速水健朗のレビュー一覧
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1995年は現代史において、象徴的な年である。戦後50年という節目であるとともに、この年に起こったことを列挙するとその前後の時代の分岐点となっている。
・阪神・淡路大震災
・地下鉄サリン事件
・オウム真理教への一斉捜査
・東京と大阪ではタレント知事が誕生
・村山政権、新進党の躍進、社会党分裂
・デジカメ、PHS、Windows95、プレステ発売
・WTO発足
・イスラエル・ラビン首相暗殺
・ロッキード事件結審・アメリカ-ベトナム国交正常化
・イチローの活躍と野茂の渡米
・若貴兄弟による千秋楽優勝決定戦
・小室系サウンド・Mr.Childrenの大流行
この年に大震災とオウム事件という、世の中を揺るがす大災害と集団犯罪が起こったことで、20世紀末という終末的な感覚も相まって大きな不安感に覆われたように思う。そして災害・安全保障対策やNPOの活用といった政策的転換も図られた。
また、政治的には中選挙区制から小選挙区制へと選挙制度改革が行なわれ、これ以降は派閥や金権政治が鳴りを潜めて二大政党制や知名度の高いタレント候補といった政治家が増えていく。永遠の野党・社会党の解党が進み、自社さ連立によって祀り上げられた村山首相のキャラクターに注目が集まった。
2000年代に急速に拡がっていくインターネットについても、この年にたくさんの萌芽がみられる。象徴的なのは、ソニーが絶好調であり、アップルがどん底にあったことで、ソニーによるアップル買収の話すらあったのだ。
インターネットの勃興とともにグローバル化の不可逆的な流れが本格化したのもこの年である。湾岸戦争以降の大規模な戦争は鳴りを潜め、人類の共通敵としてテロリズムが明確に定義される。東西冷戦の構造にも終止符が打たれた。
この時代において、野球や大相撲、あるいは音楽といった大衆娯楽についても変化が見られるようになる。実力のあるアスリートは海外に飛び出すようになり、また熱狂的にアイドル化する傾向も起こるようになる。それとともに芸能的なアイドルは不遇の時代を迎える一方で、小室哲哉やMr.Childrenのようなカラオケでも歌えるメガヒットメーカーが次々と現れた時代でもあった。 -
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僕は筆者より少し年上だけど、まあ同世代といっていいだろう。1995年という年が様々な転機であった、ということを、ジャンルを分けて描いている。冒頭に「最低限、懐古趣味を満足させる」という姿勢が表されている。一読すると、1995年前後にあったことが羅列されていて、まさに懐古趣味の満足だなあ、と、それはそれでよいのだけれど、もう一度目次を眺めてみる(僕は普段目次をあまり見ない)。政治、経済、国際情勢、テクノロジー、消費・文化、事件・メディア、というカテゴリー。当時の自分はどのカテゴリーに関心を示していて、今とはどう違うのか。
本書への期待を、考察ではなく自分の変化を追う、ということに移してみると、なんとも楽しい本なのでありました。 -
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1995年とは、いったいどのような年だったのか。
そう問うとき、「日本の転換点である」と答えて、おそらく大きく外れることは無いだろう。
しかし、果たして具体的にどのような意味で?阪神・淡路大震災、オウム真理教の一連の事件、ウィンドウズ95、エヴァンゲリオン、二信組事件、「新時代の「日本的経営」」…枚挙に暇が無い出来事が、確かにこの年には起きた。それらは現在まで、どのようなかたちで尾を引いているのか。本著は1995年という一年を「横に」読もうという、今までありそうでなかった挑戦と言えるかもしれない。
ただ本著だけで「1995年が転機の年であるという固定観念を外す」というのは、難しい。
本著が1995年というヨコ糸を丹念に織ったとするなら、前後でやはりそれを各テーマの「タテ糸」(いわゆる通常の歴史的経過を見るような著作や言説)と絡ませることで、ようやく固定観念からの脱却は果たされるはずだ。
あるテーマ史への深い理解を目指そうとする時、そこに横からの光を当て今まで見えなかった像を照らす。本著はそうした目的のもとで読まれてこそ、真価を発揮するのではないだろうか。
著者が慎ましくも述べた「懐古趣味を満足させる」だけの著作となってしまうには、あまりにも惜しいとは思う。 -
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個人的なことを書くと、1995年は高校を卒業した年。なんともう18年も経つのか・・・。
確か1月に大学入試センター試験で思ったとおりにいかずに起きたのが阪神大震災だった。そして、その2ヵ月後、大学受験に失敗し浪人生活が決定したときに起こったのが地下鉄サリン事件だった。
確かに、1995年は著者が言う「転機の年」だったことは否めない。しかしながら、本著は転機の年と断言とする考察に乏しく、こうした事件を書いているだけ、という印象は拭いきれなかった。
あとがきに書いてあった「『1995年』はバブルの時期からたった5.6年あとの世界でしかない。一方、2013年の現在からは、18年も前である。とはいえ、『1995年』はバブルの時期よりも現在に近い時代であるように思う」ということは当時多感な時期を過ごしたからか納得した。
冒頭に書いたように、この年に高校・大学を過ごした世代がロスジェネ世代。個人的には、1995年よりもその3年後の1998年が崩れかけていた高度成長期の価値観が崩れ去ったような気がするのだが・・・。そして、この翌年私は就職活動を迎えるのであった。 -
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正直あんまり内容はなかったと思う。
ただ面白いのは今の20歳の若者が18年前の1995年にタイムスリップしてもおどろかないだろうと。それは1995年が携帯もそれなりにコンパクトだし、ネットも一応ある。バブルのジュリアナじゃないけど、ファッションも違和感がない。女性の眉毛もこれ以前は太いけど、1995年は細眉のはじまり。イチローはいるし、ガキの使いあらへんで!を見れる。安室もいる。違和感があるとすれば、スタバが日本にないくらいだと。それだけ1995年は時代の転換期だったという内容。
確かに1995年はいろいろあった。
阪神大震災、野茂ドジャースへ、地下鉄サリン、知事に青島とノック、テレサテン死亡、函館空港でハイジャック、今話題の八王子スーパー殺人事件、村山談話、オリックス震災の年に優勝、ビートルズ25年ぶりシングル(フリーアズアバード)、ウィンドウズ95、相撲若貴決戦、そして最後に新日対UWF! -
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ラーメンを題材に戦前から戦後にかけて主に日本の食文化の変遷、日本人のナショナリズムの変化に関して言及した一冊。歴史の変化とその変化が現代にどう影響されていたか簡潔に整理されて読みやすかった。
印象に残った点
日本の食文化のルーツは黒船来航以前は中国、それ以降はアメリカから輸入されるようになった。そんな中、ラーメンは中国発信の食であり、呼び方も支那そば、中華そば、ラーメン、今ではつけ麺と呼ばれるように変化した。変化過程で、日本は輸入したものを自国オリジナルのものに落とし込むことを得意とする国である。
ラーメンを独自なものにする中で、戦後ご当地ラーメン、テレビ特集が組まれるが、ご当地ラーメンはその土地に根ざしたルーツを持つものでもない。また、テレビにラーメンが登場することで、ニュースとしての夕方の報道番組に変化をもたらし(バラエティー的要素を加え)、公共性を重視していた放送から利益追求型へと放送局は変化した。また、ラーメン道といったように修行する様子を映すことで、テレビにリアリティを追求するようになった。
また、そもそも小麦が日本に根付いたのは戦後マッカーサーにより日本への低金利の融資と共に小麦を支援物資として送ることで、小麦文化を根付かせようとした。その結果、日本の小麦消費量は増加し、パン文化などが根付き、アメリカは小麦を輸出して稼ぐことができた。
食文化から解いたように、日本は海外から受け入れたものを独自に落とし込むのが得意である。その傾向はもの造りにおいても感じることができ、大量生産より優良な製品の製造が得意である。しかし、なぜ独自性の構築に活路を見いだしたのか、疑問が残った。 -
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僕の住む浜松は郊外型ショッピングモールが出店し、駅前の百貨店は撤退し、再開発に着手したようでどうも上手くいっていない、そんな町です。そこに昨日、ディズニーのパレードがやってきました。
ウォルト・ディズニーがアニメ制作で揉めてテーマパークを始め、そして理想の都市をつくりたかったようだけど、ディズニーのそれは開拓(ある種の侵略)だったり、中が理想なら外はいいのだ、というものにも当然見えてしまいます。そういう「内部の理想」が「外部」に飛び出してくるとは、出てくる側も受け入れる側も、さぞ勇気が必要だったでしょう、などと思うのですが、これ、本書の内容とほとんど関係ないですね。ディズニーにもモールにも、僕らはコントロールされるべくされてきた、と。浜松駅前は、人をコントロール出来ていない。僕は何を言いたいのかよくわからないけど、この本も、わりとそんな感じかもしれません…。 -
Posted by ブクログ
主に海外におけるショッピングモールの歴史を紐とぎながら
都市開発の一環として進められる「ショッピングモーライゼーション」を解説。。
むしろ、「シザーハンズ」「ゾンビ」「ターミネーター2」などの
ショッピングモールや、ショッピングモールのような街を舞台とした映画を
違って視点で解説してくれるところは面白い。
特に、「ゾンビ」に関しては、ゾンビになってもモールに集まってくる。
「人は死んでも消費し続ける生き物」の象徴と示している、と。
タイトルにある「ディズニーの夢」。
ディズニーは、最終的にテーマパークだけではなく、
病院や生活、消費、交通のみならず、電気やガスなどを含めた
インフラを提供する“街”を創りあげる構想を練っていたという。
そこに住む人は犯罪に脅える必要はなく、知り合い同志だけが住む安心の
街ができあがるというユートピア・・・・というが本当に実現したらちょっとコワい。
実施、東京ディズニーリゾートは、リゾート内にモノレールも走り、
ショッピングモール・ホテルなどもあるし、外界から遮断された島なので
ある意味、その夢は叶っているといえる。
日本もスローペースでありながらモールは増えている。
既に飽和状態であるかのような日本の消費社会だが、
今後、どのような視点のモールが増えていくか、チェックしていきたい。
【ココメモポイント】
・SAが売り上げ向上のために競争を行っている分野、主要な客層であるファミリー向けのレジャーにちなんだサービスです。
P.33
・公共性の高いスペースの収益化を行う場合に、選択しとして選ばれるのが、
ショッピングモールとして施設をつくりなおすという手法です。こういった一連の現象を筆者は
“ショッピングモーライゼーション”と名付けています。
P.47
・ショッピングモールとは、郊外につくられた新しいダウンタウンでした。
P.99
・ショッピングモールを舞台にした映画といえば、ジョージ・A・ロメロ監督作品「ゾンビ」がもっとも有名
P.132
・オリエンタルランドは、京成電鉄、三井不動産、朝日土地興業の三社の合資によってつくられたのです。
P.179
・日本で最初のの本格的なシネコンは1993年の海老名サティに併設された「ワーナー・マイカル・シネマズ海老名」
P.182