速水健朗のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
積読しすぎたが、自分にとっては今、まさに読むべき本だった。
ショッピングモールは規制緩和の結果出現した、都市コミュニティ破壊の資本主義モンスターというのが私が持っていたイメージである。地域政策なる学問を学んだ私にとっては、中心市街地の“商店街”は守るべきもので、ショッピングモールは規制すべきもの。大学時代はそんな雰囲気が学問を覆っていた。
速水さんのこの作品はそんな、中心市街地ノスタルジーに真っ向から戦いを挑むもの…ではない。
ショッピングモールとは何なのかを思想と歴史を紐解くことで教えてくれる。アメリカで発展したショッピングモールはコミュニティ再生機能を期待されていたのだという歴史。それを夢見た人物がウォルト•ディズニー。
歴史だけではない。ショッピングモールが生み出しているもの。消費という人間の自然な欲望が、バリアフリーを生む…みたいな。そしてショッピングモールにベビーカーを押すファミリーが集う。
この作品を読むと、日本の都市論が守りたい中心市街地の“商店街”の敵は一体何なのかが分からなくなる。
“儲かる”という資本主義原理が生む福祉やコミュニティが存在するということを教えてくれるのがショッピングモールだ。…というより、全ての都市は最初からそうだったのではないか?
人間のライフスタイルや思想が変化する中で都市も変わる。そういうものでしかないのであって、中心市街地の“商店街”とかショッピングモールとかの二項対立には利権はあっても浪漫は無いのだと速水さんは淡々と教えてくれた。
新鮮な驚きに満ちたオススメの一冊。 -
Posted by ブクログ
「ショッピングモールとディズニーランドはもともと新時代コミュニティを作ろうとしていた!」って感じの本。
「治安悪くて住みづらい古い街じゃなくて新しい街を作ろうぜ!」とも。
ショッピングモールやディズニーって
・「取るに足らないもの殺風景な場所」みたいな扱いを受けたり
・「大企業が古き良きコミュニティを侵略している」みたいなネガティブな目で見られたり
な面もあるけど、実は元々買い物を中心として人の集まる場所を作ろうとした、という経緯があったそうです。
実際問題、ショッピングモールやディズニー行くと盛り上がること多いし、ショッピングモールやディズニー的な仕組みでコミュニケーションの場をより良くできんじゃね…!?と思いました。
ちなみに著者の速水さんは『自分探しが止まらない』の人です。ジャンル広すぎる。ラーメンや音楽のことも書いたりするし。 -
Posted by ブクログ
非常に面白かったです。表題からはディズニー本のようにも思えますが、主体は都市論・ショッピングモール論に関するものであり、ディズニーに関する内容はその一部分なのでタイトルは惹きですね。一昨年に出版された思想家・小説家の東浩紀氏が編集長を務める「思想地図β1」の特集にあったショッピングモールに関する論考が本作の発端となっているようです。都市論というとどういったっものなのかいまいち分かりにくいかもしれませんが、1990年代後半から続々と街の隙間に現れてきたコインパーキングからディズニーランド創設で超有名なウィルト・ディズニーの都市計画論まで、非常に幅広いながらも誰もが身近で考えやすい内容というものなんですね。さらには昨今注目の的になっている東京駅のステーションシティ化や、たまプラーザの再開発といったものまで書かれており、ああいった都市計画がどのような経緯で作られていくのかという非常に興味深い内容を知ることができます。ショッピングモールといえば昨今のウォールマート批判や社会学者ジョージ・リッツァの消費=悪という考え方に代表されるように、昔ながらの人々の生活を壊していくというようなイメージが強いですが、そういったものも時代の潮流の中での必然的なものとすら感じさせます。数時間でサクサク読める面白い内容なので、自分の住む都市の背景にどういったものがあるのか興味を持たれている方にはオススメです。
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Posted by ブクログ
おもしろかった。これから、ショッピングモールを見る目が変わると思う。
ショッピングモールと言っていなくても、エキナカであれ、お台場であれ、
ショッピングをする場所の機能がよくわかる。ディズニーの考えたモールから、モールの歴史、アメリカ映画にでてくるショッピングモールの考察、日本のモールの歴史、新しいタイプのモールの出現など、その機能などを説く。
アメリカのみならず、海外のモール(例えばマリーナベイサンズ)なども
とりあげており、興味深い。
日本のモールより、海外に行った際に寄ることが多く、そういう意味で、この本にある、ショッピングモールは観光地というのもよくわかる。ロンドンに数年前に出来たウェストフィールドなどは、大きいしロンドンの物価を変えた気がするし、この本にもでてくるクアラルンプールのモールも迷子になるくら大きい。モールに行くのが楽しみになった。 -
Posted by ブクログ
左翼や右翼という言葉が不明確になってきている。そして、その真ん中の中道はさらに不明なのだ。はっきりしろということなのかもしれない。どちらにしても、左翼とは?右翼とは?はもっと明確にしたいと思う。大体平和を掲げると左翼だと言われるが、それが左翼の本領なのだろうか?憲法を改正するのが保守で、憲法九条を守ろうとするのが革新。保守は本来変えないことを志向するはずなのだが。
私は、食においては、簡単に言えば美味しいものを食べたいと思っているだけで、食に関しては左翼でも右翼でもない。果たして、本書の中で自民党の支持者の食卓と共産党支持者の食卓は違うことを解明できるのか?
本書ではアメリカは「自由」が国家を一つにする基本理念だし、フランスは「自由と平等と友愛」の標語によって国民は統合している。日本は「食」でつながる民族であると冒頭でいう。
日本には、ラーメン、カレーという国民食がある。
ラーメンの前では、あらゆる人は平等という独特の道徳観を身につけているのが日本人である。
同じものを食することで、一つの民族、国家であるかのように振る舞ってきた。
日本人は、権力に従順であり、ことなかれ主義を持って運営し、おカミに楯突くのは決まって、食、米が絡んでいる。大正時代の米騒動、1993年の平成の米騒動、コメをよこせという声を上げる。
現在の日本に食の分断が始まっている。安全と環境配慮、グローバリズム、懐具合、階層化、価値観の相違などから、食に向かう政治意識が変化している。子どもに与える食の安全に過敏になるママと無頓着なパパの対立が「放射能離婚」さえ生まれる時代だ。政治とは、敵と味方をはっきりさせることだという言葉を引用する。
現代の日本人の食の好み、ライフスタイルをマッピングし、そこから見えてくる政治的な分断を読み解く。B級グルメは、ご当地を売りにしている上で地域色が強いが、粉ものが圧倒的で、焼きそば、うどん、餃子、ハンバーガーであるが、これらは輸入の小麦を使っている。原料から見ればグローバリズムと言わざるを得ない。買うことが知識を持つ人と持たない人では全く違うものを選び取る可能性が生じる。『勝ち組』が野菜中心の低カロリー食品を好み、「負け組」は、低価格で高カロリーを摂取できる傾向がある。
フード左翼とは「有機野菜」「地産地消」「スローフード」「ベジタリアン」「ビーガン(肉だけでなく牛乳や乳製品も摂取しない)」「マクロビ」「ローフーディズム(生の食)」「ナチュラルハイジーン」など自然派の食を愛好する、つまり地域主義で健康志向の人々。反農薬、反化学肥料、反大規模農業、反巨大バイオ企業、反ファーストフード。非量産型、非大規模流通の食。アルチザン(職人)の作る食。独立独歩のリバタリアンな気風を持っていて、新自由主義と相性がいい。スターバックス、パーソナルコンピュータのアップルも始まりはこの潮流にあった。
スローフード運動は、素材と文化を学ぶこと、環境破壊から農作物を守ること、正当な価格に見合った品質を伝える、食べる喜びの追求で始まった。グローバルでなく、インターナショナルとしての取り組み。食を通じ国境を超えた連帯を目指す。スローフードという言葉を広めたのは筑紫哲也だった。
そして、「コンビニ弁当」「ファストフード」「牛丼チェーン」「メガ盛り」「メガマック」「チェーン系290円居酒屋」など、産業化された食を愛好する人々が右翼だという。
畜産は、世界の真水の10%消費、農地の8%を使用している。肉1キロを生産するのに必要な穀物は8キロ。肉の生産は、植物に比較すると非生産である。
さらには、ヒッピー、新左翼、学生運動が撤退した1970年代以降の社会運動が、オーガニック革命、スローフード運動といった「食の革命」として継続された。またその時に水俣病などの公害が発生することで環境を守ることの重要性が目覚めた。『沈黙の春』『複合汚染』などが大きなインパクトとなった。それが現代の「フード左翼(レフト)」に接続されたという歴史を遡るフードの政治思想史。確かに、全共闘運動していた男が有機農業を始めた歴史もある。
著者による「フード左翼」とは、産業社会において大量生産の工場のように生み出される「食」のあり方に反対する立場の人である。有機農法で作られた農産物を入手し、健康や安全性や食を通じたコミュニケーションを大切にする。有機野菜、天然酵母、全粒粉のパンなどが広がりを見せたが、それはあくまでも都市を中心とした富裕層に受け入れられた。科学的な手法を持って理想社会を目指すという理念よりむしろテクノロジーを拒否して、時代を遡る〈食〉のあり方を追求した。また農業は、社会的な仕組みに組み込まれていなかったので、そこに安住の地を求めたのかもしれない。
「フード右翼」とは、産業化した食品産業の商品を従順に消費する人たちであり、自由経済、市場原理に任せ、規模の経済とよりやすく効率よくという庶民となる。大量生産と大量消費の流れにあり、食品の安全性、集約農業が生む環境破壊、不当な家畜動物の扱いなどにつながる農業と食品産業の集約、大規模化、効率一辺倒の方向となり、農業の自給率などにも関心を持たない消費者のことだ。食に対する社会的な意識を持つ意識高い系と美味しく食べれればなんでもいいという人との社会的分断が起きている。
このフード左翼、フード右翼という定義の中で、農業はどうあるべきかが問われているような気もした。こういう設定によって、農業を考えることもできるんだと感心した。 -
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この新書の元になったのはウェブの集英社新書プラスで連載された『21世紀のテクノフォビア』です。2022年8月から25年6月まで連載の途中で著者の話を聞く機会に恵まれました。その時は、いまや立ち食い蕎麦でさえ券売機のボタンのデザインに翻弄され一番上の季節のおすすめをスルーしてフツーのかき揚げそばにたどり着くのが大変!と嘆息していました。確かにコロナ以降、支払いのバリエーションの増加とともにメニューのオーダーがストレスとなっています。最近の自分の話だと推しがWeb CMに起用された季節限定の商品を食べるために久々にハンバーガーチェーンに通っているのですが久々すぎて注文のシステムがすっかり変わっていてタッチパネルの前で右往左往の日々。本書も『「情弱」だと思われたくない私たち』という章から始まっています。まさにそれな〜ですがあまりにもわからないことが多すぎて開き直って「情弱」キャラを前面に押し出して悲しい限りです。でもこの新書ではテクノロジーの歴史では前向きのベクトルだけではなくラガードたちの抵抗が新しい技術を産んでいることを「知らなかった」事例を次々と紹介してくれながら伝えています。スリーマイル島の事故とアップルのデザインの関係なんて、びっくりです!右往左往ならぬ前後左右に揺れながらテックは進む、ってことだと思います。それにしても著者の領域に捉われない文献取集力はすごい!アカデミズムとはちょっと違う視点のの編集の仕方、満喫しました。しかし「ユーザーインターフェースこそが国の形ある」というラストの視点には考えさせられました。最近、どこでも導入されているスマホでQRコード読み込んでメニューをオーダーする仕組みに最初に出会ったのは日本語話せない方がホールをやっている郊外のガチ中華でした。その時の自分のスマホには日本の労働事情が反映されているような気になりました。さてさてAIは日本にどんな形を与えてくれるのでしょうか?
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かつて機械はハードが主役だった。車はどのメーカーであってもハンドルがあり足元にペダルがある。しかし知的財産を中心とするビジネスに移行した現代では主役はソフトである。各社が独自規格の部品や仕様で製品を作る。最近は車にも独自仕様が増えてきた。
機械に慣れるには操作を反復するのが一番だが独自仕様では各社で勝手が違って慣れにくい。また知的財産のため勝手に修理できない構造になっている。バイクやラジオは使用者自身で修理できるかもしれないがスマホはそうはいかない。カバーを外すのに専用工具が必要、メーカー以外が開けたら保証対象外。
慣れの問題について、スマホのアプリ操作に慣れてきたころ、アップデートという名目の複雑化・改悪が起きるのを常に腹立たしく感じているのだが、その点に言及がなかったのは意外。あるあるだと思ってたので。通信アプリがウォレット機能つけたりニュース見られるようになったり、そんなのこっちは望んでいない。最初はシンプルで使いやすいと思ったソフトが普及するにつれ複雑化していく奇怪さ。炊飯器やエアコンもそう。なんとかモードを選択するボタンが増える。収益や競合他社との差別化なんだろうけど、もっとユーザーに寄り添ってほしい。
効率化を目的としたDXが官僚的なブルシットジョブを生んでいる皮肉な現実はたしかにある。通信技術や移動手段の発達は仕事を増やし、複雑にした。リモートで手軽に会議できるようになって以降、会議が増えたふしもあるように思う。
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Posted by ブクログ
反大規模農業、有機農法支持、反大手チェーン店、地域に根差した個人店支持など、食の理想主義者としてフード左翼として分類する視点が面白かった。
あまり考えたことがなかったが、スローフードには起源があり、イタリアの左派系新聞のグルメページから生まれた地元ワイン愛好会のグループが、食の伝統文化を守ろうというコンセプトで始まった。世界規模の運動になったきっかけは、1986年にローマ市内のスペイン広場にできたマクドナルド1号店の抗議運動だったそう。さらに日本では、筑紫哲也という左翼的な気風を持つジャーナリストが政治的な背景は持ち込まず、新しいグルメの形としてスローフードの概念の普及に貢献していたそう。自国の食の文化を守る美食精神こそ国境を超えて連帯できるという考え方らしい。
しかし他方でスローフードという考え方は、排他的で保守的に見える考え方で、かつての血盟団事件で日本の農業を軸に国家を築く農本主義の思想と重なる部分があるという矛盾を抱えているが、戦後に逆転が起きている。現代では、中産階級以上の裕福で都市に住む人ほどスローフードを好み、田舎暮らしで貧困層ほど大量生産で安く手に入るジャンクフードを好むそう。
他にも大規模に食事を一気に作るセントラルキッチンという考え方が、かつて1907年頃のドイツの集合住宅で実際に実用されていたり、スターリン政権時には、1923年に台所工場という国営のセントラルキッチンが導入されていたなど、へーとなる豆知識があって面白かった。わたみ、大戸屋は、食の独自性を付加価値と考え、セントラルキッチンではなく、店舗にキッチンを構えているそう。 -
Posted by ブクログ
大正時代からの東京近郊の人口移動について順を追って説明してくれるのでかなり読みやすかった。
興味のあったトピック
・中央線中華思想(人間関係も生活も路線圏内で済んでしまうこと)というパワーワード
・マイホーム願望とワンセットになった恋愛観
・街のセンシュアス度:帰属意識と匿名性のバランス
・所得格差を生むのはどこに生まれたかではなく、生まれた場所から移動できるか否か
・ネットが普及した社会こそ対面でのコミュニケーションが重要、ゆえにIT企業は職住近接を目指す
・人々は不景気の時は郊外へ、好景気の時は都市に向かう
・地方を基盤とする政治家と、地方へのばらまき政治(都市の分散)は必然的に結びつく
ただ、コロナ禍による影響(リモートワークの拡大)で職住近接が崩れつつあると思うのでそこら辺の話を新しく読みたい
あと私的には八丁堀や茅場町は確かに小洒落たバルが多いけど、大通りは夜歩くと本当に殺風景、、、 -
Posted by ブクログ
同世代としてかなり面白く、懐かしく読んだ。今の時代と比べ、私の生きてきた半世紀は振り返ると不便だったり、滑稽だったり、理不尽であったりする事は否めない。しかしかながら、楽しく、愛おしく、時代の過渡期を肌で感じた面白い時代であった。
読みながら「そうそう!こんなことあった!」「いたねぇ、こんな人!」と1人盛り上がった。すっかり忘れてたこともいろいろ思い出す。
・小学校の時、集金に入っていた500円玉を担任教師が珍しがって、自分の500円札と交換していた。
・ テレビがリモコンでつけたり消したり、チャンネルを変えたりできるようになった。
・昭和天皇崩御。雪が降っていた。外で大きな声で、騒いだり笑ったり(中学生だったから、それは日常だったのだけれども)することがはばかられるほど日本全国が自粛ムードに。
・ファミコンのせいで遊び方が変わった。親戚で集まると外で真っ暗になるまで遊んでいたのだが、従兄弟達はずっとピコピコやっていて、つまらなくなった。
・大学生の時、学部の3割しか就職せずに卒業。7割は、無職のまま。私もその1人。
・レコード→カセットテープ→CD→MD。CDが出てきたときは、音のクリアさに驚いたものだった。その音のクリアさで曲の順番を好きに変えられるMDが出てきたときには画期的だと思ったが、廃れるのが超早かった。ウォークマンでいつも何か聞いていた。
・電話代が高かった。特に長距離。海外とも無料で話せるようになるなんて、夢にも思わなかった。
【懐かしいワード】
グリコ森永事件
宮崎学
ロス疑惑
北の国から(「パソコンで買い物、テレワークができるようになる」というセリフにびっくり。予言レベル!)
FAX
宮沢りえのふんどし姿、「サンタフェ」
高校教師
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金髪の13歳後藤真希がモーニング娘メンバーに
写メ
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トルシエ監督、フローラン・ダバディ通訳