速水健朗のレビュー一覧
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阪神大震災とオウム事件のインパクトがありすぎる1995年だが、バブルがはじけ始めた年でもあった。これまでの上へ上へと目指す世の中を脱し、シンプルな生活の良さを見つめ直された。その流れは現代にもつながっている。だから、1995年は数年前のバブル期よりも、その20年後の「今」に近い時代であった。
特に象徴的なのが、ウインドウズ95の発売。インターネットというものが身近になり、その可能性が認識されたという点では、なるほど現在とのつながりは深い。インターネットは情報や娯楽を目の前のパソコンだけで完結させてしまう。新聞も雑誌も店舗も電話も手紙も不要にしてしまう。そして、お金がかからなくなる。それが脱バブルのきっかけとなったような気がする。 -
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タオル巻き&作務衣姿のラーメン店主、みつを風書体のお品書き、ご当地ラーメン、ジロリアン……
このあたりのラーメン現象を、メディアが意図的に作り上げたと批判するのではなく、そこも全部知った上で『日本文化』として消費されていくことを浮き彫りにしていく展開にわくわく。一気読みです。
ラーメン独特の文化の変遷から社会を読みとくということでイロモノ本かと思ったら大間違い!
インスタントラーメンの発明・受容、高度経済成長、地方の観光誘致作戦など、ラーメンと社会の関係は切手も切り離せないということがよーくわかりました。
確かに、この世の中で単価がキープされてるのってラーメンくらいかも…… -
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政治、経済、文化そして日本を揺るがした震災やテロ。様々な分野で”日本の転換点”とされる1995年を細かく読み解く1冊。
95年は自分は小学生。震災とサリンの記憶しかなかったが、この本を読んでくと、Windowsだったり、浜ちゃんと小室コラボのヒットだったり、様々な事象が自分にも思い出されて面白かった。
歴史の上ではこうした”転機の1年”が少なからず存在するんだろう。その1年に起こった出来事がその後の社会の在りようを変えていく、ということを、どう意識できるんだろう、と考えた本だった。
現代もその転換点にいると感じる。意識して生きよう。ありがとう。 -
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阪神大震災では岡山と広島の県境でも少し揺れた。
学校に行くとみんなあの揺れで起きたみたいな話があって「あれで起きないバカいるのかよ」みたいなことを言ったら美術の先生が起きなかったけどなにか?みたいな返しをした記憶。
オウムもテレビの中でだけ、地下鉄サリンのサリンもだけど地下鉄なんかなかったし乗った事なかったからイメージが沸かなかった。そのぐらいに東京は遠かった。
エアマックス95の実物はあの年に見ただろうか? 結局あの95年に出たエアマックス95やエアフットスケープやエアズームフライトなんかの実物を見たり買えるようになったのはその数年後だった。エアマックスとGショックのプレミアム化で自分の欲しいものとのちに価値がつくから手に入れておこう、ヤフオクで売ろうという本来の価値とは違う部分でファッションアイテムが注目されたのはやはりこの年からだったように思える。
『エヴァ』が始まって毎週ではなく時折部活帰りに家で見ていた。やはりハマったのは劇場版が公開するからそのための深夜での再放送だったけど、覚えているのは内容ではなくエンディングの逆さまで水中に浮かぶ綾波のイメージが僕の最初のエヴァのイメージだった。シンジ達と同じ14歳である中二の年で、リアルシンジ世代と一部で言われていたが、いつしかミサトさんたちの年齢を超したと思ったら『Q』でまたミサトさんたちに年を追い抜かれてしまった。
僕個人では1995年は野島伸司脚本『未成年』が放映された年であり、ドラマにハマっていきその後の人生を確実に間違えた方向に向かわせた一年だった。
オウム事件について書かれている部分を読むと今やっているドラマの『クロコーチ』の三億事件のように警視庁長官を狙った狙撃事件など時間が経ってドラマや小説などで描かれて、現在と1995年を繋ぐものが現れるだろうなと思った。
1995年に生まれた人は18歳、幼くてまったく記憶にない人たちや以降に生まれた人が読むとどう感じるのか。確かにタイムスリップしてもバブルの頃よりは違和感はないんだろうな。 -
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日本人の国民食とも言えるラーメンというものを通して、日本人と現代史を論じている書籍です。面白かったですね。著者の本は毎回読み応えがあります。基本は戦後から現在までに至る現代史の流れを、ラーメンの歴史とともに紐解いていく流れです。ラーメンこそ戦後アメリカ化する日本の象徴であるといったものから、昨今のラーメン屋店員に見られるファッションがどのような意味をなしているのかといったものまで、もはや当たり前のように受け入れている現象が実に風変わりのあるということが詳細に書かれています。例えば、店員の作務衣姿には伝統や歴史を重んじるような印象がありますが、実際は日本の歴史と何の関わりもない単なるイメージとしての体裁に過ぎない、といった現実には驚かされます。そういったもの以外にも、戦後現代史に関してラーメン以外の様々な視点で論じられている部分も多いので、一般的な歴史認識とはまた違った認識の仕方が出来て為になるのではないかと思います。
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ネタバレインフラ(交通・産業系体)、コンテンツ(建物)、コミュニティ(集落)の変遷と共に、変化して来た都市の在り方。
現在の都市のニーズを満たすのは、テーマ=ナラティブ(物語)導入による、「ディズニー化」した、消費の場“ショッピングモール”機能を持つ事。 公共性から、市場競争を主流にした都市の発展の現在形。
▼メモ
・都市(公共空間)の民営利用可
⇒ 消費を軸とした、自由競争での空間利用。
・テーマパーク⇒ ナラティブ(物語)を組織や場所に適用する。
現実を隠し、ファンタジーの提供。
・ディズニーランドは、西部開拓、宇宙開拓のアメリカのフロンティア精神を体現している。(反面、先住民迫害隠蔽の見え方も)
⇒ 出入りを制限し、セキュリティ特化の理想都市を目指した。
・田園都市⇒ 職住密接型コミュニティ
・ファスト風土化⇒ 行き過ぎた郊外化による、地方都市光景の均一化。
・ショッピングモール
⇒ モール:ハードウェアを管理し、テナント:コンテンツはソフトは個々の店舗が管理
・デパート
⇒ ハード、ソフト共に自ら顧客に接する
「商売(コマーシャリゼーション)」
「商品(コモディフィケーション)」
「消費(コンシューマリズム)」
「ディズニー化(ディズニーフィケーション)」
のニーズを満たす、ショッピングモールが現在形。 -
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現代の都市開発の論理は、ショッピングモールの論理と軌を一にしている。
そんな試論を展開する本。
本書では
1.都市の公共機能が経済効率や市場原理の論理で(営利方向に)変化すること
2.(人を集める装置としての)都市の在り方が、ショッピングモールの在り方と同一化してきていること
の二つを指して「ショッピングモーライゼーション」という造語のもとに、都市を解釈しようと試みる。
ショッピングモーライゼーションは現在進行形で起こっていることであり、かつ都市の一側面(あるいは一部の都市)のみを捉えているのに過ぎないので、包括的な議論にはなっていない。
それでもショッピングモールの変遷を丁寧にたどりながら、現代の都市再開発の手法に重ね合わせると、その共通性・・・というより融合度の高さは、著者の論に一定の説得力を持たせている。
本書は現在起こっている現象を(やや好意的にではあるが)客観的に捉えており、ショッピングモーライゼーション自体の功罪についてはほぼ問わない。
そういう意味では気楽に読める一方で、やや物足りないところも残るが、全体として楽しく知識欲を満たしてくれる良書。 -
Posted by ブクログ
三浦展さんの本を読んで、ショッピングモール=共同体を崩壊させる悪いもの、という意識を持ってしまっていた。ただそんなに画一的なイメージだけで語るべきものではなく、ショッピングモールの歴史を紐解いていくと、六本木ヒルズもショッピングモールであるということが見えてくる。
ショッピングモールの思想と繋がるのが、ウォルトディズニーが描いた、夢の国の都市化計画。ランドは古き良きアメリカの共同体に想いを馳せつつ作られたもの。それが、ランド周辺に想定外のホテルが乱立することが気に入らず、ディズニーの理想を作るには、結果一つの都市を作ることにつながっていく。これは本来の意味である田園都市、地続きでない、独立(孤立)したディズニーランドを中心にした都市計画だった。
それは実現しなかったが、そのような思想も背景に、誕生していくショッピングモールは郊外に作られるようになる。それは人を留め、滞留させること。そしてそれはいつしか観光地、ステーション、テーマパーク、映画館、テレビ局、街へと結びついていく。
つまり、次第にショッピングモールは消費をするために集まった人々にお金を使わせるのではなく、足を運んだ人に消費の機会を突きつける場となっていったのだ。
また近年、世界の観光のトレンドとしてショッピングモールが観光地となっていることが挙げられる。日本人はヴィーナスフォートに行かないので、寂れたイメージがあるが、実は中国からの観光客受け入れで成功しているらしい。そしてこの本は、世界のショッピングモールに向かう観光客は、ショッピングという共通言語で結ばれている、と締める。
新たな視点ばかりの話で面白かった。速水健朗さんの本は、視点が変わっていていつも面白い。