏夫氏が禅僧と奔放対談。対するは、玄侑宗久氏(作家・福聚寺住職)、横田南嶺氏(臨済宗円覚寺派管長)、細川晋輔氏(龍雲寺住職)の三人。『もののけ姫』『火垂るの墓』などジブリの名作から、死生観や人生哲学などを禅的に読みとき、宮崎駿・高畑勲両監督との映画制作の経験に照らして禅を語ります。月刊『なごみ』連載に対談と鈴木氏のエッセイを追加収録。
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ジブリのproducerの鈴木敏夫氏と臨済宗の3人の僧侶・若い細川普輔龍雲時住職、円覚寺管長の横田南嶺老師、そして芥川賞作家の玄侑宗久和尚との対話でジブリ作品のテーマが禅の精神と実に親和性に富んでいるかが語られ、面白く禅の世界も分かり易く説明をされている。「風の谷のナウシカ」「となりのトトロ」「魔女の宅急便」「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」「風立ちぬ」などに出てくる禅の思想「即今目前」「忘筌」「前後際断」「不立文字」との共鳴は的確な対比だった。宗教の最も基本は「禅定」(宗教的な瞑想状態)であり。それに専門化し、宗教化の薄まった日本の禅が世界に広まった禅は日本だということも納得。
植木等のスーダラ節は無責任の象徴のように語られるが、彼の父(浄土真宗の僧)がこれは親鸞聖人の教えと同じだと語っていたという玄侑氏の説明は意外だったが実に面白い。
また禅とは関係ないが、鈴木氏が語る宮崎駿、高畑 勲両監督との3人の関係性も実に興味深い。スピード展開の宮崎に対して、間をとる高畑との対比はなるほどと納得。
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禅の考え方の一端を使ったトークショー。内容は実に軽妙で親しみ易く、ジブリトークも混ざりより一層親しみが湧く。
・即今目前、答えが存在しない考え続ける面白さ、人間が持つ光と陰
・分からぬ。が、守ることはできる
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昨年父を亡くし、人生観が変わった
いつ人は死ぬのかわからず、
そしてそれは誰しも避けられない不変の真実であると
改めて思い知らされました
それからというもの、
人生観や死生観などに関しての書物を
好んで読むようになりました
ジブリ作品が好きなこともあり、
本作を知って即購入しました
自己啓発本には、この限りある人生を
いかに有意義に、健康的に、効率的に、豊かに、
なるためのメソッドがたくさん書かれていますが
ありのままを受け入れる、自分の弱いところを
認めて、まあそんなもんかと肩肘張らず
欲張らず、ただ毎日を一生懸命生きる
そうゆうことなのかなと、私はそう感じました
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好きと好きの組み合わせ。
最高!
手元に置いて何回か読み直したくなる本。
ジブリのシーンに禅のマインドがどう反映されているのか読み解ける。
対談形式なので禅の考えにも割とわかりやすく触れることができる。
余談ですが、対談に参加している龍雲寺の細川住職の座禅会に5年前?くらいに私が参加したことがあることが判明。
肩をバッシーーン叩いていただいた記憶あり。
最近本で過去の出来事の伏線回収が多い。
そんな時期なのかしら。
Posted by ブクログ
3回読み直した本
君たちはどう生きるかの公開に合わせて読み直した。
勉強に人間関係に、そして時代に、自分の人生は多くの坂や濁流によって真っ直ぐ進めないそんな時に一度立ち止まって今自分はどうすべきか、どう生きていくべきなのかを改めて考えさせてくれる本。
生まれた時から見ていたジブリの総合プロデューサーの鈴木敏夫さんと禅宗の和尚さん達の会話が収録されている。
それぞれの方々からの発言から学べること感じることは読む時々の自分によって毎回変わる。
読み終わった後、最も自分の心にポッと残っているその言葉が今の自分に1番必要な言葉なのかもしれない。
Posted by ブクログ
プロデューサーの鈴木敏夫と、龍雲寺住職-細川晋輔、円覚寺派管長-横田南嶺、作家であり僧の玄侑宗久和尚との対談集。ジブリから入るとわかりやすい。
モロがアシタカに問う「お前にサンを救えるか」
アシタカ「わからぬ」「だが、共に生きることはできる」。
まさに高僧達磨の「不識(ふしき)」。わからない、でも幸せを祈って生きていくことはできるというのが仏教の根底にある教え。
「不立文字(ふりゅうもんじ)」。
言葉ではなく、間。 ハウル
坐禅は何かを得るというよりも捨てる場。少し立ち止まり自分に向ける時間。『魔女の宅急便』のキキも寝込んで仕事できない時間があったからこそ、また空を飛べるようになった。そして、黒猫ジジはキキ自身。まだ自己を確立していないキキが自分になったからジジは話す必要がなくなった。
「壺中日月長(こちゅうじつげつながし)」。
時間を超越した悟りの境地(壺から出てきたら成長していた) 。千と千尋、トトロ
「柳は緑、花は紅くれない」
(見たもの聞いたものを、そのまま受け止める心。私たちも所詮、自然の一部でしかなく、身構える必要などない) 。レッドタートル
「苦」
足下に咲いているユキノシタ。
(思うようにいかない)風立ちぬ
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未来に向かって行きるのしんどくなってる人や、「目標もなりたい自分も、そんなの見つかんないよ」と希望を失いかけてる人へ。こわばった肩をほぐしてくれるような本。 禅のエッセンスとジブリの価値観がおりまぜられており、語り調なのでとても読みやすい。 今を生きるしんどさの理由って、実は世間で言われる「個性」や「将来設計」の必要性を信じ切ってた自分自身にあったのかも。 自我ばかりにとらわれて悩んでもどうしようもないので、これからは利他的に生きることで、より幸せを感じたいです。
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東洋思想と西洋思想って全然違う。最近の風潮として、やはり分かりやすく答えが明快で出やすい西洋思想に偏っていると思う。目標、計画、実行。
鈴木さんは始終受け身の人間だというけど、それでここまで大成しているのだからやはりただ者ではないのだろう。普通の人はやはり東洋的思想だと不安に耐えられなくて西洋思想に飛びつくのではないかと思う。社会全体がそうなるのは、なんか厚みがなくなってしまう気もした。
過去の話をしない、今ここ。
2021.4.26
再読。禅の考え方に興味をもって今回読んだからか、以前こんなことが書いてあったのかと全く忘れていて初読のように読んだ。今ここ。禅の考え方をもっと知りたい。
2024.8.13
Posted by ブクログ
仏教の教えには、生きづらい現代社会に癒しの効果がある。この本を読んで救われる気持ちになった。
強調されるワードは『過去や未来に囚われず今を生きる』ということ。
鈴木氏がエピローグで書いていたように「禅とは何か?」の答えがこの本の中にある。これから禅を学んでみたいと、まず手に取る本としては大正解だった。
●ゲド戦記の裏話
●コラムの中で鈴木氏の死生観が語られていて興味深かった
●荘子の100分名著のテキスト読んでみたい
Posted by ブクログ
ジブリのプロデューサーの鈴木さんと禅僧の対談。
ジブリ映画を契機に禅の話がとても分かりやすく語られる。禅の言葉と、ジブリ作品の中で描かれた禅的なものが語られていて、とても興味深い。
今、目の前のことに集中すること、足るを知ること(すなわち、不要なものはすてること)の大切さを改めて学ぶ。理想の自分にとらわれると、現実の自分がみじめになってしまう。だから、今、目の前の事に集中することが大切ということ。
そして、本来無一物。全ては縁によって成り立っているので、自分一人でゴールまで行くのではなく誰かにバトンを渡すというスタンスでいればよいという言葉に感銘を受ける。なんでも、一人で全てやろうと思わなくてもよいし、それは思い上がりだと知る。この本来無一物という言葉が、小説宮本武蔵にも出ていると言われており、再読しようかと思った。
「両行」:対立するもの両方をそのまま生かしておくと、必ず何かがうまれてくる、という考え方が説明されていて、救いを感じる。これは、平川克己の「21世紀の楕円幻想論」での語られた貨幣経済と贈与・全体給付の対のバランスをとるということの基本になるという気がした。
また、怒りもエネルギーの源だから、完全に捨て去るのではなく、怒りをどの程度自分の心に残すかがカギであるという禅僧の言葉には、驚いた。
そして、禅のすべては「着て」「食べて」「出して」「寝る」。ああ、その通りだという横田南嶺老子の言葉は平明で、そこに集約して考えれば、迷いがなくなるような気がした。
しかしながら、荘子の一節で「一切をあるがままに受け入れるところに真の自由がある」というのは、とてもとてもたどり着ける気がしなかった。
とにかく学び、気づきの多い一冊。何度でも読み返そうと思う。
心に残ったのが次の言葉たち。
・即今目前
・放下著
→いろいろと放り出して、目の前のことに集中せよ
・前後際断
→過去も未来もどんどん捨てろ
・小説 宮本武蔵の中で、「本来無一物」という言葉が出ているということ。本来無一物とは、自分は何も持っていない、全ての縁によって成り立っていること。「金も名誉もすべて手放せ」と言っているのではなく、自分が無一物であることを認識すると、悩みも自分の影法師である、と。
Posted by ブクログ
「間 」やほどよい距離感のようなことが思い浮かびました。鈴木さん、宮崎さん、高畑さん、それぞれの違いがわかって面白い。受け身ではだめだと思っていたけど鈴木さんの発言を読んで、そうとも言えないことに 気づきました。でも単なる受け身ではなく攻撃的受け身。その域まで行ってみたい。ちょっと努力が必要ですね。
Posted by ブクログ
言わずと知れた、スタジオジブリの名プロデューサー鈴木敏夫氏と三人の禅僧による禅問答。
何故ジブリと禅?と不思議に思って読むと、ジブリと禅との数々の共通点に驚かされる。
鈴木氏によるジブリ作品や宮崎駿監督に関するエピソード、仕事との向き合い方・生き方等々、感心したり感動したりの連続で付箋紙張りまくりとなった。
●宮崎監督の作る映画は人の弱さをちゃんと認めている。認めた上で、弱い子もやりようによっては元気になる、そういう映画。
●過去や未來にとらわれず、今この瞬間に集中する。今目の前のことをちゃんとする。
●「この世の中、捨てたもんじゃないよ」というのがジブリの基本姿勢。だから、先のことばかり考えずに今のことをちゃんとやるべし。
●亡くなった人と再び逢えるかどうかはわからない。しかし共に生きることはできる。「不識」、つまりわからないことこそが人生だ。
●坐禅は何かを得るというより捨てる場。ちょっと立ち止まって自分にベクトルを向ける時間。
『魔女の宅急便』のキキも風邪をひいて寝込む時間があったから、また空を飛べるようになった。自分なりの答えが出てきたのだ。
●キキにとって黒猫ジジは自分自身。まだ自己を確立していないキキが自分になったからジジは話す必要がなくなった。
●「一日暮らし」どんなつらいこともその日一日だと思えば耐えられるし、どんな楽しいこともその日一日だと思えば浮かれることはない。
●宮崎監督は「今、ここ」の人。「今、ここ」への集中力が半端ない。
●現実の壁に突き当たり、思うようにならず、もう一度やり直す。誰でもその繰り返し。
●好きな人とは思うようにいなかないからいい。そこに美がある。
●宮崎監督と鈴木さんとの共通項は過去の話をしないこと。いつも「今、ここ」。そして互いを尊敬していない。
●ジブリ作品は「何が起こるかわからない。それでも行く」
●夫婦で問題が生じるのは、必ず「向き合おう」とするところから。向き合うとたいがい相手の欠陥しか見えない。
●「老いの熟成」年をとれば肉体的には衰えるけれど精神は自由になる。
●慣れを手放す。
●色気をほんのちょっと持つ、枯れない年寄りになる。
77歳(2018年3月現在)になった宮崎監督は未だに成長を続けているという。
強靭な精神力をいつまでも失わず、熟成し続けて新たな作品を生み出してほしい。
Posted by ブクログ
今をちゃんと見て生きるのは大事ですよね~確かに未来ばかり見て不安に潰されそうになることは多々あるので気をつけないと…
あと思い通りにならないことが普通と考えるのも大事ですよね!失望多い人は世の中思い通りにいくと思い過ぎなんですよね〜
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禅の世界は興味はあるものの難しさがあり、そこに対して本書ではジブリや鈴木氏を通じてわかりやすく伝え書かれています。
自分自身と向き合い続けることの大切。とはいえ、難しさはあります。
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メモ
・過去や未来のことばかり考えず今を生きることが大切
・どんなものにも二面性があるのに一面だけをみて全てを否定する。寛容さも多様性もない。
・怒りや憎しみを調合するのは自分。どれくらい調合すれば身体を活性化させられるか、静かに座って自分を見つめる。
Posted by ブクログ
スタジオジブリ鈴木プロデューサー と 各お寺の住職さんの対談をまとめた本。
実は、、禅の考えは、ジブリ映画の中にも組み込まれている。
ジブリの名場面を具体例として、禅を学べる良書。
◆「今」を生きる
過去や未来に捉われることの最大の問題は、今この瞬間に集中できないこと。もっと「今」に集中する!
目指すべき悟りは「赤子」。
赤ちゃんは 過去も未来を考えず今を生きている。
一日暮らし
どんな辛いこともその日1日だと思えれば耐えられるし、どんな楽しいこともその日1日だと思えば浮かれることはない
タイの少女。幕末明治の日本。現代のブータン。
◆「わからぬ」強さ 優しさ
もののけ姫 アシタカとモロの問答
「分からぬ。だが共に生きることはできる。」
学問のように、合理的に明確な答えを与えることはできない。逆に答えがあることによって苦しくなる側面がある。
答えが分からないことが宗教の優しさ。
ジブリ作品は「何が起こるか分からない。それでも行く」ああ人生そのものだなと。
◆坐禅は「ゴミ捨て場」 何かを得るのではなく、自分にベクトルを向け、整理整頓する時間。
「魔女の宅急便」はキキとジジの対話の映画。
つまり、自分との対話の映画。
自分の特技である空を飛ぶことがふとした時にできなくなり、それを乗り越える。
自己を確立していないキャラが自分になる。その思春期のプロセスを映画にしたもの。
自分が自分になれば、もうジジは話さなくなる。
心が傷ついて当たり前にできていたことができなくなる。 無心になった瞬間、またそれができるようになる。 風邪を引いて寝込む、あの自分にベクトルが向いている座禅のような時間があったからこそ。
◆現代は禅的?
物がみんなに行き渡ったら、欲望の対象が物から時間の消費に変わる。
今の若い人は物への執着が薄くなり、高級車よりポケモンGOに魅力を感じる。
◆オリジナル 個性
「個性」は不要。
真似は当たり前。 「俺が分からないように真似ろ」「作るということは、誰かからバトンをもらうんだ」
◆無敵の戦法 受け身
幸せ の語源は「仕合せ」
相手がこうしたから、自分はこう仕合せる。 それがうやく仕合せられたら、幸せなのだから、完全に受け身。うまく受け身できることが日本人にとっての幸せだった。
※ 最近は受け身という考え方はあまり受けがよくない。目標を立てて自ら努力、達成しようという世の中。
その考え方では幸せになりようがない という気がする
荘子は「これが自分だ、と思ったものを何度も脱ぎ捨てなさい」と説く。
冒頭がすごい。。 魚の卵 ⇨ 鯤という巨大な魚 ⇨ 鵬(おおとり)になって空へ飛んでいく。まるでジブリ映画。
「自分とは、これだ」と思ったときから苦しみは始まる。
だから、「まだ途中なんじゃないかな」と問いかける。
自分を捨てる というと難しそうなので、違う自分がいる くらいに思う。
Posted by ブクログ
スタジオジブリ・プロデューサーが、
3人の禅僧と語る“半径3メートル”の禅問答。
本書のキーワードは、
「今ここを生きる」ということ。
・人は生きている以上、必ず何らかの影響を受ける。
完全なオリジナルという発想ではなく
オリジナリティは真似る事を
極めた先に後から付いてくるもの。
・今の社会は多様な価値観があり
情報や物は溢れている。
自分にとっての幸せとは何か?
足るを知ることとは、
必要か必要でないか判断しながら生きること。
あとがきで、たくさん有る依頼の中から
今回の企画は
ある疑問と興味があり
進めることになったと、
結局最後まで
明確な回答は得られなかったが
この上なく楽しい仕事であったと
締めくくっている。
楽しさをつかむ直観の感度が高く
時には熟考よりも
正確でスピード感のある判断が
そういった仕事を
引き寄せているように思いました。
Posted by ブクログ
興味はあるけど未知の世界である禅について、ジブリを切り口にすることで、朧げにだけど、とっかかりができた感じ。
過去も未来もなく、今この瞬間を生きるという考えは、
過去に読んだ潜在意識系の本にも同様のことが書かれていて、それ以来自分の考え方にもかなり影響を与えているので、一気に禅を身近に感じることができた。
もっと禅について知りたい!
Posted by ブクログ
鈴木さんにとって
宮さんとの会話
映画を作る仲間との交流
そのできる映画のストーリのなかの一場面
禅問答をした先に 映画があり
鈴木さんの不思議な人生観があるんだなと
プロデューサーとしての
イメージがかわった
しかし 宮さん 鈴木さんがいないと
宮崎駿の世界を作れてないのかも
なんて 感じちゃった
普段 流している なにげない日常も
禅は あると気づけたいいなと
Posted by ブクログ
ジブリのプロデューサーである著者と3人の禅僧との対談全5回を収録した一冊。禅についての問答もありますが、それよりも対談の雰囲気自体から学ぶことが多いです。遠慮のない、開かれた対話。この態度が禅なのだなと。加えて、時折挟まれる宮さんのエピソードも楽しい。
Posted by ブクログ
禅語の表現の奥ゆかしさに触れていると、何気なく使っている言葉にも先人の知恵が受け継がれていると感じる。いかに生きるのかという問いは今も昔も変わらないのだ。
「言葉ではなく 間 で伝えていく」
「言葉では似て非なるもにしか伝えられない」
「“間” という漢字には「めぐり合い」という意味がある」
との一節が気になった。
言葉によって人が傷つく場面をたくさん見てきたけれど、それは「間」を忘れてしまっているのかもしれない。
言葉の使い方、伝え方が難しいのは、伝える人や受け手の人となりや背景、時代、言葉の組み合わせなどによって受け取られ方が変わってしまうからだ。
それらの「間」に想いを馳せ伝えることが、人と人の繋がりを円滑にし、幸せな生き方に繋がっていくのかもしれない。
ジブリの作品が言葉だけでなくキャラクターや物語を通して映像で訴えかけるからこそ、そのメッセージが私たちの心に響くように。
また受け手の感じ方も人それぞれであり、その余白のようなものも大切にしたいと思いました。
Posted by ブクログ
禅僧の皆さんの、先達へのリスペクト、でよいのかな、がとてもよく伝わってくる。リスペクト、とはしたものの、それだけではいけない、というより、それではいけないのであろう禅僧の思いが分かり易く心に響いてくるのは、おそらくジブリ作品が仲介してくれるからだろう。
ジブリの作品に心を揺らされているから、禅僧の言葉の一つ一つがその揺れている中に沁み込んでくるように感じた。
実に興味深い本でした。
肩から力がとれて、周囲が輝き始めるような、生きることの不思議な魅力を感じる本です。
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眠かったので、何度も途中で寝ながら読んだ。
そんなゆったりした読書に向く感じ。
【引用】
(細川)
「一日暮らし」という言葉があるんです。
白隠さんの師匠がおっしゃった言葉なんですが、
どんなつらいこともその日一日だと思えば
耐えられるし、どんなに楽しいことも
その日一日だと思えば浮かれることはない」
という意味です。
(鈴木)
そこでその方に、テーブルマナーを
教えていただきました。でもその方は
「だけど」とおっしゃるんです。
「一番美しい食べ方は、自分が正しいと
思ったことをちゃんとやること。
そうやって食べなさい。これ、一生役立つわよ」
って。(中略)ただしそれが、
「人から見たときに自然でなきゃいけない」
「その人のものになっていないといけない」
(細川)
『風立ちぬ』では、喫煙シーンが問題になったじゃないですか。重病の妻が隣で寝ていて、主人公が
外にたばこを吸いに行くといったら、
「嫌。ここで吸って」
と。
「何で病気の彼女の前で吸うんだ」
と一部で話題になったと聞きました。
(鈴木)
すごく問題になりましたよ。
自分がたばこを吸うから自己弁護になるんだけど、
ひとつのことをダメというときに、
今は必要がないものまで禁止している時代。
それが気になるんですよね。
(細川)
残された時間がわずかな女性が、
「好きな人がタバコを吸う時間さえも一緒にいたい」
という気持ちがあるわけなので。
(鈴木)
それを感じる余裕がないんです。そこは若い人と接していて気になることが多いです。
「枝葉末節」という言葉があるけれど、
ここへ来て、みんながこだわっているのは枝葉
どころじゃない。僕は強く言いたいのですが、
「木を見て森を見ず」どころか、枝葉、
そして現代が見ているのは葉脈です。
この先はもうないと思うんです。
そうすると、揺り戻しが来る気がして仕方がない。
僕の期待が入っているかもしれないけれど。
何で、みんな自分たちで住みにくくしているんですかね。
Posted by ブクログ
スタジオジブリのプロデューサーの鈴木氏と禅僧との対談。ジブリの、宮崎、高畑両監督と鈴木氏の関係の、奥に見える何かが禅の教えと重なる部分があったようだ。ジブリ映画のワンシーンに今回の対談のヒントが見え隠れしたのも読みやすさのポイントだった。
Posted by ブクログ
ジブリの基本的な姿勢は「この世の中、捨てたもんじゃないよ」「もっとさ、先のことを考えずに今のことをちゃんとやったら」世の中をそれで救えるのかと問うと、わからない。だが、共に生きることはできると答える。この禅的な姿勢を背負い、あらゆる物事の網目のような関係性の中で、思いもよらないことが生起する「縁起」をジブリ作品はものすごく取り込んでいく。「何が起こるかわからない。それでも行く」。ああ人生そのものだなぁー
Posted by ブクログ
ジブリの鈴木さんか3人の禅僧との対談をまとめた本。禅の「いま、ここ、自分」という考えがしっくりくる。
鈴木さん解放されたかったのにまた社長になっちゃったんだなーとニュースみて思ってしまいました。
Posted by ブクログ
禅宗の僧侶とジブリプロデューサーの鈴木敏夫さんの対談を書籍化したもの。
以下記憶に残った言葉
「それは理想とする自分がいて、そこから今の自分を見ているからでしょ。そうじゃなくて今、目の前のことをちゃんとやりなさいよ。」
→これにはハッとさせられる。少し前の自分は現在の職場に漠然とした不安と不満があり、転職してステップアップしたいと考えていた。あの頃は理想とする自分がいて、そこから現在の自分を見て絶望していたのだと思う。それだといくら頑張っても今の自分に合格点を上げられないんだよね。ようやく分かりました。
「宮崎駿も色々なものに影響を受けていて、影響って、いわば真似ることじゃないか。誰にも真似できないって主張するのは違うのでは」
→仕事は真似することが大事。人の真似をすることはオリジナリティがないと思うかもしれないが、真似というのは必ずする側の脚色が入り混じるわけで、それゆえ同じものにはならない。真似は悪いことと思われやすいが、それは違うのだと思う。
「自我は自分だけがという心。自己はじっくりと見つめるべき対象」
→自我を捨てて、自己を見つめよ。自分があれこれしたいという煩悩は捨てて、周りの中での自分をじっくりと見て、行動しなさいということ。ギブアンドテイクというのは見返りを求める欲求が含まれるので自我が含まれる。ギブアンドギブの精神を持つことは周りの中で自分の役割を考えて行動するということ。これをできるようになれば、良い人間関係が築ける。