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論語はすなわち儒教のことである――日本人の多くにとっての「常識」であろう。ところが、実はそうではない。子供のころ、祖父の摩訶不思議な「教え」から『論語』に接した著者は、のちに儒教の持つ残酷な側面を知り、強い葛藤を抱く。実際の孔子は「聖人」であったのか? なぜ『論語』は絶対に読むべきなのか? 御用教学・儒教の成立と悪用される孔子、朱子学の誕生と儒教原理主義の悲劇など、中国思想史の分析を重ねた果てに著者がたどり着いた答えは、なんと「論語は儒教ではない」というものだった。曇りのない目で孔子の言葉に触れ、『論語』を人生に生かすための画期的な書。 【目次】●序章 私の『論語』体験と、私が見た「儒教の残酷さ」 ●第1章 定説や通念を覆す──孔子とは何者か、『論語』とは何か ●第2章 御用教学・儒教の成立と悪用される孔子 ●第3章 朱子学の誕生と儒教原理主義の悲劇 ●第4章 朱子学を捨て、『論語』に「愛」を求めた日
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Posted by ブクログ
■「子,四を絶つ。意なく,必なく,固なく,我なし」
・「先生は四つのことを絶たれた。勝手な心を持たず,無理押しをせず,執着をせず,我を張らない」(金谷治訳)
■「論語」は哲学の書ではない。
・孔子はそもそも哲学者ではない
・「論語」は孔子という「常識人」が語る「常識論の書」といえる
■「子の曰く,人にして遠き慮り無ければ,必ず近き憂い有り」
・「先生が言われた,『人として遠くまでの配慮がないようでは,きっと身近い心配ごとが起こる』」(金谷治訳)
・先延ばしはダメという意味
■「論語」の中の孔子の言葉はまさに我々普通の人々の思いや考えを最も簡潔にして最も適切な表現で代弁していることがよくわかる。
Posted by ブクログ
論語と儒学の違いについて、日本への影響についても、歴史的な流れを見ながら理解することができた。
また歴史の中において思想、哲学、宗教、人間のよりどころにもなるこういったものが、いかに政治に利用されてきたのかを知ることができる。これは中国に限らない話ではないだろうか。こういった実情をしることで、今自分がよりどころとしようとしているものが本当に正しい物なのか?信じるべきに値する物なのか?疑問を投げかけることができそうだ。
孔子の教えがあり、そこから多くの教えが派生している。果たして何を学ぶべきなのか、限られた時間の中で大変難しい問題ではある。
例えばオリジナルの論語を学ぼうと考えた時、2500年以上前の、ただの常識人のおじさんの孔子(しかも特に大きな実績はなし)の、体系だったものでもない、弟子との問答や、出来事の中の言葉を学ぶだけで本当に実社会に生かせるのか。正しい生き方に近づけるのか?だとか思ってしまう。
だったら後世に、なんらかの意図でまとめなおされた思想や哲学、宗教など、例えば多くのより正しそうな生き方をした人たちを生み出している陽明学などを学んだ方が良いのではないかなど、、、
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