速水健朗のレビュー一覧
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2020年8月に出されたものなんだけど、あの時、皆どんなことを思って生活していたのかが急に気になって、読んだ。(強いて言うなら、目当てはニコ•ニコルソンさんかな……)
円城塔さんの日記では、高確率で同じ本を読んでいて、なんとなく辿っていっている思考のようなものにまで触れられた気がした。
定期的に来る、母親からの父親一周忌お知らせメールは、笑っていいのかいけないやつなのか、ちょっと難しい。
アメリカやヨーロッパに住んでいる日本人筆者の日記では、自分たちが急に差別の対象となったことへの気持ち悪い違和感が書かれていた。
同時に、星野源のMVに対する怒りのコメントもかなりの割合で入っていることに、驚いた。
私には、どこからどこまでが呑気の範囲で括られるのか、よく分かっていない。
さらに自分に想像力がないなと思ったのは、ワンオペ育児と書いている人の日記だった。
この時期に、新生児を抱えて日々過ごすことの不安や神経質な思いの一端を知った。
振り返ると、マスク不足で不安に思っていたことは、随分前のことのようにも思う。
検温とアルコール消毒はもはや日常で、目の前に立てられたアクリル板のせいで、向かいの人が何を話しているかも、もう聞こえなくなった。
そんな世界でも、相変わらず私は、誰かから見ると呑気な生活を送っていて。
そしてその誰かは、世間を社会を恨んで絶望して、今にも生きることを諦めかけているかもしれない。
見えないことを推量することの意味は、結局、見えることには敵わないのだろうか。
無力にも、ただ問うことを繰り返している。 -
Posted by ブクログ
食生活の面から人々の政治意識を分析する試みを行っている書籍。
フード左翼という言葉は初めて聞いた。有機野菜、地産地消、ベジタリアン、ビーガンといったキーワードで示される人々を指す本書の造語だけど、自分は左翼崩れの中には農業に携わっていった輩が多いイメージがあったので違和感なく概念を理解できた。また、アメリカではよりはっきりしていて、1970年代のヒッピーの自給自足という食文化がその後の菜食主義や環境保護活動に繋がっていったように、はっきりと政治思想と食文化が結びついている。
しかし、この本でフード左翼の対立軸としているフード右翼の定義が、ラーメン二郎やマクドナルドなどのグローバリズムとしているんだけど、こちらの掘り下げが少なかった。
筆者の速水健朗氏がもともとラーメンなどのB級グルメ好き、つまりフード右翼から、本書の執筆のために調査していった結果、健康志向、つまりフード左翼に転向していったため、興味がフード左翼に偏ったのかな、と推察する。 -
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人口移動の東京一極集中が顕著になってひさしいですが、
本書は、その東京のなかで特にどこに人口が集中しているのかを明らかにし、
なぜ東京に人が集まるのかについてまず考えていきます。
さらに、東京のみならず世界的傾向として大都市への人口移動の傾向が高くなっていること、
そのことについても、さまざまな学者の説を引きながら、なぜかについて論じています。
かつては、東京の西側(皇居を中心にして西側)の方面に
住居を構えるのが定石だったそう。
郊外の一軒家にしても団地にしても、東京の西側が理想とされたのだ、と。
「西高東低」なんて言われ方がしたくらいだそうですが、
いまや、東京中心地や東側の下町方面へ、人口移動が盛んになってきているみたいです。
そこには、職住近接という流行が存在する。
さらに、職住近接を肯定する、集積の論理が働いているようです。
長い通勤時間はかかるけれど、比較的広い住みかと都心よりも安い家賃の郊外を選ぶ人と、
家賃は高いけれども、通勤時間の短縮で時間に余裕が持てることを選ぶ人がいる。
両方を天秤にかけて、どうトレードオフするかをそれぞれが考えて決めている。
そのなかでも増えてきているという都心周辺や東側の湾岸地域に居を構える人たち。
そこには、住居の近くにおいしい居酒屋やバルがあるだとか、
わざわざどこかへ出ていかなくても楽しめるお店が住処の近くに増えたことが、
そういったライフスタイルの変化を促している、と著者は述べている。
そして、集積の論理によって、さまざまな人々が混じり合うように接点を持つと、
商売も文化も、いろいろなことが正のスパイラルに乗っていくことも論じられる。
集積の論理の点ではアメリカのポートランド
(アメリカには2つポートランドがありますが、オレゴン州のほう)
を例に解説されています。
そこでは、住んでいる人たちの意識が「本当にいいもの」志向で、
なおかつ、それを自分たちでやっていこうとうしている。
根本に自主性や自律性があるんです。
そして、そんな魅力的な「本当にいいもの」の揃った町が、
ぎゅっと自転車移動圏内に凝縮されていて、
買い物に便利なうえに楽しいし、
異分野の人たちの密な交流からさらにおもしろいものが生まれたりする。
集積の論理とは、そういった「かけ算性」の論理だと思います。
本書では、また違った角度から語っている箇所がありますので、
興味のある方は手にとって見てください。
昔ながらの“閑静な住宅地”とは逆に
「住宅地によいバルがあって」など、
ほどほどに賑やかな住宅地の方に人々の好みがシフトしていってる、と本書にあります。
そしてそういう集積の仕方が町の活性化の源だ、と。
(この集積の論理を押さえないコンパクトシティ推進には意味はないのでしょう)
働く場所、住む場所、食べる場所、買う場所。
それらが近接してこそなんですよねえ、集積の論理っていうのは。
静かなところが好きな僕はちょっと疲れそうだな、と思いました。
本書ではほかにもさまざまなトピックを扱い、多角的に東京一極集中について述べている。
いかにも「新書」というような読みやすさと軽さとまとまりのよさ。
そして著者の情報処理に抜きんでた力をぞんぶんにいかした類の本、といった印象でした。 -
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“最悪でも、いささかの懐古趣味を満足させることはできるだろう”
本書の前書きで、著者が引用した文章である。果たして本書は懐古趣味を満足させるだけの本なのか?いやいや、1995年は、エポックメイキングな年なんですよ!と納得をさせられる本なのか?
確かに経済面やテクノロジー、文化面等、各論では後世に影響を与えた出来事はあったようだ。しかし、1995年という年全体ではそれほど後世に影響を与えた訳ではなさそうだ。というか、そこまで踏み込んだ記載と分析はなされていない。
どちらかというと、“懐古趣味を満足させる”内容であったが、それでも私にとっては懐かしい1年をよみがえらせることが出来た。 -
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増えるコインパーキング、病院などの公共の空間に続々と進出するスターバックス、サービスエリアの民営化、そして、東京や大阪駅の「ステーションシティ」化。
これら、「公共性を帯びた都市の機能やインフラが地価という制約の下、競争原理が導入され、より収益性を高めるためショッピングモール化」していることを「ショッピングモーライゼーション」と名づけ、その源流を探る構成になっています。
ウォルト・ディズニーはもちろん、世界で最も有名なアニメスタジオの創設者として知られているが、彼の晩年の夢は「古きよきアメリカを体現した平和な都市」を作ることだった。それは「ディズニーランド」として部分的に結実したが全てではなかった。
「古きよきアメリカ」を標榜していたウォルトは非常に保守的な考えの持ち主であった。
彼が憂慮したのは都市部の荒廃、であった。
実際に、それは起きていた。
移民が流入することで、中流階級が郊外に逃げ出し、都市部は荒廃していった。
そのかつて中流階級が我が世の春を謳歌していた都市部の「ダウンタウン」を郊外に再生させるべく、ショッピングモールは始まった。
その後、アメリカ、日本をはじめさまざまなショッピングモールの考察がなされています。が、著者が最後で「いろいろ取り上げてきたが、それがもたらす社会の変化や、人々の変化についてはまだ全貌が見えていない」と言ってしまっているように、事例検討だけで終わってしまっている感が否めない。
着眼点が面白いだけに、惜しい。 -
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・ラーメンを軸にして見た戦後史と今の日本の一側面。日清食品の安藤百福に始まり、佐野実、天下一品、一風堂の河原成美、果ては二郎から六厘舎、夢を語れまで出てくるが、味がどうこうという本ではない。田中角栄の日本列島改造論から内田樹に須藤元気まで。その目配りの仕方が、自分にはちょうどいい感じだった。
・ラーメンという中国由来の食べ物が、今や「表層的な」ジャパネスク概念の体現の一翼を担っている。「作務衣」のユニフォーム化に加えて「ご当地」的な意匠のメニューでナショナリズム的なムーブメントすら漂わせているラーメン業界。でも、元々ラーメンは給食のパン食化というアメリカの占領政策の延長線上での小麦粉大量消費が背景。考えてみりゃ、うどんやパスタも小麦粉だった。また、言うまでもなく、中国由来。
・さらに、今のラーメン業界は、イタリア発の「スローフード」因子も包含、つまり、右派左派両方のベクトルも持ち合わせている。「右派」というのは「ご当地」との結びつきで、「左派」というのは大手資本によるファストフード店やフランチャイズ化を拒否している部分。ただし、ラーメン業界におけるナショナリズムは、多様な文化を認めた上でのナショナリズムだと本書では(他書からの引用ではあるが)述べられている。
・「世界という他者と向かい合わざるを得ない状況で、日本人は初めて『日本という自己』を意識させられ、自らの存在を問われる。あやふな自己を肯定し、セラピー的な効果を持ち得る、『都合のいい過去』が持ち出されるのは、そんなときである。(P252)」
・「本章で取り上げたような日本の右傾化、宗教化は、本質主義的なそれではなく、『趣味的』『遊戯的』そして、『リアリティショー的』なフェイクと結びついたものであると考えるべきだろう。(P262)」
・それにしても、チキンラーメン生みの親、安藤百福は、毎日昼にチキンラーメンを食べていたとあるが、他の本ではカップヌードルだったりして、どれがホントなんだろう?多分、幾つかの基本的な商品をローテーション的に食べていたというのが現実的なところではないかと思うんだけど。