石平のレビュー一覧
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このおふたりの対談本なので内容は推して知るべし。賛成できかねる箇所もあるが、全体を通してほぼ至極真っ当な意見のオンパレードはいつもの通り。本作で面白かったのは第3章の習近平周辺情報。腐敗撲滅の苛烈さが反習近平を助長してまさに日本でいう政局(権力闘争)みたいな状況になっているところや、武器購入の不正蓄財(これも天文学的)によりまともに戦争できない兵器類になっているところ等、話半分としても国力の衰えが著しいことがわかる。あと「地痞文化」という言葉も初めて知った。3000年の中華思想の蓄積が、目的のためなら手段を選ばず・勝てば官軍といえばまだ可愛い感じだが、支配者階級のならず者の血が、漢民族のDNAレベルにまで刷り込まれていることを感じざるを得なかった。
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石平氏と百田尚樹氏との対談を読んでから興味を持った。日本に帰化した元中国人が日本に迎合しているのかどうか、先入観で疑問視していたが、どうもそうではないようだ。論理的で展開力もあってとても読みやすい。この手の本は、特に相手が韓国・北朝鮮という恨文化の人たちなので、感情に訴えたらダメだと思うが、この本はそうなっていない。是非韓国人に読んでもらいたい。石平氏は頭のいい人だと思った。
さて本の中身。韓国の告げ口外交が最近始まったものじゃないことは何となく感じていたが、まさか1000年以上前から継承されたものだったとは知らなかった。お家芸というか、伝統芸というか。ハッキリ言ってあまり関心はないし、適度な距離をおいて放っておくべきだと思う。ただ、彼らは人の嫌がることを告げ口して世界中を歩き回るから面倒くさい。しかも自覚症状がないし、気づいても悪びれない。イカン、感情的になってきた。 -
ネタバレ
チャイナの歴史法則
一部ご紹介します。
・チャイナの歴史は、「中華帝国」と戦った異民族を取り込み、版図を拡大してきた歴史。
・チャイナの歴史を紐解けば、自国民同士の戦争でも、平和的占領はなく、例外なく虐殺が起きる。外国の民族に対しても同じことをする。
・チベットで起きた虐殺と民族浄化。ウイグルで起きた虐殺と46回の核実験と民族浄化。
・中国共産党は虐殺で中国大陸全土の権力を握った。
・チャイナ人は、日本人に対する憎悪と恨みを、学校教育やニュース報道、抗日ドラマなどで多角的に繰り返し教え込まれている。有事になれば必ず日本に対し、テロを起こす。法的根拠は「国防動員法」である。
・国防動員法とは、「中国国内(どこが中国国内かは中国共産党が規定する)」で「有事(それを判断するのは中国共産党)」が発生した場合、
18歳から60歳までのチャイナ人男性と、18歳から55歳までのチャイナ人女性は、「国防(それを決めるのは中国共産党)」に貢献することを義務付ける法律のことである。事実上の対日戦争法なのだ。
・虐殺はチャイナの伝統。日本を占領したら、感情的な暴力が解放され、一切の歯止めが無くなる。強権政治で冤罪をでっち上げて弾圧する。
・憎しみが更なる憎しみを生み、殺戮が更なる殺戮を生む。これがチャイナの歴史法則。
・もし日本が日米同盟の庇護を失い、米軍の核の傘を失ってしまえば、チャイナ軍人たちは東京や大阪に核ミサイルを撃ち込むことを決して躊躇しないだろう。なにしろ「日本に罰を与えるのは当然」と思っているし、「戦争だから客観的にも許される」と考えているからだ。
・日本人は『三国志』や『水滸伝』などで、チャイナ文化に憧れを持っているが、現在のチャイナ(中華人民共和国)は、正義や義理、公正など全くない別世界の国である。
・日本は、奈良時代に、漢字をはじめ、チャイナから様々な文化を導入した。シャットアウトしたのは、宦官と纏足(てんそく)、そして凌遅刑(りょうちけい。体の肉を一かけらずつ、ゆっくり切り続ける。期間は3~9日。それだけ時間をかけて殺害する、残忍な処刑方法)
・生存圏の確保と、中華帝国思想が、チャイナの対日侵略政策を形成している。反日感情の背後にはチャイナ人の歴史的残虐性が隠れているのである。
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虐殺が文化っていうのを、歴史から説明されると納得してしまう。
恐ろしい歴史を知ってはいても、まさか自分たちがなるとは思わない。まさに「正常性バイアス」にかかっている
「日本人はだいたい性善説を信じています。」
私も信じたいんだけど、日本人同士でもなかなかうまくいかない。
信じたいけど、受け入れられない常識を持った人がいることも事実
全てを疑うわけではないけど、全てが善ではないことは知っておかなくてはならない
尖閣、沖縄、自衛隊違憲、拉致
最近のニュースでは全く見ない
時々思い出したように特集をやって盛り上げるけど
メディアが偏向していることを多くの人が知るべき
知らないこと、見えないことは「存在しない」わけじゃない
何を知らないのか知るのが大事
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他の方も指摘されているように、タイトルと内容が少し違うかなと。内容は推古朝から明治に入るまでの壮大な日本思想史。思想という視点で日本史を見たことが無かったので、とても新鮮な驚きを持って、筆者の立論にうなずきながら読み進めた。具体的には中国にどうやって飲み込まれないかという観点で日本の過去の知的リーダー達がどのように思想と向き合ってきたかということについての論考。
筆者は、最初に問を発する。何故、日本の思想家は江戸までは仏教家のみで、それ以降は儒学者なのかと。その問いに答える形で議論を展開。
出発点は推古朝、聖徳太子の時代。当時は隋王朝による大陸統一で、西晋以来数百年ぶりに協力な統一王朝ができて高句麗侵略、新羅・百済の属国化という積極対外政策の時代。日本は、小野妹子の国書にもあるとおり、華夷秩序に対しての異議申し立てを明確にする。その思想的背景が、同時にもたらされた儒教と仏教の扱いの差、仏教の偏重、で明らかになっている。筆者はこれを華夷秩序のバックボーンの儒教では無く、インドからもたらされた世界宗教の仏教を軸に据えることで、儒教=中国の影響を相対化しつつ、富国強兵のため、制度面のみ中国に倣うという政策を取ったと喝破している。
このため仏教が興隆するが、その日本的な受容のあり方について神道との関わり合いも含めて面白い分析をしている。一つは平安〜鎌倉時代にかけて、空海、最澄、法然、日蓮、親鸞と言った思想家による仏教の簡素化と念仏により万人を救済出来るという大衆化の流れ。もう一つは、神道は緻密な仏教理論に圧倒されつつも、本地垂迹説で神と仏が一体化し、しまいには神が優越しているという伊勢神道の理論構築もなされるようになり、神仏の共存が図られていく。
戦国時代には、大衆化の結果、支配者は一向一揆に悩まされるようになる。家康の政策は二つ。一つは寺請制度。寺に檀家登録することにより、戸籍管理をさせて、民の移動を管理し、檀家からの寄付で寺も潤うようにして仏教を統治制度に組み込んでしまう。これにより、仏教はもはや統治と一体化し、思想を必要としなくなった(江戸以降、仏教家の思想家が出てこない理由)。もう一つは、儒教、とりわけ朱子学の奨励。実際に戦争が無くなったこともあり、朱子学の修身、斉家、治国、平天下という思想が武士のレゾンデートルとなり武士階級に受け入れられる。
その一方で、山鹿素行、伊藤仁斎、荻生徂徠と言った民間レベルでの儒教内部からの朱子学の批判、さらに進んで賀茂馬淵、そして本居宣長により完成された国学(そもそも漢学による必要すらない)という形で在野レベルでは完全に中華思想からの独立を果たす。
ここまでが筆者の確定的分析。明治以降は更に研究を要するとしつつも、イニシャルな思考の枠組みを示している。
まず明治維新に至る過程で漢学への揺り戻しが起きる。尊王攘夷から明治維新を推進したのは武士であり、底流には朱子学あり。また、推古朝以来の海外からの脅威に対して日本というよりも東洋の伝統重視が言われるようになったのも朱子学の影響のためではないかと。
この流れの真骨頂が教育勅語。筆者は、朱子学のの修身、斉家、治国、平天下の思想そのものとした上で、これまでの中国朝鮮や江戸時代にも見られない新たな点として、それが支配階級の理念ではなく国民全体の理念として推奨されたというもの。また、これが天皇の名の下に出されたことは、徳治主義を前提とする中国皇帝の役割を彷彿とさせ、その後の大東亜共栄圏も以下にも日本を中心とした華夷秩序のようで、この時代の日本が一番、日本らしさを失って中国皇帝・中華帝国に近づいた瞬間では無かったかと。この最後の分析は非常に面白く、続編に期待。